プレイバック「夏休み経済教室2026」
執筆者 金子幹夫

1.はじめに
 第19回「先生のための夏休み経済教室」が無事に終了しました。今月号は、この経済教室の一部をふり返り、その内容について一緒に考えてみたいと思います。
 経済教室に参加した皆様は、その時の様子を思い出しながらお読みください。残念ながら参加することができなかった皆様にも、当日の様子がわかるような記述を心がけます。

2.「シン」と「現」と「旧」
 今回の「夏休み経済教室」は、初日を「講演会」,第2日目を「授業実践を考える日」としました。本稿は第2日目の授業実践を考える日について取り上げます。この日のテーマは「シン経済教育」でした。
「シン」ですから「現」や「旧」があるわけです。注目したのは「現」です。今年の経済教室は、現在実践されている経済教育の内容に、どのような課題があるのかを皆様と共有しました。そして、この問題を解決するためにどのような工夫をすることができるのかを考え、「シン経済教育」なるものを発信しました。

3.「現」の問題点は?
 それでは、現在の経済教育にどのような問題があるのでしょうか? 経済学者、教師、生徒の視点で整理してみます。
 経済学者は、私たちが持っている教科書に書かれている経済的分野の記述を見ると、とてもわかりやすく書かれていると受け止めるそうです。同時に経済学者は、この記述は生活者の視点から読むことを想像すると、わかりにくいのではないかと思うそうです。
 なぜなのでしょうか。それは教科書が、経済学のテキストと同じ枠組みで書かれており、生活者が理解するための枠組みとは異なるからとのことでした。

4.「シン経済教育」が出来上がるまで(その1)
 生活者の中には、教師と生徒がいます。この両者が用いる教科書が、経済学者の世界で通用する枠組みをもとに書かれているのだとすると、困ったことになります。経済学の世界で共有されている順番で書かれているからです。
 この経済学の世界で共有されている順番による説明が、生活者の心にそのまま届くのであれば問題はありません。しかし、このままですと、経済学者の世界で共有されている認識と、それを受け止める生活者の認識に「ずれ」が生じてしまうかもしれません。

5.「シン経済教育」が出来上がるまで(その2)
 この「ずれ」をそのままにしておくと、生徒にとって「経済は分かるようで、分からない(適切に理解できていない)」学習になってしまうかもしれないのです。
 この困ったことを解消するためには、現行の教科書記述を生活者の視点で描いたものに翻訳する必要があります。そこで、次のように考えました。
 経済学者が生活者の視点を意識して学習内容とその順番を考えます。それを教師が読み、生徒に教えるとしたらどのような問題があるのかを検討します。検討結果を受けて経済学者が再構成します。この作業を繰り返しながら「シン経済教育」が出来上がってきました。

6.見えるものから見えないものに
 この再構成は、教師が「経済を教える」には、どのような工夫ができるのかという視点で繰り返し行われました。
 生徒にとって「見えるものから見えないものにという順番で教えよう」、そして「身近なものから少しずつ遠いものにという順番で教えよう」という精神を貫いて再構成を繰り返しました。

7.「シン経済学」の特徴は?
 そして「シン経済教育」の原案が出来上がったのです。筆者は、この「シン経済学」の特徴は「省略」と「順番」にあると解釈しました。経済学者と生活者(教師・生徒)による認識のズレを理解するために「省略」と「順番」について問題を整理することで、ものすごく教えやすくなると読み取りました。
 この「省略」の問題と「順番」の問題とはどのようなものなのでしょうか? その問題をどのように整理したのでしょうか? 順番に見ていくことにします。

8.教科書は「省略」されている?
 19歳の学生が大学で手にする経済学の入門書は、たいてい500ページ近くあります。一方、17歳前後の高校生が手にする公民科の教科書には、経済的分野の記述が70ページ前後でまとめられています。ここで学ぶのは、経済的な見方や考え方です。
 だいぶページ数に差があります。2025年度の夏休み経済教室で篠原総一先生は、高校生が読んでいる教科書は、大学テキストのダイジェスト版のようだと教えてくれました。
 たしかに、両者の目次構成は似ています。どうやら、教師と生徒が持っている教科書における経済的分野の記述には、何かが「省略」されているという問題があるようです。

