■行壽 浩司 (福井県美浜町立美浜中学校)
①佐藤雅彦他 『行動経済学まんが ヘンテコノミクス』(マガジンハウス)
行動経済学を漫画で学べる一冊。中学生の朝読書の時間によく借りられて読まれています。大人が読んでも「なるほど!」と思えるような内容となっており、身近な事例から行動経済学が学べます。本書で取り上げられている菊池寛の「形」の事例などは国語の教材にもなっており、それを行動経済学の視点から解釈し直しています。

②マイケル・サンデル 『それをお金で買いますか』(早川書房)
「ハーバード白熱教室」で有名なマイケル・サンデルの一冊。「ハーバード白熱教室」同様に、身近な事例を用いながら、行き過ぎた市場主義がもたらす弊害について考えるきっかけを与えてくれます。授業の合間に考える時間を設定する際に使える「ネタ」が多い。

③アマンダ・リプリー 『世界教育戦争』(中央公論新社)
PISAの調査結果を皮切りに、思考力のスコアが高い国の学校教育、低い国の学校教育を調査、記述している一冊。内容も生徒たちの学校教育の様子をナラティブ(物語的)に語っており、次々と読み進めることができます。福井県の初任者研修の必読文献となっています。詰め込み教育の是非などについて考えるきっかけとなり、このような本をもっと読んでみたい、と感じた一冊。

■下村 和平 (京都府立山城高等学校)
①林 敏彦 『需要と供給の世界』(改訂版)(日本評論社)
価格機構を教える際のネタに私はこの本をよく使っています。例えば、「空気はなぜタダなのか?」「旅行会社はなぜ月旅行を商品として販売しないのか」「混雑税」など。以前の共通一次の過去問に対する林先生のコメントも興味深い。ミクロに関する単元を政経で話すのに参考になる名著だと思います。

②西村 理 『経済学入門』(放送大学教育振興会)
経済教育ネットワークでお世話になっている西村先生が書かれた本。本書は先生が「まえがき」に述べられているように、「経済学のエッセンスをやさしく伝えるように具体的なたとえ話を用いて」書かれています。勿論難しい部分もありますが、手元に置いておきたい一冊です。

③佐伯啓思 『現代文明論講義』(ちくま新書)
佐伯啓思氏による京大での講義をベースにした本。かつて「ハーバード白熱教室」というNHK番組があったが、佐伯氏は、その京大版をやろうとしたようです。様々な学部、1年生対象の90分講義。テーマは現代の世界、とりわけ日本を覆う「ニヒリズム」。時事問題を題材にして学生と教員とが討論する。高校生にはやや高度な内容だが、「探究」の授業の参考になろう。こんな授業ができれば、答をすぐに求めがちな生徒に「考えるトレーニング」になると思う。

■大塚 雅之(大阪府立三国高等学校)
①浦部はいむ 『高校生を、もう一度』(イースト・プレス)
定時制高校を舞台としたマンガです。作者は大阪の定時制高校出身者であり、経験者にしか描けないストーリーばかりです。子どもに中卒であることを批判された母親が学びなおしを決めて通学するストーリーなど泣ける要素も多くあります。どんな困難な状況に置かれた人にとっても、学校は学びを提供するところであり続けるべきと思わせてくれる作品です。

②NHKスペシャル取材班 『やばいデジタル』(講談社現代新書) 
昨年のNHKスペシャル「デジタルVSリアル」のうち第1回「フェイクに奪われる私」第2回「さよならプライバシー」をまとめたものです。私たちの検索履歴などの個人情報はわずか2.7GBであり、それらの個人情報を分析すればどんな人物かといった内容だけでなく、将来どのような行動をとるかまで当てられてしまうとというショッキングな内容がたくさん含まれています。改めて、利便性と民主主義・プライバシーの保護の両立は難しいのだなと思わせてくれる本です。

③木庭 顕 『誰のために法は生まれた』(朝日出版社)
最近、後輩の先生に紹介してもらって読んだ本です。元東大教授の著者が高校生相手に「近松物語」などの古典を鑑賞させた後に法は誰のためにあるかを考えさせるものです。高校生相手の対話形式で読みやすいけれど、内容自体は難しい。「法とはグルになった集団を解体して、追い詰められたたった一人を守るもの」「見捨てられた一人のためにのみ、連帯(政治・デモクラシー)は成り立つ」といった記述が印象的です。

■小谷 勇人(青島日本人学校)
1 永井竜之介『リープ・マーケティング-中国ベンチャーの学ぶ新時代の「広め方」』(イースト・プレス)
新型コロナの流行は中国国内のビジネスに大打撃を与えました。しかし、むしろ新たなビジネスを一気に開花させる機会ともなりました。中国のデジタル・イノベーションは今後さらに伸び、世界をリードしていくでしょう。中国企業のマーケティング戦略から学ぶことで、日本の製品・サービスが生まれ変われることを期待させてくれる一冊です。

2 大島隆『芝園団地に住んでいます-住民の半分が外国人になったとき何が起きるか』(明石書店)
2018年12月、「特定技能制度」の新設が決定されました。新型コロナの流行に伴い、一旦は外国人流入については足踏みとなっていますが、落ち着いたら増加の一途を辿るでしょう。外国人が同じ場所で暮らすとき何が起き、住民にはどのような感情が芽生えるのか、芽生える感情に対してどうすればいいのか。未来の日本を考える一冊です。

