■ブランシャール・ロドリック編『格差と闘え 政府の役割を再検討する』慶應義塾大学出版会

①どんな本か
・先進国で深刻化する格差問題に対して、どのような対応が可能か、欧米(主にアメリカ)の経済学者、政治学者、思想家がワシントンにある中立系シンクタンクであるピーターソン国際経済研究所に集まり、2019年10月に行った大規模なカンファレンスの記録です。
・ブランシャール、マンキュー、アセモグルなど経済学のテキストでおなじみの有名な経済学者を含む総勢30名が登場し、現在の主流派経済学者による現状分析、それを踏まえた現実的処方箋とその評価を巡る議論が紹介されています。


②本の内容は
・ブランシャールとロドリックによる全体の総括である序章「格差拡大を逆転させる手段はある」をはじめとして、全体が11のテーマ、29章に渡って様々な問題提起と議論の要旨が掲載されています。
・11のテーマは次の通りです。
Ⅰ状況の展望、Ⅱ倫理と哲学の次元、Ⅲ政治の次元、Ⅳ人的資本の配分、Ⅴ貿易、アウトソーシング、海外投資に対する政策、Ⅵ金融資本の(再)分配、Ⅶ技術変化のスピードと方向性に影響を与える政策、Ⅷ労働市場のついての政策、制度、社会規範、Ⅸ労働市場ツール、Ⅹ社会的セーフティネット、Ⅺ累進課税
・大きく、データでの現状確認、政治や哲学からのアプローチ、経済学からは貿易、投資、金融、労働、社会保障、税制など幅広いテーマが取り上げられています。


③どこが役に立つか
・ずばり、序章の総論部分と第1章のルカ・シャンセルによる「先進国の格差を巡る10の事実」の箇所だと言えるでしょう。その際、読むなら第1章からが良いと思います。
・第1章では、具体的データをもとに格差が先進国で拡大している状況が説明されます。グラフが付いているので、そのグラフを見るだけでも格差の現状とそれをもたらした原因がつかめるはずです。
・序章では、このカンフェランスのコーディネータである二人の編者による政策の整理があります。特に、格差に影響を及ぼす政策の分類が書かれている表0.1は参考になるはずです。(アマゾンの「試し読み」で見ることができます)
・この表では、政府が介入する経済段階を、生産前、生産、生産後の三つに分け、格差の種類を、下位層、中間層、上位層の三つに分け、3×3の9セットの政策マトリックスを提示して、それぞれの政策が以下の章で議論されてゆくことが示されています。


④感想
・主流派経済学による政策提言の流れが変わってきたなというのが一番の感想です。
・1980年代からの新自由主義による規制緩和、自助努力による小さな政府指向の流れはグローバリゼーションと相まって強力な潮流をとなってきましたが、格差拡大という現実に直面して修正せざるをえない段階になったことがわかります。
・編者が、このカンフェランスが10年前に開かれていたら、内容は違っていただろう、議論の内容は大きく様変わりしていると書いているところが印象的でした。
・解説が、今アメリカの大学で教壇にたっているマルクス経済学者の吉原直毅氏が書いているのも興味深いところです。登場する論者たちは資本主義とは何かを真剣に考えていないと言う吉原さんのコメントがどこまで正鵠をえているかを確認するのも、ちょっと大変だけれど有用かと思ったりしています。
・第28章で、ステファニー・スタンチェヴァという財政学者が新しい研究のエビデンスを出してもそれが浸透しないこと、その理由として専門家への不信とテレビのタレント経済学者の影響を上げていました。アメリカだけでなく日本でも同じようなことが起こっているんだろうなという感想を持ちました。

(経済教育ネットワーク 新井 明)