経済教育ネットワーク  新井 明

(1)物議をかもした今年の共通テスト
 第2回目となった今年の共通テスト。
 傷害事件やカンニング事件などで受検生が追い詰められてることが話題になっただけでなく、共通テストは、学校教育の内容にも大きな影響力を持ってくることが、改めて浮かび上がりました。
 平均点が過去最低になった数学では、その理由に、出題傾向が変わったという要員が大きいことが指摘されています。
 「これって国語の問題じゃないか」という声も聞こえるくらい、設問にたどり着くまでの文章が長く、そこについても、さらに小問でダメ押し的な新しい状況が登場して計算を要求するという形です。
 これまでの、例題、ドリルの繰り返しで得点できるという問題ではなくなって、授業の方法も変えざるを得ないという「圧力」を現場の先生は感じていることが報道されています。
 これは一時的なものではなく、出題者はかなり本気であるということがわかります。

(2)経済分野も変化してきている
 数学の変化が顕著なだけではなく、公民科、地歴科も含めて、要求されている内容がかなり変化しているのは先生方承知の通りです。
 「政治・経済」の経済分野で言えば、数学の問題ほど複雑な長文の設定はありませんが、ホワイトボードに書かれた授業の内容をもとにした設問、学校新聞のスタイルがだされています。
 この形式は、予備調査以来の予想されていた形式であまり変化はありませんでしたが、設問に関しては、かなりの変化があります。
 例えば、問3では、機会費用についての理解が問われています。
 これまで機会費用という概念を授業で聞いていなかった生徒は、はじめて見る言葉と定義から内容を理解するのは大変だったかも知れません。
 ちなみに、機会費用については、これまでの経済教育関係者の調査、例えば山岡道男先生(早稲田大学名誉教授)らのグループの国際比較の調査では、日本の高校生の理解度がきわめて低い概念の一つとして、その普及が課題として指摘されていたものです。
 他にも、銀行の貸借対照表、マネーストックとマネタリーベース、購買力平価説(ビッグマックレート)、労働力調査の定義の読み取り、消費税率の逆進性の計算など、授業ではあまり扱われなかったり、表面的な説明で終わっていたりしていた部分に関する突っ込んだ設問が登場しています。
 平均点は、昨年に比べて大幅な変化がなかったようですが、少なくとも、教える内容、どこまで教えるか、その方法に関して、共通テスト対応という点からみても、授業の内容ややり方を変えてゆく必要に迫られることになりそうです。

(3)心配な合成の誤謬
 入試問題が変わることで、高校の授業を変えるというメッセージが強烈に読み取れる共通テストですが、これがうまく行くかどうかはまた別問題かもしれません。
 一つは、現場の授業が本当に変わることができるかどうかです。
 変えることは、圧力をかければ変えられかもしれませんが、変わるのは主体的な行為となります。
 学校の先生たちは真面目だから、過剰に反応すると「合成の誤謬」がおきないとも限りません。つまり、それ読解力だということで、試験対応のための準備教育に力を注ぐことが予想されます。
 これは、アクティブラーニング(主体的・対話的で深い学び)が必要だということで、それ話し合いだとなった風景に近いかもしれません。
 来年、多少揺り戻しがあったとしても、出題側の「本気」で授業を変えようとする姿勢は変わらないでしょう。
 もう一つは出題者側の問題です。
すべての出題者がその気持ちで作問すると、ほとんどの問題が複雑なリード文で、設問にたどり着けないような「良問」だらけになってしまう恐れがあります。
 今年の数学の問題などは、典型的な合成の誤謬の結果と筆者は推定しています。それが繰り返される可能性は否定できません。

(4)授業を変えるだけでなく
 このような変化に対して、どうするか。
 一つは、共通テストのメッセージに対して、本気で授業を変えることです。
 授業を変えるには、大きなストーリーをもって授業構成を考えることが必要になるでしょう。
 教科書をベースにしたとしても、個々の知識や対象をつなぐ論理をもった物語にできるかどうかです。三枝利多先生(目黒区立東山中学校)が書かれている教科書での「パン屋の話」などがそれにあたります。
 逆に、一つのテーマから多くの関連事項が生まれるようなテーマを探し出せるかという方向もあります。丹松美代志先生(おおさかまなびの会)が報告された「厠・トイレ考」の話などはそれにあたるでしょう。
 もう一つは、おかしいものはおかしいと声を上げることです。
 だいたい、現場のベテランの先生が問題に挑戦して時間内で解答が終わらない問題を出題すること事態がおかしいのです。
 そのおかしさ、正しさ故のおかしさを様々なルートで発言することが必要だと感じます。研究団体を通しても良いし、個人でできる範囲での発言でも良いと思います。
 
(5)与件を変える
 前号で紹介したシュンペーターは、『理論経済学の本質と内容』で静学的均衡の世界を描き、『経済発展の理論』で動学的世界を描きました。
 それに関して、「静学の中心問題は、経済外部からの適応であるとすれば、動学の中心問題は経済内部からの変化としての革新である」と故塩野谷祐一氏はその著『シュンペーター的思考』のなかで述べています。
 共通テストからの挑戦に対して<適応>で臨むのか、<革新>を目指すのか、問われているのは私たち現場教員だろうと思います。

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