①どんな本か
シュンペーター晩年の著書で、タイトル通り、資本主義のゆくえを占い、民主主義のメリットと限界を指摘した本です。
東洋経済の翻訳で約600ページの大作です。昔は三分冊でしたが今は一冊の合本となっています。手に取るには覚悟が必要ですが、文章は平易で読みやすい本となっています。
「資本主義は成功によって滅ぼされる」という文章が有名な本ですが、その解釈は多様で、シュンペーターというのは一筋縄ではいかない人物であることがわかる本でもあります。

②どんな内容か
全体は、5部27章からなっています。
第1部は、「マルクス学説」というタイトルで、マルクスの業績、影響を、予言者、社会学者、経済学者、教育者と四つの視点から取り上げています。
第2部は、「資本主義は生き延びうるか」という部分です。先に挙げた「滅ぼされる」という命題を論証するところです。資本主義の生産力、その原動力となる企業家による創造的破壊による新結合など『経済発展の理論』の内容が論じられています。
 第3部は、「社会主義は作用しうるか」という部分で、結論は経済システムとしては作用しうるというものです。ただし、ここでいう社会主義は社会民主主義、もうすこしひろげると福祉国家的な指令経済社会を意味しています。
 第4部は、「社会主義と民主主義」というタイトルで、社会主義における民主主義の在り方への批判からはじまり、民主主義の古典的学説まで遡って、それが機能するための条件を探っています。
 第5部は、「社会主義政党の歴史的概観」という部分で、ドイツやフランス、イギリスなどの諸国で社会主義政党がどのような歴史的な展開をしてきたのかを概観するとともに、執筆当時の各地の社会主義政党の性格や行動分析をしています。
 最後に付録、「その後の戦後展開への注釈」が、1949年までの政治経済面での現状分析として付け加えられています。

③どこが役立つか
第2部の「資本主義は生き延びるか」と、第4部「社会主義と民主主義」の部分が、授業には直接ではないとしても、役立つ部分でしょう。
前者は、シュンペーターの資本主義論のエッセンスがコンパクトに書かれていているという意味では、『経済発展の理論』を読むより、シュンペーター理論をつかむには良いかもしれません。
また、資本主義の市場理解では、需給曲線の均衡理解よりも、独占的競争の現実を理解する方が大切という指摘なども、市場の学習に際してこころしたい部分です。
後者は、政治と経済を一体のものとして教えたいと思うときに、参考になると思われます。特に、現在のように民主主義の限界や課題が提起されていることを考えると、民主主義がどのような条件のもとで作用しうるかを考察した箇所や、民主主義な方法で異教徒を迫害すると決定したらという思考実験の箇所などは、「公共」での思考実験の応用として使えるのではと思います。
社会主義に関する部分は、ソ連が崩壊して社会主義の経済システムは否定的にしか扱われませんが、シュンペーター流の社会主義の定義や内容を読んでみると、現代の中国の動向などの理解に参考になる部分があり、これからの経済体制の在り方を考える手がかりになる箇所が探し出されるでしょう。

④感想
有名で、経済思想を扱う本では必ず取り上げられている本ですが、大部だったこともあり、躊躇していたのですが、「資本主義」という言葉が目に付くようになったこの冬、思い切って読んで見て正解と思っています。
新書レベルの概説本やハウツー本は、内容を手っ取り早くつかむには最適です。一方、原本は著者の思考にそって内容を理解することが求められるので、時間がないと取り組めませんが、そのような時間をつくることが大事なことなのだと改めて感じます。
この本は、資本主義vs.社会主義が先鋭化していた時代の本なので、社会主義への言及が多いのが特徴です。個人的には、マルクスの評価や社会主義政党の歴史を扱った部分が面白いと思ったりしていますが、今の若い先生たちにとっては、シュンペータ-が社会主義にどうしてこんなに気を遣っているのかは、感覚的にわからないかもしれません。

