■ 重永 瞬『新しい日本地理 地図・統計・移動から読み解く』講談社現代新書2026年

① なぜこの本を選んだのか?
 「新しい」という本のタイトルが目にとまりました。これまでに学んだことのない、新しい視点で「地理」を学ぶことができるのではないか、そしてその学びの中から経済教育につながる手がかりを見つけることができるのではないかと思い、本書を選びました。

② どのような内容か?
1.重永 瞬さんは?
 重永瞬さんは、京都大学で地理学を研究しながら、まち歩き団体「まいまい京都」でツアーガイドを務めています。著書『Y字路はなぜ生まれるのか?』(晶文社)で第25回人文地理学会学会賞を受賞しています。

2.本書の中心課題は?
 日本の東西を分けるには? という話題からスタートします。マクドナルドを「マクド」と呼ぶのは関西だけではないという指摘から、読者を地図の世界に案内してくれます。
 本書のテーマは、日本の地域区分です。日本を大きく分けるには? という問いに地図と統計を用いて客観的に見ていこうと試みています。

3.東西分布の考え方
 はじめに目に付いたのがフォッサマグナです。糸魚川-静岡構造線と解釈されることの多いフォッサマグナですが、重永先生は「フォッサマグナは面的に広がる領域」だと指摘します。東西文化の境界ではないようです。

4.いろいろな地域区分
 日本の地域区分に関する考え方は「東西対立分布」だけではありません。民俗学の祖、柳田國男が唱えた「方言集圏論」があげられています。これは「集圏論」の1つで、中心が新しく、周辺が古いとされるものです。
 これに対して、中心が古く、周辺が新しいという逆集圏論という考え方も紹介してくれます。近畿の京阪式アクセントを取り囲むように東京式アクセントが分布し、その外縁に無アクセントが分布するという例が挙げられています。
 集圏論と逆襲圏論は対立するものではなく双方の論理が入り混じりながら文化の広がりが生まれると捉えるようです。いろいろな地域区分があるようです。

5.境界線をひとつあげるとすると?
 そこであらためて、東日本と西日本の境界はどこか? ということになりますが、日本を一本の線で分割し、東京と大阪という単一の核によってまとめられた地域と見なすのはあまりにも乱暴だと指摘します。
 それでも1つ境界をあげるとするならば、日本アルプスの山々をあげるべきではないかと教えてくれます。しかし、日本列島をよく見ますと、大阪や東京だけではないことにすぐ気づきます。そこで、次に、東北や九州と行った地域区分を見ることになるのです。

6.さっせんひろふく・・・
 東京、大阪以外・・・? とききますと、どのような都市が思い浮かびますか? 東京、大阪、名古屋・・・本書であげられているのは札仙広福です。「好きなプロ野球球団勢力図」という魅力的な資料をもとに地方中枢都市の説明をしてくれます。
 日本の地方区分はどのような経緯で成立したのでしょうか? その地方区分というのは本当に実態としてのまとまりがあるのでしょうか? 札仙広福が、どのようにして地方中枢都市の座を獲得したのかを見ることになります。

7.地方中枢都市という存在は幻想?
 3大都市圏以外でプロ野球球団が所在する都市は、札幌、仙台、広島、福岡といった地方中枢都市です。なぜ四国や北信越にプロ野球球団はないのでしょうか? どうしてそこに独立リーグが結成されたのでしょうか? この問いに本書は答えてくれます。
 1970年代になると、日本は「東名阪」、「札仙広福」、「それ以外」という三層構造が現れます。第4次全国総合開発計画(1987年)では、札仙広福は「地方中枢都市」とされます。しかし、この4都市は横並びではなく、経済規模や性格が異なっていたのです。
 重永先生は、この異なりについて、市内総生産、人口データを見ながら説明してくれます。この地域構造は、日本に古くから存在したわけではありません。どうやら行政上の理想(地方ブロック幻想と書かれています)であったようです。

8.東西の次は南北 
 ところで、日本には「北と南の区分」もあります。「トンネルを抜けると雪国であった」という有名な一文をきっかけに「裏日本」という概念について教えてくれます。
 侮蔑的なニュアンスを含む「裏日本」という表現は、1895年の教科書『中学日本地誌』に初めて登場します。気候を説明するために自然地理的視点から用いられたようです。ネガティブなイメージが加わったのは人口推移と関係があります。

9.江戸時代、北陸の人口は多かった
 江戸時代における北陸や山陰の人口は、全国平均より高い増加率を示しています。日本海側は、港と港を結ぶ水運が発達していたのですから納得です。ところが、明治中期になると日本は産業革命期に入り、工業化が進み、人口分布が変化します。
 神戸とインドの間にボンベイ航路が開設され、輸入綿花による紡績業が発展します。製鉄においても、中国から輸入された鉄鋼石や九州・北海道で採掘された石炭で行われるようになり、山陰の製鉄業が衰退するのです。

10.ヨコからタテに変化する交通
 産業の変化に加えて交通をめぐる世界も変化していきます。日清・日露戦争後の1906年には全国の鉄道が国有化されます。路線図を見ますと「裏日本」が周縁的な位置にあることがわかります。
 日本海沿岸をヨコにつないでいた海のネットワークは、日本列島をタテにつなぐ陸のネットワークに転換したのです。1931年に「国境を越える長いトンネル」が開通します。

11. 新しい役割 
 明治以降、日本海に新たな水運ルートが誕生します。敦賀とウラジオストクを結ぶ航路が開かれたのです。海路で40日かかっていた東京-パリ間が17日に短縮されたのです。日本海側の諸都市は東京・大阪と大陸を結ぶタテルートの結節点になるのです。
 1960年頃から、NHKでは「裏日本」を差別的表現として使用しなくなります。この裏という表現は、雪だけで絵説明することは難しいようです。開発を後回しにしたという要因をあげなければいけないようです。

