執筆者  経済教育ネットワーク代表 篠原 総一

(1)分業と交換のしくみ
 「私たちのくらしは、くり返し営まれている生産と消費によって支えられており、これらのしくみや働きについて考えていくことが、経済の学習である。」(清水書院「中学公民」平成30年版、p.102)

教室では、このように大きい学習目的に沿って、家計、企業、政府が互いにつながっている様(さま)について学んでいきます。基本は、消費、生産、税支払い、政府の社会保障などのように、毎月、毎年繰り返されている経済活動の循環です。
しかし、経済社会は、毎年繰り返される経済活動のほかに、「現在の経済活動」と「将来の経済活動」をつなぐ仕組みもあわせ持っています。
今年の家計の貯蓄が今年の企業の設備投資を支え、それが将来の生産と雇用に結びついていくことも、「分業と交換のしくみ」の一部なのです。
それにもかかわらず、教科書ではその大半が、「現在と将来のつながり」という視点を無視するか、あるいはごく軽く触れるだけであるために、生徒も先生も、経済のこの重要な部分についての学習をパスしがちになってはいないでしょうか。

(2)教科書の記述
たとえば家計については、ほとんどの教科書で、可処分所得を消費と貯蓄に分ける、消費は暮らしを豊かにするための財やサービスを購入する、消費されなかった可処分所得は貯蓄される、とだけ書かれています。
あるいは、たかだか、所得のうち消費されない部分(貯蓄)は、金融機関への預金や証券などの金融商品の購入に使われるという記述までで、家計がなぜ貯蓄するのか、そしてその貯蓄が社会全体の中でどのような役割を果たしているのか、の説明はほとんど見当たりません。

(3)経済は、「現在」と「将来」をつなぐ役割りも
  実際には、家計は将来のことを考えて、所得の一部を貯蓄に回しています。
5年先に必要になる子供の教育費を用意する、いつか病気になった場合に備えて余分に蓄えておくといったように、何年か先のことも考えに入れれば、今年の消費をいくらかあきらめて、それを貯蓄に回すことが賢明な暮らしにつながるからです。
  一方、企業でも、直接金融、間接金融経由で集めた資金を、生産設備の入れ替え、企業内のデジタル化、技術開発の研究などに使いますが、それがその企業の5年先、10年先の生産を支え、ひいては社会全体の雇用機会の確保、GDPの押上げにつながっていくのです。
また政府も、公債発行で集めた資金で道路などの公共資本を充実させて、 それが10年先、  20年先まで私たちの便利な暮らしや企業活動を支える社会インフラになっていくといった、「時をまたぐ仕組み」の一翼を担っています。

(4)「仕組み学習」に取組む先生方へのお願い
もちろん中学生や高校生に3年先、5年先、10年先のことを意識させることは容易ではありません。
しかし、少なくとも先生方には、分業と交換には
① 「現在と現在」のつながりと、
② 「現在と将来」のつながり
の2種類があることをはっきりと意識し、その上で、家計、企業、政府の行動について着実に教えていくという授業を進めて欲しいものです。

そんな問題意識をもって中高の教科書を眺めまわしているとき、偶然、大竹文雄先生が日本銀行広報誌に寄稿された、おしゃれなショートエッセー、『理想的な「おかね」の貯め方』を目にしました。
すぐれた授業作りに励んでおられる先生方には、ぜひ熟読していただきたい一文です。
  「にちぎん」No.63 2020年秋号

(5)授業作りに役立つ大竹文雄先生のメッセージ
  この短いエッセーは4段構成になっていますが、それぞれの段落から「貯蓄の教え方」について一つずつ、合計4つの有用なヒントが見えてきます。

  第1段で、金融広報中央委員会「家計の金融行動に関する世論調査」のデータを使って、私たちの貯蓄の具体的な目的を整理します。教育の上では、資料やデータを使って、貯蓄がなぜ私たちの暮らしに役に立っているのか、という貯蓄の目的と意義を読み取る作業に相当します。

次いで第2段では、伝統的な経済学の知見を使って、消費と貯蓄の合理的な決め方について、さらりと説明しています。
M・フリードマンの恒常所得仮説と、F・モディリアーニのライフサイクル仮説ですが、もちろん先生方も生徒も、仮説の名称や理論内容については無視して下さい。
要は、今年の暮らしだけでなく将来のことも考えるならば、バブル期のように所得が一時的に増えるときでも、逆にバブル崩壊で所得が大幅に減少するときでも、消費水準はあまり変えない方が家計にとっては合理的な選択になるということです。
分かりやすい例として、宝くじで300万円当たったとき、その年と次の年だけは豪奢な消費をして、その間はとても楽しかった、でも蓄えには回さなかった。ところが、その後、何年か不況が続き、所得も半減したため、消費も激減せざるをえなかったと考えてみましょう。このような暮らしはいかにも不合理です。運よく宝くじに当たったら、その年の消費はほどほどにして、将来のために貯蓄しておく方が合理的だということは、中学生、高校生も簡単に気づくはずです。
このように、所得が増えるときには、消費は所得の増加分ほどには増やさず、増加分のほとんどは貯蓄しておきなさい。逆に所得が減少するときには消費はそれほど減らさず、貯蓄を減らすか過去の貯蓄を取り崩しなさい。それが合理的な貯蓄の決め方だ、というのがこれまでの経済学の教えなのです。(*註)

大竹エッセーはここでは終わりません。第3段では新しい経済学(行動経済学)の知見を援用して、現実には家計は合理的な行動はとらず、所得が増えるときに貯蓄はほとんど増やさず、逆に消費ばかり増やすという事実を私たちに気づかせてくれます。教育の上では、可処分所得と消費・貯蓄の関係を示すデータを読み取り、その上で「なぜそのような行動をとるのか」という理由を考える作業です。
大竹先生はその理由を、私たちが将来のことより今の楽しみを優先してしまうという、行動経済学で「現在バイアス」と呼ぶ行動をとるからだ、と説明されます。(分かっちゃいるけど、止められない、という困った行動です。)
ですから、所得が上下に変動する中で消費をできるだけ増減させないことが合理的であるにもかかわらず、私たちは、所得が増えたとき、ついつい消費も増やしてしまうというわけです。

