■(高等学校)
ChatGPT以後の教育~教師はどう向き合うか~
執筆者 東京都立井草高等学校 杉浦 光紀

(1)高校生とChatGPT
 こんなことがあった。「新書」を読んで発表する課題を出し、図書室で本を探させていた。ある生徒が「ChatGPTに聞いてみようかな…」とつぶやく。やってみて、と促すと、スマホですぐさま「高校生におすすめの新書を教えて」と質問。ChatGPTが5冊ほどの本を提案する。最初に紹介したのは、太宰治の『人間失格』。それをみて、「人間失格は、新書じゃないです」と生徒が入力し、ChatGPTは「すみません。ご指摘ありがとうございます」と答える。生成AIと気軽に対話することは、高校生にとって日常となりつつある。

(2)ChatGPTの影響
 ChatGPTやBing Chat、Bard等の文章生成AIを利用したことがない人は、使ってみてほしい。自然な対話形式で、本当に何でも答えてくれる。文章の要約・推敲、翻訳、アイデア出し、書類作成、キャッチコピーの提案、ラブレターや俳句、小説も書ける。完全自動運転や火星探索より、教育への影響は大きい。今までと同じ考え方で、授業や学習評価をしてはいられない。生徒が宿題や課題の提出に、生成AIを用いているかを把握している教師はいるだろうか。丸投げして作成されたレポートなどを高く評価しては、教育の本質と学習評価の公平性を損ないかねない。
今年度、ChatGPTの影響の当事者になり頭を悩ませた。事前に「問い」や条件を提示し、授業で学習した考え方を活用する180字程度の論述を、毎回の定期考査で出題してきた。その問題をChatGPTに打ち込んでみると、高校生がしそうな間違いを含んだ回答が表示され、何度か質問すると正答にたどり着いた。今までも、友達の解答を真似したり、ネットの知恵袋に相談したりする生徒はいた。しかし、手軽に「思考や表現(創造性)のアウトソーシング」が可能となっては、出題の仕方を考え直さざるをえない。いわば、「ChatGPT以後に、詩を書くことは茶番である」。

教師の反応は両極端
 ある定時制の高校では、その高校を卒業ための方法を質問して、現実とのズレが多い回答の不適切さを話題にしたとか、ある進学校では、ChatGPTが答えた内容を生徒に検討させた上で、こんな一般論ではない回答をせよ、という授業をしたと聞く。授業で使ってみせ、回答の不十分さや安易に使うことの問題を教えているケースもあれば、取り上げていない先生もいる。文章生成AIなどは「恐るるに足らず」とする先生もいれば、一方で「レポートをやめた」という先生もいた。
生徒自身の経験や授業に基づいた内容を書かせるなど、課題を工夫すれば、少しは対策になる。AIが書いた文章を判別するツールがあるから、問題にならないとの見方もある。しかし、文章を生成させるときの「プロンプト(指示・命令文)」で、いかにも高校生らしい作文ができる。OpenAIの識別ツールは、9%の確率で人間が書いた文章も「AIが書いた」と誤認するのが現状。さらなる技術の進歩が見込まれるなか、厳密に見分けるのは不可能である。各大学は方針を出したが、学部長から使わないようにと通達したとか、使った場合は使ったと明記など中途半端である。文科省による指針も出され、提出課題の評価は「内容が理解され、⾃分のものになっているかを確認する活動を設定する」など一部は参考になる。しかし、実際にどうするのか、課題は山積している。

(3)学習評価における課題の本質
 本人の能力を測ることを建前に、成績をつけている。しかし、提出物において、答えの丸写しはよいのか、保護者や兄弟に代行してもらうのはダメか、または、徒競走に自転車を用いてもよいのか、算数の問題に電卓を用いるのはダメか、などと考えるとChatGPTが明らかにするのは、「新しくて古い問題」である。評価のあり方や学校の役割への反省を要する。テクノロジーは「身体や感覚の拡張」である。その人自身の能力を測るのか、機械や文化資本により拡張された能力を測るのか。課題の内容、出し方、方法を見直すことになる。

(4)生成AI時代の学習評価を考える
 前述の考査における論述問題は、論述の条件(特定の用語を使うなど)だけ提示し、「問い」自体は事前に教えないことにした。あらかじめ、時間をかけて作成することはできなくなったが、試験時間内で考える力を、公平に問うことはできる。この他に、生成AIの心配を減らすための対処法を考えてみる。

