執筆者  神奈川県立三浦初声高等学校 金子幹夫

0.はじめに
 前回は「交換」を授業でどのように学習するのかということを考えてみました。
生徒は、誰に指示されなくても、自然に自分が手放してもいいと考えているお菓子の量を考え、同時に手に入れたいお菓子は何かも決めます。教室の中を自由に動き回り、お菓子の交換が一通り終わりますと生徒はみんなニコニコしています。
 この時大切なのは、教師の発言です。交換をする場面で教師が“心の中”で発する言葉は「自分のお菓子のことを考えるのだ。人のことを気にするな。」です。心の中でというところが重要です。言葉に出してはダメな場面です。
教室の中にあるお菓子の量は一定です。そのお菓子をめぐって、一人一人の生徒は自分が一番満足する地点を目指して交換を続け、その結果、教室全体のお菓子は、みんなが満足するよう振り分けられていくことを目撃するのです。
この一連の出来事を目撃した生徒は,交換が安全かつ自由に行われる場所をつくりつづけていくことで、多くの人々が幸せになると受け止めるはずです。
これを受けて,次の授業に入ります。
この授業で、教師と生徒の間で共有したい問いは「交換が安全かつ自由に行われる場所をつくりつづけていけば皆幸せになることはわかったが、そこに何か問題点はないのか?」ということです。

1.生徒が持っている知識と知識をつなげるということ
 教科書には,交換は分業を活発化させる機能を持つということが書かれています。
そこで,分業について学習してもらうために「トラック工場」という教材を作成してみました。
 この教材は,一見すると「分業をすることで生産量が増える」ことを体験する授業のように見えます。しかし、教材作成者がねらっているのは別の部分にあります。それは,生徒自身に市場が抱えている問題点を言わせるということです。
授業は次のように展開します。

① ひとクラス35人を想定します。
② 100円ショップで購入した折り紙をひとりにつき3枚配付します。
③ 折り紙で作る「トラック」の設計図を配付します。
④ 一枚目はボディでエンジン部分をつくると説明します。
  二枚目は運転席の部分をつくると説明します
  三枚目は荷台部分をつくると説明します。
⑤ 三枚のパーツができあがり,のりでくっつけてトラックになるまでに約40分必要です。つまり40分で約35台のトラックが生産されることになります。
⑥ 次に教師が「40分で100台(様子を見て200台)生産できないかな?」と言います。 
⑦ 多くの生徒が否定的な見方をします。「そんなたいへんなことできるわけがない」「無理だ」といったようにです。
⑧「そこをなんとか工夫できないかな」と問い続けます。
⑨ 仕方がないな・・・と生徒が思い始め、いろいろと工夫できそうなことをあげてくれます。「人数を増やそうよ」「気合いだ!根性だ!」「練習だ!」どれも間違ってはいません。意見として受け入れます。そして、誰かがある言葉を発するまで問い続けるのです。
⑩ その言葉は「分業」です。しばらく待っていると必ず誰かが「仕事を分ければいいんだよ」とか「流れ作業にしよう」と言ってくれます。
⑪ ⑩の言葉を捕まえて問答を繰り返します。その中で,エンジン部分を作るグループ、運転席をつくるグループ、荷台部分をつくるグループを形成してもらいます。さらに、各グループの中でも仕事の役割分担を決めて流れ作業を行います。
⑫ もう一つグループをつくります。それは、3つのパーツをのりでくっつけてトラックを完成させるグループです。
⑬ 実際に作業を分担してトラック生産を開始します。時間はクラスの様子を見て判断しますが、30分前後がいいと思います。
⑭ どんどんトラックが生産されていきます。30分で70~80台の生産が可能です。
  分業が大量生産につながることを教室全体で感じ取ることができます。

 この教材のポイントは、どのようなことがあっても、必ず生徒の口から「分業」に関連することを言わせることです(⑩の部分です)。生徒が言い出したことをみんなで検証するからこそ分業と大量生産の関係を考えることができるようになるのです。