最後の第4段は、データや資料を読み取り理解した結果を使って解決策を考えるという作業です。それを、大竹先生は、「(長い目でみると)一見不合理だが、所得が多いときも少ないときも一定額の貯蓄を続けることだ。・・・将来の自分が誘惑に負けることを予期してルールを設定することが、実際には「ベストな選択」になる」とまとめています。
 言い換えると、「増えた所得は今使ってしまいたい」という誘惑を退け、毎年同じ額を貯蓄にまわすというルールを自分で作ることが、誘惑に負けた行動よりもはるかに賢明な暮らしに近付ける、という生活設計の勧めだということです。企業に勤めている人なら、毎月の給与から一定額を天引きする貯蓄も一法だということでしょうか。

(6)「読み解き、考える」経済教育へ
 このような考え方、教え方の4つのプロセスを「家計の経済活動」の学習に活かすことができれば、「資料やデータを読み解いて、その結果を使って課題について考える」教育としても、さらには、貯蓄学習や、「分業と交換のしくみ」を学ぶ上でも、生き生きとした授業を作っていけるのではないでしょうか。

*註) 実は、ここまでの論点を書き込んだ教科書もいくつか存在します。東京書籍『新しい社会 公民』(平成30年版、p.121)はその一つです。ただし、この教科書では、貯蓄の仕方についての記述は、残念ながら「消費と貯蓄への配分は合理的に行う必要があります」だけで、どうすれば合理的な貯蓄行動になるのか、という説明はありません。また同じ教科書の企業、政府、金融の説明個所でも、家計の貯蓄がどう使われているかといった経済循環に気づかせる記述も見当たりません。

執筆者 青島日本人学校 小谷 勇人

(1)1人の消費者として見た中国経済事情
 私は現在、中国の青島日本人学校で勤務をしています。
中国に来てから肌で感じたキャッシュレス決済の浸透具合や、スマートフォンがあればすべての生活がワンクリックで済むこと、逆にないと普通の生活ができないというフィンテック社会には本当に驚きました。
淘宝(中国版amazonのようなアプリ)では、好みの商品のお得な情報をアプリ内メッセージとしてよく受信し、気づけば買っていたといった消費生活です。中国人もこの便利さを進んで受け入れる代わりに、自分の情報を差し出すことは当たり前になっているように感じます。

新型コロナが流行して、スマートフォンの健康コードアプリ(緑色のQRコードが出れば健康)を提示しなければ、地下鉄やバスに乗ることやスーパーに入店することもできません。
10月の国慶節後に青島市では港の労働者が輸入品の冷凍食品を介して新型コロナに感染する第2波がありました。それに伴い、市内では960万人の一斉PCR検査が行われました。すべての検査が陰性であったというニュースがあり、その後は感染拡大の情報は全くありません。
中国では新型コロナ対策としてこれほど厳格に管理がなされているので、経済は順調に回復しているようです。
もう中国は内需だけでもやっていけるのではと聞いていましたが、「これ程までとは!」とまざまざと見せつけられました。

(2)中国人の起業家精神に驚愕
 中国に来て、驚いたことに中国人の商売人気質(起業家精神?)があります。
新型コロナの流行は中国経済にも大きな影を落とし、たくさんの商店にシャッターがおりました。
そのまま、「招租(テナント募集中)」の張り紙がされて、まもなく1年という商店もあります。しかし、そもそも青島市では2年経営がもてば老舗、一番儲かるのは実は内装屋ではという笑えない話があります。

先日、こちらで働く日本人に、中国経済が日本経済と違う点について聞く機会がありました。
「100%の完成度を持つ商品やサービスにこだわらず、できることからドンドン取り組む。失敗したと考えればすぐにやめる。常にスピード感がある。」と回答をもらいました。
商機があれば準備が万全でなくても会社をつくってみようとする精神は、日本人として見習いたいものです。
このような起業家精神がお隣の国に急激な発展をもたらしていることを今の中学生に伝え、失敗を恐れず自由な発想で挑戦する姿勢を身に付けた人材が増えてこないと、日本の中で革新的なイノベーションは今後起きにくいのではないかと思っています。
今こそ、中国企業から日本企業が学ぶべきことがあるのではないでしょうか?

(3)「中国企業から日本企業が学ぶべきこと」を授業化する
 先日、中学3年生の「これからの経済と社会」の学習の1時間で「他国に学ぶ日本経済の未来」という授業を行いました。
中国経済の中で進んだキャッシュレス決済やアリババの芝麻信用などの信用スコアの実態やBATH(バイドゥ、アリババ、テンセント、ファーウェイ)に代表されるような中国ベンチャー企業の特徴ある経営戦略について紹介し、まとめとして日本に導入した際のメリットとデメリットを中学生に考えさせたいと思い、授業を構想しました。

 導入として、コロナ禍の世界経済の中で結果として中国は2020年度GDPを5%増加させたことに触れました。
生徒たちは、どの国もコロナで苦しい経済状況と考えていたようで、この結果には驚いていました。補足として、1~3月期は-6.8%であったことを伝えると、年間でここまで持ち直した理由は何かということに俄然興味が湧いてきたようでした。

 青島に住む生徒はお小遣いをWe chat Payで親からもらっているようで、キャッシュレス決済の話はすんなり理解しましたが、その背景にある信用スコアの実態に驚いていました。
信用スコアをあげるためにはさまざまな個人情報を細かく書かなければならないという話には「個人情報だから怖い」という声が聞かれました。
芝麻信用のスコア算出において重視されているのは「学歴や勤務先」、「資産」、「返済」、「人脈」、「行動」の5つの指標です。
生徒からは、「人脈や行動はどこまで分かられているんだろう」という声も聞かれました。
BATHの話では、コロナ禍の中でもさまざまなイノベーションが起き、生活が大きく変わったことを生徒は実体験しているので、商機があれば転職や起業は当たり前、コロナですらビジネスチャンスとする中国企業の姿勢に共感していました。

 最後に思考ツールのバタフライチャートで日本企業に導入した際のメリットとデメリットをまとめました。
「日本は安全性を大事にしすぎて、いろいろな開発をする機会を失ったと思う。」というデメリットの記述は私の心にも強く突き刺さりました。一方で、「日本の安全性にこだわる部分は強みでもあるので、両方の良いところをみていく必要がある」というつぶやきは中学生の学習段階として染まりすぎていない良い考えだと評価しました。

(4)比較のなかから未来を構想する学習を
 私は中学校の経済単元のまとめに「未来の日本経済や企業の在り方を中学生なりに構想する学習」が必要であると考えています。
その際、アメリカのGAFAや中国のBATHの特徴ある経営戦略について触れることは、大きなヒントとなると思っています。
今回、私が中国にいるのでBATHについて取り扱いましたが、これについては日本と比較してイノベーションを感じさせるのであれば、どの国や地域の経済事情について扱っても良いと考えています。
比較した上で、日本に取り入れた際の影響を考えることが、何よりも大切な学習機会となるはずです。
中国にて、私自身の学びも継続中です。