3 村上春樹『職業としての小説家』(新潮社)
世界的に有名な村上春樹の小説がどのような考えで生まれるか著した一冊。「学校について」という章で、日本の教育システムがそのまま社会システムの矛盾につながっているのではという示唆を与えてくれます。学校は誰もが必ず通る教育機関です。その影響力は計り知れません。学校という存在を再度考える機会となるはずの本です。

■杉田 孝之(千葉県立津田沼高等学校)
1 池上彰・佐藤優『僕らが毎日やっている最強の読み方』(東洋経済新報社)
本書はネットとの距離の取り方に悩む人や若者には特にオススメ!読書ばかりでなく、メディアとのつき合い方も変わります。良書に多く近づくためにも、「時間の無駄だった」と感じる悪書に近寄らないためにも、本書を読む価値あり。私の小論文講座を受ける多くの生徒も読んでいます。自らの知的生活をふりかえるためにもぜひ!

2 飯田健・松林哲也・大村華子 『政治行動論』有権者は政治を変えられるのか(有斐閣ストゥディア)
 この有斐閣ストゥディアシリーズは、主に社会科学を学びたい初学者向けには最適!自らの人生設計のために、高校生が学部選択をする際、読者を平易な言葉で学問の世界に導き、新鮮な知見と問いを形成するヒントを提供してくれます。筆者もシルバー民主主義打倒のための有権者教育の授業設計で本書と出会ってから、有斐閣ストゥディアがもう書棚に10冊以上になりました。

3 渡部竜也・井手口泰典 『社会科授業づくりの理論と方法』 (明治図書)
 ある時以降全く評価しなくなった出版社と、この教育学者の言説って何なの?と感じていた筆者。本書は恥ずかしながら確実に渡部ワールドに筆者を引き込みました。特に本質的な問いのあり方に焦点をあてて、定年まであと数年の高校教諭に授業改善を求めています。本質的な問いのあり方や著者を批判するならば、本書を読んでから。筆者にも批判内容をぜひご教示下さい!

■山﨑 辰也(北海道北見北斗高等学校)
1 小磯修二『地方の論理』(岩波書店)
私は東京から離れた北辺の教師なので、中央の発想の受け売りをせず、相対化するようにしています。この小磯さんの「歴史的にも、創造的で大胆な発想は中央から離れた地方で生まれている。中央から距離のある辺境といわれる地域に身を置くと見えてくるものがある」という言葉に勇気をもらいました。北海道の地域活性化を事例にしており、北海道の比較優位性を考える上でもヒントになる本です。

2 保城広至『歴史から理論を創造する方法』(勁草書房)
歴史学者の歴史を見る方法と、社会科学者の歴史を見る方法の違いを検討している本です。経済学者が歴史を読み解くと、理論から演繹的に考察する方法が用いられます。この系譜にあるのは、篠原先生の歴史を読み解くシリーズや、昨年話題になった梶谷真弘さんの『経済視点で学ぶ歴史の授業』の本の内容です。経済の視点で歴史を捉えることの是非を考えるのにお勧めの1冊です。

3 H・リン・エリクソンほか『思考する教室をつくる概念型カリキュラムの理論と実践』(北大路書房)
国際バカロレア(IB)プログラムにおける概念型カリキュラムや単元設計の方法を紹介している本です。経済教育の概念型カリキュラムというと、アメリカの方法論を用いた新井先生、猪瀬先生、栗原先生の若きころの実践を連想してしまいます。これからの概念思考(=「見方・考え方」)を働かせる授業づくりをする上で、示唆の得られる1冊だと思います。

■塙 枝里子(東京都立農業高等学校)
1 出口治明『自分の頭で考える日本の論点』(幻冬舎新書)
 ライフネット生命創業者、A P U学長の出口氏の著書の中でも特に敷居が低く、高校生でも手に取ることが出来る一冊。本書は日本の抱える22の論点について、基礎知識を整理した上で、著者の思考プロセスを紹介する構成になっています。私は高3生の日本史の授業で「憲法9条は改正すべきか」を扱い、大いに盛り上がりました。「主体的・対話的で深い学び」の幅を広げるのに役に立つのではないでしょうか。

2 山口慎太郎『「家族の幸せ」の経済学』(光文社新書)
 経済教育ネットワークでもお世話になっている大竹文雄先生ご推薦の一冊。労働経済学が専門の山口氏が、結婚、出産、子育てについて、エビデンスベースで分かりやすく解説しています。「キャリア女性ほど結婚のメリットは減る?!」、「マッチングサイトのリアル」、「離婚が子供にもたらす影響」など○○神話やタブーがある世界を理路整然と分析していく文体は心地良く、思わず「ほらね!」と誰かに話してみたくなるはずです。

3 藤野英人『投資家みたいに生きろ』(ダイヤモンド社)
 Covid-19によるパンデミックは歴史に残る大きな転換期となりそうです。不確実性の高い時代に、私たちはどのような信念を持って、何を大切にして生きていくことが必要でしょうか。投資信託運用会社の代表でもあり、投資教育にも熱心な藤野氏は、自身が「投資家」みたいに生きることを推奨しています。投資は何もお金の使い方だけでなく、時間の使い方にも言えることです。今、私は限りある資源を生徒や自分のために投資できているのだろうか。問いかけ、歩みを進めたいと思います。