9.何が省略されているのか?
 この「省略」の問題を、私たちはどのように受け止めればよいのでしょうか。この省略された部分を補うことを考えるのでしょうか? これはたいへんな作業です。
「シン経済教育」の作成過程では、この省略されている部分も含めて、経済を生活者に教えるために「何か大切なもの」があるのではないかという検討を進めてきました。この「大切なもの」を見つけることで「省略」の問題解決に向けての光が見えてくるのです。
 そこで示しましたのが経済教育全体に必要な概念として4つの基盤と6つのキーワードだったのです。
※ 4つの基盤は「市場経済の基盤」「インフラの基盤」「人間生活の基盤」「経済社会の 基盤」です。
   6つのキーワードは希少性、分業と交換、つながり、信頼、機会費用、効率と公正です。
 ※ 4つの基盤と6つのキーワードについての説明は、資料「社会を支える4つの基盤」に記述されています。後日、経済教育ネットワークのホームページに掲載されます。   しばらくお待ちください。

 筆者のイメージですが、ドリップコーヒーを思い浮かべました。コーヒーの粉をフィルターに入れてお湯をそそぎます。やがて少しずつコーヒーが抽出されていきます。抽出された美味しいところ(大事なところ)が「シン経済教育」の柱だと解釈したのです。
 
10.順番の問題について  
 次は、教える「順番」の問題です。前述の「四つの基盤」には、順番(といいますか階層のようなもの)があります。
 一番下で支えているのが「経済社会の基盤(ルールや制度」、その上にあるのが「人間生活の基盤(教育・医療・福祉)」、その上にあるのが「インフラの基盤(水・電気・交通)」、そしていちばん上にあるのが「市場経済の基盤」です。
 この階層を意識しながら、はじめに教えるのは「経済社会の基盤」です。ルールや制度といった私たちの生活を支える土台について学習します。
 この土台を意識しながら「市場経済の基盤」について学習します。このモノやサービスの生産や交換が行われる仕組みを学習した後に、市場で取引できない暮らしを支えるインフラ基盤について学習します。そして皆が安心して暮らすことのできる生活の土台としての「人間生活の基盤」を取り上げます。
 
11.そしてストーリーとキャラクター
 これに加えてもう一つ。「ストーリーとキャラクター」です。筆者は、本メルマガ(2026年3月号)で、経済教育の教材にこの二つを加えることで理解が深まると提案しました。 この全てを取り入れたのが、夏の経済教室で紹介した第1講から第10講までの授業プランです。

12.「シン経済教育」を教師はどう受け止めるのか?
 ここからは授業実践者の眼で「シン経済教育」を受け止めます。
 皆さんは、授業研究の学習会や講習会等で教材を紹介されたときに、どのようなことを考えますか? 筆者は「目の前の生徒に合わせて、どのように改造できるのか?」をはじめに考えます。
 教室にいる生徒を想像しながら、どのように改造したら腑に落ちるまで理解してくれるのかを考えたいからです。 そこで、この「シン経済教育」は、生徒に合わせてどのくらい改造することができるのかを試してみました。授業実践の試案を紹介します。

13. なんで四つの基盤なの?
 「シン経済教育」は、4つの基盤と6つのキーワードを示しました。このことを知った教師は、どのような教材化が可能なのでしょうか?
「みなさーん、これから経済の学習をします。経済の学習内容を理解するにはコツがあります。それは4つの基盤と6つのキーワードを理解することです」と説明することで理解する(理解したふりをする?)生徒はいそうです。
 しかし、生徒の中には「なんで4つなの? キーワードに7つ目はないの?」といった素朴な疑問を抱く人もいるのではないかと思うのです。大人の視点では効率よくまとめられている学習内容ですが、生徒の肌感覚には少し遠い場合もありそうです。

14.ストーリーとキャラクターを1枚の絵にすると
 それでは、生徒の肌感覚で教えるには、どのような工夫ができるのでしょうか?
 「シン経済教育」第1講は、「あの夜、当たり前が止まったー暮らしはつながっている」というお話からはじまります。第一文は「大型台風が直撃した翌朝、ケンジとアカリの町はまだ停電が続いていた」です。 (※ 中学校版資料より)
 筆者は、このストーリーをAIに読み込ませて「1枚の絵を描いてください」と依頼しました。絵の作成にあたっては、4つの基盤と6つのキーワードに関連することを読み取れるように指示しました。
 何度かAIと問答を繰り返した末にできあがった絵は、教材として使えそうです。そこで次に、1枚の絵をどのように使うことができるのかを考えます。  
  ※ この資料も近日中に経済教育ネットワークホームページに掲載予定です
大阪、東京共に第2日目の「パネルディスカッション」における金子(筆者)資料です。

