■ 富永京子『なぜ社会は変わるのか はじめての社会運動論』講談社現代新書 2025年
① なぜこの本を選んだのか?
これまで、社会運動論の新書はなかったそうです。著者の富永京子先生は「高圧的な書評を恐れて誰も入門書を書かず、学術的な本だけが流通すれば、一般の人に社会運動論が知られることはない」(p.242)と書き、本書を執筆する意義を説明してくれます。
この入門書が、授業に出てくる社会運動についての考え方を整理してくれるのではないかと考えて選びました。
② どのような内容か?
1.富永京子先生について
富永先生は立命館大学産業社会学部で社会運動論の研究に取り組んでいます。本書によると,社会運動をしない社会運動論者だそうです。
学生時代から、G7サミットへの抗議行動について研究しています。労働組合員が独特のことばを使うことにも関心があるそうです。
2.定義が曖昧なところがいいところ
冒頭で社会運動がこれまでどのように定義されてきたのかを紹介してくれます。3つの定義が示されますが、これを読んだ読者は「いったいどれが適切な定義なのか?」という疑問を持つのではないかと思います。
富永先生は、この定義が揺れているところがポイントだと書いています。そして社会運動について「思想や理念はどうであっても、社会を変革するための行為・行動として捉えて」みてはどうかと提案してくれます。
3.人々が行動する理由は?
この社会運動論は、1960年代からはじまったそうです。当時の学説は「古典モデル」と呼ばれており、代表的なものに「集合行動論」があります。
研究者たちは、安定していた社会システムに何らかの緊張が生じたことがきっかけで、不安な心理状況に置かれた人々が集合行動を起こすと考えました。
4.参加しなくても成果を得られるのならば・・・
ところが、この集合行動論に異議が唱えられます。社会運動によって得られるもの(例えば平和、きれいな公園 保育所の問題・・・)は、社会運動に参加していない人でも得ることが出来るところに注目した異議でした。「フリーライダー問題」です。
社会運動に参加しなくても、運動の成果を得られることを知った人たちの中には、わざわざ社会運動に参加しなくてもいいではないかと考える人もいるはずです。それでは人間は、どのような条件が整えば社会運動に参加するようになるのでしょうか。
後継の研究者たちは、社会運動に必要なのは「資源」と「組織」だと主張します。これは「資源動員論」と呼ばれるようになりました。この資源というのは物質的資源から信頼といった非物質的資源まで含みます。
5.もっと現実的なアプローチをすると・・・
ここまで集合行動論と資源動員論があげられました。次に登場するのは、この2つの考え方を組み合わせて、より現実に沿ったアプローチは出来ないかというものです。
政治的、経済的な決定権や影響力を持たない人が、自分たちの権利を獲得するために政治に影響を及ぼす試みとして社会運動を捉えることは出来ないかと考えたのです。
決定力や影響力を持っている人は政治システムの中にいます。この中にいる人が、政治システムの外にいる人(決定力や影響力を持たない人)を支援する可能性は低いはずと考えたのです。この点が資源動員論とは異なるアプローチです。
この考え方は「政治過程論」と呼ばれます。社会運動が発生する要因は、「様々な集団が連携すること」、「人々が組織化されること」、「運動が成功すると思っていること」が重要だと主張します。
6.社会運動をする人、される人
ここまで紹介した理論は、社会運動を「する側」の理論でした。そこで次に「される側」に視点を移すとどうなるのかを考えます。
この理論は「政治的機会構造論」といいます。政治をする人が「聞く耳」を持っていなければ運動をしても意味がないという角度から主張する内容を構築していきます。
この理論は、人々が政治にアクセスできる回路をどのくらい持っているのか? ということと、政治体制がどの程度開放性を持っているのかに注目しています。
本書では「カスハラ」という用語がどのように構築されていったのかという事例を紹介しながら、「政治的機会構造論」を教えてくれます。
7.アメリカの研究、西欧の研究
ここまでの理論は、主としてアメリカで教育を受けた研究者たちの研究成果が中心でした。Society運動論には、これとは別の流れから生まれた研究もあります。その中で、ドイツやフランスの研究者たちが発展させた「新しい社会運動」に注目しました。
この研究の特徴は、1960年代以降の「豊かな社会」で起きた運動を分析しているところにあります。環境運動、女性運動、生活の質(クオリティ・オブ・ライフ)を求める社会運動等です。
漫画「美味しんぼ」に出てくるタイ米の炊き方を事例にしてハーバーマスを紹介しているところは、多くの教師に授業のヒントを与えてくれるのではないかと思います。
8.人間をどう捉えるのか?
ヨーロッパで新しい社会運動論が生じたことで、アメリカの社会運動論も大きな影響を受けます。本書はこの流れの中にある「社会運動と文化論」を取り上げます。
この研究者たちは、人間を合理的な人間としてすべて同じように想定することは無理だと主張します。さらに、世の中の人間は利己的な人だけではないという立場に立ちます。 筆者の富永先生は、ご自身がこの「社会運動と文化論」の研究者だと告白して、この運動論の説明をしてくれます。
9.2000年代の社会運動論
これまでの社会運動論に欠けていたものは何でしょう?
1つ目は、静的な要素に焦点を当てすぎていて、動的な関係を十分に捉えていないことです。2つ目は、広範囲の「政治的な対立」を描くには適していないことです。3つ目は、社会運動の発生に焦点を当てていて、その後のことに十分な注意を払っていないことです。
この欠けた部分を補おうとする新しい理論が提唱されます。新しい理論は、社会運動からより広く視野を拡大し、社会運動の発生と持続のメカニズムを外部環境や歴史的経緯からも考察し、認知的・文化的アプローチを取り込み発展させていくのです。
10.本書の全体像
以上が,本書の内容です。最後に目次を示して全体像を眺めることにします。
第一章 社会運動とはなにか
第二章 集合行動論
第三章 フリーライダー問題から資源動員論へ
第四章 政治過程論/動員構造論
第五章 政治的機会構造論
第六章 フレーム分析
第七章 新しい社会運動論
第八章 社会運動と文化論
第九章 2000年代の社会運動論
第十章 社会は社会運動であふれている
③ どこが役に立つのか?
教科書に出てくるいろいろな社会運動は、どのような枠組みを持ったものなのかを推測することが出来るようになります。「どうしてこの社会運動が起こったのでしょう?」 という問いを生徒と共に考える時に、本書の知識があれば、生徒に合わせた発問を考えることが出来るようになると思います。
④ 感 想
読者のことを意識した書き方が貫かれています。章が新しくなるたびに、ここまで説明した理論全体を振り返り、本章が何を書こうとしているのかを示してくれます。
富永先生が論文の執筆に没頭していたある日のこと、新聞記事を読んでいると、文面にはない社会運動の姿が「視える」という記述がありました。熱中して思考を繰り返している研究者だからこそ、不思議な力を身につけると同時に、初心者にとってわかりやすい記述が出来るようになるのかなと感じました。
(金子幹夫)
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