■金子 幹夫(神奈川県立三浦初声高等学校)
1 渡辺秀樹『芦部信喜 平和への憲法学』(岩波書店)
 これまで『憲法』の芦部先生についての評伝は書かれていなかったそうです。著者は信濃毎日新聞の記者。新聞記者の文章は五感にまでとどく躍動感があります。恵庭事件、長沼事件、猿払事件と教科書や資料集に登場する出来事が次々に登場します。どうして憲法を学ぶことが必要なのかを感じさせてくれる,教師を元気にする一冊だと思います。

2 森 絵都『みかづき』(集英社)
 空欄に用語を書き込むワークシートをつくろうとすると手が止まることがあります。生徒は用語(記号)からどのようなイメージを描くのかがわからないからです。この作品は、昭和30年代の千葉県を舞台に学習塾と公教育をテーマに設定した小説です。勉強がわかる楽しさを知る補習塾、そして進学塾への転換・・・。何がわかると子どもは幸せになるのかを考えさせられる一冊です。

3 橋本健二『新・日本の階級社会』(講談社現代新書)
 本書は「現代日本では格差は容認できないほど大きくなっており,格差を縮小させ、より平等な社会を実現することが必要だ」という立ち位置から「現代日本に存在する4+1=5つの階級がどのように生活しているのかを」アンダークラスという概念を用いて明らかにしていきます。生徒に読み取らせたいデータがたくさん掲載されている本です。

①どんな本か
・『私たちはなぜ税金を納めるのか』の著者、京都大学の諸富先生の、現在進行中の多国籍企業や富裕層による租税回避の動きを阻止しようとする、グローバル・タックスの背景、対応策、国際的合意への展望をコンパクトにまとめた本です。
・税金は国家単位ですが、グローバル化の現在、国家をこえて課税できるか、その理念と難しさがわかります。


②どんな内容か
・目次を紹介しておきます。
  第1章 資本主義とともに変わりゆく税制
  第2章 グローバル化と国民国家の相克
  第3章 たちはだかる多国籍企業の壁
  第4章 デジタル課税の波
  第5章 新たな国際課税ルールの模索
  第6章 ネットワーク型課税権力の誕生
  第7章 ポスト・コロナの時代のグルーバル・タックス
  終章 租税民主主義を問う
・第1章から第3章までが現状の紹介、第4章が課題提起、第5章、第6章が新たな国際的取組みの紹介、第7章と終章までが国際公共財の重要性と今後の展望になります。


③役立つところ
・第1章から第3章までの前半が授業で使えるところです。
・グルーバル化のなかで、国民国家単位の税制をすり抜けるように租税回避に走るGAFAやスタバなどの多国籍企業、政治家や富裕層などの実態が具体的データで紹介されます。
・特に、第2章で取り上げられている、所得税率が1億円でピークをうち、それを超える富裕層では所得税率の負担が下がるという日本の税制の現状を指摘(本書p21)している箇所は、累進課税による所得再分配効果が書かれている教科書とのギャップを知らせてくれています。
・第4章以降は、教室で取り上げるには専門的過ぎる部分が多いのですが、経済のグローバル化、デジタル化が税制にとどまらず、経済全体にどのような影響を与えているか、それに対する取組みの現状を知っておくことが、授業に厚みを与えることになるでしょう。


④感想
・中学生に財政を教えている際に手に取って、生徒に日本の税の実態はこんな状態なんだと説明しました。ちょうど、トランプ大統領がほとんど所得税を払っていないことが話題になっていた時だったので、生徒の注目度は高いものがありました。
・著者の諸富先生は、篠原ゼミの出身で、ネットワークの「夏休み経済教室」にも登場したことがある先生です。この本でも、「あとがき」に篠原先生が登場します。参照あれ。
・「あとがき」でも紹介されていますが、多国籍企業や富裕層の租税回避に関しては、志賀櫻氏の『タックス・ヘイブン』(岩波新書)がおすすめです。
・また、グローバル・タックスの考え方は、本メルマガ、7月号に紹介した、バナジー&デュフロ『絶望を希望に変える経済学』(日本経済新聞出版)にも取り上げられています。ちなみに、同書は、日経新聞のエコノミストが選ぶ2020年の経済書の第一位となっていました。

(経済教育ネットワーク  新井 明)

①どんな本か
・33歳の大学准教授によるマルクス「資本論」の再評価本です。
・マルクスの晩年の資料をもとに、エコロジストとしてのマルクスを再発見して、脱経済成長こそが「人新世(ひとしんせい:人類が地球を破壊尽くす地球環境危機の時代)」と名付けられた現代の危機を救うとしたマニフェスト本(人によってはプロパガンダ本)です。


②どんな内容か
・これも目次を紹介しておきます。
 第1章 気候変動と帝国的生活様式
 第2章 気候ケインズ主義の限界
  第3章 資本主義システムでの脱成長を撃つ
  第4章 「人新世」のマルクス
  第5章 加速主義という現実逃避
 第6章 欠乏の資本主義、潤沢なコミュニズム
  第7章 脱成長コミュニズムが世界を救う
  第8章 気候正義という「梃子」
・気候変動を軸に、それに対処するには晩年のマルクスが発見した脱成長のコモンをもとにした社会が必要とする内容です。


