■川北省吾『新書世界現代史 なぜ「力こそ正義」はよみがえったのか』講談社現代新書2025年

① なぜこの本を選んだのか?
 国際政治に関連する文献を取り上げてみたいと考えました。候補となった本が2冊あります。1冊はジャーナリストが、もう1冊は研究者が執筆したものです。
 今月は、前者を紹介したいと思います。共同通信社の国際ジャーナリストが政治学者、評論家、政治家、実務家にインタビューしたものです。この2冊を順番に読むことで、夏休み経済教室の予習をしておきたいと思い本書を選びました。

② どのような内容か?
1.川北省吾さんについて
 川北さんは共同通信社の編集委員兼論説委員です。ブリュッセル特派員、ジュネーブ臨時特派員、イラク移動特派員、ニューヨーク特派員(国連担当)、ワシントン特派員として活躍されたジャーナリストです。

2.なぜトランプ大統領が当選したのか?
 本書は、トランプ大統領の当選は偶然ではないというメッセージを繰り返し発信しています。なぜ「力が正義」だという社会が形成されてきたのでしょうか? 川北先生は、その謎を多くのインタビューをとおして検証していくのです。
 
3.世界の警察?
 2013年のワシントンにおけるオバマ大統領(当時)の演説が大きく取り上げられます。
当時を象徴する言葉は「アラブの春」です。オバマ大統領が、シリアへの懲罰攻撃について語るのではないかと注目されていました。ところが発信されたのは「アメリカは世界の警察官ではありません」というものだったのです。
 この演説は、パックス・アメリカーナの終わりを告げるものと解釈され、冷戦後の世界を変えることになります。2013年12月、中国の習近平は南シナ海埋め立てに乗り出します。その3ヶ月後、ロシアのプーチンはウクライナ南部クリミア併合を宣言しました。  一連の出来事は偶然ではないようです。アメリカはなぜ、変わり果ててしまったのでしょうか?
 
4.ネオコン?
 そこでアメリカの栄華と没落をたどる作業が始まります。
 とりあげられているのは、フランシス・フクヤマの『歴史の終わり』です。フクヤマは、リベラルな民主主義が人類統治の最終形で、歴史における思想上の「終点」になるという考え方を示した政治学者です。
 この中から、アメリカには世界を統べる責任があると考えるネオコンと呼ばれるエリートが現れたことを紹介しています。

5.リベラル帝国主義?
 一方で、アメリカ単独で一方的に行動することを避けようと考える人たちも出てきます。リベラル帝国主義者と呼ばれる人たちです。この集団は、多国間協調を優先し、国連などを通じて国際的な合意を取り付けることを好んでいます。
 
6.アメリカ例外主義
 多様な考え方がある中、冷戦後に民主主義の理想を押し広げ、世界をつくり替えようとしている点は共通しています。そして、このつくり替えようとしているアメリカは、特別な責務を担っており、人類を進歩に導く「例外的な国」とするという思想が広まります。
 この「アメリカ例外主義」はフランスの思想家アレクシ・トクヴィルが示したとされています。内容は、アメリカは特別な責務を担っており、人類を進歩に導く「例外的な国」とするという思想なのです。

7.諸刃の剣
 クリントン大統領のもとで国務長官を務めたオルブライトは、「我々は他の国々よりも高みに立ち、遠くを見通している」とアメリカ例外主義の思想を述べています。
 この考え方は諸刃の剣です。全体主義や独裁に敢然と立ち向かう使命感の源泉になる一方で、他国の文化や宗教に配慮することなく独善を押しつける危うさがあるからです。
 どこの国にも、その国に根づいた習俗や政体があります。そこに西洋の理想を押しつけてもうまくいかないことだってあるわけです。

8.アメリカ大統領選を解釈する手がかり
 アメリカの栄華と没落の歴史をたどる中で、我々は前回のアメリカ大統領選の結果を解釈する手がかりを見つけることができそうです。
 その手がかりというのは、現時点でのアメリカのジニ係数、格差が拡大した時期にすすめられた金融自由化の影響、当時のクリントン大統領による「小さな政府」、「大きな政府」から距離を置いた立ち位置です。
 この過程の中で、左でも右でもなく「下から上」という政治の見方をした異端の政治家が登場し、支持を集めます。本書を読むことで、このつながりを検証してみてください。

9.次にロシアについてです
 そこで、次にロシアを見ることになります。2013年以降(オバマ演説の後)のロシアの動きはどのように解釈することができるのでしょうか。
 本書はウラジミール・プーチンが若き日にどのような経験をしてきたのかを語っています。プーチンへのインタビューをまとめた『第一人称』という本が出典元です。
 中学3年生の時にKGBに直接出向き、就職する方法を聞いたエピソード、下積み時代にキッシンジャーを空港に出迎えたときのエピソード、アメリカ同時テロの直後、真っ先にブッシュに電話したこと。そしてその後のアメリカによるABM制限条約からの一方的離脱。ミュンヘン安保会議におけるアメリカとの絶縁。教科書記述で省略されているエピソードで満載です。
 過去の歴史を振り返った後、インタビューからプーチンは「昔から攻撃的だった」という人がいるが、同意できないという証言を紹介しています。

