執筆者 杉田孝之 (千葉県立津田沼高校)

新年度、新学期はどんな生徒が来るのだろう、今年度はこんな授業をして、このように授業を改善していきたいなど、新たな気持ちで生徒を迎えていることでしょう。そこで、今回は新年度の授業を始める前にやっておきたい準備と4月当初の授業について書きたいと思います。

(1)習慣化の絶好のチャンス
 授業開きする前に、生徒との約束事を考えます。必要になる約束事は以下のようなものです。
 一つは、最近「整理、記名できない生徒」が増えているので、全員に教科書や資料集に記名させて自分のものと確認をさせます。
 次に、授業の始めと終わりの時間を守ることを生徒に約束させ、教師も約束します。 また、この時間は、説明を聞く時間なのか、討論する時間なのか、個人で考える時間なのか、声を出して頭に入れて覚える時間なのかなどを区分して授業をすすめることを宣言して、生徒にも授業の受け方として習慣化するようにと確認します。
 特に、時間を守ることと、授業時間を区分して臨むことを習慣として1年次に当然のことだとしてしまえば、高校3年生までこの習慣を続けられるはずです。

(2)黙読の時間の準備
  新テスト実施に向けた試行テストでみるように、問題文の正確な内容理解と、統計資料を読み取ることばかりでなく、それらを短時間に大量にこなすことが必要になっています。
  そのために筆者は、昨年から授業のなかで黙読の時間を取りはじめました。この準備と習慣化が4月の課題です。 黙読の時間を導入するには、読むに値する読み物や統計資料を準備することが4月当初の課題になります。
 準備した教科書や資料集、授業で取り上げる主題に応じた読み物や統計資料を黙読させると、その部分だけでなく、多くの活字と統計資料などを正確に、かつ短時間に読み込むことができるようになります。そうなるために、まずは、読む習慣を付けるための黙読の時間を取り入れる、それを授業の中の習慣とするのが4月当初の課題と取組みです。

(3)4月当初から経済概念を
 次は年間の授業構想のなかの柱を考えることです。 筆者は多くの場合、高等学校で一年生対象の「現代社会」を担当しています。
「現代社会」では、普通は、現代社会の特質や青年期などからはじめる先生が多いかも知れませんが、筆者は、4月当初に希少性や機会費用、トレードオフ等の経済概念をあえて取り上げます。そして、これらの概念を、その後の、教科書での学習や時事問題、主題学習の内容と関係づけて、年間を通じて続けて実践するスタイルを続けています。
 しかし生徒にとっては、中学校公民的分野の授業から想像していた内容や授業スタイルとは大きく異なるので、びっくりします。そして、「先生は何を求めているのだろう」という疑問をもったり、「理解できない」と不安に思ったりする生徒も多くでてきます。
 なぜなら、社会科の授業に対して多くの生徒は「この用語は大切そうだから覚える」という姿勢や感覚を持っているからです。言い換えれば、大切ではないとする用語や分からないとした用語は覚えない、考えない。筆者が語る経済概念は大切そうだが、簡単には受け止められないからです。
 この抽象的な経済概念が、自らの生活圏で普通におこなっている選択と結びついていることが分かったり、分からないから「理解しよう」と考えて、質問をしたりするようになれば最高なのですが、理想どおりにはいきません。

(4)「問い」を作る学びの機会を
 特に、4月当初は、経済概念をなかなか理解できません。生徒は何のためにこの経済概念を学ぶ必要があるかも分かりません。
  一方で、筆者は、各学習単元のどんな場面で、またどんな学習でこの経済概念が活用できるか、さらに社会科学系大学に進学しても、この経済概念は活用できるという見通しを持っています。
「理解できない」「わからない」生徒の現状と、筆者の見通しの間のギャップを埋めるには、経済概念を、一年を通した授業のなかで、場面、場面で何度も繰り返して登場させることが必要になります。それでも簡単には生徒は理解してくれません。 それを突破するためにできるのは、「問いの一文」を生徒に作らせて、質問や意見を言う機会を何度もつくる必要があります。
 逆に言えば、生徒が「問いの一文」を作るためにも、あえて「理解できない」「わからない」抽象的な経済概念を使って考えさせる、そんな場面を授業のなかで作ることができるかがポイントになります。 生徒と筆者がともに「問い」を持つことをめざすために、あらかじめ「どのように授業設計し、実践すれば生徒は問いを持つのだろう」と考えておく必要がでてきます。
 そんな一年間を通した授業構想や問いの立て方をじっくり考える事ができるのは、「授業開き」をする前の時期です。 先生方も「授業開き」の前のこの4月にこんなことを考えてみませんか。

(メルマガ 135号から転載)

執筆者  新井明

(1) ある授業風景
 先日、公開授業を参観するチャンスがありました。
その授業は「倫理」で、『桃太郎』を素材にして、「桃太郎は父を殺した」と言う鬼の子どもの訴えをもとに、正義は鬼か桃太郎かという授業でした。見学した授業では、子どもの訴えをもとに、鬼と桃太郎それぞれの言い分を提示して、前の時間に提出したどちらが正義かという結論を、もう一度考えさせるという流れで進みます。
 生徒は、最初の桃太郎に正義があるという回答から、グループでの討議を経て、最終的にどちらが正義かをまとめて発表します。それをうけて、先生が、いろいろな立場の人がいて、考え方が違うので、対話が必要という形でまとめてゆきました。
 この授業を見て、二つの問題を感じました。
 一つは、もう一歩の踏み込みがあったらいいのに、もったいないなという思いです。もう一つは、ここに「おもしろ教材」を使う場合の落とし穴があるなという感想です。