③授業で役立つところ
・直接直ぐに役立つというより、思考実験の対象として読むことがオススメです。
・経済社会の類型を扱っている箇所で、通常は、私有制か公有制か、市場経済か計画経済かで四つの類型(資本主義市場経済、社会主義計画経済、社会主義市場経済、その他)が提示されますが、この本では、気候変動への対処に関して、平等か不平等か、権力が弱いか強いかで分けて四つの類型(気候ファシズム、気候毛沢東主義、脱成長コミュニズム、野蛮状態)に分けています。
・このような、二つの価値軸で四つの世界を抽出する方法を示して、生徒に現状分析をさせる授業の参考になりそうです。
・「はじめに」の箇所で、SDGsはアリバイづくりであり、「大衆のアヘン」であると挑発的なテーゼを著者はだしています。それを生徒(私たち教員も)に吟味させるという使い方もできます。


④感想
・著者は、NHKのEテレで、ドイツの哲学者のマルクス・ガブリエルと一緒に登場して、この人物は誰だと思わせた人物で、その本体は、彗星のように現れた若きマルキストであったというわけです。
・半世紀前、『資本論』を読んでいた紹介者にとって、「コミュニズムって結局アウタルキーじゃないですか」と発言して顰蹙をかったことを思い出させる本でした。
・脱経済成長の定常経済論は、古いところではJ.S.ミルなどからもあり、特に新しい主張ではないと言えますが、環境危機と関連付けて展開しているところが現代的でしょう。国連気候変動会議で演説したグレタ・トゥンベリさんの経済思想版と言えるかも知れません。
・著者はあとがきで、いまどきマルクスなんて「批判の矢が四方八方から飛んでくることを覚悟のうえで」本書を執筆したと書いています。その意気や良しとして、資本主義以外のシステムもありうるかもしれないという可能性を考えさせる手がかりの一つとして手に取って見るのも良いでしょう。

(経済教育ネットワーク  新井 明)

①どんな本か
・ゲーム理論はアート(創造性、芸術性をもった理論)であるという著者の熱い思いが語られている本です。
・ゲーム理論は、経済学の範疇をこえて、社会理論でなければならないとする著者が一般向けに書いた、ゲーム理論を使って社会を考えていくためのヒントが詰まったユニークな本といえるでしょう。

②どんな内容か
・三部構成12章からなります。
・第一部 アートとしてのゲーム理論
 第1章 ゲーム理論はアートである
 第2章 キュレーションのすすめ
 第3章 ワンコインで貧困を救う
 第4章 全体主義をデザインする
第2部 日本のくらしをあばく
 第5章 イノベーションと文系
 第6章 オークションと日本の成熟度
 第7章 タブーの向こう岸
 第8章 幸福の哲学
第3部 「制度の経済学」を問い直す
 第9章 「情報の非対称性」の暗い四方山話
 第10章 早いものから遅刻厳禁へ
 第11章 繰り返しゲームと感情
 第12章 マーケットデザインとニッポン

・第1部は、著者の個人的体験から始まり、ゲーム理論とは何かを扱っています。そこで著者は、社会科学の理想的な姿とは何について「熱く語りたい」と書いています。
・ここで登場するのはキュレーションという言葉です。意味は「上手にまとめる」ということで、ゲーム理論の具体的様相を2から4章で紹介しています。
・第2部は、金融広報中央委員会の『くらし塾きんゆう塾』に連載されたエッセイをもとにまとめられたもので、「肩の力を抜いて読まれるとよい」と書かれた部分です。
・第3部は、第2章で紹介された経済学とゲーム理論のかかわりを、社会理論として制度の経済学ときたえてゆくための代表的テーマ4つが扱われています。

③どこが役立つか
・取り上げられている事例をもとにどのように授業を組み立てるか、そんな視点で読むと授業づくりのヒントが得られる本です。
・例えば、第2章「キュレーションのすすめ」の冒頭には、ゲーム理論の魅力を伝えるためのキュレーションの心得として、過去の偉人の威をかりない、専門外の人に向けて説明するからといって手を抜かない、理論の最先端に届く内容でなければならない、ありきたりでなく刺激的で、専門家をものけぞらせるようなものであるとなお良いとあります。そして、こんな説明ではものたりない、ゲーム理論をもっと基礎から学びたいという思ってもらうこと、とあります。
・これは、私たちが生徒にむけて授業をするときの心得そのものではないでしょうか。
・具体的な部分では、少々難解ですが第4章「全体主義をデザインする」の箇所が刺激的です。ここでは、私たちが陥りがちな権威に盲従する構造が理論に基づいて見事に摘抉されていてうならせます。
・経済に関しては、今年のノーベル賞受賞で話題になったオークションを扱った第6章などが参考になるでしょう。