10. そして中国です
 次は中国の登場です。習近平がどのような人物なのかをジャーナリストの視点から解き明かそうとしています。
 はじめに、中国においてメディアが党中央宣伝部の管理下にあることについて説明しています。なぜ中国において、メディアは党と政府の主張を広めるために仕事をするのでしょうか。その謎を、中国政府が目指している夢の存在と関連させて説明しています。
 それでは、その夢とはどのようなものなのでしょうか。中国の歴史観と密接な関係があるようです。キッシンジャーとジョセフ・ナイの指摘から、偉大な復興を目指す中華民族の夢を読み取ってみてください。

11.世界の85%の人々
 アメリカ、ロシア、中国について読み取ってきました。次はBRICSです。ロシアと中国が入っています。世界人口のうち、新興・途上国に住む人は約85%です。BRICSはこの人々の擁護者としての役割を果たそうとしています。
 BRICSが形成される原点は1955年のアジアにあると言います。バンドン会議、平和十原則といった歴史を振り返りながらどのようにしてBRICSがG7のGDP総計を上回るまで成長したのかが書かれています。

12.危機感
 次のテーマは白人です。本文はメイフラワー号までさかのぼります。北米にはどのような人たちが、どのような順番で移り住んできたのかが書かれています。
 イギリス、ドイツ、南欧、東欧の人々が移り住むということは、異なる言語を語り、異なる宗教を信仰し、民族起源を異にする人々が同じ政治的主権のもとで生活するということです。何かが起こりそうだとすぐに感じることができます。
 その中で、2060年には白人の占める割合が44%に落ち込むとの予測が示され、社会が少しずつ非白人化されているというインタビューが紹介されます。ハンチントンは移民の流入によりアメリカの文化が浸食されるという危機感を持っていると紹介しています。
 白人が抱く焦燥、そして白人が抱く世界観が、近年のヨーロッパにおける政治の動向と合わせて紹介されます。私たちが新聞記事を深く理解するための知識が得られます。

13.人の心を動かすSNS?
 白人の次はSNSです。 
 9・11が私たちに与えた教訓は、歴史を変えるために多くの人間を動員し、革命や政変を起こす必要はないということでした。ローンウルフ(一匹狼)型テロの恐ろしさを表した一文です。
 ソーシャルメディアは過激思想を拡散するだけではありません。特定の価値観が響き合い、次第に増進していく現象は投票操作にも利用されています。ブレグジットの例が挙げられています。
 2016年のアメリカ大統領選にも言及しています。この選挙にロシアのプーチンがどのように関係しているのか。CIAやFBIの見解を根拠に選挙介入について教えてくれます。
 情報工作について、人の心を動かしたいのであれば、その社会に深く根差す「真実」に働きかける必要があるという指摘を取り上げています。アメリカの場合、白人優位の人種差別意識、内にこもる孤立主義等々。ヨーロッパの場合は階級が当てはまるそうです。

14.
 ここまで読み進めてくると、国際政治はかなり複雑な状況にあることがわかります。この混乱の中から、どのようにして平和を維持していくことができるのでしょうか。
 記述は1943年のフランクリン・ルーズベルトによる「4人の警察官」構想まで戻ります。この歴史の中で安保理常任理事国が四カ国から五カ国になった理由がわかります。
 次に、この常任理事国だけが持つ拒否権です。この問題に光を当てたリヒテンシュタインの行動が取り上げられています。国連憲章第27条を用いて拒否権を制限しようとする試みが紹介されています。
 
15.本書の全体像
 以上が,本書の内容です。最後に目次を示して全体像を眺めることにします。
プロローグ 「警察官」の退却 
第1章 覇者の驕り―「無敵」から「Gゼロ」へ
第2章 「格差」の超大国―アメリカを蝕む病
第3章 リバンチズムー「大ロシア」再興の野望
第4章 百年国恥 ー中華民族の偉大な復興
第5章 「南」の逆襲ーBRICSの論理と心理
第6章 白人の焦燥ー「人種置換」の世界観
第7章 SNSと情報工作ー民主主義の新たな脅威
第8章 「警察官」の犯罪―時代遅れの戦後秩序
第9章 逆流する歴史―よみがえる伝統主義
エピローグ 「19世紀」へ向かう歴史

③ どこが役に立つのか?
 現在の国際政治がどのような状況にあるのか? その枠組みを歴史的に理解することができます。ジャーナリストの視点で世の中の仕組みをみると、どのように見えるのかを体験することができます。章の構成から発信されているストーリー、そして歴史の動きをダイナミックに感じさせる文章は魅力的です。

④ 感 想
 パクス・アメリカーナの終わりは、次の帝王が決まるまでの空位期間という引用がありました。この期間のことを「不安定な地政学的後退」だと表現しています。本書には2カ所に「地政学」という用語が登場します。どうもこの用語が気になります。経済教育の視点でざわつくのです。これは来月号に向けての宿題にしたいと感じました。

                   (金子幹夫)

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