(2)「おもしろ教材」の落とし穴
 この授業の何が問題と感じたのか。
それは、「おもしろ教材」の「おもしろ」部分に目がいって、「教材」の吟味、分析が十分でなかったかということだと筆者は思いました。
 授業では、生徒は楽しそうにグループ学習を行ない、見学にきていた校長先生は「普段の授業とはずいぶん違う」とお褒めの言葉を発していました。とはいえ、この教材から何をくみ出して、伝えるのか、もしくは発見させるのかという教材分析がやはり十分ではなかったのではないかという思いは残りました。
 この授業は「倫理」ですから、生徒に伝えるかどうかは別として、少なくとも正義論の古典的な押え(カント、ミル、現代ではロールズなど)が欲しかったところです。民俗学的な考察も欲しいところです。
 もしこれが「公民的分野」や「政治・経済」だったら、模擬裁判にしたり、ディベートにすることも可能でしょう。 ちょっと牽強付会に経済に結びつけるなら、桃太郎会社の社長と社員、社員間の比較優位の組み合わせという視点も考えられます。
 「おもしろ教材」の陥りやすい問題は、生徒の食いつきの良さや意外性に注意がゆき、教材への吟味が不足になりがちなところと言って良いでしょう。 残念ながら、そんな落とし穴に半分はまってしまった授業のようでした。

(3)「おもしろ教材」を分析してみると
 このコーナーでも、「おもしろ教材」の例として絵本や童話を教材になどの提案をしたことがあります。(2015年4月号8月号9月号
 そこで今回は、あらためて「おもしろ教材」の例をあげて、教材としての切り口を提示してみたいと思います。
とりあげるのは、『レモンをお金にかえる法』のその1です。(ストーリーは省略します。手に取って読んでみてください。また、その2は昨年末の「冬休み経済教室」金子幹夫先生が、アッと驚く展開例を提示していますので、それをご覧ください。)
 さて、『レモン』をどう分析してゆくか。
①価格の決まり方から市場経済のメカニズムの学習として見る
 レモネードという商品市場は完全競争市場に近い設定です。そこから、一度の交渉で決まる自然価格、市場の売手と買い手(多数のこどもたち)の   思惑から決まる市場価格と価格決定の物語として展開もできます。
 この時、グラフを使って市場価格の決定を可視化することも可能です。
②企業経営の話とする
 本のなかに、企業の目的は利潤をあげるということが出てきます。ここから、ミクロ経済学の企業理論に持ち込むことができます。どうしたら    利潤が最大に出来るか、数式にして計算させてもよいし、グラフで説明することも可能です。
③金融の話とする
 主人公は、店を開くとき自己資金では足りないので父親から借金をします。最後には「耳をそろえて」返済しますが、利子はどうするか、父親以外  から調達する場合はどうするか、など起業と金融の話に持ち込めます。これって、今度の学習指導要領の内容そのものですね。
④ゲーム理論の導入にできる
 主人公の女の子と元労働者のジョニー君は価格戦争をやります。これはゲーム理論の囚人のジレンマ状況そのものです。それを解消するために合併をするのですが、寡占企業の結託はうまくゆかないというゲーム理論の世界へ誘い込むこともできます。
⑤労働問題の話とする
 主人公の女の子に雇われたジョニー君は賃金、労働条件が不満なので争議になります。レモネード屋さんはブラック企業なんですね。そんなとき に、労働者としてどうするか、現代的な切り口で話を展開もできます。
 また、機械による失業が登場して、AIに職場が奪われるというこれも現代的テーマに発展できます。
⑥起業の物語として攻める
 最後に主人公の女の子が「成功した企業家」になったという文章がでてきます。ストーリー全体を起業家教育のススメの教材とすることができま す。
⑦文化論で迫る
 女の子の行動はどうも日本人の感性とは大分ことなって、ドライです。なんでこんな話を子ども向けの絵本にするのか、隠されたメッセージは何かを考えさせることを通して、単なる経済の絵本ではないのではという形の問題提起も出来ます。
 もっと切り口はあるでしょうが、一つの「おもしろ教材」を分析するだけでこんなに多面的要素が浮かび上がるのです。

(4)問題は「教師の解釈」
 小見出しの表現は、斎藤喜博の本から取りました。
斎藤喜博は今や知る人ぞ知るという存在になってしまいましたが、昭和の時代のすぐれた授業実践家、理論家です。
 偶然手にしたその著作のなかに、授業案の作成について触れた箇所があり、そこに「教師の解釈」という言葉がでてきました。
そこにはこんなことが書かれていました。(『授業の展開』国土社より)
 「この項(教師の解釈)には、その教材に対面したその教師の全部の力が結晶されて表現される…」「この項を読めば、その教師がどれだけの力を持ち、どれだけ深く確かに教材を解釈し、教材と対面しているか、その教材での専門的な力をどれだけもっているかわかる…」
 ちょっと怖いほどの迫力です。
 どんな面白そうな教材でも、それに食いつき、咀嚼し、それを生徒に還元してゆくプロセスは、時代を超えて変わらないでしょう。そのことを通して「おもしろ教材」の落とし穴にはまらない授業が成立するのだろうと思います。
 
 それにしても、ここまで書いてみると、斎藤流に言えば、筆者の力量が白日のもとにさらされてしまったようで、筆は災いの元かもしれません。

(メルマガ 134号から転載)

執筆者 新井明

試験は、出題者である先生が生徒に対して、こんな知識が分かっているかとか、 こんなテーマに関してどう考えているかを確かめるための方法です。そこでは、 出題者と解答者がある意味上下関係から成り立っているのが普通です。今回のヒントは、それを逆転させてみたらという話です。