④感想
・先日、篠原代表と電話でお話をしていた中で、著者松島氏の名前がでてきて、そういえば、二年前に出版されたときに読んでいたなと思い出して再読。これは紹介しておかなければと思った次第の本です。
・具体的事例が多いので、一見とりつきやすそうな本ですが、本当に理解するには決して気がぬけない本です。しかし、マーケットデザイン、メカニズムデザインなど経済問題だけでなく、社会の制度設計を視野にいれた本として、著者の問題意識や危機意識に共感をもちました。
・ちなみに、松島氏は宇沢弘文先生のゼミの出身とのことで、宇沢氏の問題意識がどこかに潜んでいるなと思わせる本でした。
・それを思うと、PK戦からテロ対策を扱った第2章のキュレーション1の部分で、テロによる死者数の期待値を計算している箇所は、ちょっと違和感を持ちましたが、リアルに物事を考えるには、そういう冷静さも必要なのかも知れません。

(経済教育ネットワーク  新井 明)

①どんな本か
・次期学習指導要領の「公共」などで導入が期待されている哲学対話のガイドブックです。
・学校だけでなく、いろいろな場所で哲学対話を実践していて疑問を感じている人、うまくゆかないで悩んでいる人、これから始めたい人向けのまさに「ゼロからはじめる」ための本です。

②どんな内容か
・次のような全5章の章立てになっています。
 序章  深い対話とは何か
 第2章 対話の目的と方法
 第3章 対話の実践方法
  対話の場所と環境/目的とファシリテーション/対話の進め方・終わり方
/対話の記録の仕方/題材と教材/道具/対話で困ったとき
 第4章 知っておきたい哲学のテーマの概説
  人生と生き方/政治と社会/倫理と道徳/宇宙と存在/知識と科学
 /神と宗教
 第5章 付録
 
③役立つところ
・ハウツーに関する部分では、第3章が役立ちます。ここは、哲学対話の方法というだけでなくもう少し広い文脈で話し合いの方法、その時の運営の仕方が集められています。
・それぞれの項目の著者は、哲学対話を経験してきた人たちですが、成功例だけでなく、うまくゆかなかったときの対処法なども取り上げられていて、参考になります。
・第4章のテーマ解説の部分も役立ちます。
・ここは、テーマに関して、このような切り口でアプローチしたり、問いかけたりすることで対話が進むのだろうというヒントが詰まっています。
・ネットワークの先生たちにとって、政治と社会の部分が内容的には直接役立つ部分でしょう。そのほかに、「公共」の授業の倫理分野、またHRや道徳の時間などでの話し合いや探究活動のテーマのヒントにもなります。
・経済の項目がないのは残念ですが、これは私たちが経済で哲学対話をするならどんな内容とアプローチが求められるかという宿題にすればよいかもしれません。
・ネットワークでも哲学対話はいかがでしょうか。

④感想
・紹介者も高校生向けに、選択授業での哲学対話をこの本の分担執筆をしている上智大学の関係者の方々の協力で実施してきました。また、中学生向けにはクラス単位での哲学対話の実施をお手伝いしたことがあります。そんなこともあり、著者のリストをみて懐かしく思いました。
・普段の授業でも生徒と対話をするのは難しいし、生徒のグループでの話し合いを実質的に意味のあるものにするのは大変です。
・タイトルに哲学が入っているから、少々引いてしまうかも知れませんが、広く授業や話し合いの進め方のヒントが詰まっている本として手に取って見ると良いでしょう。
・付録では、オンラインによる哲学プラクティスが紹介されています。急遽増補したものでしょうが、タイムリーです。

(経済教育ネットワーク  新井 明)

①どんな本か
・タイトル通り日本経済の全体像を概観したテキストです。
・1997年初版発行以来、時代の変化とともに改訂をおこなっていて、今回は5度目の改訂になり、東日本大震災からアベノミクスまでの間の日本経済の変容を評価するものとなっています。

②どんな内容か
・全体は序章と二部11章からなっています。章のタイトルを紹介すると以下のようになります。
・序章 日本経済を捉える
 (第1部 日本経済の軌跡)
 第1章 日本経済の歩み1:高度経済から低成長へ
 第2章 日本経済の歩み2:バブル経済、長期不況、日本再生への道
 第3章 日本経済の歩み3:東日本大震災とアベノミクス
 (第2部 日本経済の現状と課題)
 第4章 企業:グローバル化、IT化と企業システムの変化
 第5章 労働:すべての人が働きやすい社会に向けて
 第6章 社会保障:全世代型社会保障の追求
 第7章 財政・財政政策:政府の経済活動
 第8章 金融・金融政策:進化する金融システム
 第9章 貿易:貿易構造と貿易システム
 第10章 農業:グローバル化と農政改革
 第11章 環境:本格的な経済的手段の検討の時代へ
・はしがきには、「経済学の予備知識を持ち合わせていない読者にも、経済学の本格的な分析ができるように工夫した」とあります。その通りの内容で、現状と課題が明確に記述されているのが特徴です。