執筆者  京都府立山城高等学校 下村 和平

(1)秋は魔の季節
9月の某日、某高校の3年「政治・経済」の授業。単元は財政。
 高校3年9月は指定校推薦の校内選考がとりあえず終了。AO入試や国公立の小論文入試が必要と意識し出す生徒は、同時に面接対策も意識し出す頃。
共通テストでグラフが出るらしいとの噂に恐れている生徒、今年はコロナ関連の問題がでるのではと勝手に不安がっている生徒も教室にちらほら。
一方で、政経を受験に必要としない生徒は「もう関係ないよ」とばかり内職が多くなる時期。教員にとっては授業がしにくくなる魔の時期のはじまりである。

 筆者は、普段は黒板の板書と聴覚障害を持つ生徒への要約筆記(聴覚障害を持つ生徒へのポイントの板書)をしながら、教科書を使うオーソドックスな授業を行っている。
ところが、今回は初めてパワーポイントで3種類のグラフを投影して、そこに線を引いたり、質問をしたりしながら、ICT教育らしき授業をやったこともあり、なんと生徒は全員おきていた。
 ただし、わかったのは、パワポで示す資料は1時間では3~4枚が限界。これ以上資料を示しても、生徒は自分の世界(睡眠の世界)に入っていくだけ。また、要点を必ずメモさせることが大切だということ。そうでないと、聞くだけになり、「電動紙芝居」になってしまう。これってICT教育の弱いところだ。

(2)まずはオーソドックスに
この授業で生徒に示したグラフ資料は、「令和2年度一般会計」の当初予算と第二次補正予算の歳出と歳入を円グラフで示したものと、「国債の発行額と一般会計額の推移(1975年~2020年)の三つである。これらのグラフから、読み取れることを答えさせながら、日本の財政の現状と課題についてすすめる。
教員は、生徒はグラフを読むのが苦手なので、その練習をしながら財政を一気に終えようとして強引に授業をはじめる。全国どこにでもある授業風景である。

 生徒に投げた最初の問いは、「令和2年度の当初一般会計と二次補正を比較しながら、相違点を5つ見つけなさい。政経で受ける予定の人は8つくらい見付けてね。皆さんが知っている知識を総動員してくださいね」というもの。
 グラフを「読み取く」なかで、一般会計総額が約102兆円から160兆円に拡大(約6割増加したこと)に気づいた生徒が出てきた。
そこで、「プライマリーバランス赤字」を説明したりするうちに、2次補正の歳出の項目に「コロナ関連対策予備費」として7.2%が計上されていることに気づく生徒も出てきた。
「よいとこに気が付いたな」と思い、そこから、教員のちょっと横道にそれた雑談が始まった。

(3)授業はちょっと横道に
私:アベノマスクはみんな2枚ももらいましたが、メディアの報道を見る限り、あまり評価が高くありませんでしたね。でも、もし、あのマスクをユニクロの AIRism でもらったら、国民は喜んだんじゃないかな。」(数名の生徒にやにや…)

私:「でも、なんでユニクロ?安倍さん、ユニクロと何かあるの?などと変なことを疑われてしまったりして、叩かれるかもしれませんね。じゃあ、こんな方法はどうでしょうか。」(生徒不思議そうな顔)

私:「首相が、『皆さん、国内にマスクが不足しています。マスクは感染予防に効果的だと言われていますので、国民にマスクを政府が配布したいのです。涼しく良いマスクをできるだけ早く、安価に誰か生産してもらえませんでしょうか?政府が国民に今回配るので買いますよ!』『費用は国民の皆さんには申しわけありませんが、赤字国債を発行させてもらいますので、ご理解ください』ってね。こう言ったら国民の反応はどうなったでしょうね。」 (生徒爆笑!)

私:「だって、マスクが不足した4月や5月頃、皆さんも自分で作ったでしょ。僕も作りましたよ。そのうち、作り方を示す人がサイトを作ったり、いろんな業種が作ったりしたじゃないですか。京都市内でも、和装業界が着物を作る「絹の余り」で作って配布してくれた会社だってあったじゃないですか。はじめは、ボランティアのようなかたちで したが、そのうち、様々な業種がマスクを作り出しましたよね。」(生徒うなずく)

私:「そのうち、国民の側(需要者)から『形が良いマスクがほしい』『涼しいものがほしい』『カラフルな色がほしい』など要求が出てきて、各企業がマスク産業に参入しましたね。つくれないなと思った企業はそこから撤退し、良いものが市場に残りつつありますよね。これって、資本主義の基本的な競争原理じゃないですか?」

私:「また、消費者が求める商品を企業がそれに求めて生産していくというのは、いわゆる『消費者主権』が目の前で展開されているんじゃないでしょうかね。これって、授業でならった言葉が皆さんの目の前で展開されていますよね。」(生徒半分納得)

(4)雑談こそいのち
 この授業、最初は、パワーポイントを使って普段白黒の授業プリントをカラーで示しながらやってみようかという軽い気持ちで、資料を読む練習程度に考えていたのだが、生徒の「コロナ対策費」という面白い気づきからやや暴走してしまった。
その日にやろうとしていたことが全てできたわけではなかったが、この脱線で、本質からは大きく離れず、なんとか授業は終了。

ちょっとした脱線、暴走だったのだが、こうした話、案外生徒は聞いているものだと実感。
卒業生に会うと、「先生の授業の中身はほとんど覚えていないけれど、雑談、脱線はおぼえていますよ」という言葉を聞くことがある。うれしいような悲しいような気持ちだ。
別に意図して雑談をするわけではないが、今回のように生徒の気づきやちょっとした発言がきっかけで脱線することは悪くないのではと思うが、いかがだろうか。
ただし授業と全く関係のない雑談では意味がないことは言うまでもない。でも、授業に関連した雑談は案外難しいもの。
そんな雑談を引っ張り出せるような「問い」とは何だろうと考えながら、これからの授業づくりに挑戦してゆきたいと思っている。

(メルマガ 143号から転載)

執筆者  行壽浩司(福井県美浜町立美浜中学校教諭、兵庫教育大学連合大学院生)

(1)公民分野の悩み
中学校の公民的分野では憲法の条文に則り、自由権や社会権、参政権などの学習を行う単元が設定されています。授業者としてはどうしても憲法の条文の解説に多くの時間を割いてしまいますが、これは避けたい。
法という抽象的な概念から、私たちの生活における様々な場面、具体的な事象へとつなげてゆける授業が求められていると思います。