・対処法①「生成AIの利用を義務付けた学習課題」
学習過程のなかで、むしろ、全員に生成AIを使わせる。ただし、内容の真偽は、作成者の責任だと理解させる。ChatGPTは、存在しない文献を生成したり、学習データに含まれる偏見を反映していたりする。高い精度で「それっぽい答え」を出力するが、「幻惑」と呼ばれるとてつもない嘘も平気でつく。ゆえに、ファクトチェックが必須であることも実感させられる。
ChatGPTに5回まで質問をして、そのやりとりも添付させ、結果を考察する課題を出した先生がいた。たとえば、今の日本経済の状況ついて、AIに質問をして、回答が事実かどうかを分析する課題や、SDGsを意識した起業のアイデアをAIに検討させ、より優れたアイデアにする課題も考えられる。全員が利用しているので、機械に拡張された能力の評価という点では公平な扱いとなる。また、ビジネスの世界では、どのように仕事に活かすことができるのか話題になっている。保護者への確認や校内での合意を取り付けて、生成AIの積極的な活用と限界を理解する学びが重要である。

・対処法②「自分の力だけで考察や表現をさせる学習課題」
題材設定、生徒間の話し合い、まとめの文章化など、授業内で段階ごとに生成AIを利用しないでアウトプットさせる機会を全員につくる。その一部や積み重ねを成果物として評価の対象とする。授業時間内という同じ制限のなかで、どこまでできるのかを評価すれば、定期考査と同様に平等である。こうした評価を、対処法①とは評価の場面を区別し、計画的に組み込むことが考えられる。
課題を出して放置するような学習の場合、ChatGPTの代行がタイパ(タイム・パフォーマンス)のよい方法だと考えてしまう生徒もいるだろう。これでは、思考力・表現力・表現力等を育成することができない。校内でエッセイのコンテストをしている学校の先生は、途中でフィードバックを与えながら自力で文章を作成する過程を重視していた。たとえば、金融や年金に関する小論文のコンクールがあるが、生成AIの作品をそのまま出すのは不適切である。授業内で自分の経験を振り返り、特定のテーマについて自分の意見を書く機会などを用意し、自力で書く力をつけていれば、その能力を発揮する機会として有効なものとなるだろう。今まで以上に、思考し表現する過程に着目して、教室空間での指導を尊重することにもなる。

(5)AI活用学習の可能性
「おすすめの新書」をAIに質問した生徒のように、ネット上の膨大な情報から生成された、それらしい内容と、対話し吟味しながら、考えを深める姿が、今後は自然なものとなっていくだろう。AIと学習者の二人三脚での学習である。ただし、AIにおんぶに抱っこで、依存することは、自らの課題解決能力が身に付かないだけでなく、危険である。また、教師が利用できることも多い。穴埋め問題づくりや課題の例を学習させての類題づくり、授業のアイデア出しなどもできる。
 AIはここまではできる、ここから先を考えなさい、が授業展開の定番となるだろう。ただし、ありきたりな「問い」は許されず、生徒が「答え」を導き出す過程への支援が大事になる。また、ChatGPTを利用するなかで、質問力や問い続ける力を育成することにつながるかもしれない。質問の「壁打ち練習」ができ、疑問をもって、それを追求するための問いを生み出す力、探究力が伸びる。テクノロジーが学習を加速して、同じ時間でできることが増え、要求水準を上げることもできるかもしれない。

(6)今後、何を目的に教育していくのか
人間が、AIによって拡張された能力を善悪の価値判断のもとに使う態度を培うこと。AIと協働して出した答えを具現化する行動力、つまり、現実世界への働きかけ、人が人と関わり、人間が人間を感化し、よりよい社会を成すこと。AIの答えの不足に気づける高度な知識や批判的思考力をもつこと。社会に向き合いつつも、自己省察を伴う、学ぶことに閉じない教育が「ChatGPT以後の教育」には求められる。注意すべきは、自分で考えることを放棄する教育であり、目指すべきは、自分で考える楽しさと経験を重んじる教育である。そのためには、囲碁や将棋のように、人間の世界で勝負するのか、AIを用いるのか、学習において区別がいる。
生成AIを「悪の凡庸さ」と論じる海外の識者もいる。目的をもち、目的を吟味できるのは人間であり、画一化した図式に当てはめずに、新しい光を当て直す知性が人間に残された最後の仕事となる。本稿もいずれ機械に学習され、データの海のなかから生徒へと紡ぎ出される言葉の一つとなるだろう。その言葉を手にした生徒が、その言葉に流されず、批判的思考をもって問い直す主体になるには、どうしたらよいか。今、ここから考えていきませんか。

参考文献等
・平和博著『ChatGPT vs. 人類』文春新書
・古川渉一、酒井麻里子著『先読み!IT×ビジネス講座 ChatGPT 対話型AIが生み出す未来』インプレス
・日経クロストレンド編『ChatGPT&生成AI 最強の仕事術(日経BPムック)』日経BP
・文部科学省「初等中等教育段階における生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン(Ver1.0)」

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