2.どうしてこの教材を創る必要があったのか?
 それは、生徒がトラックを作っている間に、これからの学習を進めるために必要な具材がたくさん発生するからです。トラック生産中の生徒は折り紙に夢中です。この時に教師は生徒の行動や発言に神経をとがらせる必要があります。
 気になったことはすべて黒板にメモ書きのように板書していきます。注目している発言や行動は大きく次の3点です。
 (1)折り紙が苦手な生徒が必ずいます
 第一点目は、折り紙が苦手な生徒の存在です。どのクラスにも必ずいます。折り紙自体が苦手な生徒もいれば、あまりにも几帳面な性格のため次の工程にすすめない生徒までいろいろです。この数人の生徒をクラスメートはどのようにうけとめるのでしょうか。ここでも先生は我慢です。生徒たちに解決してもらいます。どのクラスでも,折り紙の苦手な生徒は簡単な工程のところに配置するよう誰かが言ってくれます。
 経済の学習を進めていく中で,雇用と労働の問題を考える単元において、この時のエピソードを活用することができます。

 (2)効率を重視する中で見られる発言
 二点目は、生産中の生徒のつぶやきです。いろいろなつぶやきを拾い集めて黒板に書いていきます。「はやくはやく!」、「次々!」、「いいぞいいぞ」、「あっいけね、間違えた」、「いいよいいよ、そのくらい」、「わからないよ、完成しちゃえば」といった感じです。
 最後の二つの発言は多くの教室で見ることができます。そして注目したいのもこの部分なのです。私たちの顔を笑顔にする交換の場に、私たちの知らないところで欠陥品が混ぜられているかもしれないことを体験することができます。
 経済学習を進める中で,市場の失敗(情報の非対称性)を考える単元において、この時のエピソードを活用することができます。活用する際には、どうして欠陥品の生産を許してしまうことになったのか。欠陥品を市場に出してしまうとどのようなことがおこるのか。欠陥品を市場に出さないようにするためにはどのような工夫が必要なのかについて考察することができます。

 (3)後片付けの時の一言を待っています
 三点目は、後片付けの場面です。この授業では,机の上にゴミがたくさん発生します。失敗した折り紙のヤマ,はさみで必要な部品を切り取った後の残骸等々です。「ゴミ箱に入りきらないよ」との声が一気に寄せられます。
 まず,ゴミ箱の大きさは一定で,大きくならないことを確認します。ゴミ箱の大きさは、教室における一日のゴミ処理能力を表しています。私たちはトラック生産においてゴミ箱のことを忘れて生産に取り組んできました。出てくるゴミは,教室のゴミ箱がほぼ無限に吸収してくれるのだろうといった前提を描いていたのかもしれません。結果としてゴミは溢れてしまったのです。
 このエピソードも経済学習を進める中で,市場の失敗(外部不経済)を考える単元において活用することができます。ゴミを少なくしてトラックを生産する方法はあるのかを,自身の体験を参考に語ってもらいたいところです。
その上で「ゴミを出しすぎたら罰金を取る」であるとか「ゴミを有料化する」であるとか,そのゴミそのものが取引の対象になるといったアイディアが出されると思うのです。

3.文字記号以外でも学ぶところがある経済学習
 この授業は,ものづくりを通して,市場はものすごく魅力的で私たちに幸福をもたらしてくれるのだが万能ではないという内容を生徒自身が発言するという構成になっています。
 生徒はこの学習内容に加えて,別のことも学び取っているはずです。それは例えば,仲間とのコミュニケーションを取ること,大量生産に挑戦するということ、チームワークといった協調性、まじめに働くといった態度、我慢強さ等々です。これらの学びは,文字記号一辺倒による学びに,さらに厚みを増す深い学びにつながるのではないでしょうか。

4.おわりに
 教室という狭い空間に限定される中で、交換と分業の授業について考えてきました。一連の授業で生まれたエピソードは,教科書の記述につなげることができます。
 そこであらためて「どうして高等学校における経済学習の冒頭で交換と分業について学習するのか」ということを考えてみたいと思います。
現時点で次のように考えています。
それは,数ヶ月にも及ぶ経済学習を乗り切るためには,生徒の心の中に経済学習に必要な座標軸のようなものが必要だということです。分業が上手く機能しているのか,それとも機能していないのかを考えること。そして交換がうまく行われる環境が整っているのかどうかを考えることで経済的な見方や考え方を(教師と生徒が)共有することができると思うのです。
限られた資源がどのように分配されるのかを考える際に、交換から分業という学習をはじめに行うことで、生徒の中に、考えるための基盤が形成されてゆくのではないでしょうか。

*これまでのシリーズ
第1回 
第2回 
第3回 
第4回 
第5回 
*「金子Tの授業づくりのノウハウ」は今回が最終回ですが、加筆してHPに掲載の予定です。ご期待ください。

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