(2)社会権を切り口に
 社会権の学習では生徒の目が輝くような、魅力的なネタが多くあります。
例えば、団体行動権では、「野球のメジャーリーグで素人を集めて試合をした球団があるか?」。(答え、ある。選手がストライキをして出場を辞退したため。-フジTV『トリビアの泉』より)
教育を受ける権利では、「明治時代の小学校の出席簿、この<黒ちょぼ>はなに?」(答え、<黒ちょぼ>は欠席マーク。このクラスでは25人中皆勤はたったの3名。女子は全休が18人中13人。-福井県教育博物館より)
こんなネタによって具体的な事象へと学習が展開してゆきます。

河原和之氏のクーラーと生活保護の関係が問題になった「桶川事件」を扱った実践に触発されて、筆者がこのネタを福井県の公立中学校三年生に対して行いました。
「ガラケーなら固定電話があれば必要ないのではないか」
「スマホがあるなら検索機能があるのでパソコンは必要ないのではないか」
「電子レンジは冷凍食品を食べなければよいのではないか」
「いや、冷凍食品を食べることができないのは健康で文化的な最低限度の生活に反しているのではないか」
「冷凍食品は文化的かもしれないけれど、健康的かというと…」と、教員の想定していた以上のものが出てきました。

(3)もう一歩深めるために
このような社会権を扱った後に、生存権の考え方や、生活保護という制度について生徒に聞くと、おおむねこの制度に賛成します。しかし、本当にそう思っているでしょうか。それは「予定調和」的な答えであり、教員のオーダー(言ってほしい模範解答)に応えている「おりこうさん」な答えではないかという疑問が浮かび上がります。

ここでもう一度資料を提示して、生徒の価値判断を揺り動かしたい。
「もしも先生が働けなくなって生活保護を受けたとしたら、健康で文化的な最低限度の生活を営むために必要な金額っていくらだと思う?」という問いをなげかけます。
「健康で文化的な最低限度の生活」をすべての国民が送ることができるのはよい事(善)であり正しい事(正義)であると生徒は思っていけれど、では具体的にどの程度の金額が必要なのか、とさらに問うてゆきます。
インターネットのサイトで計算したところ、20代後半の独身男性であれば月約13万円とのことでした。

このネタからさらに二つの問いを導き出すことができます。
一つは、具体的に月13万円が必要だとして、目の前の先生が「健康で文化的な最低限度の生活」を営むためにそれだけの税金をかけることに、あなたはやはり賛成ですか、反対ですか?と問い直す発問です。
「行寿先生だったらクーラーじゃなくて扇風機でよくない?笑」という意見が出てくると教室が盛り上がります。
みんなで笑い合いながら、「そのように人によって判断は変わっていいのかどうか、それこそ人種の違いや性別の違い、身分で判断は変わっていいのか」と、追求していくことで生徒は「う~ん」と考え、近くの生徒とミーティングを始めてゆくのです。
生徒にとって「話し合いたい」と思える問いということだったのでしょう。この問いは、より正義や公正について考え、深めるきっかけになります。
このような学習法は高等学校「公共」の学習にもつながるはずです。

(4)ダメ押しの問い
もう一つの問いは、月13万円という金額が「健康で文化的な最低限度の生活」を営むために必要であるとしたら、それ以下の金額で生活している若者の存在は、憲法が保障している生存権の考え方に反しているのではないか、政府はこのような貧困世代を救済する政策をとるべきではないか、という問いです。
そこから絶対的貧困率と相対的貧困率を説明してゆきます。「日本は先進国で豊かな国」という授業を小学校の頃から受けてきた生徒にとって、「日本は貧しい国である」という新しい事実は刺激的なはずです。

抽象的な内容理解に終止しがちな公民的分野の学習を、ネタという具体的な事象を通して深めていく。そして「予定調和」的な価値判断意思決定を超えるために、生徒自身の価値判断が揺れるような重層的な問いをたてる。
社会権以外にも魅力的なネタやそこから派生する問いはたくさんあるはずです。それを発見しながら授業をつくってゆければと思っています。

(メルマガ 141号から転載)
 

執筆者  大塚雅之(大阪府立三国丘高等学校)

(1) 高校生の一番の関心は?
高校生の一番の関心事はなんでしょう。受験やクラブ活動と言う回答もあるかもしれませんが、本音では恋愛ではないでしょうか。どんな生徒であっても、それなりに興味をもって聞く話といえば、まずは恋愛、そして結婚といっても過言ではないでしょう。
今回は。最近結婚した私の知人の話などを参考に、恋愛の先にあるかもしれない結婚に関する事例を二つとりあげて、それらの活動がいかに経済概念と関連するか、社会科や公民科の授業での題材になりうるかを考えてみたいと思います。
そもそも恋愛から結婚にいたるまでにはさまざまな過程があります。

(2) 結婚相手を探す過程
昔はお見合い、戦後は恋愛結婚が主流したが、現在では結婚相手を、SNSを活用して見つけることが増えてきているようです。
『「家族の幸せ」の経済学』(山口慎太郎、光文社新書)では、現在の日本のカップルの2割がマッチングサイトで出会っているというデータが紹介されています。また、『オンラインデートで学ぶ経済学』(ポール・オイヤー著、安藤至大解説、NTT出版)よると、アメリカ人の三分の一超が結婚相手をネット上で見つけ、しかもそのようなカップルの方が結婚後の幸福度が高いという結果が出ているとのこと。
実際に、日本国内でも怪しげで要注意な出会い系サイトばかりでなく、ペアーズなどといった無料登録のマッチングサイトを多くの人が活用しているようです。また、楽天オーネットなどの有料サイトになるとそれだけ本気度の高い人たちが集まる傾向にあり。成約率も高いようです。
例えば、それぞれのマッチングアプリやサイトがどのようなビジネスモデルで行われているのか、実際はどうなのか、問題点は何かなどを考えさせてはどうでしょうか。
そのような活動を通して、最近注目されているシグナリングやネットワーク外部性の理論の概容を紹介したり、学校選択や臓器移植のような恋愛や結婚以外の具体的事例を探させ、関心を広げさせたりする活動につなげる授業が可能になるのではと思います。

