① なぜこの本を選んだのか?
今年(2024年)の「先生のための夏休み経済教室(東京会場)」で,慶應義塾大学商学部長の牛島利明先生とお話をする機会に恵まれました。
紹介者は牛島先生に「文献を読まれるときに、本に線を引いたり書き込みをしたりするのですか」という質問をしました。先生は、読む目的によって読み方が異なることを詳しく説明してくれました。
教師も授業を創るために本を読みます。研究者はどのように文献を講読しているのか。教師はそこからどのようなヒントを得られるのか。この問題関心から本書を選びました。
② どのような内容か?
プロローグ
本書は根井先生が大学生になる前に社会学者清水幾太郞先生にファンレターを送るところから始まります。なぜ清水先生とのエピソードを冒頭に持ってきたのでしょうか。きっと本書を貫くメッセージを支えるために最も適切な話題だと判断したと想像します。そのメッセージとは何かを読み解きたくなるプロローグでした。
第1章は「好きな著者に親しむ」です。
根井先生がなぜ経済学の研究を志したのかというきっかけが書かれています。
本章は,“書き方”について教師に役立つメッセージを発信しています。
「曖昧な日本語はだめ」ということ。「いつでも英語に訳したらどうなるだろうかを考えていること」。この二点は教師が生徒に発信するメッセージを考える際に、心がけなければならないことだと受け止めました。
“読み方”については「本を雑巾のように使う」という表現が心に残りました。本に下線を引くこと,書き込みをすることについて書かれています。
第2章は「古典をどう読むか」です。
研究者は古典をどのように読んでいるのでしょうか。
「専門家は翻訳を読んだくらいでは『読んだ』とは言わない」という一文が印象的でした。古典研究では、分野を超えた文献も合わせて読まないと新しい発見はできないということをシュンペーターの古典講読を例にして語っています。
古典研究のためには通説を押さえていること,アカデミックな訓練を受けることが紹介されています。訓練というのはどのようなものなのでしょうか。伊東光晴先生(根井先生の博士課程での指導教授)が横浜国大でケインズ経済学の講義をしていたときに最前列に座っていた宮崎義一先生が「おい、そこは違うぞ!」と授業中に指摘するというエピソードが印象的でした。
第3章は「文章を書く」です。
第3章は「一流の物書きは、文章が伸び縮み自由でなければならない」という伊東先生の言葉から始まります。第1章で示されていました「日本語から簡単に英語に移せるような文章を書く」ということについて詳しく説明されています。
事実と意見とを分けて書くこと。エッセイや小説と学術論文は何が異なるのかということは読んでいて痛快です。著者と編集者の関係についても書かれています。
教師にとって心に留めておきたい部分は第3章の後半にありました。それは「先に考えて、それを言葉にする」のではなく「色を塗っていくうちに自分の考えが次第にはっきり形を取っていく」というものです。
教師が教材研究のために手にする文献は、はじめから「体系」があったのではないということです。授業案を作成するとき、授業後の振り返りをするとき、そして論考を書こうとするとき、教師がはじめにすることは「まずは書いてみよう」ということになるのでしょうか。
第4章は「書評の仕事について」です。
根井先生が書評をどのようにして作成していくのかという経過が書かれています。
内容を正確に書くこと。問題点があれば補足的に示唆することといった姿勢が書かれています。週刊朝日、毎日新聞、信濃毎日新聞、日本経済新聞に掲載された書評が具体的に挙げられています。
第5章は「新しいアプローチを求めて」です。
本章は、書評の仕事が経済学史や現代経済思想を教えるのに役に立ったということを具体的に描くところから始まっています。
授業創りの視点からは「競争市場が資源の効率的配分をもたらすことは、当時のミクロ経済学の教科書でも教えているものの、それがイノベーションの促進にも必須であることは決して論証されていなかった」(p.163)という記述を読み取ってみたいと思いました。大企業の方がイノベーションの遂行上有利であるとシュンペーターは考えていたと説明しています。
第6章は「未来志向の学問を」です。
本章は根井先生が専攻している経済学史が衰退産業になりつつあるという告白から始まっています。根井先生は「経済学」をどのように捉えているのでしょうか。経済を教える教師は,どのようなメッセージを受け止めることができるのでしょうか。
章の後半に答えの糸口を見つけることができそうです。そこには「文化人類学、法学、経済学、歴史学、哲学、心理学、政治学、社会学は、たった一つの学問を形成しているにすぎない。なぜなら、これらの学問はみな同じ対象を、すなわち人間、集団、社会を扱っているからだ」(p.209)と書いてありました。
この一文は教師と生徒が持っている教科書のことを語ってるようにも解釈できます。根井先生はこの学問の枠組みを見抜くためのヒントとして「方法論的個人主義の考え方」を紹介しています。私たちに経済学のものの見方、他の社会科学他人文科学の見方がどのように異なるのかを示してくれているようです。
エピローグ
エピローグでは今日の教師が抱えている問題を具体的に取り上げています。一冊を徹底的に読むまで次の本には手を出さないという考え方をどう思うのか。そして電子書籍と紙の本についてどう考えるのかについて書かれています。
③ どこが役に立つのか?
研究者がどのように本を読んだり、文章を書いたりするのかという考え方を読み取ることができます。同時に、具体例としてたくさんの経済学者が登場するので,教科書に登場する人物の背景を感じ取ることもできます。
研究者同士のエピソードが満載であるのも本書の魅力のひとつです。
④ 感 想
教師が本を読む姿勢に,多大なる影響を与える一冊のように思います。授業を創る教師が「本を読む」という行為をどのように受け止め、どのように変えようとしていくのか。読み方を意識することで、本に関する話題が職員室で話される日もやってくるのではないかと感じました。
(神奈川県立三浦初声高等学校 金子 幹夫)
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