価格の決まり方、私ならこう教える
 ~需要曲線、供給曲線よりも、活きた実例を~

執筆者 篠原総一

「価格」は実に教えづらいトピックのようです。前回のこのコーナーでは、「価格は、別の財と比べて初めて意味を持つ」という相対価格の大切さを取り上げました。今回は、その価格の決まり方と市場の価格調整の本質についてです。

■教科書にある価格、実際に目にする価格
どの教科書にも、市場価格は需要と供給の比較で上がったり下がったりする、また需給が一致する時の価格を均衡価格というといった内容が(需要曲線と供給曲線の図に頼りながら)書き込まれています。
しかしこれでは、生徒に「分かったような、分からないような」曖昧感が残ってしまうはずです。分かったつもりでも、「教科書にある価格」が「実際に目にする価格」とつながらないからです。

そもそも、需要曲線、供給曲線、均衡などは経済学の道具にすぎません。経済学を使って「経済の実際」を分析するときに役にたつツールではありますが、それは架空で抽象的なものですので、私たちが実際に目で見て納得できる代物ではありません。教科書に沿った市場価格の教え方は、私には、そんな抽象的なツールを、中学生や高校生に肌感覚で理解するように無理強いしているように思えてなりません。

■鉄道料金の値引き
需要曲線、供給曲線を使った「経済学分析」に代えて、私は「生徒が肌感覚でわかる実例を使う市場価格の教え方」を勧めます。そのための捨てネタとして、今回は鉄道料金の決め方(*)の実際を取り上げました。

「戻らぬ「定期」補う収入期待 日本経済新聞(夕刊)、2024年1月16日」で、次のような運賃設定が紹介されていました。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB1146V0R10C24A1000000/

(1)JR日本は、JR東日本エリア内であれば全線1万円で乗り放題。新幹線、特急も自由席であれば1万円で乗れる。ただし2月14日から3月14日までの期間限定。
(2)東京メトロが昨年11月に始めた「休日メトロ放題」では、2000円の登録料を支払うと、土日祝日にPASMOで乗車した分の料金が翌月に全額ポイント還元されます。「地下鉄のサブスク」のようなものです。
(3)小田急電鉄では子どものICカード運賃を全区間一律50円にする。京浜急行電鉄も同じく子ども IC運賃を75円均一にしている、また福岡市交通局も地下鉄一日乗車券を休日に限り子ども100円にしている。

■腑に落ちる市場価格の学習
このような「値引き」の新聞記事をネタに使えば、生徒は次から次へと、腑に落ちる市場価格学習に進めるはずです。 
(1) そもそも価格を実際に決めるのは、市場ではなく、企業(売り手)か?それはそうだよね。スーパーでもコンビニでも、最初から価格がついているものね。
(2) では市場で価格が決まるってどういう意味だろう?
企業は価格を決める時、新しい価格でどれだけ売れるか考えているはずだね。
それって教科書でいえば、需要を考えながら決めているということか。  
(3) ポイント還元も値引きのうち。いろんな形の「価格」があるものだね。
(4) 同じ電車や地下鉄だのに、一般の乗客とは別の料金なのでは?
では、一物一価ではない財やサーブスって、どんなものがある?
(5) 値引きしてでも乗客数を確保したいほど需要が少ないってことか?
(6) ということは、この値引きは、需要が供給に追いつかない時に価格が下がるという「市場の価格調整」のことなのかな?
(7) 同業者がこの値引きに追随したら、どうなるの?
ああこれは需要曲線が左にシフトすることらしいな。
最初に値引きの額を決めるときに、競争相手の反応(需要曲線のシフトの具
合)まで予想しているはずだよね。
などなど、学習すべき「経済の見方」のリストはまだまだ続きます。

ここでは鉄道料金値引きの例を紹介しましたが、この種の実例はいくらでも転がっています。いまならホテル料金の急騰、コロナ禍のときならマスクや医薬品の急騰など、いちいち背景を説明しなくても生徒が肌感覚で分かってしまう捨てネタを使えば、抽象的な市場価格分析を、いっきに「我がモノ」として取り組める生き生きとした授業に変えられるのではないでしょうか。

*鉄道の運賃は国土交通省の認可制で、自由に値上げするような値段設定はできませんが、割引乗車券や乗り放題サービスなどは運賃制度の制約を受けずに設定できることになっています。

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