①どんな本か
2015年のギリシャの経済危機の時に財務大臣を務めた経済学者の著者が、オーストラリアにいる10代の娘に向けて書いた経済の本です。
翻訳は2019年に出されていましたが、この夏、NHK・Eテレの『100分de名著』に取り上げられて再び注目を浴びています。
②本の内容は
プロローグ、エピローグと全8章からなっています。各章のタイトルと扱っている主な内容は以下の通りです。
 第1章 なぜ、こんなに「格差」があるのか?-格差の発生とその拡大
 第2章 市場社会の誕生-市場の発生とその発展を歴史的に紹介
 第3章 「利益」と「借金」のウエディングマーチ-企業経営と借金の関係
 第4章 「金融」の黒魔術-お金の発生と金融の役割、焦げ付いたときの対処法
 第5章 世にも奇妙な「労働力」と「マネー」の世界-労働市場と金融市場
 第6章 恐るべき「機械」の呪い-技術進歩と労働
 第7章 誰にも管理されない「新しいお金」-仮想通貨
 第8章 人は地球の「ウイルス」か-環境問題
大きく、格差問題、市場経済の光と影、労働問題、お金と金融の問題、環境問題の5つがテーマと言えるでしょう。


③どこが役に立つか
それぞれのテーマに関する授業の時に、そこにでてくるエピソードや考え方を参考にすることができるでしょう。
例えば、第4章での銀行が無から貸し出すお金を生み出す仕組み、金融危機の時の中央銀行の魔術など、教科書では表面的にしか扱っていない現代の金融の姿が生々しく描かれていますから、金融の授業はリアルなものになるでしょう。
『ファウスト』、『怒りのぶどう』、ギリシャ神話などから説いてゆく叙述は魅力的です。また、『ブレードランナー』『マトリックス』などの映画から現代の経済社会を捉える手法なども参考になるでしょう。


④感想
プロローグでの「若い人たちに分かる言葉で経済を説明できなければ教師として失格」という言葉に納得しました。私たちもめざしたい志です。
一読して、これはマルクス経済学の現代版だと思いました。事実、プロローグで影響を受けた思想として「カール・マルクスの亡霊」が上がっています。その意味で、現代経済学の主流派の考えとは異なることを押さえて使うなり参考にすると良いと思います。
でも、金融の箇所はMMTの発想そのもので、古典と現代がほどよくミックスされている反市場主義のスピード感あふれる本といえるでしょう。

(経済教育ネットワーク 新井 明)

①どんな本か
元日本経済新聞の記者が書いた経済学の本、というより経済学説史の本です。
現代の経済学者、エコノミストがどのような立場で論じているかが分かるととともに、古典派経済学から現代経済学までの内容が分かりやすく紹介されています。


②本の内容は
全体は7章構成です。
 第Ⅰ章と第Ⅱ章は、経済学者の類型、経済学とは何かのタイトルで、総論的な内容が記述されます。
 第Ⅲ章から第Ⅵ章までは、ミクロ、マクロ、異端派、現代経済学など経済学の様々な潮流、学派が何と17も紹介されています。
 最後の第Ⅶ章で、経済学との付き合い方を再論しています。


③どこが役立つか
授業で直接役立つ箇所は少ないでしょうが、第Ⅰ章と第Ⅱ章の、経済学者とエコノミストとの違いや、経済学批判の類型やそれにたいする主流派の経済学者の考え方が紹介されている箇所は、今の中高の教科書がどのような立場で書かれているかを知る意味で参考になるでしょう。
経済学の内容に関して知りたい先生には第Ⅲ章からの部分を通読することで、現代経済学までの足取りがわかります。ただし、この種の知識は下手をすると一知半解になるので、こんなものだという程度にしておいた方が良いかも知れません。


④感想
著者は元日経の記者だけあって、数式を一切使わないで文章だけ、それも大事な箇所には傍線が引かれているという構成なので、読みやすさと言う意味では抜群です。
ただし、正確さを期して淡々と書かれているので、バルファキスの本のような疾走感、爽快感はありません。悪く言うと、いや良く言うと、優等生の読書ノートとという本かもしれません。
ちなみに、著者前田さんは、岩井克人さんの『経済学の宇宙』(日本経済新聞出版社)のインタビューアーとして同書をまとめた人です。


