■ 渡辺 浩『たとえば『自由』はリバティか -西洋の基礎概念とその翻訳語をめぐる6つの講義』岩波書店 2025年
① なぜこの本を選んだのか?
「Freedom、Liberty」、「Right」、「Law」、「Public、Private」、「Society」という英単語は、なぜ「自由」、「権利」、「法」、「自然権」、「公私」、「社会」と訳されたのでしょうか。両者の意味は異なるのでしょうか?
本書は、社会科教師として知っておきたい歴史がテンポ良く展開されていきます。そして、この訳と、もともとの英語の発想が根本的に異なることを知ることができます。教師が、より正確な知識を生徒に教えられるようになると思い選びました。
② どのような内容か?
1.渡辺 浩先生について
渡辺先生は東京大学名誉教授で、専門は徳川から明治時代を中心とした「日本政治思想史」です。
この時代の研究を進めるためには、儒学・儒教がどのようなものであったのかを理解する必要があるそうです。加えて、19世紀における西洋思想の理解も必要です。
研究を進める中で、翻訳語が、どこまで元の概念と同じなのかという疑問を持ちはじめたそうです。この疑問に、どのようにアプローチしていくのでしょうか。
2.「自由」という翻訳は適切か?
はじめに検討する単語は「自由」です。
英語を母語とする人々は、「Freedom」や「Liberty」という単語を使います。一方で、『後漢書』に「自由」という単語が出てきます。さらに、私たちが読んでいる公民科の教科書には「自由」がたくさん登場します。
この三つがどのくらい異なる(同じ)ものなのかというお話しから本書は始まります。結論は、意味として重なるところはありますが、根本的な発想が異なるということが書かれています。
英語を母語とする人が使う「Freedom」や「Liberty」は「○○でないこと」と訳すと腑に落ちると教えてくれます。「○○」は、本書の中から探してください。
3.なぜRightは2つの意味を表現しているのか?
次のテーマは「権利」です。
中国では「権利」という語を古代から使っているそうです。日本では、rightの訳語として「権利」を用いています。
渡辺先生は「rightは19世紀の東アジアの人々が簡単に理解できる概念ではない」と教えてくれます。rightは、1つの単語で「権利」と「正しい」という2つの意味を表現しています。なぜこの2つの意味が同居できるのでしょうか。
本書は、中世以来のコモン・ローといった法体系とequityという法体系の発達を紹介しながら、rightという単語は法的・道徳的に正しい要求を意味しているのだと教えてくれます。
そこで問題になるのは、私たちが使っている「権利」という訳です。rightを権利と訳すことには飛躍があったそうです。いったいどのような歴史があったのでしょうか?
日本に「権利」という訳をもたらしたのは、宣教師のウィリアム・マーチンという人でした。その訳を見て、ほかの訳はないのか? と探す人がいたのですが、結局国内では「権利」の訳が定着していくという歴史が書かれています。
このrightを訳す過程で「分」という訳の候補があげられています。木村拓哉さん主演の映画『武士の一分』が何を意味しているのかという解説が印象に残ります。
4.Lawを日本語に訳そうとしたら・・・
イタリア語とスペイン語は、「権利」と「法律」を同じことばで表すそうです。一方、英語はrightとlaw(法)を別の単語で表します。
それでは、日本語は、このlawをどのように訳すのでしょうか? 1867年の英和辞典では掟、御法度と訳しています。
このlawの語源はlay(置く)で、日本語の「掟」も「置きあてる」という意味の「おきつ」という動詞から来たことから、似ているという印象を持ちます。ところが、調べていくとこの2つが異なる背景を持つことがわかります。
lawは「法」という意味もあれば、需要と供給の法則といったような「法則」という意味まで含みます。これは創造主、Godが暗黙のうちに想定されていることを意味しているそうです。
日本語には、このような信仰の背景はありません。そこで、日本語においてLawということばに近い字はないのかと探しますと、「理」という字が近い意味を持つことがわかりました。
そこでLawを「理」と訳したかというと、そうはいかなかったのです。その理由が武家諸法度に書いてあるのです。詳しい事情は本書で読み取ってみてください。
5.「自然権」?「天然権」?
次はNatureです。私たちが授業で教える「自然権」とか「自然法」と関連がある単語です。本書は、Natureが、なぜ「自然」と訳されるようになったのかを教えてくれます。
日本語でNatureに近い語は「天」、「性」だそうです。福沢諭吉は意識的に「天然」という訳を使ったそうです。ところが、いつの間にか「自然」が「天然」との訳語生存競争で勝利します。
この理由を理解するためには、Natureとキリスト教の関係を理解する必要があります。キリスト教以降のNatureは、創造された際に与えられた被造物の持つ性質も指し示しています。ところが、日本には「被造物」という概念がないという視点から、訳語の歴史を教えてくれるのです。
6.社会科の社会はどのような意味?
最後はSocietyです。社会科教師注目の単語です。
Societyという用語を調べていくと、フランス語、イタリア語、ドイツ語には企業や会社という意味も含まれていることがわかります。英語では団体、協会という意味もあるそうです。
西洋のSocietyは「何らかの共通の目的や資質を持つ人々が交流し、協力する集まり」という意味、つまり「つきあい・仲間・交友関係・団体」に近い言葉のようです。
それでは、日本語で社会というのはどう捉えられているのでしょうか? その手がかりが「世間」ということばだそうです。反対語は「身内」です。いつも存在するもので、遙か遠い人は含みません。どうやら西洋のSocietyと日本の「社会」はズレているようです。
この社会という漢語は、中国でも使われていたようです。どのような意味なのでしょうか?「社」の示偏は神様関係を表すそうです。示偏に土ですから、土地の神様を祀った場所というように解釈することも出来そうです。
日本語はどうでしょう。Societyに近い単語はそもそも日本語にはなかったのでしょうか? 渡辺先生は私たちに「仲間・組・連中・社中」ということばを投げかけて考えさせてくれます。それぞれ「株仲間・新撰組・老中・亀山社中」といった例を挙げながら解説してくれます。
7.本書の全体像
以上が,本書の内容です。最後に目次を示して全体像を眺めることにします。
第1講 「お金に不自由しています」FREEDOM・LIBERTY
第2講 「武士の一分でござる」RIGHT
第3講 「正義省」はどこに LAW
第4講 「この村は、本性がいっぱいです」NATURE
第5講 「それは公用ですか」PUBLIC/PRIVATE
第6講 「キミも、いよいよ社会人だね」SOCIETY
講義を終えて
③ どこが役に立つのか?
「社会科」を教えている教師は、自分の教えている教科名の由来を知ったら驚くのではないかと思います。「社会」だけではありません。「自由」とか「権利」が持つ歴史的意味を知っているだけで、授業づくりの幅が拡がっていきます。「どうして自然権というの?」、「天賦人権の天賦って何?」、「時代劇に出てくる御公儀とか公方様って何?」、「手紙に書く御中の意味は?」、「同志社大学の社って何?」等々、たくさん出てくる言葉の語源は、生徒の学習意欲を高める授業づくりにつながると思います。
(金子幹夫)
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