夏とスイカと経済教室
執筆者 金子幹夫
1.見つけました
初夏のある日のことでした。パン屋さんの自動ドアが開いた瞬間、目の前にスイカが現れました。正確には「すいかパン」です。
通常の販売棚ではなく、特設テーブルの上に積み上げられています。タレントの出川哲朗さんがオートバイに乗るバラエティー番組で全国を旅するときにかぶっているヘルメットと同じ柄です。迷わず購入しました。
2.本物と同じかどうかは関係なく・・・
数分後。「スイカの味とはどのようなものだったのか?」を思い出しながら実食です。数秒後、「美味い!」。スイカの味かどうかは関係ないと思わせるくらい満足しました。
しばらく経つと・・・「スイカの味かどうかは関係ない」と思ったことについて迷いが生じました。「味と名前って・・・関係なくてもいいのかな・・・?」。
3.何か違うぞ
世の中には、「名前」と「味」が異なる商品はたくさんあります。「味」に関することですので、あくまでも主観的な記述になりますが。
例えば「バナナのパン」はどうでしょう? あれ、 バナナってこんな味だったかな?と思ったことはありませんか?「イチゴのチョコレート」、「レモンパイ」・・・。まだまだありそうです。これ・・・授業にならないかな? と教師の遺伝子が騒ぎはじめました。
4.企画(案)
こんな企画はどうでしょう。これから大雑把に授業の展開について提案してみます。皆さんは、生徒の状況に合わせて、この提案が改造できそうかどうかを検討しながら読み進めてください。
例えば読者の皆さんが「公共」か「政治・経済」のクラスを複数クラス担当しているとします。仮にA組、B組、C組という3クラスを担当しているとしましょう。その中のA組では次のように授業を進めるのです。
場面設定は「文化祭のクラスの出し物」です。このクラスでは、文化祭で「果樹(野菜)」の名前の付いたパンを販売することになりました。候補は次の節にあるとおりです。この候補の中から販売する商品を3つ選び、ランク付けをしてくださいと指示します。
5.商品候補リスト
選択肢として示されたパンは次のとおりです。
① 『完熟イチゴの贅沢生クリームパン』本物の国産イチゴを使用 350円
② 『みんな大好きメロンパン』見た目や食感がまるでメロン 100円
③ 『信州産リンゴのサクサクアップルパイ』本物のリンゴを使用 250円
④ 『トウモロコシの焼きもろこしパン』惣菜パンでおなじみです 200円
⑤ 『激辛アボカドパン 話題性たっぷり』辛くて食べられるかな? 230円
⑥ 『新商品 すいかパン』思わず写真を撮りたくなるスイカそっくり 180円
6.販売商品を決めます
この中から商品を3つ選びます。選び方は次のとおりです。
(1)まずは個人作業。6つの商品の順番を決めてください。第1位から6位までです。
(2)隣の人と話し合って、2人で1つの順番を決めてください。
(3)4人前後のグループで話し合って1つの順番を決めてください。多数決はなしです。
(4)8人前後で話し合って、1つの順番を決めてください。これも多数決はなしです。
(5)(4)の結果が板書されました。クラスで1つのランキングを決めましょう。
これで、第1位、第2位、第3位が決まりました。
7.同じ授業をB組でも行います
同じ展開の授業を、隣のB組でも行います。ただし、選択肢をすべて変えて行います。メニューは次のとおりです。価格構成はA組で示したものと同じです。
①『ほくほくスイートポテトデニッシュ』高級サツマイモ使用 350円
②『シャキシャキリンゴ風味のジャムパン』本物のリンゴみたい 100円
③『完熟トマトのピザパン』野菜で勝負! 250円
④『バナナのフレンチトースト』本物のバナナを使用 200円
⑤『激辛 史上最強カレーパン』世界一?辛いと言われる唐辛子使用 230円
⑥『ブドウの香りがする蒸しパン』紫色で甘い香り ブドウみたい! 180円
8.同じ授業をC組でも行います
同じ展開の授業を、C組でも行います。ただし、選択肢をすべて変えて行います。メニューは次のとおりです。価格構成はすべてのクラスで同じにします。
①『濃厚宇治抹茶の贅沢クリームパン』本物の京都府産宇治抹茶を使用 350円
②『ふんわりオレンジ風味の蒸しパン』本物のオレンジみたいな甘酸っぱさ 100円
③『じっくり煮込んだ国産牛肉のカレーパン』本物の牛肉を使用 250円
④『甘熟黒ごまの濃厚あんパン』本物の国産黒ごまを使用 200円
⑤『激辛ソースパン SNSで大バズり』一口食べたら危険!? 230円
⑥『写真映え!パイナップルパン』黄色くて網目がまるでパイナップル 180円
これで3クラスの商品名と価格が出そろいました。
9.マーケットの反応です