■シュンペーター関連の使える本
シュンペーターに関する紹介本、研究本は汗牛充棟です。
そのなかで、二冊選ぶとしたら、一冊は、伊東光晴・根井雅弘『シュンペーター』岩波新書、もう一冊は、吉川洋『いまこそ、ケインズとシュンペーターに学べ』ダイヤモンド社でしょう。
前者は、シュンペーターの経歴、現代的意味を簡潔に、かつ情熱的に述べた部分(伊東氏執筆部分)と、理論を冷静に述べた部分(根井氏執筆部分)からなっている新書です。とりあえずの理解はこれで得られるはずです。
後者は、リーマンショック後の経済状況を踏まえた政策提言から書かれた本です。ケインズとシュンペーターという対照的な二人を統合する視点が特徴です。
ともに、現在は新刊では入手できませんが、古書なら簡単に手に入るはずです。根井氏も吉川氏も、この本以外にもシュンペーターに関する本や文章をたくさん書いています。それから、入っても良いかもしれません。

(経済教育ネットワーク 新井 明)

①どんな本か
技術革新のシュンペーターといえばこの本という代表作です。岩波文庫で上下二冊。読み始めるにはちょっと勇気が必要な密度の濃い本です。
文庫本には、冒頭に英文の日本語版出版(1937年)に際しての序文があります。これを読むと内容の概略と訳者の東畑精一氏と中山伊知郎氏の関係(ボン大学での教え子)がわかります。また、この本がワルラスとマルクスの理論に基づいていることも書かれています。

②本の内容は
全体は6章に分かれています。
第1章 一定条件に制約された経済の循環
第2章 経済発展の根本現象
第3章 信用と資本  ここまでが文庫上巻
第4章 企業利潤あるいは余剰価値
第5章 資本利子
第6章 景気の回転
このうち第1章は、この本の前に書かれた『理論経済学の本質と主要内容』のエッセンスがまとめられています。
第2章が、メインとなる経済発展の担い手になる企業家とその役割が分析されています。
第3章は、企業家が活動をするための資本がどこから調達されるかが書かれます。答えは、銀行による信用創造です。
第4章は、企業者利潤の源泉に焦点が当てられ、創業者利潤が企業家にとっての利潤となり、それが追随者の参入によって失われて行く過程が紹介されます。
第5章は、利子の発生とその根拠が説かれる部分です。
最後の第6章は、景気循環の理由がここまでの各論を総合して分析されることで全体を閉じます。

③どこが役立つか
ずばり、第2章の経済発展の根本問題の箇所です。
ここでは、多くの教科書で「技術革新」と簡単に書かれている箇所が、本当は5つの「新結合」の総体を指すことが指摘されています。
5つの新結合とは、新しい財貨の生産、新しい生産方法の導入、新しい販路の開拓、原料あるいは半製品の新しい供給源の獲得、新しい組織の実現であり、その担い手、それらの要素を結合させるのが企業者(entrepreneur)であることが指摘されます。つまり、私たちが技術革新と言っているのは、5つのうちの生産方法の部分だけということがわかります。
資料集のなかには、5つの要素の箇所を引用しているものもありますが、やはり章全体を読んで、シュンペーターの論旨をつかまえたうえで、企業者や起業について語るべきでしょう。
第2章では、「発展はいかにして金融されるか」という節もあり、学習指導要領で書かれている「金融を通した経済の活性化」(高等学校「政治・経済」の内容の取り扱いの箇所)に関連する説明があり、起業と金融の原理的理解をすることができます。
その他の章は、関心のある先生向けで、授業に役立つとはちょっと思えません。

④感想
経済の本ですが、グラフも数式も全くありません。その意味では、哲学書を読むような気持ちで読む本かと感じます。昔の経済の本はこんなスタイルだったのだという意味で、数学の苦手な紹介者にとっては有り難い本です。
初版が書かれたのが1911年。90年近く前の本(翻訳は1926年の第2版)ですが、今読んでも古くないのに驚きます。
でも、新結合の説明の箇所で、「郵便馬車をいくら連続的に加えても、それによってけっして鉄道をうることはできないであろう」(翻訳上巻p180)という箇所では、ちょっと笑ってしまいました。また、現代ならどんな表現になるかなと考えさせられました。
また、企業家の箇所では、新古典派が前提とする経済人を批判する現代の行動経済学に通じる記述もあり、古典は現代に通じるという感想を持ちました。
シュンペーターは、マルクスが死んだ1883年生まれです。同じ年にケインズも生まれていて、両者はマルクス主義には反対した経済学者ですが、特にシュンペーターはマルクスの生まれ変わりなのかもしれないなどと、感じてしまいました。
座りの悪さを無理矢理に位置付けてしまうと、ケインズが需要サイドの経済学を提示したのに対して、シュンペーターは供給サイドから経済を見る視点を提示していると整理することができるかもしれません。でも、そんな強引な整理は両者の偉大さを無視する暴論だし、エコノミストからは怒られてしまうかも知れません。

