執筆者 新井明

 <鉄板>教材とは、いつでも・だれでも使えて授業効果が上がる、共有財化している教材を言います。
 そのなかで今回取り上げるのは、「貿易ゲーム」です。

(1)貿易ゲームの仕組み
 貿易ゲームは、イギリスの開発教育のなかで提案され、世界中で実践されている教材で、先生方の中にもすでに実施されている方もいるかと思います。
 この教材は、参加者(生徒)を四つのグループ(先進国、中進国、資源国、途上国)にわけて、それぞれのグループには、資金、機械や道具、資源、労働者数にハンデをつけて、製品(〇、⊿、△、□など)を作らせ、その過程で、様々な発見を行なわせるゲームです。
 準備するものは、はさみ、定規、コンパス、鉛筆、資源としての紙などで、それを袋にいれて配付します。

(2)貿易ゲームのねらい
 このゲームの一番大きなねらいは、南北問題を体験させることにあります。
 特に途上国になった生徒たちは、袋のなかから出てきた、道具と資源、お金を見て、これで何が作れるのか途方にくれてしまいます。
 そのうち、周りの国の状況をみて、何かをしなければ何もできないと気づき、交渉をはじめてゆきます。
 先進国、中進国、資源国もそれぞれの初期状況から、製品作りに励んだり、交渉したり動き始めます。
 すべてのグループで期待されているのは、自分たちの状況を判断すること、そのなかで使える資源をどう活用するか、さらに、交渉のなかで、どう相手を説得するかなどを考え、実行することです。
 そして、最後にこのゲームと現実をリンクさせて、問題を発見し、その解決方向を考えてゆくまでできれば成功です。

(3)様々な授業での反応
 実は、筆者は当初このゲームには批判的でした。
 というのは、実践事例をみてゆくと、「南の国のくやしさがわかりました」というレベルの反応で終わっているものが多く、時間をかけて、手間暇をかけて準備するだけの意味がどれだけあるのかと疑問を持っていました。
 また、1時間の授業時間で生徒が発見まで行けるのかという心配もありました。
 ところが、実際にやってみると、短時間でもかなりの学習効果があることがわかったのです。それ以来、このゲームのファンです。
 最近も、大学生(50人)と高校生(40人×2クラス)に実施しました。
 ともに、中高でやったことがあるという学生、生徒が数人いましたが、はじめてというケースがほとんどでした。<鉄板>の割には、普及はまだなのかと感じました。
 大学生では、次のような感想が出てきました。
・自分のチームが裕福なので工夫がたりず利益を追求しすぎた。自分たちが途上国のことを考えきれないことに驚いた。途上国が困っているのに手を貸さなかったことを反省。(先進国)
・ルールを知ること、自分の班の状況を判断すること、それを行動に移すことが大事だと気づいた。行動の遅さがもっと成果をあげられなかった要因。自分の恵まれた環境が絶対的ではなく、いつでも崩れるものであることを痛感。(中進国)
・他国での資源の価値に気づき、他国で使っていない道具を安く手に入れ、大金を稼ぐことができた。いかに道具を高価値に見せるか、いかに少ない資源で技術を手に入れるかが勝負。ただし、現実には資源国は先進国から搾取されている。技術移転も安易にやると先進国でも追い越されることがあることに気づいた。(資源国)
・国際貿易秩序が先進国に有利な形で設定されていること、一見非合理と思われるようなルールが維持されている場合があること(製品の価格差の非合理性)を考える事が必要。(途上国)
・資源や資金に乏しくても、労働力をトレードしたり、スキルをつかって自国しかない武器を磨いてゆく必要を感じた。(途上国)
 やはり途上国の発見が多いことがわかりますが、大学生らしく、それぞれの国の特色を冷静に分析しているのが特徴です。
 なかには、「なんだか就活みたいなゲームだ」とか、「「隣人を愛しなさい」というキリスト教の精神からすると、明らかな人の罪」と書いた学生もいました。
 高校で実施した時も、日頃、手強い生徒たちが、30分という時間なかで、分業で作業したり、交渉役をたてて蝶々発止の交渉をやったり活発に活動していました。
 なぜこのゲームをやったのかという問いには、次のような感想が出てきました。
・貧しい国でも、条件と工夫で中進国を追い抜けるくらいの成長ができるということを知るため。
・考えうるすべての戦略を出し、議論の上選択し、実行するというサイクルを獲得するため。経済の仕組みを実践的に学ぶため。
・自分自身がモデル化された外交の当事者になることで、世界の経済のしくみを身をもって理解するため。
・途上国は、少しの工夫と知恵があれば、爆発的に発展することが出来るため、良い指導者が必要だということを知るため。
・自国を経済発展させる模擬ゲーム。だが、紙やはさみ、友達との交渉など具体的にミクロなゲームの形に落とし込むことで、リアルに経済発展の大変さが分かった。暴落があったり、最初から経済格差があったり、経済を楽しく体で学ぶためにやったと思う。

(4)<鉄板>教材の使い方
 最近の事例を紹介しましたが、学校種、生徒のレベルに応じて発見の程度はちがっても構わないのが<鉄板>教材の強みです。
 したがって、中学校では、格差の現実のまえに手も足も出ないという状況で終わっても良しです。そこから、感情論からはじまり、現実を見直し、解決への手がかりになるような学習を進めればよいと思われます。
 高等学校では、もう少し深めて、絶対優位、比較優位の考え方までたどり着けるように指導することができれば上出来です。また、作業の生産性をあげるための分業の工夫などにも注意がゆくと、現代の大量生産社会の秘密に体験的に到達できるでしょう。
 経済の観点だけでなく、国際政治の学習とリンクさせることも可能です。
 さらに、ゴミとして出た紙の余りから環境問題へと発展させることもできます。
 この貿易ゲーム、経済の授業の最初に実施しても良いし、国際経済を学んだあとに総括として取組ませても良いという、融通がきく点も<鉄板>たる所以です。
 開発教育のセミナーなどでは、半日くらいかけてじっくり取組ませますが、学校では1時間で可能です。リアペなどの検討時間とその後の発展学習や探究活動への導入時間をいれても2時間でまとまった学習ができます。
 100円ショップにいってはさみや定規、コンパスを仕入れて、早速取り組んでみてください。 

(メルマガ 131号から転載)

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