執筆者   神奈川県立三浦初声高等学校     金子 幹夫

0.そもそものはじまり 

 今回の連載は、2022年3月下旬にいただいた「何か授業のヒントになりそうなことを2ヶ月くらい書いてみないか?」という一本の電話からはじまりました。とっさに出た言葉は「もう少し長い期間いただけませんか?」というものでした。この瞬間から,苦しくも楽しい半年がはじまりました。

1.漢字一文字で表現すると?

 年末になると、京都の清水寺で「今年の漢字」が発表されます。ちょっと大げさですが、本稿でもまねをして,今回の連載を漢字一文字で表してみました。その一字は「波」です。理由は次の三点です。

2.理由 その1 空中の波  

 筆者は,教室空間には波が流れていると感じています。その波は教師と生徒との間に生じる呼吸の波です。

教師が発信するメッセージ(知識)の周波数が、受け手である生徒の周波数と一致しなければ、波は途中で途絶えてしまいます。教師は教室ごとに違う呼吸の波を感じ取って周波数をあわせます。こちらから生徒の呼吸に歩み寄ってもいいし,場合によっては教師側の波に強引に誘導することもあります。

どちらにしてもピタッと呼吸の波が合わないと教師は生きたラジオになってしまうのです。そんな感覚を第1回税の授業の紹介や第3回の需要と供給の授業の紹介で触れてみました。

3.理由 その2 海の波

 「波」という字をあげた第2の理由は,経済に関する知識に関係しています。

 筆者の勤務先は海に近く,毎日校舎から太平洋を見ることができます。「今日は波が高いね」とか「今日は波が小さくて穏やかだね」なんていう会話が校内で聞かれます。

今回の連載で経済教育の知識について考えたとき,筆者は海をイメージしました。海は,こちらに向かって勢いよく押し寄せる波の部分と,広く深い水面下の部分で構成されています。

 経済の学習内容は,波のようにこちらに押し寄せる知識(最新の理論や一時流行している知識)と水面下の海のように長い歴史を持った知識に分けられると認識しています。

 この半年間で筆者は,「あっ?この知識は流行だから原稿の中に取り上げよう」という誘惑に何度も出会いました。その度に「海(知識)全体を見よう」と思い直したのです。波も見る。同時に海全体も見る。これが「波」という字を選んだ第2の理由です。そんな感覚で、第2回の公共財のゲームを扱ってみました。

4.理由その3   研究者の何を感じ取るのか?

 「波」をあげた第3番目の理由は,経済教育に「磁気の波」があると感じ取ったことがあげられます。これは,研究者と教師が経済について何をどう教えるのか,というテーマで話し合っている場において独特の「磁場」を感じるということです。具体的には次のようなイメージです。

 筆者も含めた公民科教師が,教材研究に取り組もうとした場合、文献講読に頼ることになります。何冊も読み解く中で「これだ!」という文献は何度も精読します。ところが実際に教室で経済を教えようとしたときに,何度も限界を感じるのです。ストレートな表現になりますが「あー,これは誰かに教わらないと深く理解できない」という瞬間があると思うのです。

 この感覚を持った教師は夏休みや冬休みに様々な教室,勉強会,研究会・・・つまり研究者と出会う機会を求めて出かけます。研究者がいる部屋で,直接教えてもらうわけです。例えば,大学の先生による講演をきいたとします。筆者が注目することのひとつに,研究者が知識と知識をどのようにつないでいくのか?概念と概念をどのようにつないでいくのか?というものがあります。

 本稿の執筆を支えてくれたもののひとつに研究者と一緒の空間にいることで得た「磁気の波」があったことは事実です。それが、第2回の宮尾先生、第3回の大竹先生の回にでていると感じています。

5.波と波が交差する中での思考

 以上の3つの波を意識しながら経済教育に関する原稿を書き進めてきました。

 波が3つもあるわけですから,とても複雑な世界を対象に書き続けてきたことになります。この中で筆者は不思議な経験をしました。

この不思議な経験は,本連載が抱える次の課題になると思っています。その不思議な経験というのは,授業をしている時の自分と,授業のヒントを書いている自分が完全に一致しないというものです。授業中に「あっ,この感覚を文字にして残しておこう」と感じた直後にキーボードに向かっても,その感覚を文字にできないという経験です。この感覚は何なのか?もちろん筆者の力量のなさが原因のひとつにあることは間違いありません。しかしそれだけで説明できないと思うのです。

第5回、第6回の交換、分業の回は授業では良い感覚だ、これだと思っていたのですが、文字にすると、これって社会全体の分業と交換の話に通じているのかという問いが浮かんで授業の感覚との乖離が生じてくるのです。

このギャップをどう埋めるのか。やっと連載が終わってホッとできるはずなのに、次の課題がおぼろげに見えてきたことに少しだけワクワクしているところです。

6回の拙文をお読みいただいた皆様に感謝するともに、感想、ご批判をいただければ有り難く思います。

*これまでのシリーズ

第1回 

第2回 

第3回 

第4回 

第5回 

第6回 

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