(経済教育ネットワーク 新井 明)

①どんな本か
マーケティングの研究者が、東日本大震災やコロナ禍などをきっかけとして盛り上がってきた「応援消費」を切り口に、現代の消費動向、それと市場経済との関わりを書いた本です。
寄付と消費、ボランティアと応援消費、ふるさと納税を巡る寄付と消費、バイコットなど、消費と経済全体の流れを考える上で参考になる事例が多く紹介されています。


②本の内容は
全体は7章構成です。
 第1章で応援消費の定義とその言葉がいつから登場したのかが紹介されます。
 第2章で寄付とボランティアの違い、応援消費との関連がまとめられます。
 第3章はふるさと納税を巡る問題が扱われます。
 第4章では世界における応援消費の紹介で、バイコット(ボイコットの反対で購入することで応援する運動です)の紹介です。
 第5章、第6章では、著者の専門のマーケティングから応援消費を分析します。
 終章で、それまでの事例や分析を総括します。


③どこが役に立つか
マーケティングという言葉は社会科や公民では登場しない経営学の言葉ですが、中学で言えば「消費者と経済」の箇所、高校で言えば消費者の権利と責任(法、契約の箇所)での学習にリンクすることができる内容です。
第1章の応援消費という言葉の登場を新聞の検索機能で調査する箇所は、探究活動の事例として使えるところでしょう。
第3章のふるさと納税の箇所は、返礼品競争の在り方、地方財政の問題など、論争型の授業や調べ学習など、幅広く授業で扱うヒントになるしょう。


④感想
あらためて応援消費と言われなくても、生協の品物やフェアトレードの商品、特定の産地やメーカーの品物を選んで買うことも多く、日常結構それに近い消費行動をしているなというのが紹介者の感想です。
「寄付もボランティアも、そして応援消費もまた、決して純粋な贈与たることは出来ず、交換化され、市場化される可能性を伴ってしか実現できない」(p180)という著者の言葉は、少々難しいけれど考えさせられる言葉でした。
教科書にでてくる自立した消費者からアクティブな消費者への展望が見えるコンパクトな本だと思いました。

(経済教育ネットワーク 新井 明)

①どんな本か
・ネット世界で話題の経済学者(とひとまずこう表現しておきます)である成田悠輔さんが書いたベストセラーの新書です。
・現代社会を覆っている「分厚いねずみ色の雲」を気鋭の学者がアルゴリズムで快刀乱麻にした本と言ってよいでしょう。


②本の内容は
・テーマの中心は選挙ですが、選挙だけでなく民主主義全般、現代社会の問題を総体的に扱っています。
・「はじめに」のところで、要約があるのでそれにしたがって紹介すると、
 今世紀に入って20年、経済をみると民主主義的な国ほど経済成長が低迷している。民主国家は失敗している、劣化していると言って良いというのが最初の診断。
 では、そんな劣化した民主主義に対してどんな対処の方法があるか。著者に言わせると三つ。
 一つは、闘争。ここでは選挙制度の再デザインの検討がされます。
 二番目は、逃走。政治制度を商品化、サービス化してしまえという主張。また、既存の主権国家以外の場所に逃げるという手もあることが紹介されます。
 三番目は構想。ここがメインの主張部分で、無意識データ民主主義が主張されます。これは、エビデンスに基づく目的発見とエビデンスに基づく政策立案ができる社会で、選挙民主主義と知的専制主義とデータによる意思決定の融合の社会とのことだそうです。
 22世紀は無意識データ民主主義の社会になるだろう、するべきだ、それは革命になるだろうというのが著者の宣託です。


③どこが役に立つか
・冒頭に出てくる「若者が選挙にいって政治参加したくらいではないも変わらない」という著者の啖呵をどう吟味するか、それをしてみたい先生向けの本です。
・第2章「闘争」の選挙をいじるの箇所が、主権者教育、有権者教育に関心のある先生には反面教師として役立つはずです。
・第4章「構想」の、民主主義はデータの変換であるとして、アルゴリズムを使って民意を自動化しようとする箇所、ここは著者の研究テーマの応用部分であり、成田さんが何をどう取組んでいるかを知るには良いでしょう。
・先生だけでなく、この種のデータサイエンスに興味を持っている生徒にこんな本があるぜと紹介するのにも手頃な本かもしれません。