15. 皆で1枚の絵をじっくりと見る(その1)
 授業では、教師が「この絵を見て気がついたことを1つあげてください」と発問します。ある生徒が答えてくれたとします。そこで教師は「それでは、隣の人、別の何か気づいたことをあげてください」と発問します。隣の生徒は、何か見つけたことを言ってくれます。
 発問は続きます。「その隣の人、これまでに指摘されていないことで、何か見つけたものを教えてください」という発問を繰り返していきます。
 この発問は、クラス全員分できそうです。後半に発言する生徒は、ものすごく細かなところを探し出して指摘してくれそうです。細かなところに、本授業で学んでもらいたいことに関する発見があるのです。

16.皆で1枚の絵をじっくりと見る(その2)
 筆者は、AIに「14」で描いてもらった前日の様子を、まったく同じ状況で描いてくださいという指示を出しました。台風が来る前の日ですから、平和な日常生活の風景が描かれているわけです。
 ここで2枚の絵(台風が来る前と後)を比較するわけです。「当たり前の毎日は、どのような仕組みで成立しているのでしょうか? 2枚の絵を比較して、気付いたことをあげてください」と発問します。
 さきほど1枚目の絵をじっくりと見ていますので、生徒はいろいろなところに気がつくと思います。これも、「前の人が言っていないことを指摘してみましょう」と指示して、多くの生徒に発言してもらいたいところです。

17.生徒に4つの基盤のきっかけを言ってもらう授業
 教師は、生徒の発言を板書します。それは、4つの基盤を意識した配置での板書です。生徒から「なんで私たちの発言をバラバラに書くのですか?」と指摘されたら、「どうしてだと思いますか?」と考えさせるのです。
 生徒には各塊の共通点を見つけてもらいます。その共通点を言葉で表現してもらいたいのです。絵を見て「水や電気などのインフラのことかな」「医療のことかな」「(いろいろな売買ができなくなっているので)市場のことかな」と言って欲しいのです。

18.あとから「4つ」に気付く展開
 生徒は、絵を見て4つの基盤すべてについて言ってもらわなくてもいいと思います。日常生活の絵を見て、当たり前の毎日がどのような仕組みで成立しているのかを生徒に言わせるきっかけをつくるのです。
 生徒が指摘しなかったところは、教師が補足します。結果として出来上がった板書が4つの塊になることを目指します。
 教師は「もしかしたら私たちの暮らしを支え合う社会の仕組みは、4つの基盤でできているのかもしれませんね」という仮説を共有することで、少しずつ学習が進んでいくわけです。
 ここまでの実践を一言で表現しますと、「これを教えたいな」ということを、生徒の発言の中から一緒に見つけてみたい実践、ということになります。

19.記事を根拠に6つのキーワードを考える
 次に筆者は、AIに「大型台風が直撃した翌日の新聞をつくってください」と指示しました。出来上がった新聞記事を生徒と一緒に読んでいきます。
 新聞には、テキストデータだけでなく、写真や資料も掲載されます。その紙面を見ながら、今度は6つのキーワードについて発問していきます。
 例えば「(当たり前の毎日では)どのような分業がなされているのでしょうか?」新聞記事から読み取ってみましょう」、「どのようなところで信頼を読み取ることができますか?」といった発問です。生徒には、新聞記事のどこを根拠にしたのかまで答えさせます。

20.改造について話し合いませんか?
 本稿後半では「シン経済教育」で示しました4つの基盤と6つのキーワードについて、どのような授業づくりが可能なのかという入り口を皆さんと考えてきました。
 生活者視点での、理解しやすい経済教育についての提案です。この提案を教室に持ち込むにあたり、「説明したことで教えることができる教室」もあれば、「説明したことで教えたことにしてはいけない」教室もあることに留意しました。
 皆さんは、目の前の生徒の状況に合わせて、「シン経済教育」をどのように改造しますか? 教材づくりについて話し合いませんか?  今月はここまでです。
                           

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