③役立つところ
・目次の構成を見て分かるように、中高の新しい学習指導要領の、日本経済の現状、課題の箇所のテーマの多くの部分をカバーしています。それぞれの学習課題の箇所で、参照しながら授業準備が出来る本です。
・特にオススメは、序章と第3章です。
 序章の第1節では「現代経済の仕組み」がコンパクトにまとめられていて、まずここで分業と交換の仕組みを理解します。
次に、第2節の日本経済の姿でその大きさをフローとストックから確認して、さらに、第3節で少子高齢化、格差の拡大、政府の失敗など日本経済の課題を確認することで、経済学習で生徒に伝えなければいけない骨組みを確認することができます。
・第3章では、リーマンショック以降のほぼ10年間の日本経済の歩みを概観することができます。特に、この間に推進されたアベノミクスがコンパクトにまとめられていてその功罪を考える手がかりを与えてくれています。ここは細かすぎたり、立場が最初から明らかだったりする、日本経済を論じる類書にくらべて、現場の教員にとって使い勝手が良く、有り難い部分でしょう。
・その他にも、金融や財政の章、労働や福祉の章など、授業準備をする場合に教科書の記述の背景にある制度や現状、課題をより詳しく押さえることができる箇所が多くあります。
・コラムも参考になります。例えば、金融の章の「キャッシュレス決済の拡大がマネーの量に与える影響」というコラムでは、スマホ決済の普及率の国際比較でなぜ日本は低いのかとか、ビットコインはマネーかという、生徒から出そうな疑問にこたえられるヒントが書かれています。

④感想
・紹介者はこの本の第4版を持っていたのですが、5版は購入していませんでした。今回第6版を手にとってみて、日々の変化や年々の変化だけでなく、4から5年ごとの変化を見ることが経済の全体像をつかむには有効なんだということを実感しています。もし第7版が出るとすると、そのテーマはコロナとその後の日本経済ということになりそうです。
・先月紹介した、アセモグルらの『入門経済学』のような理論から入るテキストと併用することで、裏と表(どちらが裏とか表ということではありませんが)の両面から、経済を教えるヒントがつかめるのではと感じました。
・この本に注文を付けるなら、情報化のような最新の動向のフォローがもうすこし欲しいところです。また、貿易だけでなく日本経済に大きな影響を与えている外国為替の問題も入れ込んでもらえると授業準備には有り難いところです。
・『入門経済学』でも書きましたが、まず練習問題から取組んで、そこから読み出すという読み方もありなのですが、それをやるには問題数がちょっと少ない章もあり、節に対応して一つは練習問題を設定するなどの工夫をするともっと使い勝手がよくなるのではと思いました。
・とはいえ、テキストをもとに自分で問いを立てて読み進めるというのが一番オーソドックスでオススメな読み方、使い方になるはずです。

(経済教育ネットワーク  新井 明)

①どんな本か
・経済の視点を軸に、歴史を学習する考え方や方法を取り入れた授業書です。
・著者は中学校の社会の先生。現役の先生が、日々の授業のなかでまとめていった歴史学習論であり、授業のネタ研など各種の授業研究サークルでの研鑽をもとにした実践的な授業書です。

②どんな内容か
・全体は4章に分かれています。
・第1章は「歴史の視点を取り入れた歴史学習論」で、なぜ歴史を学ぶのかからはじまり、オーセンティック(正当)な学習法、なぜ歴史学習に経済の視点が必要なのかなどが展開されています。
・第2章は「歴史学習に取り入れる経済の視点」で、ここでは、学習を「前提」、「意思決定」、「影響」、「経済全体の動き」に発展的に位置付け、「前提」としての希少性とトレードオフ、「意思決定」としてのインセンティブとコスト、「影響」としての市場と交易、「経済全体の動き」としての政府の政策、税、経済システムと領域と視点を整理しています。
・第3章は「経済の視点を取り入れた歴史学習法」で、授業構成としてネタ挿入型、単元構成型、カリキュラム構成型の三つを、また、系統的学習の授業、政策評価学習、意思決定学習のそれぞれの授業構成を整理しています。
・第4章は、「経済の視点で歴史学習実践」で、古代が13、中世が11、近世が10、近代が15の授業案(合計49の授業例)が紹介されています。

③感想
・これも栗原久先生から、こんな本がでていますよと紹介されて手にとりました。腰巻きには河原先生推薦とあります。
・一読、現場の先生がこれだけのものをまとめられたことに脱帽です。特に、経済の視点の歴史授業論と、こんなにたくさんの授業事例をひとりでまとめられたのははじめてなのではないかと思います。
・前半の経済概念の整理は、マンキューの「経済学の10の原理」をもとに作られていて、よく咀嚼していると感心しました。
・ただし、後半の第4章の授業案になると「ちょっと待てよ」となりました。
・取り上げられている実例はそれぞれ面白く、ネタとして直ぐに役立ちそうなのですが、歴史学習で一番大事な事実の確認や評価がきわめて甘く、「本当にそう言って良いのか」と思う事例や表現のオーバーランがいくつかの箇所で出てくるところが気になりました。
・例えば、近代12の授業例では日清戦争の戦費を「お酒で賄った」とあります。確かに日清戦争当時の酒税額は相当の額(明治28年度1,774万9千円で3,869万3000円の地租に次ぎ税収の第二位)ですが、戦費は別立てで予算化(臨時軍事特別会計2億2,500万円)され、軍事公債(1億1,700万円)が発行されていて、戦費はそこから出ています(金額は、杉山伸也『日本経済史』岩波書店、『近現代日本経済史要覧』東大出版会、国税庁HPなどから)。
・当時の歳出規模1億1000万円あまりに比べて戦費は大変な負担であり、「酒税によって戦費をまかなえるほど、豊かな国民が増えた」というのは明かにミスリードでしょう。
・もし日清戦争の戦費について言うなら、日露戦争との対比で、戦争の規模の違い、軍事公債の国内消化と外国債による戦費調達の違い、日清戦争後の酒税を含む各種間接税の増税やその逆進性などに注目させることが経済の観点からは大事なのではと思います。
・前半の意欲的な整理に対して、後半の事例の記述がゆるくなってしまう理由は、参考文献を見ると分かります。少なくとも、学会の定説や実証的な文献と対比して複数の目で参考にした文献を吟味しないと、「生徒をおどろかす」だけで、あやまった歴史認識に導くおそれがあります。
・その意味で、授業に役立てるには、細心の注意が必要な本と言えるかもしれません。