④感想
・ベストセラーになっている本はあまり手にしないのですが、紹介者も選挙をテーマにした授業を組み立てたことがあり、手に取りました。
・一読。面白いけれど…、という感想です。著者は麻布高校の出身だそうですが、麻布のような学校にはいるよなあこういうタイプというのが率直なところ。アンファン・テリブルの一人ですね。
・素人の床屋政談という批判もありますが、テーマも手法も検討の価値ありです。本人もそんな批評がくるのは十分分かって書いているでしょう。
・22世紀の政治家はネコになるという予言がありましたが、紹介者の住む東京ではネコが政治家になりました。予言はすでに当たっている。

(経済教育ネットワーク 新井 明)

①どんな本か
・タイトル通り中学公民的分野での授業のためのワークシート集です。
・他の本との違いは、三枝先生が日頃から主張されていた活動型授業が随所に、かつ大胆に取り入れられているところです。


②本の内容は
・総論として「公民的分野における指導のポイント」(三枝先生執筆)が置かれ、あとは、A私たちと現代社会、B私たちと経済、C私たちと政治、D私たちと国際社会の諸課題という学習指導要領通りの順番での授業案、ワークシートが収められています。
・それぞれの項目では、様々な活動型の授業提案がされています。
 例えばAの1の私たちが生きる現代社会と文化の特色ではグループ学習が、Aの2の現代社会を捉える枠組みではジグソー型の学習が提案されています。
 その他、Bの経済ではシミュレーション、企画書づくり、ディベート、Cの政治ではパネルディスカッション、模擬選挙、予算案作成のシミュレーション、模擬裁判など豊富な事例が提案されています。
 最後のDの国際社会はディベートで締めくくります。


③どこが役立つか
・三枝先生が書かれた総論部分が三枝社会科のエッセンスがつまった部分になっています。ここを熟読することで、公民の授業づくりのポイントがつかめるはずです。
・特に、このなかで指摘されている、授業をパッケージで考える、活動型の授業を組み立てるためには地歴の授業の段階から積み上げてゆく、クラスの班活動での指導など日頃からの指導があって成り立つという内容は、公民分野の授業づくりだけではない重要な指摘の部分でしょう。


④感想
・三枝先生のこれまでの実践の集大成という感じの本です。
・残念なのは、分担執筆のために、経済学習での大きなストーリーが見えなくなっているところです。
例えば、無人島漂着シミュレーションではじまる経済学習ですが、それをうけて登場するのは家計のシミュレーション、企業の企画ですが、無人島漂着シミュレーションはここでは消えています。ここまでは三枝先生の執筆なのですが、次の市場と働きは別の執筆者となり、活動型の授業は一端分断されます。
次の政府の役割で再び無人島シミュレーションが登場して財政問題が扱われますが、そのあとに別の執筆者による財政問題のディベートとなります。ここでも分断が起こってしまっています。
・また、金融が企業の企画の冒頭で講義として扱われるだけで独立して登場してこないのも少々残念です。
・それぞれの項目を活動型のパッケージとして学習することは、生徒が主体的に授業に臨むための大きな条件になるでしょうが、パッケージどうしをつなぐ大きなストーリー(例えば、無人島漂着シミュレーションのストーリーで全体を通してみるなど)があると、もっと三枝社会科の良さが浮かび上がるのではないかと感じました。
・もう一つ注文すると、政治分野を三枝先生がどう扱っているか、それも読みたかったなと思いました。

(経済教育ネットワーク 新井 明)

①どんな本か
・ロシアによるウクライナ侵攻が経済やビジネスにどんな影響を与えるのか、侵攻1ヶ月目の時点で経済雑誌がまとめたレポートです。
・ウクライナ危機を巡る軍事や政治の動きは日々報道されていますが、経済やビジネスに関するまとまった情報は多くはありせん。その穴を埋めるために活用できる本です。


②本の内容は
・まえがきで、編者の日経ビジネスシニアエディターの森永輔氏はウクライナ危機を、大国と大国が戦争する時代がはじまったこと、経済を武器とした戦争であること、東アジアの安全保障政策に影響を与えるという三つの視点から見る必要があると書いています。
・それをうけて、全体は8章で構成されています。各章のタイトルと扱っている内容を紹介しておきます。
 Ⅰ甦る冷戦(総論)、Ⅱ黄昏の帝国(ロシアの動向)、Ⅲ隣国の脅威(欧州の対応)、Ⅳ各国のジレンマ(欧州以外の世界の対応)、Ⅴ未来なき戦い(経済断絶の可能性)、Ⅵ知られざる戦場(サイバー、先端技術の戦争)、Ⅶ資源混迷(日本の動き)、Ⅷ戦略転換(日本企業の対応)