(経済教育ネットワーク 新井 明)

①どんな本か
・昨年12月に出た、有斐閣のストゥデイア・シリーズの一冊です。
・財政学の初年級のテキストですが、財政を通して社会的なイシューを考えさせる本になっています。

②本の内容は
・全体は二部に分かれていて、第1部が「財政の基本をつかむ」、第2部が「財政の視点から社会問題を解く」となっています。
・第1部では、財政学の入門的な知識が、①予算論、②税、③社会保険、④財政赤字、⑤地方財政と5章にわかれて展開されています。
・第2部では、1部の知識をもとに、⑥経済成長と所得再分配、⑦格差・貧困の拡大、⑧世代間の対立、⑨地域の変容、⑩グローバル化と財政の5つのイシューが取り上げられています。
・最後に社会統合と財政ということで、全体を総括しています。

③どこが役立つか
・中高の教科書ではさらりと書いてある部分を、丁寧に展開しています。授業準備で関連の箇所を通読することで、教科書の背景やでてくる事項のつながりを再確認することができるでしょう。
・第2部のそれぞれのイシューは、生徒に調べさせたり、討論をさせたりする素材となりまます。すべてを扱うわけにはいかないでしょうが、生徒の関心や地域の課題などとあわせて適宜とりあげることができます。
・第1部は、主に中学校の授業で、第2部は高校の授業で取り上げると、中高一貫の授業が展望できるかもしれません。

④感想
・大学のテキストがこんなに変わってきているというのを改めて確認しました。
・内容は、多くのテキストと同様ですが、各所に置かれたアクティビティ、章末の「NEXT STEP(理解を深める)」という課題提示、それもBasicとAdvancedの二つを提示しているなど、中高の授業でも参考にできる工夫された箇所がいくつもあります。
・最後に「ティーチャーズ・ガイド」として、「問いの活用法に関するヒント」という付録がついています。そこでは、「考える」タイプの問いとして、<閉じた問い>、<開いた問い>の区別とその具体的な例、また、「調べる」タイプの問いとして、ただ調べただけに終わらせない工夫も書かれています。
・教育方法に関しては、中高の私たちの方がプロと思っていましたが、うかうかできないぞ、というのが正直な感想です。

(経済教育ネットワーク 新井 明)

①どんな本か
・2018年に単行本で出版された『アリエリー教授の「行動経済学」入門-お金編-』の文庫版です。
・サブタイトルが「お金の行動経済学」となっていて、サブタイトル通りの内容です。

②本の内容は
・全体は三部、What-Why-Howの三つの内容に分かれています。
・第1部は「お金とはなんだろう」ということで、三つのお金に関する失敗のストーリーが紹介されます。Whatに相当する部分です。
・第2部は、「価値とほとんど無関係な方法で価値を評価する」のタイトルで、10章にわたって、冒頭のストーリーを含めた様々なお金にまつわる人間行動の不合理さとその原因が紹介されます。Whyにあたる部分です。
・第3部は、「さてどうする?思考のあやまちを乗り越える」として、5つの章で対策を提示します。Howの部分です。
・ストーリーとその分析、間に行動経済学の紹介がコラムで挟まるという、お金に関する行動経済学の気軽な読本と言うべき本です。

③どこが役立つか
・金融教育はどうあるべきかを考えているなかで手に取った一冊です。
・「お金に関する決定で問題にすべきことは、機会費用と、購入物から得られる真の利益と、他のお金の使い道と比べて得られる真の喜びだ」という、著者の結論は、それ金融教育だ、投資教育だと流されがちな私たちの原点をしめすものとして吟味してみる価値ありと思われます。
・本書で取り上げられている多くの事例(例えば最後通牒ゲームなど)は、行動経済学の世界ではポピュラーなものとなっています。アメリカの事例なので日本の文脈ではすこしちがっているかもしれませんが、授業の中でこのように使えるのだ、このように分析できるのだという、手がかりを与えてくれるでしょう。

