経済教育ネットワーク  新井 明

(1)部会報告でのテスト問題
部会報告にもありますが、12月の東京部会では、4人の先生の定期考査が紹介されました。
そこには、共通した特徴が二つありました。
一つは、経済の授業が始まったことを反映して、市場メカニズムの理解を問う問題が複数の先生から出題されていたことです。
  旧センター試験や私大の試験では毎年のように出題される事項なので、良くも悪くも高校の場合は必須の学習事項になっています。中学校でも同様かもしれません。
 もう一つは、思考力を問う工夫された問題が出されていたことです。
 これも共通テストの傾向を踏まえて、長い文章を読ませて、それをもとに問題を出すというスタイルが特徴でした。
 こちらの傾向に対しては、大倉先生から国語との差異に注意して欲しいという注文が付いていました。

(2)ちょっとした工夫で生徒の理解を深める
まず、前者の需要曲線、供給曲線の問題、学習について検討してみます。
もったいないなと思うのは、原理的な理解を問うところでそれが終わってしまっているところです。
例えば、技術革新でコストが下がった時に曲線がどちらにシフトするか?という問題や、景気が悪化し国民の所得が下がった時に曲線がどちらにシフトするか?という質問が出されています。
また、「肉まん」を製造する新技術が普及して同じ品質の「肉まん」をより安く作れるようになった時や、冬の寒い日が続き多くの人が「肉まん」を食べたくなった時の需給曲線の移動を問う問題もあります。
どちらもありそうな設定ですが、需給曲線の形式的なシフトを問うというレベルでの問いで終わってしまっています。また、リアルさという点でもいま一歩と言ってよいかもしれません。
これを一歩深めるには、例えば、次のような問題を加えたらどうでしょうか。

「長引く新型コロナウイルスの影響で外食産業の需要が落ち込む一方、主食米の生産を絞る政府の転作誘導も思うように進んでいない」(『朝日新聞』21年5月28日朝刊)という記事が新聞に載っていた。このような時に米の値段がどうなるか、グラフを使って説明しなさい。

 この問題は、筆者の中学生向けのテスト問題です。これが良い問題かどうかは読者の判断に任せますが、次のようなねらいをこめて作成しました。
 ①新聞記事を引用することで、価格の変動をリアルに考えさせる。また、日頃、ニュースなどに注意することがテスト対策にも通じるというインセンティブを与える。
 ②価格以外の条件が変わったときに、どのように曲線がシフトするか、教科書に登場する理論を実際の事例で考えさせる。
 ③新聞には、「コメ、続く値下がり 4月取引価格、前年比6.6%下落 コロナで外食用の消費減/転作進まず」とあり、正解に相当する記述があるが、グラフを書かせることで、正解にたどり着くまでの思考過程を見る。
 この問いはテストで出題したものですが、実際の授業では、一通りの説明が終わったら、グループでこの種の問題に挑戦させて、どうなるかを討論させることができればもっと良いと思います。さらに、もしコメが統制価格だったらこんな場合にどのような影響が企業や家計にでるだろうかを考えさせるなどの展開もできるでしょう。
 この種の問題を使って、日頃の授業のなかで生徒に自由に考えさせてみる。日常と理論の往復をすること、形式的な練習問題ではなく、実際の事例で、様々な価格問題への注目が広がり、思考が深まることを期待したいところです。

(3)論文資料の読み取りと思考の深まり
後者の論文問題を取り上げてみます。
部会の報告では三人の先生から資料問題(一人は参考文)が出題されていました。
 資料文は、「人新生の資本論」を書いた斎藤康平氏のインタビュー記事、岡﨑久彦氏の「戦略的思考とは何か」、大竹文雄氏編著の「こんなに使える経済学」が使われています。
それぞれ、長文を読ませるという意味では、生徒の読解力を確認して、それを問うことにより思考を深めようとしています。
ここも、もったいないと思う箇所がいくつかあります。
 一つは、文章が長すぎる点です。テスト時間に長文を読むのは悪くはないのですが、思考を深めるという点からみると、エッセンスに近い文章でもよいのではという印象です。というのは、資料文の読み取りに時間を取られて、その資料文がテーマとしている問題に関する問いを考える余裕を無くしてしまう可能性がないとはいえないということが危惧されます。
 二つ目は、「問い」が適切かどうかです。授業の改善のポイントに「問い」をいかに立てるかということが指摘されています。「問い」を重ねることにより、本質的な構造が見えてくるような授業を目指したいということでしょう。
 資料問題の問いはその意味で、資料の価値を決める最大の要因となります。その点での吟味が必要となるでしょう。
 三つ目は、一つの資料だけで、是非や賛否を問うている設問があることです。
 はじめてテスト会場で見る資料だとして、それが論争的なテーマであるとしたら、複数資料が欲しいところです。資料がなくとも、対立軸を示しての意見論述が必要であると感じました。
 その点で、経済の問いではなかったのですが、「強制投票制度」を扱った問題では、三つの資料をもとにした意見論述問題でした。最低二つの資料やヒントが、論述を伴う問題だけでなく授業でも必要と言えるのではないでしょうか。
この種の長文問題は、事前に生徒に概略や資料文を紹介しておいて、試験会場で設問は初めて見るというやり方も一考かと思います。また、テスト後の振り返りも、テスト以上に必要と言えるでしょう。

(4)評価は工夫されている
注文が多くなりましたが、改善されているなと感じたものは、評価基準の明確化が進んでいる点です。
論述問題では、今回問題を紹介してくれた先生方が、論述の書き方や採点基準を明確にして、生徒に提示していました。
 観点別評価が高校でも導入されますが、思考力・判断力・表現力や学びに向かう力など、これまで数値化して表現してこなかった高校現場ですが、部会で提出されたテスト問題では、評価を生徒が見えるように提示しています。
評価基準の明確化は、テストに取組む生徒にとっても、また、採点する教員にとっても、重要な要素になっています。特に、教員にとって最初は大変ですが、適当に帳尻あわせをするのではなく、一度、しっかりと取組まれると、後が楽になるはずです。
評価に関しては、若い先生方の努力と工夫から学ぶことが多いのは喜ばしいことと思いました。

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