③どこが役に立つか
・国際社会を経済面から扱う場合、具体的な事例を紹介する際にネタ源として役立つでしょう。
・例えば、航空機でいえばロシア上空を飛ぶことができなくなったための対応をどうしているのかなどは、Ⅷの戦略転換の「JALはシアトル経由パリ便も」のところで紹介されています。これは地理の学習でも活用できるネタでしょう。
・その他、LNGの争奪合戦、電気料金、ユニクロなどの小売業の対応など事例豊富です。
・金融制裁、貿易の制限など、グローバル化の逆進行についても触れています。国際経済を扱う際に参考になるはずです。
・ただし、この本の内容は今年の5月時点までのものなので、その後の推移をフォローする必要があります。


④感想
・日頃あまり目を通すことが少ないビジネス雑誌が授業の情報源として意外に役立つことを実感します。
・政治に比べるとビジネスは、かくあるべしという正義より変化する状況を前提としてそのなかでどう生き延びるのかというプラクティカルな対応で動いていることが実感できます。
・ウクライナ戦争は長期化が懸念されますが、軍事面、政治面だけでなく経済戦争の面がどう推移してゆくか注目したいと思いました。

(経済教育ネットワーク 新井 明)

①どんな本か
・慶應義塾大学経済学部で実際に入試問題を作成したり管理したりしてきた元教授の著者が、日本史、世界史の入試問題づくりのノウハウ、特に思考力・判断力・表現力を評価する問題作成の実例を紹介した本です。
・くわえて、共通テストの試行問題を俎上にあげて、その問題点を鋭く指摘しています。


②本の内容は
・大きく二部に分かれています。
・第1部は、入試問題作成マニュアルのタイトルで、入試問題作成の基本方針の設定からはじまり、機械採点問題(マーク式)の作成、論述問題の作成、作成した問題のチェック、採点作業の実際までを解説をしています。
・第2部は、大学入学共通テスト試行調査の検討のタイトルで、プレテスト検討の意義、プレテストの問題点が分析されています。
 この第2部では、プレテストを、分量、問題構成、アクティブラーニングの設定、プレテストの入試問題の妥当性、歴史における思考力・判断力、入試問題のあるべき姿の6つの視点から詳細に評価を加え、全体として厳しい評価を下しています。また、改善案も提示しています。


③どこが役に立つか
・受験指導をしている先生にとっては、出題側のねらい、実際の作成プロセス、採点の様子など大学側の内情がわかり、適切な指導ができるでしょう。特に、採点プロセスの紹介は役立つでしょう。
・対象が歴史ですが、著者も言うように地理や公民の科目の問題評価にも役立つ内容です。
・高大接続改革で入試問題を変えることで高校の授業を変えてゆくという流れの中で、本当に「思考力・判断力・表現力」を伸ばすには、また、「主体性をもって多様な人々と共同して学ぶ態度」を見極めるにはどんな問題が必要か、入試問題を素材にしていますが、通常の授業や定期テストでも活用出来る考え方が提示されています。


④感想
・ここまで書いて良いのかというのが率直な感想です。リタイアした関係者だからこそのリアル感が満載です。
・著者も書いていますが、大学教員にとって「余分な仕事」であるけれど、片手間ではできない入試問題作成にこれだけのエネルギーを注いでいるということに敬意を表したい思いでした。
・今年の日本史の共通テストが問題になりましたが、この本を読んでいると宜なるかなという感想です。「2回のプレテストの問題は、経済学部の入試問題作成過程の草稿段階にも達していない」との著者の指摘は改善されていなかったということだったのでしょう。
・こんなテストを与件として受けなければいけない高校生が本当に思考力や判断力が身につけられるか、少々グルーミーな気分にもなりました。
・ネットワークでも入試問題のレーティングなどを行ったことがありますが、その時のもやもや感がこの本ですこし晴れた気分です。
・問題作成の方法は、 高校の先生だけでなく、中学の先生にとっても役立つ本ではないかと思います。