④感想
・原文のタイトルは、“Dollars and Sense”なので、訳本のタイトル『無料より安いものもある』は訳者が考えたものでしょうが、なかなかセンスが良いので感心しています。
・それでも、「There is no such thing as a free lunch.」は真理ではないかと思ってしまいました。
・③で引用した著者の結論に納得。

(経済教育ネットワーク  新井 明)

①どんな本か
・京都大学の歴史学者による、チャリティを通したイギリス史の本です。
・通常のイギリス史とは異なって、イギリスに根付いている(寄付金額は対GDP比にして日本の4倍)チャリティ文化から、イギリス近現代史を読み解こうとするユニークな新書です。

②本の内容は
・全体は4章仕立て。
・第一章では、「世界史における他者救済」として世界のチャリティの歴史とイギリスのそれを対比してイギリスの個性を分析します。
・第二章では、「近現代チャリティの構造」として、イギリスの近現代の歴史をチャリティから概観します。
・以下、それをさらに詳細にして、第三章では自由主義の時代、第四章では帝国主義の時代を扱い、最後に第五章で20世紀から現代を扱うという構成です。
・歴史書ですが、社会保障の学習のなかの社会福祉の場面での参考書として読まれると良いかと思います。

③どこが役立つか
・役立つ面は二つです。
・一つは、歴史記述の方法として、三つのライトモチーフ、①困っている人に対して何かをしたい、②困っている時に何かをしてもらえると嬉しい、③自分の事でなくとも困っている人が助けられている光景には心は和む、をイギリス史のなかで実証的に検討して記述している点です。
・ここではライトモチーフとなっていますが、社会問題を追究する際に仮説をたて、それを実験や観察、データをもとに証明してゆく方法に通じます。そのような研究の方法論のヒントを得ることができます。
・もう一つは、イギリスにおけるチャリティの歴史の具体的様相を知ることができる点です。
・特に、公民の教科書の社会福祉の箇所では必ず登場する、「エリザベス救貧法」や「ベバリッジ報告」の登場する背景やその後の変遷、それをイギリス人がどのように受け止めたのかを知ることができます。

③感想
・丁度授業で社会保障を扱うので、手に取りました。
・授業では、映画『オリバーツイスト』の一部を見せて、救貧法(新救貧法)の時代をイメージさせて、福祉の話を展開しています。そんな授業構成の肉付けになるなというのが実利的な感想です。
・もう一つは、「ひっぱたいてやさしくする」という人間の二面性を著者が大英帝国のチャリティの特質として指摘しているところが、単なる歴史記述を超えた著者のチャリティや人間に対する熱い思いを感じさせました。
・管前首相が、「自助-共助-公助」と発言して、問題になりました。これは、厚労省の文書にも、教科書にも出てくる文言、序列ですが、共助の部分をもっと厚くすることが今の日本の課題かと感じています。

(経済教育ネットワーク  新井 明)

①どんな本か
・ベストセラーとなったノーベル経済学賞受賞者リチャード・セイラーらの本『実践行動経済学』の著者の一人である法哲学者サンスティーンの最新の著作の翻訳です。
・サブタイトルが「ナッジからはじまる自由論と幸福論」、本の腰巻きには「サンスティーン先生のナッジ・コンビニ開店!」とあります。

②本の内容は
・全体は10章に分かれています。
・第1章のイントロダクションは行動経済学も含めた行動科学の概論からはじまり、以下、行動経済革命(2章)、自分で選べば幸せになれるのか?(3章)、政府(4章)、誤り(5章)、判断(6章)、理論と実践(7章)、厚生(8章)、自由(9章)、進むべき道(10章)と続きます。
・本文は翻訳でも140ページほどなので、まさに、「コンビニエンスストア」のように、行動科学の包括的な内容がコンパクトにまとめられています。
・それでも、第4章までは、比較的ていねいに行動経済学の概説、ナッジとそれを使った政策の具体例などが扱われます。
・第5章以下は、10ページ程度で、ナッジによる判断例、政策に対する批判への反論、原理的な注釈などが扱われています。