(3) 指輪選びと交渉
ここでは結婚指輪を購入しようとしている某カップルと店員さんのやりとりを再現してみます。

店員さん:「当店では、はじめて来られる方限定で○○%割引させていただきます。」
彼女:「とりあえず見に来ただけなんですけど」
店員さん:「多くのお客様が、初めて来た際に指輪を購入しております。こちらの指輪をご覧ください。」
彼女:「めっちゃきれい。」
彼氏:「他とも色々比べてからの方がいいよ。他の店に行ってから戻ってきても、割引は適用されますか?」
店員さん:「いいえそれは困ります。初めてご入店いただいた方のみ割引が適用されます。」
彼氏:「でも、やっぱり違う店の指輪も見た方がいいよね。」
店員さん:「分かりました。上の者と相談してみます」
店員さんはバックヤードに行き数分後
店員さん:「上司と話し合いまして、今回は特別にまた戻ってこられたときにも同じ割引を適用させてもらいたいと思います。」

このようなやりとりを提示し、交渉教育を取り入れるというのはどうでしょうか?
『話し合いでつくる中・高公民授業 交渉で実現する深い学び』(野村美明他、清水書院)では交渉する際の指針として、以下の7つを示しています。
1、人と問題を切り離そう
2、立場ではなく利害に焦点を合わせよう
3、双方にとって有利な選択肢を考えだそう
4、客観的基準を強調しよう
5、最善の代替案(BATNA= Best Alternative to a Negotiated Agreement)を用意しよう
6、約束(コミットメント)を用意しよう
7、よい伝え方を工夫しよう

上の事例の場合は、どの指針を特に重視するかを話し合わせたり、実際に交渉のロールプレイをさせたりするというのはどうでしょうか。
そうすると、5つめの指針であるBATNAを意識し、他店の指輪をきちんと確認し、その価格等をもとに交渉に臨むのが適切ではないかという意見がでるかと推測します。
ここでも、交渉教育で終わらず、そもそも取引はwin-winの関係であることを教えるといったことも考えられます。また、他にも人間の心理についての知見を取り入れた行動経済学の理論を紹介したり、消費者問題に発展させたりすることも可能ではないかと思います。

(4) 多面的・多角的に
今回は結婚を題材にした経済学習の提案をしてみました。結婚というと同性婚や別姓の是非など政治分野で法的問題として取り上げられることが多いと思います。また、家族の在り方やその変化という文脈で社会学的に扱うことも多いかと思います。そんななかで、今回の提案のように、経済からの切り口もあり得るということで、参考にしていただければ幸いです。
ただし、この提案、実際に授業化するには、生徒の状況や学校の教育方針、プライベートでセンシティブな事情を扱っているという点を考慮する必要があるなど、様々な留意点があることにもご注意ください。

(メルマガ 140号から転載)
 

執筆者 山﨑辰也(北海道北見北斗高等学校)

(1)二つの栃木
 北海道佐呂間町に栃木という地名があります。なぜ、北海道に栃木なのか。そこには鉱毒事件を巡る歴史の暗部があります。
この地区の歴史を掘り起こし紹介したのは、私が今勤務している高校で50年ほど前に社会科教師を勤めていた小池喜孝さんです。

 小池さんはもともと東京の小学校教師で、草創期の社会科に関する討論会に、当時32歳で現場教師の代表として参加された人でした。しかしGHQによって公職追放にあい、公職追放解除後、1953年から教職に戻ることになりますが「東京だけは絶対お断り」として北海道の北見北斗高校で社会科を教えることになりました。小池さんは北見の地で地域の民衆史掘り起こし運動で活躍し、数々の本を残しました。その中の代表作が『鎖塚―自由民権と囚人労働の記録』(岩波現代文庫)です。この本の「あとがき」に、次の文章が記されています。

  「(北見の)北方に、ひときわ高い仁頃山が見えます。山の向こうには、足尾鉱毒移民が、『奸策』をもって、明治44年に入植させられた栃木部落があります。」

(2)二つのカリキュラム
 なぜ、小池さんの紹介をしたか。それには、経済教育をめぐる二つのカリキュラムの対立と相克の歴史があるからです。

 アメリカの経済教育には大きく2つのカリキュラムがあることが指摘されています。それは「学問中心カリキュラム」と「社会問題中心カリキュラム」です。
 学問中心カリキュラムとは、学問知(経済学)によって教育内容が規定されるものです。それに対して、社会問題中心カリキュラムとは、教える側の先生が社会の中から学習内容となりうる教材を選択し、生徒はその中から興味・関心に基づいて学問知を取り入れて社会的行動につなげるものです。
日本で言うならば、前者は系統学習の系譜に属し、後者は問題解決学習の系譜に属するものとして位置付けることができます。この両者は、これまでの社会科の歴史のなかではシーソーのようにゆれてきました。

私は、この「学問中心か、社会問題中心か」を二項対立にするのではなく、どちらの立場でも取扱われる学問知を大事にして、2つのカリキュラムの両立を図ることを目指しています。
このため、基本的には「学問中心カリキュラム」の発想で授業を展開しつつ、テーマによって「社会問題中心カリキュラム」の発想を使って、学んだ学問知が問題分析の道具として役立つという実感を持てるような学習活動をおこなうようにしています。そのためには、教師による社会問題の事例選択が大きなカギとなってきます。生徒に社会問題を自分ごととして捉えてもらうには、地域の事例を用いることが一番だと思っています。
 その一つが、最初に登場させた、公害と栃木地区の話です。

(3)公害と地域社会
 公害は、外部不経済の問題です。その影響は、地域社会、地域経済に負の影響を与えます。経済の授業ではここで普通は終わります。
 しかし、それだけでは生徒に問題を十分に自分事として捉えさせることはできないと思います。

 佐呂間町栃木集落は、足尾銅山の鉱毒対策として渡良瀬遊水地を造営するために、この遊水池に沈む栃木県谷中村の人たちの移住先として政府が用意した場所だったのです。明治政府は稲作農民たちに、こんなオホーツク海からの寒風吹きすさぶ山あいの土地で何をさせようとしたのでしょうか。
鉱毒問題を治水問題にすり替えた明治政府と、その背後の古河財閥にたたかいを挑んだ田中正造の政治家としての生き方は公民科の教科書にも書かれています。しかし、それだけでは、地域社会に引き起こした深刻な亀裂と、政府の政策にしたがった元村民たちの苦難の歴史は浮かび上がりません。
経済活動の背景やその結果まで伝えて、考えさせる。そこまでやってはじめて生徒にとっての問題意識や課題意識が生まれるはずです。

 この栃木集落への移住事例を公害問題に関連させて、経済の授業で紹介したことで、生徒たちは教科書に出ている公害問題を自分とは遠くにある一般的なものから、自分たちとは無縁でない出来事と捉えてくれたようです。そしてこのような地域の事例に対して、学問知である経済概念(外部不経済)を使って、外部不経済を内部化するために明治政府はどのような方法を取れば良かったかを考察する活動を行ったことで、「何が問題かを考えることができた」「考える手がかりがつかめた」との生徒の声がでてきました。