(1)生徒がテスト問題の原型をつくった
テスト問題に関して、昨年末の「冬休み経済教室」で、杉浦光紀先生の発言のなかで、興味深い部分がありました。定期考査に出題した論述問題が、生徒が自習時間 の課題で作ったものを母体として作成したというところです。生徒の立場からすれば、テスト問題は、たとえて言えば、ご主人様から家来にご下問が下るという関係の、受け身の作業と言ってもよいでしょう。 それを自分たちが作ることができるということは、家来から主人になるという逆転現象です。主体的な学習という言葉がスローガンになって授業案や実践報告には登場しますが、生徒が本当に主体的になるというのは、よほどのことでなければないというのは先生方なら実感していることだろうと思います。 それが生徒に試験問題を作成させることで、比較的簡単に実現出来る可能性があることが、杉浦報告からわかります。

(2)まずは四択問題から
生徒にテスト問題を作成させる場合は、まずは四択問題からがよいでしょう。共通テストの試行問題で言えば、アダムスミスに関して正しいものはどれかという「現代社会」の問題がありました。こんなかたちで、生徒に四択の選択肢を作らせてみたらどうでしょう。
この作業はグループ学習に適しています。四人一組だと、正答の文章を四人が一つずつ作る。それを持ち寄って、みんなで吟味します。次は誤答つくりです。どこをどう間違えるようにすればよいか、誤答作成の過程で、出題のコツのようなものをつかむことができるでしょう。これは主体的学習でもあり、テスト対策にもなります。

(3)次は読み取り問題
四択問題作成の延長でできるのはデータやグラフの読み取り問題です。
これはすでに出題された入試問題などからもってきてもよいし、授業で使ったデータを使っても良いでしょう。四択問題と同じように、グループでこのデータから読み取れるものを一人一つ出し合い、それを問いの形にしてゆけば、いいわけです。今年のセンター試験の「現代社会」で言えば、大学入学者数の関係学科別男女のグラフがあります。試験問題では、グラフから何が読めるかの選択問題でしたが、ここから日本の大学教育、さらにはこのような実態をどう考えるか、修正の必要はあるのか、修正するなら何が必要かなどの「問い」を立てることができたら、十分な学習課題を自分たちでたてたことになります。

(4)もっとひろげると
四択、読み取りの次は論述問題です。場合によってはこちらの方が作るのはやさしいかも知れません。使うのは高校生だったらセンター試験、もしくは共通テストの試行問題のリード文になります。場合によっては教科書の本文を使っても良いかもしれません。一番簡単なのは、まとまったリード文を読ませて、ここから100字とか200字の論述問題を作成させることです。問題作成のためには、リード文の主題が何である
か、そこからどんな「問い」が出てくるかを考えなければいけなくなります。まとまった文章の読解力、分析力が求められます。
もっと応用だと、リード文をもとにした、対話文をつくらせて、そこから「問い」を作るという作業を行なわせても良いでしょう。これには相当の学力が求められるでしょうが、私たちが定期考査などで行なっている作問のプロセスを生徒に行なわせる、もしくは一緒に考えてみるのも主体的な授業づくりの道になるでしょう。

定期考査直前にこの作業を行なわせて、そこから何題か出題するよと予告しておくと、生徒の取組みに対するインセンティブが格段に上がるでしょう。でも、こんな人参を目の前にぶらさげるのは、やりすぎかな。

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執筆者 新井明

 <鉄板>教材とは、いつでも・だれでも使えて授業効果が上がる、共有財化している教材を言います。
 そのなかで今回取り上げるのは、「貿易ゲーム」です。

(1)貿易ゲームの仕組み
 貿易ゲームは、イギリスの開発教育のなかで提案され、世界中で実践されている教材で、先生方の中にもすでに実施されている方もいるかと思います。
 この教材は、参加者(生徒)を四つのグループ(先進国、中進国、資源国、途上国)にわけて、それぞれのグループには、資金、機械や道具、資源、労働者数にハンデをつけて、製品(〇、⊿、△、□など)を作らせ、その過程で、様々な発見を行なわせるゲームです。
 準備するものは、はさみ、定規、コンパス、鉛筆、資源としての紙などで、それを袋にいれて配付します。

(2)貿易ゲームのねらい
 このゲームの一番大きなねらいは、南北問題を体験させることにあります。
 特に途上国になった生徒たちは、袋のなかから出てきた、道具と資源、お金を見て、これで何が作れるのか途方にくれてしまいます。
 そのうち、周りの国の状況をみて、何かをしなければ何もできないと気づき、交渉をはじめてゆきます。
 先進国、中進国、資源国もそれぞれの初期状況から、製品作りに励んだり、交渉したり動き始めます。
 すべてのグループで期待されているのは、自分たちの状況を判断すること、そのなかで使える資源をどう活用するか、さらに、交渉のなかで、どう相手を説得するかなどを考え、実行することです。
 そして、最後にこのゲームと現実をリンクさせて、問題を発見し、その解決方向を考えてゆくまでできれば成功です。