③どこが役立つか
・入門となっていますが、これはミスリード。メルマガで以前に紹介した、例えば大竹文雄先生の『行動経済学の使い方』(20年5月号)や、『サクッと分かるビジネス教養行動経済学』(21年7月号)などの概説本を読んだうえで、もっと原理的に行動経済学を深めてみたいという先生方、特に、高校で「公共」を来年から担当する先生にお勧めの本です。
・タイトルが行動経済学ではなく行動科学となっていて、「人間の厚生=福祉」がテーマと著者自身が書いています。行動経済学も含んだ、広くかつ原理的な問題を扱っているところが、倫理系の先生にも役立つ内容です。
・サンスティーンは、オバマ政権の行政管理予算局でナッジの設計を担当するなど実務経験をもっているので、公共政策でナッジがどのように使われているのか、アメリカの例になりますが、個人の意思決定場面だけでないナッジの活用部分を知ることができます。

④感想
・正直、「入門」「コンビニ」にだまされたと思いました。でも、内容は、サンスティーンのこれまでの活動の総括的なものなので、ここで紹介しておこうと思った次第。
・サンスティーンは、多作で、憲法論、法哲学、民主主義に関する論考、生命倫理、情報論など多方面での著作があることを改めて知りました。
・ちなみに、オバマ時代の活動を書いた『シンプルな政府』(NTT出版)は、エッセイなので、気軽に読めるし、アメリカ政府内の行政官の様子、政府と議会との関係などがよくわかるので、ナッジと公共施策を具体的に知りたい場合は、こちらの方がオススメかもしれません。

(経済教育ネットワーク  新井 明)

①どんな本か
・2020年に起こった京都ALS嘱託殺人とコロナ禍で発生した人工呼吸器トリアージという事態に対して、死生学や生命倫理学の研究者や当事者や支援者が、コロナ禍に集まった三回の緊急集会の記録です。
・集会では、提唱者の宗教学者の安藤泰至先生(鳥取大学)と、上智大学グリーフケア研究所長の島薗進先生(上智大学)が毎回報告され、それぞれの会で、ALS介護の当事者でNPO法人を立ち上げた川口有美子さん、安楽死・尊厳死言説の研究をされてきた立命館大学の大谷いづみ先生、障がいをお持ちのお子さんの介護をされてきたフリーライターの児玉真美さんの報告が行われました。

②どんな内容か
・全体は三部に分かれています。
・第1部は、初回の記録で、「京都ALS嘱託殺人と人工呼吸器トリアージ」のタイトルで、安藤先生の「「安楽死」「尊厳死」の危うさ」、川口有美子さんの「ALS患者の「死ぬ権利」?」、島薗先生の「医療が死を早めてよいのか?」の三つの報告が収められています。
・第2部は、二回目の記録で、「「安楽死」「尊厳死」言説といのちの学び」のタイトルで、安藤先生の「コロされる/殺すのは誰か?」、大谷先生の「<間>の生を聴く/<間>の生を語る」、島薗先生の「いのちの選別をめぐって何がおきていたのか?」の三つの報告と、ディスカッションの記録が収められています。
・第3部は、三回目の記録で、「「死」へと追い詰められる当事者たち」のタイトルで、安藤先生の「生命倫理問題における「当事者」の再考」、児玉真美さんの「家族に「殺させる」社会をいきる」、島薗先生の「医療資源について語るとき考えなければならないこと」の三つの報告とディスカッションの記録が収められています。
・それぞれの会の趣旨と発言者の紹介は、それぞれの部の「はじめに」の箇所で、島薗先生から簡潔に述べられています。

