■ 宇野重規『政治とは何か』講談社現代新書 2026年
① なぜこの本を選んだのか?
経済の授業をする前に、このようなことを知っておくと教科書全体の流れがつかめる、という知識の整理ができると考えて選びました。もしも今、政治的分野の授業をしていて、まもなく経済的分野の授業準備に入るというタイミングでしたら、より一層参考になるのではないかと思います。
② どのような内容か?
1.今の政治がどう見える?
本書の中心課題は、西洋中心主義を疑いながらも、そこに生まれた概念の中で今も価値あるものを継承し発展させようと試みるところにあります。
この課題を追究するために、歴史を振り返りますと、今の政治が、本当の意味での政治と異なる姿に見えるというのです。どのように見えてくるのでしょうか?
2.科学技術の発展は人類にとって困難の始まり?
はじめにアレントの『人間の条件』が登場します。アレントは人間の行為を「labor(労働)」、「work(仕事)」、「action(活動)」の3つに分けている、というのが教科書的な解釈ですが、本書では政治において重要なのは「活動」だと受け止めています。なぜ「活動」に注目したのでしょうか?
ここで『人間の条件』の冒頭に書かれている「人工衛星スプートニク打ち上げ」を紹介します。同書では、この人類が宇宙に行ったことを、素晴らしいと捉えるのではなく、人間の不幸や困難がはじまったと書いているのです。
3.言葉を失う、そして政治が危機を救う
科学技術が発展すると,どうして人類は不幸や困難に直面するのでしょうか。その理由は、科学技術の発展によって、人間の言葉が失われるからだとアレントは考えました。
人間は、いろいろと迷いながら他者と言葉を介してコミュニケーションをとり、さらに迷いを重ねながら生きていくわけです。科学技術は、この大切な言葉を人間から奪ってしまったとアレントは考えたのです。
しかし、彼女は「政治」がこの危機を乗り越える鍵になるのではないかと模索します。
4.「政治」のもつもともとの意味
政治は人類を危機から救い出してくれるのでしょうか? この政治そのものについて歴史的な振り返りがここから始まります。
政治というのは本来、「学問」であると同時に「技芸」だったようです。西洋語の「politics」と漢語の「政」と日本語の「まつりごと」がそれぞれ何を意味するのか? それぞれの違いを教えてくれます。
5.アメリカ合衆国のお手本
歴史的な振り返りは、古代ローマまで遡ります。共和制ローマの政治体制は①執政官、②元老と呼ばれる少数の有力者、③民会という3つの要素から構成されていました。
アメリカ合衆国の建国は共和制ローマがお手本になったことが紹介されています。執政官に相当するのが大統領、元老院が上院、民会に相当するのが下院だそうです。なるほど・・・社会科教師が読みたくなるようなエピソードが小刻みに登場します。
6.対立は悪いとは限らない
この共和制ローマの権威を近代に継承したのはマキアヴェリでした。ここでローマが発展した秘訣を内部対立に見出したことを紹介します。内部対立? どういうことなのでしょうか。
この枠組みは、本書で繰り返し登場します。政治を発展させるためには、対立を絶対悪として捉えないという考え方です。対立そのものを適切に制度化すれば、むしろ相互の力を引き出して、一国の活力の拡大につながるという発想が本書で繰り返し登場します。
モンテスキューも古代ローマに関心を寄せたとして登場します。古代ローマのモデルに司法権の意義を加えて「三権分立」論を理論化する過程が描かれています。
7.古典的理解を一言でまとめると
この時点で本書は、政治には一定の定義があると言います。それは「透明性を確保された公共の場において、暴力ではなく言葉によって、共同の意思決定を行うこと」です。 一方で、気になることもあります。それは、ここまで西洋の歴史しか振り返っていないということです。この限界に果敢に挑戦したのがアメリカの政治学者フランシス・フクヤマの『政治の起源』でした。同書は中国から政治の歴史を語り始めます。
8.複雑な仕掛けで西洋中心主義に挑みます
フクヤマの政治に関する解釈を読んでみてください。どうして中国から説明を始めたのか? その説明で西洋中心の説明をどのように捉えるのか? フクヤマは、西洋中心主義を批判して中国から議論を始めるのですが、結末は意外なものでした。
政治を「国家」、「法の支配」、「説明責任」から説明し、国家の発展と法の支配を確立したのはいったいどこなのか? を説明するのです。西洋中心? 中国? アメリカ? 西洋中心主義を打破する難しさを教えてくれます。
9.近代ヨーロッパ独特の発明
ここまでで西洋中心主義という枠組みは、頑丈だということが伝わってきます。その中で、今も価値があるものは何でしょう?その一つに「政党」があるとねらいを定めます。古代ローマと近代ヨーロッパを比較して次のように説明します。
古代ローマでは,社会全体に共通した善があり、それに向かって政治は進むべきだと考えていました。個々の特殊利益にこだわる集団の存在よりも共通善を重視したわけです。 近代ヨーロッパは、ここで独特の発明をします。それは、個々の特殊利益にこだわる集団をあえて正面から認めようとしたのです。前述した、対立は悪とは限らないという枠組みの再登場です。政党の存在が見えてきました。
10. 楕円の思想? それとも一般意志?