(3)様々な授業での反応
 実は、筆者は当初このゲームには批判的でした。
 というのは、実践事例をみてゆくと、「南の国のくやしさがわかりました」というレベルの反応で終わっているものが多く、時間をかけて、手間暇をかけて準備するだけの意味がどれだけあるのかと疑問を持っていました。
 また、1時間の授業時間で生徒が発見まで行けるのかという心配もありました。
 ところが、実際にやってみると、短時間でもかなりの学習効果があることがわかったのです。それ以来、このゲームのファンです。
 最近も、大学生(50人)と高校生(40人×2クラス)に実施しました。
 ともに、中高でやったことがあるという学生、生徒が数人いましたが、はじめてというケースがほとんどでした。<鉄板>の割には、普及はまだなのかと感じました。
 大学生では、次のような感想が出てきました。
・自分のチームが裕福なので工夫がたりず利益を追求しすぎた。自分たちが途上国のことを考えきれないことに驚いた。途上国が困っているのに手を貸さなかったことを反省。(先進国)
・ルールを知ること、自分の班の状況を判断すること、それを行動に移すことが大事だと気づいた。行動の遅さがもっと成果をあげられなかった要因。自分の恵まれた環境が絶対的ではなく、いつでも崩れるものであることを痛感。(中進国)
・他国での資源の価値に気づき、他国で使っていない道具を安く手に入れ、大金を稼ぐことができた。いかに道具を高価値に見せるか、いかに少ない資源で技術を手に入れるかが勝負。ただし、現実には資源国は先進国から搾取されている。技術移転も安易にやると先進国でも追い越されることがあることに気づいた。(資源国)
・国際貿易秩序が先進国に有利な形で設定されていること、一見非合理と思われるようなルールが維持されている場合があること(製品の価格差の非合理性)を考える事が必要。(途上国)
・資源や資金に乏しくても、労働力をトレードしたり、スキルをつかって自国しかない武器を磨いてゆく必要を感じた。(途上国)
 やはり途上国の発見が多いことがわかりますが、大学生らしく、それぞれの国の特色を冷静に分析しているのが特徴です。
 なかには、「なんだか就活みたいなゲームだ」とか、「「隣人を愛しなさい」というキリスト教の精神からすると、明らかな人の罪」と書いた学生もいました。
 高校で実施した時も、日頃、手強い生徒たちが、30分という時間なかで、分業で作業したり、交渉役をたてて蝶々発止の交渉をやったり活発に活動していました。
 なぜこのゲームをやったのかという問いには、次のような感想が出てきました。
・貧しい国でも、条件と工夫で中進国を追い抜けるくらいの成長ができるということを知るため。
・考えうるすべての戦略を出し、議論の上選択し、実行するというサイクルを獲得するため。経済の仕組みを実践的に学ぶため。
・自分自身がモデル化された外交の当事者になることで、世界の経済のしくみを身をもって理解するため。
・途上国は、少しの工夫と知恵があれば、爆発的に発展することが出来るため、良い指導者が必要だということを知るため。
・自国を経済発展させる模擬ゲーム。だが、紙やはさみ、友達との交渉など具体的にミクロなゲームの形に落とし込むことで、リアルに経済発展の大変さが分かった。暴落があったり、最初から経済格差があったり、経済を楽しく体で学ぶためにやったと思う。

(4)<鉄板>教材の使い方
 最近の事例を紹介しましたが、学校種、生徒のレベルに応じて発見の程度はちがっても構わないのが<鉄板>教材の強みです。
 したがって、中学校では、格差の現実のまえに手も足も出ないという状況で終わっても良しです。そこから、感情論からはじまり、現実を見直し、解決への手がかりになるような学習を進めればよいと思われます。
 高等学校では、もう少し深めて、絶対優位、比較優位の考え方までたどり着けるように指導することができれば上出来です。また、作業の生産性をあげるための分業の工夫などにも注意がゆくと、現代の大量生産社会の秘密に体験的に到達できるでしょう。
 経済の観点だけでなく、国際政治の学習とリンクさせることも可能です。
 さらに、ゴミとして出た紙の余りから環境問題へと発展させることもできます。
 この貿易ゲーム、経済の授業の最初に実施しても良いし、国際経済を学んだあとに総括として取組ませても良いという、融通がきく点も<鉄板>たる所以です。
 開発教育のセミナーなどでは、半日くらいかけてじっくり取組ませますが、学校では1時間で可能です。リアペなどの検討時間とその後の発展学習や探究活動への導入時間をいれても2時間でまとまった学習ができます。
 100円ショップにいってはさみや定規、コンパスを仕入れて、早速取り組んでみてください。 

(メルマガ 131号から転載)

執筆者 新井明

「問いをたてる」という言葉があります。
 生徒が学習をすすめる時に、問題意識をもたせ、それを深める手がかりになるのが、この問いを立てるということです。
今回は、私たち教員が、経済の学習を始める前に、どんな問いがたてられるか、それを生徒から引き出すことをやってみませんかというススメです。

(1)生徒の疑問を集めてみよう
 経済に関して、身近な疑問というのは回答が難しいものが多い、ということを本欄でも取り上げています。(2018年7月号「身近な事例には要注意」)
 そうは言っても、経済の学習をはじめるに際して、生徒が何を疑問に思っているかを知っておくことは悪いことではないはずです。
 いやでもやらなければいけないことを教えるのが教育だとしても、生徒が何を知りたいのかをリサーチしておくのは決して間違いではないでしょう。
 生徒に「日常のなかで不思議だと思う経済に関することがら」をアンケートでとってみたらどうでしょう。それが「問いをたてる」ヒントになるかもしれません。

(2)大学生が持つ疑問
 本当は中高生が持つ疑問をここで提示できればよいのですが、筆者が今教えているのは、大学生と高校生。まず、社会科の教員志望の大学生の疑問からいくつかを紹介ます。
・同じコーラでもお店によって値段が変わるのはなぜ。
・お金がお金を生み出すしくみがわからない。
・全員がお金持ちになることは可能か。
・映画などのレディース・デイがあるのはなぜ。
・タクシーの初乗りが安くなったのはなぜ。
・なぜブラックサンダーは売れているのか。
・ポイントがお金と同じ価値でもちいられるのはなぜ。
・キャッシュバックの仕組み。
・キャッシュレスをどうしてそんなに促進しなければいけないのか。
・銀行やコンビニ、航空会社など一つの分野でサービスの内容がそれほどかわならいのに、複数の会社が存在していること。
・為替の仕組みがわからない。
・お金を発行し過ぎると大変なことはわかるが、秘密裏にやればそこまで影響がないのでは。
・軽減税率の意味。
・アルバイト時給は何によってきまっているのか。
・最低賃金は、その地で生きていけるものなのか。
・需要曲線や供給曲線がなぜ直線でなく曲線なのか。高校ではだれも答えてくれなかった。
・需要も供給も均衡価格も見えないのに、見えないもので成り立っているから本当に正しいのか不安。
・ビュッフェでとれだけ食べても料金が変わらないこと。
・無料というものが多いし、それにみんなが群がっていること。
・日本は借金大国なのに、倒産、破産しないこと。                                    
20近くあげてしまいましたが、素朴な疑問から、かなりレベルの高いものまで集まりました。
中高で、経済の授業をきちんと受けた記憶がないという学生が多く、ここにあげた疑問の多くは中高生とも共有するものではないでしょうか。