③どこが役立つか
・中学校の道徳や、高校の公民で、<いのち>の授業を行う前に参照して欲しい本です。
・新科目「公共」でも、「現代社会」に引き続いて、生命倫理が扱われ、「いのちの選別」「延命治療」「安楽死」「医療資源」「トリアージ」などの言葉が登場してきています。それらの言葉がうわすべりにならないためには、当事者の言葉をじっくり聴いて、それらの言葉の持っているバイアス、価値観を吟味したうえで、授業を組み立てることがもとめられます。その時の参考になる本です。
・また、「公共」では、思考実験が取り入れられて、「トロッコ問題」など多くの事例が教科書に登場していますが、無批判に思考訓練ということで<いのち>に関わる事例を取り入れることへの歯止めにもなるでしょう。
・経済学では資源は人間が使えるものすべてを包摂する概念として使用されているため、<いのち>も資源として扱ってしまうこと、限られた資源の配分の基準には功利主義の価値観があることなどから、医療資源配分は比較衡量でよいということになってしまいます。
・現実にも、それは進行していて、その具体例が、本メルマガ21年6月号で紹介した『命に<価格>をつけられるのか』で多数紹介されています。
・そのような動向に対する、当事者や<いのち>の問題の研究者からのアンチテーゼが本書では展開されていると受け止めることができるでしょう。
・特に、終末医療では、医者から行動経済的なナッジが行われると、ある種の誘導となり、Noとは言えないスラッジになってしまうこともあります。ここでは、言葉の言いかえも含めて、<いのち>の問題、医療と行動経済学の関係を考えるためにも、重要な指摘がされています。

④感想
・第2章に登場する大谷いづみ先生は、かつて都立高校に勤務をされていたこともあり、紹介者の研究仲間でした。
・ポリオサバイバーでもあり、過労で骨折をされたことと、大学でのハラスメントの被害が重なり、現在は車イスがないと生活できない状態で研究と教育活動を続けられています。
・新井がディベートに取組んでいた時に、安楽死の是非をテーマにしたことに対して、あれかこれかで、追い込んで答えをださせるような教育は暴力的であり、<いのち>の教育にはならないという批判をうけました。
・この本のなかでも「あれかこれかの究極の選択に追い込み、追い込まれて答えを見いだすことではなく、第三の道を探るための「問い」に、「問い」を立て直すこと」が必要だと書いてありました。変わらない問題意識をもっていることが確認できて、うれしく思っています。
・私たちも「第三の道」があるかどうか、それはどんなものか、「問い」を自らになげかけたうえでの授業づくりに励みたいと、改めて思いました。

(経済教育ネットワーク  新井 明)

①どんな本か
・都市研究や世代研究をしている筆者による現代日本分析の本です。
・15年前に『下流社会』という本を書いて、その後も定点観測的に日本の社会を文化面から分析してきた著者の最新作で、2020年11月にアンケート調査をした結果を分析した本です。
・社会学的に現代日本はどう捉えるか、ジャーナリスティックな観点から捉えることができます。

②どんな内容か
・全体は5章に分かれています。
・第1章は、「オワコン日本」というタイトルで、調査結果の概略と現代を象徴する消費面からのまとめが書かれています。
・第2章は、「「ニセ中流」の出現と日本の「分断」」というタイトルで、中流意識を分析するなかで、生活満足度や人生観、日本への認識が紹介されます。
・第3章は、「「強さ」を求める時代」というタイトルで、安倍政権8年間を支持した層の分析が行われています。
・第4章は、「ユーミンはなぜ泣いたか?」のタイトルで、同じく安倍政権を支えた層の日本認識と下流なのに安倍政権の評価が高い人々の分析が行われています。
・最後の第5章は、「さよなら、おじさん」のタイトルで、若者が東京に集中する理由、地方の活性化のケーススタディが紹介されます。

③どこが役立つか
・緻密な社会学による分析というより、マーケッティングリサーチの手法による、現代日本の分析です。したがって、教科書では扱いにくい、階層意識、政治意識など多くの調査項目が列挙されて分析されています。その生々しさから、授業にリアルな感覚、いわゆる世間の風を吹き込むことができるでしょう。
・かつて一億総中流社会といわれていた日本社会に分断の亀裂がはいっていることは世上指摘されていますが、アンケートデータをもとに、その実態が、全体が停滞、縮小しているなかでの「ニセ」中流意識であることを抉っている箇所は注目です。
・安倍政権の支持層分析は、教室に持ち込むことはできないでしょうが、現在進行している保守化の背景に関して、データをもとにした鋭い分析がなされているので、定型的な政治学習を打ち破るヒントが得られるかもしれません。