(4)両立を目指して
 人の価値が多様であるように、カリキュラムにも政治的思惑や社会に対する基本的な捉え方の対立が存在すると言われます。
だからこそ、学習指導要領を無自覚に是とし、上意下達で学習内容を生徒に受け流すだけになっていないか、それは果たして世の中の仕組みを理解し、課題に立ち向かう主体的な主権者を育てるものとなっているか、ということを教師である私自身が自問自答していく必要があると思っています。
そのなかで、地域の課題や隠された歴史などを掘り起こしながら、学問をベースとした社会問題を追究する経済の授業がつくりあげてゆければと考えています。

(メルマガ 139号から転載)

執筆者 杉浦光紀(東京都立井草高等学校)

(1)授業再開と新たな課題
緊急事態宣言が解除され、各地で臨時休業となっていた学校が再開しました。
生徒は久々に友達と再会して、元気一杯です。こちらも「ようやく教室で授業ができる」と気合が入りますが、密集・密接を減らすために、グループ・ワークなど話し合いを中心にした授業の制限が課題となり、頭を抱えてしまいます。
そこで、これまでと完全に同じスタイルの授業に戻すのではなく、オンライン授業で利用した手法も取り入れて生徒の意見を還元し、「対話」のある授業を考えます。

(2)オンライン授業の意図せざる効果
 オンライン授業では、ウェブ会議システムを利用した双方向型の授業と動画配信システムを利用した映像型の学習に大別されます。勤務校はこのうち、動画配信を採用しました。
映像視聴後の学習を充実させようと、ウェブ上でアンケートを作成するシステムの利用を試みました。そのシステムを用いて、生徒に毎回「事後課題」の提出と「授業や課題で考えたこと、疑問に思ったこと」を記入させるのです。
すると、教室で取り組ませる時以上に、よく考えられた論述や、本質的だと感じる質問が出るのです。生徒の具体例と質問への授業者の応答をまとめ、PDFで閲覧できるようにしたところ、「他の生徒の論述のすばらしさに驚かされた」という意見もありました。
事後課題やフィードバックにより、じっくりと考えること(自己との対話)、自分以外の人の意見を読んで再び考えること(他者との対話)が実現されていました。オンライン授業の意図せざる効果です。

(3)教室とウェブ選挙を考える
 東京では授業再開早々に、公民科としては見過ごせないイベントが迫っています。それは、都知事選です。
候補者の主張を比較して自らの判断基準を考え、投票の体験をする模擬投票も大事ですが、経済教育の視点から選挙を考えさせる主権者教育もあります。
投票行動のライカ―・オードシュックモデル(以後、意思決定モデル)を用いて、まず、ウェブ上で考えさせてみるのはどうでしょうか。

 先生:なんで投票に行く人と、行かない人とがいるのでしょうか?
 生徒A:行く人は、義務感を持っているのと、投票により暮らしがよくなると思っているからです。
 生徒B:行かないのは、めんどうくさいし、何をしても変わらないと思っているのでは。

生徒の発言内容を意思決定モデル「R=P×B-C+D」(期待利得=確率×利益-投票コスト+義務感)に整理し、このRが>0では投票し、≦0では投票しないと考えられることを示します。
意思決定モデルで考えると、投票日に雨が降っていたらC(コスト)が高いので投票しないと考える人がいるかもしれない。大勢が投票する場合、自分だけの投票で当選するとは考えづらく、候補者選びも「機会費用」が高いと考えれば、行かない方が合理的という「合理的無知」という考え方もあります。
一方で、自分の影響力や利益、義務感を高め、投票コストを減らすような対策により、投票行動を増やすことができる可能性も意思決定モデルから考えることができます。

(4)アンケート集計と教室での話し合いの準備
先生:意思決定モデルの「P(確率)」「B(利益)」「C(コスト)」「D(義務感)」のいずれか2つに着目して、投票者を増やす「声かけ」を考えてください。

ウェブのアンケートシステムで回答させ、次回の教室での授業で生徒が共有できるように生徒の解答はまとめておきます。
教室での話し合いをする場合は、距離をとって、回数や時間を絞ることが求められます。事前に内容を共有することで、短時間で話し合いが済むことにもつながります。また、「D」を単に義務ではなく、Democracy(民主主義)の価値の重視でもあると補足します。

(5)「新しい日常」の中の学び
 学校の「新しい日常」として、マスクの着用徹底、生徒の健康観察、手すりやドアノブの消毒などの取り組みにより、感染予防を進めていることでしょう。学校行事や部活動の大会が延期や中止となり、様々な制約が今後も継続するとともに、感染者数が急増すれば休校となることがあるかもしれません。
そのような状況でも、学校で「集団で」学ぶことの良さとは、ある問題について「どう思う?」と問いかけ、他者の「こう思うのだけど」を共有し、自己の意見を相対化することにあります。
学びがいのある問題とオンラインも利用した手立てを用意して、直接の対話に限らず、多様な生徒が共に学べる場をつくることができたら素晴らしいと思いませんか。

執筆者  塙 枝里子(東京都立農業高等学校)

(1)はじめに
新型コロナウイルスの感染拡大で学校が臨時休業となり約3ヶ月が過ぎようとしています。この間,「学びを止めない」を合言葉に全国の学校でオンライン授業など先進的なの取り組みがされてきました。
しかし,オンラインの有無に関わらず,今後求められるのは「学校で学習するリアルな授業」内容を精選することによって,効率的かつ深い学びを目指していくことではないでしょうか。
そこで,今回は経済分野でどのような単元学習が可能かを提案したいと思います。

(2)教材案 「なぜ,市場に任せているとうまくいかないのか,考えてみよう!」
・科目:「現代社会」(対象:第1学年)
・単元名:現代の経済社会と経済活動の在り方〜市場経済の機能と限界,政府の役割
・学習内容の全体構成:
ステップ1~学習内容について,ワークシート等で基本事項を確認する【学外】
ステップ2~ワークシートの提出,確認テスト,三密を避けたリアルな授業【学校】
ステップ3~単元のまとめとなるレポート(1枚程度)を作成【学外】
*次の単元でステップ1に戻る
(この繰り返し,リアルな授業は何回確保できるのかで単元構成も考慮)

・ステップ1 リアルな授業の展開例
 先生:「皆さんには,市場経済の機能と限界,政府の役割についてワークシート上で考えてもらい,先ほど確認テストをました(ステップ1の確認)。今日は,なぜ市場に任せているとうまくいかないのか,じゃんけんを通して考えてみましょう。」
*じゃんけんルールのスライドを示す。