(3)素朴理論を大切に
 素朴理論とは、日常生活の中で理論的に追求しないで直感や思い込みで回答してしまう内容を言います。
 経済で言えば、山のジュースの値段などがとりあげられています。上の学生の疑問で言えば、最初のコーラの値段がそれにあたるでしょう。
 多くの生徒の認識や疑問は、最初は素朴理論から始まるわけで、それを大切にして、集めたアンケート回答は生徒自身で探究させたり、仮説をたてて調べたりさせると本格的な学習になる可能性をもつと考えられます。
 その時間がとれないのが、今の学校の現実ですが、先生方もこれらの問題を考えてみると、授業設計のヒントが得られるかもしれません。

(4)高校生の疑問
 最後に、経済の授業開始後にとった高校生の疑問を紹介しておきます。すでに経済の見方や考え方、基本的概念を紹介してたこともあり、彼ら、彼女らの疑問は、経済や経済学そのものに関するかなり本格的な疑問が登場して、授業者としてはびっくりのものでした。
・価格はだれがきめているのか?
・なぜ賃金はあがらないのか?
・市場の崩壊はなぜ起こる?
・経済学者は今の経済問題を解決できないのか?
・誰かが操作しているわけではないのに、きちんと世の中がうごいているのはなぜ?
・世界で使う通貨を統一したらどうなるか?
・経済を数値化できるのは不思議だな。
・経済人のような人間はまずいないのに、そんな存在を考えて良いことがあるのか?
などです。
 さて、皆さんだったら、これらの「問い」どうこたえますか。

(メルマガ 130号から転載)

執筆者 新井明

 今回のヒントは、新井紀子さん(国立情報学研究所)の『AIに負けない子どもを育てる』(東洋経済新報社)から得たものです。

(1)衝撃的な指摘
 この本、新井さんの前著『AI vs.教科書を読めない子どもたち』の続編です。
 新井さんがはじめた「リーディングスキルテスト」のサンプルがあり、そこから分ること、テスト結果のタイプ別の課題が分析されています。
 それだけでなく、実際に新井さん自身がが行った授業の紹介、見学した授業から発見した知見が書かれています。
 そこに指摘されていたのが、教科書が読めなくなっている一つの要因として、授業で使うプリントが取り上げられていました。
 これまで、プリント授業を行ってきた筆者にとって、ちょっと衝撃的な指摘でした。

(2)穴埋めプリントの意図せざる結果
 新井さんは、小学4年の算数の研究授業を見学、よく練られた良い授業だったのだが、気になることを発見します。
 それは児童の使う鉛筆が2Bだったことでした。
 小4で2Bの鉛筆を使うというのは、ノートに鉛筆で書く量が減っているということの反映ではないかと仮説をたて、生徒たちをみてゆくと、黒板を写すスピードが遅い。
 参加されていた先生に聞くと、ノートをあまり取らせないという。なかには、「黒板を写させる活動はアクティブラーニングではなく、一方的な教え込みですから」、「黒板を写させる時間がもったいない。それならば話し合いの活動に時間を割いた方がいい」という先生もいたと同書では紹介されています。
 なぜ、黒板を写すことをやらなくなったか。それを確かめるために全国のワークシートやプリントを集めると、穴埋め形式のものが圧倒的に多かったことを発見します。
 つまり、文章を文章として理解するのではなく、用語をキーワードとして覚えてしまえば分かった気になり、テストでも得点がとれてしまう。それが、文章が読めない生徒を作り出す要因ではないかということです。
 それが積もり積もって、ノートのとれない中学生、高校生、はては大学生になる。
 日本の先生は真面目だから、生徒のために熱心に穴埋めプリントを作る。それが意図せざる結果を生み出しているという指摘です。

(3)筆者の体験
 筆者は、教員なりたてからずっとプリント授業はやってきましたが、穴埋めプリントを作り出したのは、それほど昔ではありません。(プリントづくりは、当初はガリ版刷り、次が謄写ファックス、そして現在へと進化?してきました。)
 進学重点校に異動して、予備校関係者から授業診断を受けた(受けさせられた)ことがあり、そのなかで板書が下手との指摘をうけたことがきっかけでした。
 ある程度の進度を確保する必要と、もとから板書が苦手でもあったこともあり、それまでの資料の読み取り型を残しつつ、板書事項を入れたプリントを作り、そこに穴をあけはじめたという次第。
 生徒から穴に番号をふってほしいという要望もでて、今では典型的な穴埋めプリントになってきています。(板書事項プリントと資料プリントを分けて、前者はカラー紙で印刷するという丁重ぶりです。)
 どんなに授業を聞いていない生徒でも、穴の部分の用語を紹介すると、条件反射的にそれを埋める風景はちょっと恐ろしいくらいです。
 話は飛びますが、同じ本のなかで、新井さんは、大学時代の阿部謹也先生の「一橋大学生の知的レベルが劇的に下がったと感じたのは、生協にコピー機が導入されたときだ」という言葉を紹介されています。
 似たような経験を筆者もしています。
 ディベート授業の準備に夏休みの宿題にテーマのリサーチレポートを課していました。
 当初は、まだパソコンが普及してなかったこともあり、生徒は図書館に通い、必要部分を写してレポートを作成していました。(今でも、そのなかの優秀な手書きのレポートをもっています)
つまり、生徒たちは力ずくの作業をしていたことになります。
 その時のディベートは今振り返っても内容充実のものだったと言えると思います。
 それが出来なくなったのは、PCの普及で簡単にレポートができるようになってからです。事前の準備をきちんとしないディベートは内容がスカスカになります。だから、進学重点校でしたが、ディベート授業の質はそれほど高いものとはなりませんでした。