その見えてきた「政党」の誕生を説明するために2人の人物が登場します。デイヴィッド・ヒュームとルソーです。2人は、政党のあり方をめぐり次のように対立します。
ヒュームはホイッグ党とトーリー党を例にして「楕円の思想」を展開します。お互いが主張を譲らなければ内戦になってしまいます。比重は違うにしてもお互いの主張を認め合い合意しようというのが「楕円の思想」です。政党と呼べるものの誕生です。
ところがこの考え方にルソーが反対するのです。人間がそれぞれ持っている特殊意志を合計しても共通意志にはなりません。社会には真の共通意志があるはずで、それを追い求めるべきだというのです。
バラバラのまま合意を目指すのか? それとも一般意志を目指すのか? 政党をめぐる2つの考え方を私たちは受け止めるのです。
11.ダメといってもなくならない。 だったら・・・
歴史的記述は、アメリカ独立革命に移ります。ここで紹介されているのは「建国の父」たちが執筆した論説集『ザ・フェデラリスト』第10篇の論文です。著者は第四代大統領マディソンです。
第10篇では、党派を積極的に肯定しています。「党派が政治を牛耳ってはいけない」ではなく、むしろ派閥を増やして競争させるべきだと主張したのです。中途半端に規制するよりも、フェアに競争させるわけですね。
12.選挙区から当選した代議士の仕事は?
この流れに乗って、政党の存在を正当化する理論が発展します。その中の一つであるエドマンド・バークの記述は、授業づくりの素材がたくさんあります。
「近代的政党に必要な2つの要件」、そして「選挙で選ばれた代議士は地方の代表者なのか?それとも国全体のことを考える代表者なのか?」という内容は、どちらも生徒に話し合いをさせる時の新鮮な素材になります。
13.政治家の仕事って何?
選挙で選ばれた代議士が登場しましたので、次は政治家について考えます。ウェーバーの「政治のために生きるか?」それとも「政治に生きるか」というお話、そしてマキアヴェリの「ヴィルトゥ」と「フォルトナ」のお話が登場します。
さらに日本におけるマキアヴェリ像を大きく変えた佐々木毅先生の研究が紹介されます。西洋思想史研究に取り組んでいた佐々木先生が、なぜ選挙制度改革研究に取り組まれたのか?、その改革はどのようなものなのか? を知ることができます。
14.自分で考えて発言していると思っていたが・・・
次の話題は1920年代から30年代にかけてです。現代を考える上で重要な時期という位置づけです。この時期に刊行された貴重な古典が紹介されます。
その中の1冊がE・H・カーの『危機の二十年』です。カーは、個人の意志を踏みにじる力が世界に敢然として存在することを繰り返し説いているところに注目します。個人の意志こそが踏みとどまる最後の砦だという認識なのです。
もう1冊は『イデオロギーとユートピア』です。著者のカール・マンハイムは、人がものを考えることについて危機意識をもって追究しています。人間は自分でものを考えているつもりでも、実際には自分で考えていないというのです。どういうことでしょう?
人は成長する中で見たり聞いたり接したりしたものを無意識に身に付けます。そして自分で考えて発言していると思っていても、それはいつかどこかで聞いたことを口にしているだけかもしれないと同書は主張しているのです。
カーとマンハイムに共通していることは、人間の思考は私たちが思っているほど強固でもありませんし自立もしていないということです。
15.自分の思考・判断・表現
その強固ではない人間の思想をどのように考えればよいのでしょうか? たしかに全てを自分で判断しようとすると多くの人は戸惑ってしまいます。「みんなそう思っているでしょ」というような社会の総合的な判断とされるものに無条件に従ってしまいそうです。
さらに、持続可能な未来のことを考えろと言われても、そのための練習もしていないし習慣だってありません。政治はAIに任せるわけにはいきません。人間でないとダメなのです。いったいどうすればよいのでしょうか?
本書はトクヴィルが「利己主義」と「個人主義」を区別したこと、そしてアレントが「孤立」と「孤独」を分けたことを紹介しながら、この問題にアプローチしていきます。
16.本書の全体像
以上が,本書の内容です。最後に目次を示して全体像を眺めることにします。
目次
はじめに
序章
第一章 政治とは何か
第二章 政党とは何か
第三章 政治家とは何か
第四章 政治と危機
終章 なぜ政治をしなければならないのか
むすび
③ どこが役に立つのか?
生徒に「選挙(政策選択)」とはどのようなものかを考えさせるための素材がたくさん書かれています。例えば、本書の「選挙は何のためにあるのか」という次の記述を紹介してみてはどうでしょう。
「間違いなく選挙によって、意見や利害の違いが目に見えるようになります。その一方、可視化された違いのなかから、ここは折り合って、ここは妥協するという合意形成の動きも生じる。選挙という仕組みは、その可能性に賭けているわけです」(p.91)。
「選挙を通じて、相互の違いを明確化した上で合意をつくり直し、国民を再統合する。このような一連の機能をはたすことができて、はじめて選挙には意味があるのです」(p.91)という一文から、生徒の選挙観形成に向けての授業ができるのではないかと思います。
④ 感 想
エピソードが満載でした。ホイッグ党とトーリー党の名前の由来は、思わず誰かに話をしたくなるようなものでした(実際、近くにいた人に話をしました)。政党や新聞がコーヒーハウスから誕生したことも知りませんでした。
もう一つ。私たちは春の経済教室でフューチャー・デザインについて学び、本コーナーでも西條辰義先生の『フューチャー・デザイン』を紹介したところです。このことに関連して、本書の最終章に「民主的社会というのは、どうしても未来のことまで考えられないのです」という一文があります(p.240)。時間軸を設定して持続可能な社会について教えなければいけない教師の難しさとやりがいを感じています。 (金子 幹夫)
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