④感想
・著者の三浦氏のリサーチは、パルコの『アクロス』という雑誌を編集している時代から注目していました。
・路上観察とアンケートなどのデータをもとに、バブル期の日本の若者を分類、その特徴と彼らの将来を予想したレポートを、当時スタートした「現代社会」の授業の資料として使ったことを想い出します。
・分析が東京中心になりがちなのが難点ですが、その分析力はまだ衰えていないと感じました。なかでも、安倍夫妻はクリスタル族のなれの果てという分析には笑ってしまいました。

(経済教育ネットワーク  新井 明)

①どんな本か?
・新教科「地理総合」を担当する先生向けの、地理に経済の視点を加えた経済地理の本です。
・特に、地理学を専攻していない読者、歴史や公民担当の先生が免許状をもっているでしょうということで「地理総合」を教えなければいけなくなった先生方を念頭において、地理の専門領域である地図や統計だけでなく歴史や経済という隣接分野も同時に学べる本となっています。

②どんな内容か?
・全体は大きく二部わかれていて、前半は「GISを知って活用しよう」と後半「日本の素顔を地図で読む」で構成されています。
・前半の「GISを知って活用しよう」では、
1 「GPSとGISの違い」で、GPS(全地球測位システム)とGIS(地理情報システム)の違いが紹介されています。
2 「身近なGISの活用事例」で、地理院地図、RESAS,今昔マップon the webの三つのGISの活用事例が紹介されています。
3 「GIS地図で何ができるか、どんなことが読み取れるか」で、二つの事例が紹介されています。
4 「GIS地図はどのようにつくるのか」で、無料のソフトウエアMANDARAを使っての様々な活用例が紹介されています。
・後半の「日本の素顔を地図で読む」では、
全国を8つの地方(九州・沖縄、中国・四国、近畿、中部、関東、東北、北海道)にわけ、それぞれの地域の特色が最初の4ページで紹介され、それをふまえて特徴的なトピックが地方ごとにとりあげられるという構成になっています。

③どこが役に立つか?
・「地理総合」を担当しなければならなくなった高校の先生向けには、前半のGISの箇所が直ぐに役立つでしょう。
・実際にこの本の記述にそって、自分で地図やグラフを表示してみて習熟したら、自分なりのテーマでさらに習熟してゆくことで、指導の手がかりがえられるはずです。
・なかでも、RESASとMANDARAは地理の学習だけでなく、公民でも十分に使えるソフトですので、本業の公民経済の授業での活用まで広げることができると思われます。
・中学校の先生方には、新学習指導要領の「C日本の様々な地域」の学習に際して、地理院地図の活用部分と、後半の各地方のトピックが直接授業で使える箇所になるでしょう。
・トピックの箇所では、歴史や公民との関わりにも注目した事例(例えば、隠れキリシタンの里、大阪の水運など)が選ばれています。また、効率と公正、社会資本などの概念が登場していますので、地理の学習のなかで公民へのつながりを意識させることができるようになっています。
・なお、地理学習では高校でも中学でも、日本地誌だけでなく、世界の地域の学習や国際理解に関係した世界地誌の学習がもとめられています。それに対しては、本書の源流となった「経済地理検討委員会」が作成して、日本経済教育センターからアップされている「グローバル社会を生き抜くために」と「マジで知りたい 日本あっちこっち」という二つの教材パンフが役立つでしょう。

④感想
・地理の専門教育をうけてこなかった評者にとっては、まず面白い本だったというのが最初の感想でした。特に、後半の各地の取り上げ方には思わず感心するものが多くありました。
・次に感じたのは、前半のGISの解説と活用方法の箇所が役立つという印象です。特にRESAS、MANDARAはこれを使って探究学習ができるぞという感想を持ちました。ちなみに、RESASには現在、コロナに関する情報を集めたV-RESASという欄があり、ホットな情報を直ぐに使えます。
・最近は地図帳が使えない先生が増えているということを、ベテランの中学の先生から聞きました。このような読み物としても面白い本からヒントを得ながら、地図にも教材の選択にも習熟してゆくのためのおすすめの本ではと思いました。