(経済教育ネットワーク  新井 明)

①どんな本か
・アメリカで最近ベストセラーになっている大学初年級向けのテキスト(『ミクロ経済学』と『マクロ経済学』)のエッセンスをまとめた本です。
・マンキューの経済学テキスト、スティグリッツのテキスト、クルーグマンのテキストなどベストセラーの入門テキストがありますが、その最新版と言える本です。
・著者のうち、アセモグルは、『国家はなぜ衰退するか』(ハヤカワノンフィクション文庫)で有名になったトルコ生まれのMITの教授です。レイブソンはハーバード大学の行動経済学者。リストはシカゴ大学の実験経済学が専門の経済学者です。
・著者三人のプロフィールでも分かるように、新しい経済学の領域の研究者たちが書いたテキストで、新しい知見が随所に取り入れられているのが特色です。

②どんな内容か
・本書の構成は大きく三部15章からなり、次のようになっています。
・第Ⅰ部「経済学への誘い」で、経済学の原理と実践など4章からなります。
 第Ⅱ部「ミクロ経済学の基礎」で、消費者とインセンティブなど4章からなります。
 第Ⅲ部「マクロ経済学の基礎」で、国の富など7章からなります。

③役立つところ
・このテキストの売りは「新しい」と「やさしい」というものです。はじめて経済学に挑戦しようとする先生は、「やさしい」という部分に注目して、経済学のイントロダクションとして読まれると、経済学の内容のエッセンスをつかむことができるしょう。
・「新しい」というところでは、各章にあるコラムに注目するとよいかもしれません。「選択の結果」と「データは語る」に近いコラムは類書にもありますが、「EBE(evidence-based-economics根拠にもとづく経済学)」のコラムは、まさにこの本の売りである「新しい」経済学の知見を反映しています。
・このコラムは章の冒頭の問いかけに対応して書かれています。例えば、第4章「利己的人間だけがいる市場は社会全体の幸福度を最大化できるか?」に対しては、「EBA根拠にもとづく経済学」では、実験結果を踏まえたyesという答えが書かれています。
・また、マンキューなどのテキストを持っている先生は、比較して記述内容の新しさを確認するのも、時間があれば挑戦してもよいかもしれません。
・本当に「新しい」を実感したいなら、今回紹介している『入門経済学』ではなく、『ミクロ経済学』と『マクロ経済学』の二冊を購入した方がオススメです。ただし、二冊買うと8,360円かかるだけでなくその厚さに圧倒されますが、中途半端な投資よりコスパはよいはずです。
・例えば、『入門経済学』では、「外部性と公共財」からはじまる部分以降、市場構造で展開されている「ゲーム理論」、ミクロ経済学の拡張での「情報の経済学」「オークション」などの面白そうな、授業でも紹介できそうな部分がカットされています。
・マクロ経済学の部分でも、アセモグルはこの「なぜ豊かな国と貧しい国があるのか」や45度線を使わなくなっていると指摘されている「反循環的マクロ経済政策」の部分などは収録されていません。
・ちなみに、この種の分厚いテキストを読むには、冒頭の導入エピソードを読み、本文はぱらぱら眺め、コラム、特に「EBA」の部分はしっかり読み、最後のまとめの部分でその章の内容を確認して、復習問題をながめて、わからないところなどがあったら逆に本文を振り返るというやり方をすれば、一週間もかからずに全体を「読む」ことができます。
・あとは必要に応じて精読すれば良いということです。

④感想
・ネットワークの野間先生が、今年テキストに『マクロ経済学』を採用したというお話しを聞いて、新しもの好きの新井くんは早速購入しました。ただし、上でも紹介したように『入門経済学』を注文してしまったので、失敗したなと反省中。
・アセモグルの『国家はなぜ衰退するのか』は、メルマガ7月号で紹介した『経済学を味わう』のなかのマクロ経済学の章(楡井誠氏執筆)で参考図書としてあがっていて、イモヅル式読書法でこの夏に読んだ本でした。そのアセモグルのテキストと聞いて、それならということもあり、今回の紹介となった次第。
・著者の一人、レイブソンは、2019年からそれまでマンキューが長年担当してきたハーバードの100番台の入門講座を引きついだ人だそうです。マンキューはその前年、「99%運動」に共鳴する学生に授業ボイコットされたことも報じられていて、時代の変化がテキストにも反映されているのかと感じました。
・マンキューの「経済学の10の原理」は、私たちの世代の教員にとっても親しみ深いものですが、これからはアセモグルらの「最適化」「均衡」「経験主義(実証)」の三つの原理の時代になるのか、興味深いところです。

(経済教育ネットワーク  新井 明)