先生:「皆さんは,パーとグーしか出せません。パーで勝てば11点,グーで負けたら1点がもらえます。ただし,グーであいこなら10点ずつ,パーであいこなら2点ずつがもらえます。もちろん,点数が高い方が勝ちです。かけ声は私がかけるので,皆さんはエアーじゃんけんですよ。」
*再開後,生徒の座席は市松模様に配置する予定で,発言を想定していません。

先生:「さぁ、じゃんけんをしてみよう!!じゃんけーんっ」
*4回で区切り,繰り返し行う。得点の確認,優勝者の決定

先生:「優勝者の人,おめでとうございます。さて,この場合,最も勝つためにはどうすれば良いでしょうか(一方がパーを出し続ける)。では,二人の合計が高くなるようにするにはどうすれば良いでしょうか(二人でグーを出し続ける)。」
*囚人のジレンマについて説明し,公共財,寡占市場における値下げ競争などの市場の失敗,国際政治における軍縮の例につなげる。また,トイレットペーパーや買い占めなどの話に展開しても良い。
*なお,厳密には買い占めは囚人のジレンマではなく,鹿狩りゲーム協調ゲームで説明出来るそうです。

先生:「このように,市場に任せてそれぞれが利益を最大化しようとしてうまくいかない場合,政府が登場します。実際,皆さんが目にする経済活動にはこのようなケースが多いのですが,他にどのような事例が考えられるでしょうか。これまで学習した内容でも構わないので,今日の授業や教科書を参考にしながらレポートを作成してきましょう。」(ステップ3へ)。

(3)あの手この手で効率的で深い学びを目指せ
 日本全国で進むオンライン授業やホームルームの話を聞くたびに,私の生徒たちは大丈夫だろうかと不安と焦りばかりが募っていました。でも,やっと顔を見ることが叶いそうです。
ただ,当面の間,対話を伴う活動を避けるため,生徒による発表や話し合い,ディベートには制限がかかります。それでも,会えない時間が長い分,会えた時の授業では,そこでしか出来ない学びを追究したい。
リアルな授業では,他者と共に学ぶ喜びを分かち合う教室を目指そうと思います。

 (メルマガ 137号から転載) 

執筆者 金子幹夫(神奈川県立三浦初声高等学校)

(1)はじめに ~私たちの前にある道~
 2020年春、社会が大きく変わってしまいました。二ヶ月前には「在宅勤務」、「オンライン授業」が話題の中心になるとは思いもしませんでした。本稿では,2020年春,多くの教師が一番困っているであろう「オンライン授業」と経済教育とをセットで皆さんと一緒に考えてみたいと思います。前提としてはパソコン中級者の先生(私も同じ)を想定しています。
 このような中、私たちの前には大きく四つの道が用意されています。
 第一の道は、パワーポイントのようなソフトに学習内容を掲載して私たち教師の声をのせて配信するという道です。昔のラジオ講座のようなイメージでしょうか。
 第二の道は、カメラで授業を実際に撮影し、録画したものを配信するという道です。これは放送大学のイメージです。
 第三の道は、リアルタイムで、端末を介して多くの生徒と授業を進めるという双方向の道です。
 第四の道は、学校のホームページなどに課題や解説を提示して各生徒に学習してもらうという道です。
 このなかで筆者は第一の道であるパワーポイントに教師の音声をのせての経済学習を試みることにしました。対象は高校3年生の「政治・経済」を想定しています。

(2)教材案「マスクはどこに?」
 顔も見たことのない生徒が対象です。教室で呼吸を感じることもありません。まさに手探りです。不安の中、次のような授業案を考えました。

a)今起こっていることを確認する
 パワーポイント第一枚目のスライドにマスクの絵を大きく映し出します。その絵を見ながら二人の教師による次のような会話をパワーポイントにのせるのです。
A先生 「なかなかコンビニエンスストアではマスクが売り出されませんね。」
B先生 「そうですね。いつも品切れですと書かれていますね。」
A先生 「国内にはたくさんのメーカーがあるのだから,そろそろ生産されてもいい頃なのに・・・」
B先生 「作れば儲かるのにね。」

A先生のナレーション
 「さて・・・みなさんは,マスクがいつまでたってもお店に入荷しないのはどうしてだと思いますか?ワークシートに思いついたことを書いてみましょう。」
(同時にパワーポイントにも同じ文字を映す)
B先生 「A先生、この写真を見てください。」
 (パワーポイントに新聞記事に掲載された写真を映す。その写真はマスクを生産している現場が撮影されている)
A先生 「マスクを生産している工場の写真のようですね。作っているじゃないですか。」

A先生のナレーション
「さて・・・マスクは生産されているようですが・・・どうして皆さんの町のコンビニエンスストアに運ばれてこないのでしょうか?記事を読み、その中から理由をみつけてみましょう」
(同時にパワーポイントに記事のテキストを映し出す)

A先生 「みんなは理由がわかったかな?その理由をワークシートに書いてみよう」
 ここまでは、私たちを取りまく身近な問題を取り上げた新聞記事を読みながら学習を進めました。

b)問いを細分化する
 次は、「どうしてマスクがいつまで経っても売られないのか?」という問いをたてます。この種の大きい問いは、いきなり考えさせるのではなく、まずは、細分化することがポイントです。
教室ならば生徒に発言させ、その結果を分類するのですがオンラインではなかなかうまくいきそうにもありません。次のような展開を考えました。

A先生のナレーション 「どうしていつまで経ってもマスクが売られないのか?その理由を思いつくまま10個あげてみましょう。」
  (パワーポイントに指示文を示す。イラストや写真も一緒に載せて彩りよいスライドにするよう心掛けます)
 これはワークシートに書かせます。ここでは時間をとります。

B先生 「きっといろいろな理由が挙げられていると思います。せっかくですから分類してみませんか?」
A先生 「そうですね。分類してみましょう。どのようにわけますか?」
B先生 「みんながあげてくれた問題を、
①作り手に原因がある場合
②運ぶ仕組みに問題がある場合
③売るところに問題がある場合
④ウィルスに問題がある場合 
⑤貿易に問題がある場合 
⑥政府の対応に問題がある場合
⑦その他に問題がある場合に仕分けしてみたらどうでしょう。」
といって、生徒があげた10個の理由のうしろに①~⑦までの番号をつけさせるのです。
  (ここまでの指示も丁寧にスライドに書き込みます)
 仕分けをしたらその結果をレーダーチャートに作成するように指示します。

c)大きな問いへ
 そして、b)で提起した最初の問いを考えさせます。
A先生 「皆さんが作成したレーダーチャートからどのようなことが読み取れますか?」と生徒が自分で作成した資料の意味を読み取らせます。
B先生 「マスクが皆さんの手元に届けられるような社会にするために、どのような工夫が必要だと思いますか?」と質問して、用意したワークシートに考えたことを記述させます。
ここまでが第一段階で、次の時間には、最後のB先生が発した問いに対する生徒の回答をさらに吟味してゆくという流れになります。

(3)オンライン授業の教材づくりに挑戦するには
 パワーポイントで教材をつくる、また声を吹き込むのは難しいと感じてしまう先生もいるのではないでしょうか。まずは、A先生とB先生のようにペアになって10分程度のスライドを作ってみませんか?
 