(経済教育ネットワーク  新井 明)

①どんな本か?
 ・経済学の研究と教育に半生をささげてきた著者がが、これまでに実感してきたことを若い世代に伝えたいという思いで書かれた本です。
 ・経済学の方法論から、経済問題の改善や解決を考えるために知っておかなければならないことを述べた、いわば碩学による広い意味での経済学方法論とでもいうべき本です。

②どんな内容か?
 ・全体は6章からなっています。まずタイトルを紹介しておきます。
 第1章 まずは控えめに方法論を
 第2章 社会研究における理論の功罪
 第3章 因果推論との向き合い方
 第4章 曖昧な心理は理論化できるか
 第5章 歴史は重要だ(History Matters)ということ
 第6章 社会研究とリベラル・デモクラシー
 ・第1章では、方法論が持つ矛盾、問いの大切さ、観察、文献の重要さ、論文を書くときの作法、書き方などが「控え目に」と言いながら、ストレートに扱われています。
 ・第2章では、グランドセオリーのプラスとマイナスということで、リカードの比較生産費説が取り上げられています。ドグマにならないための人間観や比較の重要性などが触れられています。また、行動経済学のプロスペクト理論も取り上げられています。
 ・第3章では、原因と結果の関係の理論である因果推論が取り上げられて、因果を逆転させるような「思い込みの罠」から脱出するには、明快なテキストを、ゆっくり考えながら(楽しみながら)読むよりほかはないと指摘しています。
 ・第4章では、心理の理論化が扱われています。行動経済学は直接ここでは言及されておらず、おもに「期待」に焦点が当てられていますが、当然、行動経済学の近年の普及が念頭にあったことは想定できます。
 ・第5章では、日本的経営の柱と言われてきた終身雇用の捉え方を紹介して、安易な一般化をするなと警告を発します。また、ジャヤレット・ダイヤモンドなどが提唱している経路依存性の問題も扱われています。
 ・第6章では、科学研究と政治の関係から、マーシャルのcool head, warm heartの解釈、完全競争市場の考え方、競争の捉え方などが扱われ、最後に、スコットランド啓蒙やハイエクの議論をもっと高く評価すべきと結論づけます。

③どんなところが役立つか
 ・授業に直接役立つ部分は少なくとも、私たちが授業を行うときに当たり前にすすめてしまっている比較生産費説の説明、完全競争市場の条件、日本的経営の説明など、本当にそれでよいかを振り返ることができます。
 ・比較生産費説、完全競争市場などの経済理論には、「強い仮定」があること、それを無視して説明したり、そのまま政策に反映させたりしようとすると疑問や無理が生じることが本書では指摘されています。その部分を読むだけでも十分価値ありです。
 ・研究に関しては、「自分が問うたこと、知りたいことを徹底的に調べ、証拠を挙げつつ筋道を立てて推論し、人を納得させる作業だ」と言います。これは、私たちが教育を行うときの心構えに通じるものでもあり、生徒が探究活動を本当に取組む時に伝えるべき姿勢ではないかと思います。
 ・他にも服膺すべき多くの指摘があります。その多くは、アリストテレス的「中庸」に満ちています。リベラル・デモクラシーの社会は、われわれの知識が不完全である限り、パッチワークでもよいから「どうにか切り抜ける」ことによるしかなく、「抜本的改革」のかけ声(政治や経済だけでなく教育でも同じ)には注意が必要だという指摘など、昧読したいところです。

④感想
 ・個人的に、著者の主張に共感を覚えて、著作を読んできた評者にとって、本書は新書であっても、その総括にふさわしい本ではないかと思いました。
 ・本書を手に取ったら、同じ中公新書の『戦後世界経済史』や『経済学に何ができるか』を手に取って見ることをすすめます。音楽に興味のある向きは、この夏に出た『社会思想としてのクラッシック音楽』(新潮選書)もどうぞ。
 ・アリストテレスは別として、ヒューム、ハイエクなどはなかなか高校までは取り上げられることがない思想家ですが、経済学も経済だけでなく、広く人文学(Humanities)を踏まえたリベラル・アーツであるべきという著者の言葉を噛みしめたいと思いました。

(経済教育ネットワーク  新井 明)