(4)ではどうするか
 新井さんも書いていますが、いきなり昔のスタイルのチョーク・アンド・トークの授業を復活させるのは現実的ではありません。
 なにより、一度、自分の授業スタイルを点検してみることから始めるしかないでしょう。
その際に、自分の授業のなかで、これは伝えたいというコアの内容を生徒にどう伝えるか、また、それが伝わるためにはどんな方法がよいか半年かけて再考してみることをすすめます。
 生徒が黒板をリアルタイムで写せるようになる、穴埋めプリントを使わなくとも自分のあたまを使って話を聞くことができるようになるためには、新井さん流に言えば、生徒たちの状態を「耕す」必要があるということだろうと思います。
 生徒を「耕す」ための仕掛けはなにか、昔ながらの良い授業をしていたと新井さんが評価した小学校の若い先生は、新聞記事の要約と感想を半年かけて継続して、ノートがとれる子どもたちを育ていたと紹介されています。
それぞれ先生方は、生徒たちと格闘しながらつくりあげた「耕す」方法のノウハウをお持ちのはずです。それを共有しながら、論理的に考える生徒、読解力がある生徒づくりをすすめたいものだ、その場にネットワークがなればよいと、自身の反省を込めて考えています。
さあ、まずは自分の穴埋めプリントの修正版をつくらなければ。

(メルマガ 129号から転載)

執筆者 新井明

 夏休み経済教室では探究活動の実践報告が注目を浴びました。
 今回は、探究活動を行う場合の大きな枠組みのヒントを紹介します。これは、私のオリジナルではなく、最近翻訳が刊行された、ヴァレン・レイブルック『選挙制を疑う』(法政大学出版局)からヒントを得たものです。

(1)どんな本か
 レイブルックはベルギー生まれで考古学や歴史学の学位を持つ作家です。内容は、現在の民主主義の危機を抽選制議会によって解決しようと提言している政治領域の本です。
 抽選制議会の提言そのものは政治学の領域で衝撃をもって受け止められ、多くの新聞の書評欄でもとりあげられたので読まれた先生方も多いかもしれまん。
内容以上にこの本の注目すべき点は、問題把握から調査検討の活動を経て、問題解決を構想するという探究活動の流れを提示している点です。

(2)どんなフォーマットになっているか
 全体が四つの部分に分かれています。
 第一部(第1章)は、症状と銘打たれた部分です。
 第二部(第2章)は、診断の部分です。
 第三部(第3章)は、病因の部分です。
 第四部(第4章)は、治療の部分です。
 この流れは、丁度病気にかかった患者が病院に来たときの医師の仕事の流れをそのまま表現しています。
 この本の症状の箇所では、民主主義に対する正当性と効率性に危機、民主主義を希求しているのに信じていないという症状が見られるとしています。
 診断では、なぜこうなったのかをポピュリスト、テクノラシー、直接民主主義者がそれぞれ、「責任は〇〇にある」と診断していることが紹介されています。
 病因では、それぞれの診断の根拠を、歴史的にたどり、古代とルネサンス、18世紀、19-20世紀と原因を探してゆきます。
 治療では、各国での取組みや各種の提言が検討されて、最後に抽選制に基づいた民主主義の青写真が提起されてゆきます。

(3)どのように使えるか
 この流れは探究活動の各プロセスで適用可能でしょう。
 例えば、「若者の労働環境をどう改善するか」というテーマの探究活動の場合、まず症状を探すことから始める必要があります。どんな問題を労働現場、労働市場で若者が抱えているか、現状を知らなければ話になりません。かつ、それが病気であるという認識を持つことも大事になります。
 次は、なぜこんな状態になったのか、その診断をしてみます。ここでは、こうなった理由を述べる人たちの見解を探すことになります。社会の責任だ、時代の責任だ、若者自身の責任だ、政治家や官僚の責任だ、企業の責任だなど多様な責任者探しがでてくるはずです。
 そして、病因をさらに探します。それぞれの診断の背景を分析します。歴史的にたどることもできるでしょうし、比較して病因を探すこともできるかもしれません。データの分析から病因を探すこともできるかもしれません。
 最後は、治療です。ビジョン、提言、青写真など、最初の症状を解消する手段(薬、手術、リハビリなど)を提案します。
 経済の観点からは治療にはお金がかかることも注意しておいたほうがよいでしょう。
 このように、かなり形式的に四つの段階を設定することで、無理なく見通しをもって探究活動に取り組むことができるはずです。

(4)診断、治療には技術が必要
 ここまではフォーマットの紹介でしたが、実際の診断、治療には技術が必要になります。
 医学であれば、医師の診断技術、病気の原因を探るための膨大な知識のストック、症状から原因を探る推理力などが名医の条件になるでしょう。また、外科などの手術の場合は的確な腕や最新の器具が必要になります。
 生徒の探究活動に、そこまでの要求は難しいでしょう。
 とはいえ、最低の知識、病因をさがす理論や推論のための方法は教えておく必要があります。
今使われている教科書でも、調査活動のためのかなり親切なスキルのページがあります。それを活用して、社会の病気を治すつもりで取り組ませるとよいでしょう。