(経済教育ネットワーク 新井 明)

①どんな本か
・メルマガ4月号で紹介した「シリーズ歴史総合を学ぶ」のその②です。
その①はこちらです。
・サブタイトルの歴史叙述では、日本史関連の多くの事例が紹介されています。その事例をどう授業で扱ってきたかに関してもふれていますが、ウエイトは著者成田さんの専門である歴史叙述に傾斜した本です。


②本の内容は
・腰巻きによる紹介では「多様な資料からなる歴史叙述を吟味し、自ら歴史実践を行う」という課題の夏休み集中講義で5時間分の授業展開がされるというスタイルで書かれています。
・午前は、「歴史叙述と歴史実践」のテーマで、1時間目は、ジェンダー史をとりあげて歴史叙述と歴史実践が紹介されます。
・2時間目は、明治維新の歴史像というタイトルで明治維新の歴史叙述と歴史実践が紹介されます。
・午後は、「「歴史総合」の歴史像を伝える」というテーマで、3時間目「近代化」、4時間目「大衆化」、5時間目「グローバル化」の三つの課題でのそれぞれの歴史像が紹介されます。
・3時間目の近代化では福澤諭吉、男性啓蒙家、森鷗外などが取り上げられています。
・4時間目の大衆化ではイプセン、身の上相談、小津安二郎、市川房枝などが取り上げられています。
・5時間目のグローバル化では、高度成長のなかの女性、マクドナルド化、村上春樹の小説などが取り上げられています。
・最後に、戦後歴史教育と歴史叙述の関係が再度考察されるという構成です。


③どこが役立つか
・公民の教員にとってはグローバル化の部分の時代が現代に近いので直接役立つでしょう。マクドナルド化や行動経済成長のなかの女性などは「公共」の教科書に登場してもおかしくない事例です。
・教育学に関心のある先生にとっては、戦後の歴史教育の歴史、特に歴史教育者協議会のメンバーたちの実践をあらためて確認して、その蓄積をどのように現代に活かすのかを考える手がかりとなるでしょう。


④感想
・正直読みやすい本ではありません。構成がアンバランスです。
・歴史叙述の事例と歴史教育の関係では、一対一で対応している部分、例えば、明治維新の箇所などは良いのですが、その他の箇所は著書成田さんの関心で取り上げられているので、教育という点ではこれがどう実践されていたのという点では非対称で、疑問が生じる箇所もあります。
・にもかかわらず、取り上げられている事例を手がかりに、もしこれを公共の授業で扱うとするとどんな形になるだろうかと考えてみるのも面白いと思いました。
・ユニークな事例では、小津の戦前の映画や村上春樹の『ねじまき鳥ロロニクル』などが取り上げられています。
・紹介者はこの本に触発されて、『ねじまき鳥』を久しぶりに再読してしまいました。小説的な面白さと同時に、村上が抱えている闇、記憶の伝承、戦争責任、新自由主義の危うさなどが昔読んだ時より一層切実に感じました。
・でもこれをどう授業に作り上げるのか、ちょっと想像がつきませんでした。

(経済教育ネットワーク 新井 明)

①どんな本か
・経済学の知見をビジネスで活かす経済学者の活動内容の内容とインタビューをまとめた本です。キーワードは経済学の社会実装です。
・紹介されている事例は、マッチング、マーケットデザイン、プライシング、モデル分析、因果推論、構造推定で、日常的に私たちが接している広告や価格設定やコロナ感染のモデルや健康経済学などです。


②本の内容は
・次の著者がそれぞれのテーマで報告しています。
第1章 坂井豊貴(慶應義塾大学)「急進する経済学のビジネス活用」 総論です。
第2章 渡辺安虎(東京大学)「ビジネス課題を経済学で解決する」 社会実験とミクロ経済学の最新研究とビジネス活用です。
第3章 成田悠輔(イェール大学)「DX2.0」 デジタル社会のこれからを提示しています。
第4章 仲田泰祐(東京大学)「経済分析を感染症対策と経済活動の両立に行かす」 コロナ感染時のデータを基にした経済分析事例です。
第5章 野田俊也(東京大学)「マーケットデザインで考えるスマートコントラクトの未来」 スマートコントラクト(契約)の紹介です。
第6章 上武康亮(イェール大学)「経済学をマーケッティングに活かす」 マーケッティングと経済学の関係が紹介されています。
第7章 小島武仁(東京大学)「マーケットデザインが組織を変える」 マッチングアルゴリズムの活用例が紹介されています。
第8章 井深陽子(慶應義塾大学)「景気変動と健康」 データサイエンスと健康の関係が紹介されています。