本書は、河原和之氏の最新の書下ろし教材集です。集められた授業教材はすべて、コロナ禍の社会課題を介して生徒に歴史や経済を学んでもらうもの、今なら強烈なインパクトが期待できる「授業のネタ」ばかりです。

本書の目次(項目)
1.プロローグ           コロナ禍、ポジィティブ授業のすすめ
2.ネタの効用          「コロナ危機!」世界と日本のこんなネタ
3.歴史(1)世界史        ペスト流行がもたらしたルネサンス
4.歴史(2)奈良・平安時代    墾田永年私財法が大仏建立の詔と同じ年に発令された理由
5.人権・差別           “自粛警察”とコロナ差別
6.経済(1)市場原理       なぜドラッグストアでマスクが販売されていなかったか
7.経済(2)景気         コロナ不況って何?~経済活動の「自粛」がもたらすもの~
8.経済(3)株式         コロナ禍の株価は?~わくわくドキドキ株式売買ゲーム~
9.経済(4)生活         マンダラチャートで考える「コロナ禍」負の連鎖から
10.SDGs(1)国際        誰一人取り残さない~新興国、途上国の課題とパートナーシップ~
11.SDGs(2)人口・少子高齢   空き家と学生アルバイト
12.SDGs(3)パートナーシップ  コロナ禍、こんな支え合い
13.SDGs(4)医療        医療体制の崩壊を食い止めるために
14.未来志向(1)教育支援    「効率」と「公正」からコロナ禍の学生支援緊急対策を検証する
15.未来志向(2)ポストコロナ   ダイヤモンドランキングでコロナ後の世界と日本を考える
16.エピローグ

 本書は二つの意味できわめて重要な出版である、とみました。
 第一は、すぐれた教材を多くの先生方に公開してくれたことです。収録された教材の一部 (4, 6, 7, 8) については、すでに経済教育ネットワークの各地の勉強会で内容検討を行いましたが、多くの先生から、使いやすい、そして何よりも生徒の興味を惹きつけるユニークな授業ネタであるとの評価でした。
 第二に、私はこちらの方が本書の大きな貢献だと思っていますが、著者(河原和之先生)の授業づくりの手法が読み取れることです。

 翻って、わが国では、欧米や中国に比べ、授業で教科書の代わりに、手作り教材を使う先生が多いと言われています。とくに社会科、中でも経済の分野でその傾向が強いようです。それにはそれ相応の理由があるでしょうが、私は「その因たるや「教科書の書きぶり」にあり」と思っています。  
 私のように長く大学で経済学教育に携わってきた者には一目で分かることですが、公民や政治・経済の教科書には「経済学の概念」や「単純化しすぎた理論」の影が見え隠れしています。言い換えれば、教科書とは、暗黙のうちに、生徒に、「概念や理論を通して「実際の社会のこと」を学ばせる」教え方になっているように見えます。しかし、これでは、まだ抽象度が十分に発達していない中学生や高校生にとって、教科書に沿った授業が面白いはずはなく、むしろ苦痛な暗記物になってしまいます。例えば、需要曲線、供給曲線の理解を通して、魚市場のセリの取り引き量と価格や、その魚介にスーパーでつけられる値段や、一連の取引の効率性、公平性について学べ、考えよと言われても、99.9%の生徒には無理な相談だということです。

その方法とは、
(1) まず「社会のコト」の選び方です。需要曲線、供給曲線、均衡価格といった理念的な道具や概念から教え始めるのではなく、生徒が実感できる実際の「社会のコト」を選びます。ここでは、「生徒の腑に落ちる」授業ネタでなければなりません。
(2) ついで、生徒が実感できる実際例を巡って、様々な意見交換を促していきます。多面的、多角的な学習ですが、その学習のプロセスの中に、役に立ちそうなデータや資料と、教科書でてくる概念や理論も投げ込んでいきます。こうして、「社会のコト」に関する現状分析を進め、同時に「社会の課題」を見つけ出していきます。
(3) 最後に、現状分析の結果と概念・理論を使って、生徒なりに課題について考えを練り上げていきます。

 本書では、(1)「ネタの選び方」については目次に、(2)(3)の授業の進め方については各教材の中で展開される「生徒と先生の議論のやり取り」のシナリオに、具体的かつ詳細にまとめられています。これが、私がいう本書の第二の貢献です。

 河原先生の授業は絶妙のようです。ある卒業生曰く、「「あのむちゃくちゃヤンキーで他の科目はテスト0点当たり前の彼が、社会科だけ80点を取っている!なんてことが本当に起こっていたあの授業!」だったそうです。(「週刊ひがしおおさか」より )。


本書は、一人の例外もなくすべての生徒が前のめりになれる「授業」を作るためのエッセンスが盛り込まれている、しかも時宜を得た好著だと思います。

*本書は、コロナ禍が注目を集めて間に、早く出版することを優先したため、通常の書籍出版ではなく、自費出版の形をとられたそうです。そのため、一般に販売されていませんので、本書の閲覧、入手については、出版元に問い合わせられるとよいかと思います。
 発行 ROKUJIGEN (子どもの環境・経済教育研究室)もしくはメールmichiko★rokujigen.co.jp(★をアットマークに置き換えてください)

(経済教育ネットワーク 理事長 篠原 総一)