(5)そんなにうまくゆくか
 本当にこの流れでできるのと思われている先生方も多いかも知れません。
 まずは、私たち教員自身が、この手順、フォーマットで現状を分析してみたらどうでしょう。
 さしあたりは、今の学校現場の働き方の症状、診断、原因、治療をやってみることを勧めます。それができて、生徒にも自信をもって探究活動に取り組ませることができるかもしれません。

(メルマガ 128号から転載)

執筆者 新井明

 「SDGsを知っていますか?」という質問を受けたら、先生たちは「もちろん」と答える方がお多いでしょう。
 では「、具体的にどんな内容ですか?」と聞いたら「うーん」とうなるかもしれません。今回はそんなSDGsを巡るお話しを。

(1)30・10運動
 先日、出校している大学の非常勤講師の懇談会に参加した時に、主催者のスピーチに30・10(さんまる・いちまる)でゆきましょうという話がありました。
 30・10運動は長野県松本市からはじまった食品ロスをなくすための取組みです。宴会などで、最初の30分は一生懸命食べる、そのあと懇談、そして最後の10分には残さず食べる。余ったらドギーバックなどで持ち帰ろう、という運動です。
 その大学では全学でSDGsに取り組んでいて、その一環でのスピーチだったようです。
 実際に観察してみたら、たしかに最後は残さずに終わりました。素晴らしい結果だと感心して帰宅しましたが、出席者に対して用意した食べ物が少ないという希少性の世界の結果だったからかもしれません。
 同じ大学で、教育学科のゼミ生が、3my(myはし、myバック、myボトル)を実践していますかというアンケートも昼休みにとっていて、全学的な取組みが浸透していることがわかりました。

(2)あらためてSDGsについて
 SDGs(Sustainable Development Goals=持続可能な開発目標)は、2001年に策定されたミレニアム開発目標(MDGs)の後継として、2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記載された2016年から2030年までの国際目標のことです。
 全部で17の目標と169のターゲットからなります。
 17の目標は、①貧困をなくそう、②飢餓をゼロに、③すべての人に健康と福祉を、④質の高い教育をみんなに、⑤ジェンダー平等を実現しよう、⑥安全な水とトイレを世界中に、⑦エネルギーをみんなに、⑧働きがいも経済成長も、⑨産業と技術革新の基盤をつくろう、⑩人や国の不平等をなくそう、⑪住み続けられる町づくりを、⑫作る責任使う責任、⑬気候変動に具体的な対策を、⑭海の豊かさを守ろう、⑮陸の豊かさも守ろう、⑯平和と公正をすべての人に、⑰パートナーシップで目標を達成しよう、です。
 日本では、政府が音頭をとり企業も巻き込んで取組みが進んでいます。また、教育の世界でも、学校教育のあらゆる面で取組みがはじまっていますが、具体的にどんな形で取り組むべきかに関しては温度差があるようです。

(3)探究学習の落とし穴
 17の目標は、途上国がメインのテーマ、先進国も含めた全体のテーマ、広いテーマ、具体的な課題が明確なテーマなど、テーマにレベルや対策の違いがあってなかなか焦点化しにくいところがあります。
 とはいえ、現代世界の課題が列挙されていることは間違いないので、新科目「公共」では、内容のCに「持続可能な社会づくりの主体となる私たち」というタイトルが付いているように、教科のなかでも探究学習のテーマとして取り上げるにふさわしいものと言えるでしょう。
 その際、注意をしたいのは、しっかりしたリサーチの必要性です。
 例えば、先にあげた大学生の3my運動のちらしには、⑮陸の豊かさを守ろうに関連させて、割り箸をへらしてmyはしを持参しようというスローガンと、割り箸は森林破壊につながるという文言が書かれています。
輸入はしを考えるとたしかにそれは言えるのですが、国内産のはしに関しては必ずしもそうとは言えなさそうです。
 割り箸論争というのが1990年代にあり、当時、東京のある私立中学校の生徒たちが「わり研(割り箸研究会)」というサークルを作り、生産地まででかけて、国産割り箸は森林破壊ではないというレポートを書き、それが話題になったことがあります。
 大学生諸君が、現在の割り箸の生産、流通の実態をどこまでリサーチをしてチラシに書いたか、聞いてみたい気になりました。

(4)批判的思考のリトマス試験紙に
 SDGsのような世界的、また国策的な運動を探究テーマにする場合は、ちょっと待てよの精神と、しっかりした事実を集めてゆくこと、それもできるだけ多様なものをあげて吟味することが求められています。
 そして、一つの政策には利害がからみ、意図せざる結果が生じることを発見させるような示唆が必要になります。
 そういった配慮がないと、自分たちは良いことをやっているのだという「正義」のスローガンが一人歩きをするおそれも出てくることをこころしたいものです。
 ちなみに、30・10の話を後日別の懇親会で話しました。
 その結果、食べ残しをださない努力をして、みなきれいに平らげましたが、逆に私の胃袋は一杯になり、翌日まで響きました。
 まさに意図せざる結果が生じたわけです。

(メルマガ 127号から転載)