12. 黒潮が結びつけて生み出す広い文化
 『雪国』の次は『伊豆の踊子』です。本書の目的は、日本の地域区分でした。対象となるのは、雪が降らない温暖な地域である太平洋側です。
 紀伊半島と房総半島の共通点、南海日本の共通点と、様々な共通性を指摘しています。ところが、南海日本が1つの地域として見なされることはありません。
 鰹節の年間支出、茶やミカンの生産量、海洋プレートと大陸プレート、バイク利用率といった様々な資料からの解釈を興味深く読むことができます。

13. なぜ長野県にメーカーが多いのでしょうか?
 東西、南北と日本の地域区分について考えてきました。この地域区分を考え続けるにあたって難しい部分の存在に気づきます。それが「中部地方」です。
 中部地方は、明治時代の教科書を編纂するときに、便宜的に設定されたものだそうです。便宜的をどのように解釈することができるのでしょうか?本書では、中部地方に群馬県と栃木県を加えて「中央日本」という地域を設定して考察していきます。
 日本で最も製造業従事者の多い県はどこでしょう? スバルで有名な富士重工業の前身は? トヨタ、スズキに共通する創業時の特徴は? 生徒が知っている身近な話題をきっかけに、その背景を考える授業づくりに役立つ情報でいっぱいです。

14. 人口減少を地域差の視点から見る授業づくり
 ここからは、地域区分に日本が抱えている諸課題を加えて考察していきます。取り上げるトピックは「人口減少」です。出生率の地域差を見ると、授業に使えそうな話題に出会えそうです。
 そこで問題です。問1「出生率が最も高い県はどこでしょう?」。問2「現在の西日本と東日本では、どちらの方が出生率が高いと思いますか?」。問3「戦前において西日本と東日本では、どちらの方が出生率が高いと思いますか?」
 問2と問3について、その理由を授業で考えてみませんか? まだまだ授業づくりのヒントが見つかりそうです。

    15. 家族形態のいろいろ  
     西日本と東日本の出生率に関連して、日本の伝統的な家族形態である東北日本型と西南日本型が紹介されます。
     この形態を背景にして「なぜ出生率に東西それぞれのパターンが出来上がったのか?」についての仮説が書かれています。あくまでも仮説ですが、家族規範と出生率を関連させ問いを発信することで、生徒からいろいろな発言がありそうです。

    16. なぜ「地域」という概念で考えなければいけないのか?
     ここまで考察してきた「地域」という概念は、似たような性質を持った領域である「等質地域」や中心と周辺が結びついた「結節地域」という概念でまとめることができます。
    このつながりの概念に時間軸を入れて、昔と今(そして未来)を語るわけです。
     なぜ「地域」というまとまりを構想するのでしょうか。本書は、地域区分は効率的な行政であったり、客観的な地域の把握であったり、地域格差の是正、未来の創出であったりと、何らかの目的をもって行われるものだと説明しています。

    17.マイ「地域」の創造
    「地域」という概念を用いて日本を見てきますと、とてもよく理解できるところがある一方、捉え方の限界も見えてきます。この限界の克服は可能なのでしょうか?
     本書は「地域区分」という方法そのものから離れてみよう! とか「新しい地域区分を描き出してみよう」という方法を提案してくれます。一人一人の人間が行動する場所は皆異なりますし、その人独自の「地域」が形成されているはずだからです。
     さて・・・私(紹介者)にとっての「地域」とは? そんな想像をしながら本書の全体像をながめてみることにします。

    18.本書の全体像
     目次の紹介です。全体像は次のようになっています。
     第1部 日本はどう分けられる?
      第1章 日本は「東」と「西」に分けられるのか?
      第2章 「札仙広福」と地域ブロック幻想
     第2部 何が風土をつくるのか?
      第3章 何が「裏日本」をつくったのか?
      第4章 黒潮がつくった「南海日本」
      第5章 「中央日本」の物流と産業
     第3部 移動が変えるもの、変えないもの
      第6章 出生率はなぜ「西高東低」になったのか?
      第7章 移民から見た日本の「西」と「東」
      第8章 「地域区分」とは何か

    ③ どこが役に立つのか?
     どこでモノが作られて、どのように、そしてどこに運ばれて、誰に向かって売られるのか? という現実の社会を見ることができます。 経済的分野の教科書には登場しないリアルな人間の動きを想像することができます。
     この大きな流れの中で、生徒に発問したくなる情報が所々に登場します。その問いは、いろいろな単元と結びつけることができそうな「生きた情報」です。躍動感のある授業づくりに役立つと思います。

    ④ 感 想
     フォッサマグナの記述のところで、かつて訪れた新潟県糸魚川市にあるフォッサマグナミュージアムを思い出しました。館内に入るとヒスイが出迎えてくれます。そして巨大スクリーンに映し出されたフォッサマグナと日本海の形成に出会うのです。このミュージアムをデザインした学芸員の先生は、見る人の立場を考え抜いて、展示の順番を考えたのではないかと思います。
     本書も同様に、予備知識がなくても理解しやすい順番で、地図や統計を用いて私たちを案内してくれます。普段あまり地図に触れない生活をしていても、読んでいる中でだんだん地図や統計が面白く感じられてきそうです。そして読み終えたあと、全国各地を巡る取材の旅に出たくなるような一冊になりました。
      (金子幹夫)

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