各クラスごとで、販売する商品名が3つずつ選ばれました。マーケットの反応を見ることにします。A組で選ばれた商品とB組で選ばれた商品(合計6商品)をシャッフルしてC組の生徒に示して次のように説明します。
(ア)皆さんの所持金は500円です
(イ)すべてをパンの購入に使うものとします
(ウ)同じ商品を複数購入することもできます
(エ)選んだ商品には「これは一番目に欲しい」、「これは二番目に欲しい」と好みの順番を付けてください
10. 結果の集計です
次は教師による集計です。それぞれ一番目に選ばれたパンには3点を、二番目には選ばれたパンには2点を、三番目以降に選ばれたパンには1点として、6つの商品のポイント合計を算出します。これでマーケットがどのように反応したのかを知ることができます。
同じような展開で、B組の生徒にはA、C組で選ばれた商品を、C組の生徒にはA,B組で選ばれた商品購入について検討してもらいます。
11. 結果発表と振り返り
ここからが、生徒に活躍してもらう思考の時間になります。
得られた結果の背後には、どのような理由があるのでしょうか?そして、どのような考え方が潜んでいるのでしょうか? 売買の「向こう側」にある世界をみんなで考えていくことになります。
このときに教師はどのような見通しを持てばよいのでしょうか。生徒に、(ただ「考えてみよう」ではなく)どのように考えさせればよいのかという枠組みを示してみたいと思います。
12.問いかけ その1
教師が伝えたいことは、先生が言うのではなく、生徒に気がつかせたり言わせたりしたいのです。そこで、次のような問いかけを用意してみました。 見た目は一問一答のようですが,経済学習で重要な見方・考え方を含めた問いを形成するように心がけました。
<問いかけ1>
「なぜ完熟イチゴパン(スイートポテトデニッシュ)は人気がないのでしょうか?」
この問いの背後には、買いたいという心は無限にありますが、イチゴの数量や皆さんが持っているお金には限りがあるということを感じ取らせたいという気持ちがあります。
<問いかけ2>
「はじめにパンを3つ選びました。選ばなかったパンとの間には、どのような違いがあったのでしょうか?」
この問いの背後には、選んだパンと選ばなかったパンとの間に、価値の違いがあります。3番目と4番目の価値の違いが微妙であるところに注目させたいです。機会費用という概念に触れる場面にもつながります。
13. 問いかけ その2
背後に「見方・考え方」を察してもらう仕掛けを含めた問いの続きです。
<問いかけ3>
「パンを生産するために、どのくらいの人が関わったと思いますか?」
この問いの背後には、農家さん、農協、パンを作る人、運ぶ人、売る人、買う人の存在とつながりに気づいてもらいたいという思いがあります。私たちの見えないところで多くの人が仕事を分担し、お金と交換することを繰り返していることを想像するのです。
<問いかけ4>
「たくさんのお客さんに満足してもらうため、そして誰もが納得して買ってもらうためには、どのようなルールが必要でしょうか?」
たくさんの人の満足について考えるには「効率」について、ルールについて考えるには「公正」について考える必要があります。「これが公正だ」というものにたどり着くのは困難です。少しでも公正に近づくための工夫について考えるわけです。
14. 暑い(熱い)夏に向けてのメッセージ
これらの問答で、生徒は「希少性、分業と交換、つながり、信頼、機会費用、効率と公正」という概念に触れることができます。これは、夏休み経済教室で注目している経済学習6つのキーワードです。
今回紹介した(案)は、筆者が出会った「すいかパン」からはじまりました。「授業のヒント」としてお伝えしたいメッセージの第1は、教室から離れた場所で、(ネットではなく)足で授業のヒントを見つけようという姿勢を共有しませんかということです。
第2は、本(案)について、自分の教室では生徒の状況に合わせて「こんな風に改造できる」というアイディアを出し合い、皆さんで一緒に考えませんか? ということです。
15.おわりに
名前と味が異なる商品をきっかけに、授業づくりについて考えてきました。街中を歩くと、まだまだヒントが見つかりそうです。
夏季休業中に、自分の足による教材探しの取材はいかがでしょうか? 取材中の水分補給には美味しいかき氷が待っているかもしれません。
あれ? そういえば「かき氷」のメロンは? イチゴは? みかんは?どんな味でしたっけ? それどころではありません! 「ブルーハワイ」って何の味なのでしょう? 知っている方、教えてください。 今月はここまでです。
Comments are closed