③どこが役に立つか
・学校にいるとわからない経済学とビジネスの関係、社会実装の挑戦の様子をうかがい知ることができます。
・当然、授業に直接役立つ内容、ネタとして仕入れる内容はほとんどありませんが、第一線の経済学者が今どんな関心をもってどんな研究をして、それが現実にどう活用しようとしているかがわかります。
・大竹先生の行動経済学の活用法は主に公共政策に関する事例が多かったのですが、こちらはビジネスに直接関係しているケースで、活用といっても違いが分かる意味で参考になる本です。


④感想
・取組んでいる内容は、それぞれちょっと頭がクラクラするような内容ですが、各章末にある、なぜ経済学を学んだのか、そしてどうしてこのような研究をしたのか、若い人たちにむけたメッセージなどを質問しているインタビューはとても面白く読めます。ただし、成田悠輔氏のものが無いのは残念。
・セミナーでの講演記録をまとめたものなので、内容は難しくとも通読可能です。章末のまとめ(ポイント)も日経の経済教室欄(Analysis)風に三つに絞っていて、編集手法も参考になります。
・内容的には、成田悠輔氏のものが22世紀社会の構想まで語る少々ぶっ飛んだ内容で、ネット上で話題になるのがよくわかりました。

(経済教育ネットワーク 新井 明)

①どんな本か
・世界銀行の副総裁をつとめたこともあるロンドン・スクール・エコノミックス・ポリティカル・サイエンスの学長のエコノミストが、社会契約という切り口から21世紀の経済の課題とその処方箋を書いた本です。
・筆者はエジプト生まれの女性経済学者です。21世紀の福祉国家の在り方をさぐる『ベヴァリッジ2.0』という研究プログラムを立ち上げています。


②本の内容は
・全体は8章にわかれています。目次を紹介しておきます。
第1章 社会契約とは何か?
第2章 子どもの養育は誰が担うべきか?
第3章 幼児教育と生涯学習
第4章 健康であるための負担と責任
第5章 労働者を守り、育てる
第6章 高齢者の暮らし
第7章 次世代への正負の負担
第8章 新しい社会契約
・この目次で分かるように、育児、教育、健康、労働、高齢化、そのための財源という経済学で言えば厚生経済学や応用経済学の対象となる労働、福祉問題をテーマにした本です。
・著者の基本的な姿勢は、サッチャー流の「社会はない」を批判して、「社会はすべてである」というテーゼで、誰もがささえあう社会をどのようにつくるのか、具体的な対応を示しています。


③どこが役に立つか
・高校の「公共」で登場する、社会契約の思想家、また、ロールズ、センなどの現代の思想家がたくさん出てきます。
・教科書では分断されて記述されている日々の暮らし、私たちを支える社会のしくみを改めて確認することができる本です。そこで大切なのは、政策を変えること、それが新しい社会契約となるという主張は、社会科教育の担い手にとって勇気を与えてくれると思われます。
・主張を支えるデータ、出典が示されているところが役立ちます。18ある図表は有名なものも多く、授業で生徒に分析をさせるのに使えるでしょう。また、48ページにわたる巻末の原註をチェックすることで最近の世界の研究動向が分かります。
・対象が世界全体なので、索引で日本の項目を使って、日本の位置を確認することも有効な使い方と言えるでしょう。


④感想
・エジプト生まれの女性が教育の階段を登ることで、国際機関で活躍し、LSEの伝統を受け継ぎこのようなマニフェストを発信していることに感銘をうけます。
・新自由主義に対抗する流れが生まれてきていることが最近のこの欄の本の紹介からもうかがわれますが、新自由主義の思想的源流の一人であるハイエク、さらに現代経済学の基本的な考え方を提唱したロビンズがLSEの関係者であることも興味を引きます。
・こんな骨太の本が日本で出されないのはなぜなんでしょうか。

(経済教育ネットワーク 新井 明)