価格、私ならこう教える
~単なる価格を見るよりも、財と財の価格を比較することに意味がある~

執筆者 篠原総一

「価格」は実に教えづらいトピックのようです。価格はどう決まるのか、そして市場で決まっていく価格が消費や生産にどのような影響を与えるのか、そんな経済の本質的なことを生徒の肌感覚でわかるように説明したいものです。

■ゲーム機、選ぶ基準は?
 今回は、「ゲーム機を買うなら、任天堂のSwitchにするか、それともソニーのPSにするか」という選択問題を例にして、価格学習のポイントを整理してみたいと思います。実際にありそうな例さえ使えば新しい抽象的な概念も一発で頭に入る、という授業案の一つです。

 経済は希少性、だから私たちは家計も企業もつねに「何かと何かのどちらを選ぶか」という意思決定をしています。こんな経済の本質を念頭において、「ゲーム機選択で任天堂Switchを買うとした場合、何が決め手になるか」、意思決定の条件について生徒の反応を集めると、どちらを選ぶか、あるいはどちらも買わないか、彼らの出してくる選択の条件は間違いなく次の3点に集約できるはずです。
(1) 任天堂とソニーのゲーム機の魅力の違い(遊べるソフトの違い、画面や音響の違い、友達の多くが持っているので一緒に遊べる、などなど)
(2) 任天堂SwitchとソニーPSの値段の比較
(3) 生徒にゲーム機を買える余裕があるかどうか

(1) については、どの教科書でもあまり触れていませんが、需要の決め手として最重要要件であることは自明でしょう。
(2) の価格条件は、選択対象になる別の財の価格と比べて初めて、この商品が高いか安いかの判断ができるということです。いくらSwitchの値段が低くても、PSの値段と比べなければ、Switchが割安かどうか決められないからです。
(3) についても、ゲーム機を買うか買わないかは、小遣いや所得の額ではなく、その額で他の商品をどれだけ買えるか、という所得の購買力に依存するはずです。仮に手元に10万円持っていても、ゲーム機の値段も10万円であれば、小遣いを他の用途に振り向ける余裕はゼロになります。ですからSwitchもPSも10万円なら、どちらも諦めて別の商品を探す生徒も少なくないはずです。

■実例から一般へ
 私なら、授業でこのような実例に即した論点を整理をした上で、一般的な「財の需要を決める条件」の整理にすすんでいきます。
(1) 買おうとしている財の魅力や必要性と、その他の財の魅力や必要性の比較
(2) その財の価格と、他の財の価格の比較
(3) お小遣いや所得の余裕(=購買力)

 繰り返しになりますが、とくに生徒に強調しておくべきポイントは、任天堂Switchの需要は任天堂Switchだけの条件(性能・魅力、価格)で決まるのではなく、あくまでソニーPSなど他の商品との比較から考えること、という経済の本質(希少性、選択、交換)です。
なお、経済学では (2)は相対価格(=財と財の価格の比率)、(3)は実質所得(あるいは貨幣所得の購買力)と呼びますが、中高の生徒にはこのような面倒な学術用語の名称まで教える必要はないと思われます。

■経済で意味のある価格は?
 ここまでできたら、今度は供給側についても、生徒にも肌感覚で分かりそうな企業の例を用意して供給の条件を整理してみます。
そして、経済で意味があるのは、実は,
 価格では「1個◯円」という名目価格ではなく、他の財との比較、つまり相対価格であること、
 所得も同じように、意味があるのは「1ケ月△万円」という名目所得ではなく、その購買力(実質所得)だ、
という点を徹底させたいものです。

 そうしておけば、どのようなときに相対価格が変化するのか、そして相対価格の変化が消費や生産にどのような影響を与えるのか、といった価格に関する深い学びに生徒を誘えるというものです。

■ラテ指数からみる「真の価格」
 相対価格と実質所得の意味をアピールする実例やデータはどこにでも転がっています。今回は最後に、私が最近見つけたユニークな捨てネタを紹介しておきます。

それは、スターバックスのコーヒーの「ラテ指数」という価格指数です。
(日経電子版、「世界のお値段調査隊」より)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN271CF0X21C23A2000000/

 取り上げる価格は2種類、通常の価格(コーヒーとお金の交換比率)と、「ラテ指数」(労働のラテコーヒーの交換比率)です。
まず、日米欧アジア10カ国のスタバのラテ(トールサイズ)の値段(2023年12月)を見ると、一番高いのはアメリカで一杯770円(チップを入れると910円)、ついでヨーロッパで650〜720円、中国600円、韓国550円、タイ510円と続き、10カ国中8位が日本490円。日本より安かったのはフィリピン410円とインド402円だけでした。

 これはこれで予想通り、安い国日本の一面を示す数字でしたが、私が感心したのは一日の平均収入で何杯のコーヒーが飲めるかという「ラテ指数」も調べていたことでした。これは、経済用語に直せば一日の賃金をコーヒー価格で割った相対価格(労働とコーヒーの交換比率)に他なりません。

 10カ国の順位は、1位ドイツ(33杯)、2位アメリカ(30杯)、3位フランス(29杯)、4位韓国(25杯)、5位英国(25杯)、6位日本(21杯)、7位中国(6杯)、8位タイ(4杯)、9位フィリピン(3杯)、10位インド(3杯)でした。

生徒はこの数字から何を読み取るでしょうか。私なら、スタバコーヒーの「真の価格」の重みを肌感覚で理解できる、例えば次のような授業にしてみたいと思います。

 ドイツでは、汗水流して働いた稼ぎ一日分はラテ33杯の値打ちがありますが、これを逆に読めば、ラテ一杯は一日の稼ぎの33分の1で済むということです。ですから、ドイツではスタバで一杯のコーヒーを買っても、まだ稼ぎの33分の32を他の消費に回せる、なるほどそうか、だからドイツでは誰でも気軽にスタバの店を訪れているのか。
 逆に南アジアでは、ラテ一杯買うだけで一日の稼ぎの3分の1が消えてしまうほどスタバのコーヒーは高いということ、これではインドやフィリピンではスタバのコーヒーは贅沢品、皆がしょっちゅう行ける店ではないこと納得、だから安い飲み物を提供する露天カフェが流行るのかなど、経済理解は深まっていきます。
 そして最後に、では日本のラテ指数21という数字はどう読むか、そんな議論も経済を我がことに引き寄せる楽しい授業になるのではないでしょうか。

 いずれにしても、価格学習では、価格(値段)だけを見るのではなく、相対価格を取り上げるからこそ深い学びが可能になる、ことを強調しておきたいと思います。

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