執筆者 新井明

 前号でテストに関して書いたので、今回はその後始末から平均を話題にします。テストの点数処理や授業改善のはなしだけでなく、経済にも関係する話も登場します。

(1)平均点は何点?
 テストを返却するときに必ず生徒から質問されるものに、「先生、平均点は?」という問いがあります。質問される前に、「今回の考査の平均点は〇〇」と先に伝える先生もいるでしょう。それを聞いて、良かったと胸をなで下ろすも生徒もいれば、がっくりする生徒もいます。
 ありふれた風景ですが、かつては「ぼくは平均点なんて出さないよ」という先生もいました。筆者の中学時代の担任です。
 彼曰く、「だって、一人が100点で、もう一人が0点だったら、平均点は50点だろ。そんな数字に何の意味があるのかね」。分かるけれど手抜きじゃないかなと、なんとなく釈然としなかった思いがあります。

(2)平均にもいろいろある
 生徒たちが求めているのはクラス内の単純な平均です。厳密には相加平均(単純算術平均)と呼ばれるものです。これは母集団の数値を全部足して、母集団数で割って得られます。
母集団が2のようにあまりに少ない場合は、元担任の言うごとく、意味がない場合もあるけれど、十分母集団が多ければ意味はあります。
同じ平均でも、ウエイトを変えて計算する加重平均というものもあります。
テストでいえば、頑張りや伸び率を評価するために中間考査と期末考査のウエイトを変えて評価する場合などがそれにあたります。
 例えば、中間考査を4、期末考査を6の割合で評価するときには、{(0.4×中間素点)+(0.6×期末素点)} が加重平均の点数になります。
もし、中間60点、期末70点の生徒がいた場合、24点+42点=66点が加重平均の点数で、相加平均の65点より期末の頑張りが評価されることになるわけです。
 これで二つ目ですが、これ以外にも平均は多数あるのです。その一つが相乗平均(幾何平均)です。
 テストの結果で相乗平均はあまり使いませんが、経済の世界では結構多く目します。例えば、平均成長率。高度経済成長の時代には年の平均成長率が10%を超えていたなどと説明します。
 この平均成長率は、相加平均ではなく相乗平均です。
 相乗平均は、成長率の場合でいえば、年ごとの成長率をかけて、その間の年数の累乗根を求めることで得られます。
 最初の年に5%、次の年に2%の成長率だったとすると、平均成長率は3.489…%となります。相加平均の3.5%とはずれるわけで、相加平均≧相乗平均になります。
 かつて、この相乗平均の問題が「政治・経済」の入試で出題されて、難問とレッテルを貼られたことがありました。相乗平均は数Ⅰの式と計算に必ず登場するので、決してそんなに難しい話ではなかったはずですが、平均点という相加平均ばかりの世界に馴らされてしまった受検生には厳しかったのかもしれません。
 ほかにも、調和平均があります。これは平均速度などを計算する場合に登場しますが、ここではそれ以上には触れません。

(3)平均から波及する考え方
 平均から広げて注目したいのは、分布です。
 平均の世界は、分布でいえば、その位置、中心を示す尺度です。成績でも大事なのは平均より、分布になります。なぜなら、平均を聞くと、それに引きずられて全ての値が平均だと錯覚をおこすからです。
 だから、平均のような分布の中心を知るだけでなく、ばらつきがどうなっているのかを知る必要があるわけです。
 もう一つ、知っておきたいのはメディアン(中央値)です。データを大きさの順にならべて、ちょうど真ん中に来る値です。合わせてモード(最頻値)も知っておいても良いかも知れません。これは、データ中に一番多く出てきた数字になります。
 テストで言えば、クラス内の多数がどのレベルなのかがわかれば、どこまで全体が理解しているのかの状態が把握できます。
 経済の世界では、所得分布がこのばらつきと関係します。
 例えば、家計の平均貯蓄残高のように分布が正規分布になっていない場合など、単純な平均である相加平均が一番高く数字が出て、次が中央値、最頻値は一番少ない金額になります。だから、平均貯蓄残高が実感より多い数字がでてくるわけです。
 子どもの貧困問題も、平均からは見えない中央値、最頻値からデータ的にみてゆくことが必要になります。

(4)ここまでは知りたい
 平均から広がってきましたが、さらに分散、標準偏差、変動係数などが登場しますが、これは数学の世界に任せましょう。
 ただ、標準偏差はばらつきの大きさが分かるので、知っておいた方が良いものになります。
 ちなみに、これらの計算やヒストグラムの図はエクセルを使うと簡単に出せますから、点数処理の時に出しておいて、クラス差や生徒の成績分布なども知っておくとよいかもしれません。
 また、経済の世界では所得分布に絡んでローレンツ曲線、ジニ係数などが登場しますが、高校の教科書「現代社会」や「政治・経済」ではすでに登場していますし、ジニ係数を計算させる入試問題も出題されていますので、これは授業で扱っておいた方がよい概念になります。

(5)平均から授業改善を考える
 さて、本題の授業改善に関してですが、この話を書くきっかけとなったのは、筆者の「手抜きテスト」の結果です。担当2クラスの平均は67.9点、A組が69.2点 B組が66.7点でした。
 相加平均で比べるとそれほどのクラス差はありませんが、得点分布、中央値、最頻値を出してみると歴然と差がでました。A組の方が圧倒的に良いのです。
 後で聞くと、B組は学年全体では理系が多く学年で一番の優秀クラスなんだそうです。ここからわかるのが、優秀クラスの合理的手抜きです。論述テストでも、無難なものが多く、減点はできないけれど、似たような論旨だなという答案がいくつか出てきました。
 それに対して、A組はなかなか尖った意見がでて、読ませるものが結構ありました。
 平均点だけではわからないクラスによる授業の受け止め方の差です。こんな傾向が具体的な形で分かるという意味では、単純な平均だけではなく、一歩すすめて、様々な平均、さらに分散などを調べてみることが授業改善に通じるのではないでしょうか。
 さて、B組の合理性をいかに破るか、ロートル教師にとって、なかなかチャレンジングな課題がつきつけられたなというところです。

(メルマガ 126号から転載)