ポイントは次の通りです。 
① 10分間のスライドで課題を三つくらいだす
② 課題は新聞記事の写真をきっかけにすると生徒の心の中での問いに近づくことができるのではないか?
③ 話題は「今の問題」(今回はマスクにしました)がいいと思います。
④ 新聞記事の写真、テキストデータから問いを二つほど提示。
⑤ 問題を細分化する作業を入れる
⑥ その中から問いの意味するところを感じさせる
⑦ どのような工夫をすることで問題が解決にむかうのかを考える
⑧ ふり返り とワークシートの提出(メール機能?)で合計約40分の学習。
⑨ あれもこれも教えようと欲張らない

(4)おわりに
  まさか・・・バレンタインデーの頃、このような新年度が待っているとは想像もしませんでした。今回の提案は急遽考えた授業案です。新入生の「現代社会」だったらどうなるだろうとか、この問いでいいのかなど、たくさんの問題点がありそうです。
皆様のご意見をお寄せください。そしてWEB上で皆さんと学び会うことができたらとてもうれしく思います。  

(メルマガ 136号から転載)

執筆者 杉田孝之 (千葉県立津田沼高校)

新年度、新学期はどんな生徒が来るのだろう、今年度はこんな授業をして、このように授業を改善していきたいなど、新たな気持ちで生徒を迎えていることでしょう。そこで、今回は新年度の授業を始める前にやっておきたい準備と4月当初の授業について書きたいと思います。

(1)習慣化の絶好のチャンス
 授業開きする前に、生徒との約束事を考えます。必要になる約束事は以下のようなものです。
 一つは、最近「整理、記名できない生徒」が増えているので、全員に教科書や資料集に記名させて自分のものと確認をさせます。
 次に、授業の始めと終わりの時間を守ることを生徒に約束させ、教師も約束します。 また、この時間は、説明を聞く時間なのか、討論する時間なのか、個人で考える時間なのか、声を出して頭に入れて覚える時間なのかなどを区分して授業をすすめることを宣言して、生徒にも授業の受け方として習慣化するようにと確認します。
 特に、時間を守ることと、授業時間を区分して臨むことを習慣として1年次に当然のことだとしてしまえば、高校3年生までこの習慣を続けられるはずです。

(2)黙読の時間の準備
  新テスト実施に向けた試行テストでみるように、問題文の正確な内容理解と、統計資料を読み取ることばかりでなく、それらを短時間に大量にこなすことが必要になっています。
  そのために筆者は、昨年から授業のなかで黙読の時間を取りはじめました。この準備と習慣化が4月の課題です。 黙読の時間を導入するには、読むに値する読み物や統計資料を準備することが4月当初の課題になります。
 準備した教科書や資料集、授業で取り上げる主題に応じた読み物や統計資料を黙読させると、その部分だけでなく、多くの活字と統計資料などを正確に、かつ短時間に読み込むことができるようになります。そうなるために、まずは、読む習慣を付けるための黙読の時間を取り入れる、それを授業の中の習慣とするのが4月当初の課題と取組みです。

(3)4月当初から経済概念を
 次は年間の授業構想のなかの柱を考えることです。 筆者は多くの場合、高等学校で一年生対象の「現代社会」を担当しています。
「現代社会」では、普通は、現代社会の特質や青年期などからはじめる先生が多いかも知れませんが、筆者は、4月当初に希少性や機会費用、トレードオフ等の経済概念をあえて取り上げます。そして、これらの概念を、その後の、教科書での学習や時事問題、主題学習の内容と関係づけて、年間を通じて続けて実践するスタイルを続けています。
 しかし生徒にとっては、中学校公民的分野の授業から想像していた内容や授業スタイルとは大きく異なるので、びっくりします。そして、「先生は何を求めているのだろう」という疑問をもったり、「理解できない」と不安に思ったりする生徒も多くでてきます。
 なぜなら、社会科の授業に対して多くの生徒は「この用語は大切そうだから覚える」という姿勢や感覚を持っているからです。言い換えれば、大切ではないとする用語や分からないとした用語は覚えない、考えない。筆者が語る経済概念は大切そうだが、簡単には受け止められないからです。
 この抽象的な経済概念が、自らの生活圏で普通におこなっている選択と結びついていることが分かったり、分からないから「理解しよう」と考えて、質問をしたりするようになれば最高なのですが、理想どおりにはいきません。

(4)「問い」を作る学びの機会を
 特に、4月当初は、経済概念をなかなか理解できません。生徒は何のためにこの経済概念を学ぶ必要があるかも分かりません。
  一方で、筆者は、各学習単元のどんな場面で、またどんな学習でこの経済概念が活用できるか、さらに社会科学系大学に進学しても、この経済概念は活用できるという見通しを持っています。
「理解できない」「わからない」生徒の現状と、筆者の見通しの間のギャップを埋めるには、経済概念を、一年を通した授業のなかで、場面、場面で何度も繰り返して登場させることが必要になります。それでも簡単には生徒は理解してくれません。 それを突破するためにできるのは、「問いの一文」を生徒に作らせて、質問や意見を言う機会を何度もつくる必要があります。
 逆に言えば、生徒が「問いの一文」を作るためにも、あえて「理解できない」「わからない」抽象的な経済概念を使って考えさせる、そんな場面を授業のなかで作ることができるかがポイントになります。 生徒と筆者がともに「問い」を持つことをめざすために、あらかじめ「どのように授業設計し、実践すれば生徒は問いを持つのだろう」と考えておく必要がでてきます。
 そんな一年間を通した授業構想や問いの立て方をじっくり考える事ができるのは、「授業開き」をする前の時期です。 先生方も「授業開き」の前のこの4月にこんなことを考えてみませんか。

(メルマガ 135号から転載)