執筆者 金子幹夫

1.はじめに
 先月は、篠原総一先生による「授業のヒント『捨てネタの効用』」シリーズ④を現場の教師がどのように解釈したのかという一例を示してみました。1億円とか1兆円という大きな金額を肌感覚で捉えるには?という提案でした。
 今月は「捨てネタの効用⑤ 価格」と「捨てネタの効用⑦ 貨幣の本質」の2つに注目します。価格や貨幣の授業について皆さんと共に考えていきたいと思います。

2.捨てネタの効用⑤・⑦の核心
 捨てネタの効用⑤のテーマは「価格」です。需要や供給を決める条件をゲーム機購入を例にして説明しています。教師が、商品を買おうとする行為を教えようとするする場合、次の条件を整理する必要があるという内容でした。
 その条件というのは①商品のどこに魅力があるのか? なぜその商品を買う必要があるのか? ② 買おうとしている商品のライバルはどの商品か?魅力を比較した結果はどうか? ③ 価格を比較をするとどうか? ④私はいくらまで支出することができるのか?という整理です。
 供給側についても同じように整理することができます。具体的な説明は「捨てネタの効用⑤」をご覧ください。
 捨てネタの効用⑦のテーマは「貨幣」です。人はなぜお金を欲しがり、依存してしまうのかという問いをきっかけにヒントが示されています。教師は、「貨幣のなぜ」に対する考え方を学ぶことで、お金について肌感覚で教えることができるという内容です。
 ここで発信されているメッセージは次のことだと解釈しました。第1に、経済の主役は私たちであり、その私たちの暮らしを支えているのが「モノ」であることです。第2に、モノとモノの取り引きを支える基盤を担っているのが貨幣だということです。
 貨幣はモノとモノを交換する権利書のような役割を果たす仲介役にすぎないと捉えることで金融を適切に教えることができるという内容でした。
(参考リンク先・・捨てネタの効用⑦

3.貨幣や金融をモノの経済と関連させて教えるには?
 捨てネタの効用⑤と⑦を読み、次のような授業をしたことを思い出しました。実践後に「何かが足りない」と感じていた授業でした。今月号がちょうどよい機会だと受け止め、改良することなくそのままにしておいた実践を公開してしまおうと決めました。
 授業は次のように進みます。高校生対象の経済の授業です。
 ① 教師が生徒一人ひとりに封筒(定形郵便、長形3号サイズ)を配付します。
 ② 生徒が封筒の中を見ると、カードがたくさん(20枚)入っています。
 ③ 1つひとつのカードにはお菓子の絵(写真)が描いてあります。
 ④ よく見ると20枚のカードは皆同じ絵が描かれています。
 ⑤ 生徒は隣の人がどんなカードを持っているのか気になり情報交換を始めます。
 ⑥ すると隣の人が自分とは異なるお菓子の絵が描かれているカードを持っていることに気づきます。隣の人がもっている20枚のカードはすべて同じお菓子の絵でした。
 ⑦ 教室の中で生徒同士の情報交換がはじまります。「わー、あなたは○○のカードを20枚持っているんだ。わたしは△△のカードを20枚持っているよ」というようにお菓子の名前が飛び交います。
 ⑧ そこでワークシートです。「もしもこのカードが本物のお菓子と交換できるとします。満足度を10段階で表してください」と問いかけます。10が「ものすごく満足している」、0が「まったく満足していない」、中間の5が「まあまあ満足している」と目安を示します。
 ⑨ ところで、配付したお菓子のカードにはどのようなものがあるのでしょうか?
   次のようなものを配付しました。「歌舞伎揚」、「カントリーマアム」、「チョコパイ」、「ブラックサンダー」、「一口サイズのチョコ(個包装されているもの)」、「ムーンライトクッキー(2枚一組で個包装)」、「白い恋人(個包装)」、「鳩サブレ」です。
封筒の数は均等ではありません。「一口サイズのチョコ(個包装されているもの)」が入った封筒を多めに配付してあります。
 ⑩ 満足度を記入したら「もっと満足度を上げるにはどうしたらいいでしょうか?」と質問します。
 ⑪ いろいろでてくる発言の中から「交換」という言葉をキャッチします。
   ※ 「交換」という用語は必ず出てきます。
 ⑫ 「それでは『交換』を安心して行うために先生はどのような役割を演じたら皆さんの役に立ちますか?」と発問します。
いろいろとリクエストが出されますが、「先生は見張っていて」というものと「あれこれ口を出さないで」という意見が出されます。
 ⑬ 生徒のリクエストを聞き入れた教師は「それでは教室内を自由に動いていいので交換を始めてください。時間は10分です。」と指示を出します。
 ⑭ 生徒同士の交換が始まります。教師が注目するのは「一口サイズチョコ」の動きです。この「一口サイズのチョコいくつと○○のお菓子」を交換する、という場面が多く見られるからです。「えー、あっちではチョコ2つでブラックサンダー1個と交換できたのに、あなたはチョコ3つを要求するのか?」といった交渉場面を見ることができます。
 ⑮ 制限時間終了後、再び満足度を⑧と同じ方法で表現してもらいます。
 ⑯ ⑧の結果と⑮の結果を板書します。
   次に交換比率について発言してもらい、その内容を板書します。
   一口サイズのチョコ2つ=カントリーマアム1つ
   一口サイズのチョコ3つ=歌舞伎揚1つ
   一口サイズのチョコ4つ=チョコパイ1つというイメージです。
 黒板が生徒の発言でいっぱいになりましたら、次はデータ分析です。板書からどのようなことを読み取ることができるのでしょうか?

4.生徒の発言から教師が教えたいことをつかみ取る
 予備知識を必要としない発問は教室を活発にします。
 例えば「歌舞伎揚をもっていた方はどのようなことを考えましたか?」という発問に対して生徒は次のように語ります。
 ・歌舞伎揚だけでつまらなかったので何かと交換しようと思った。
 ・歌舞伎揚ひとつと交換できそうなのはカントリーマアム2個?白い恋人2個?
 ・いろいろなものと交換する機会を増やすために、手元に一口サイズのチョコをもっていると便利。
 生徒の発言からつかみ取りたいことは次のようなことです。 
 第1は、自分の持っているお菓子と他者がもっているお菓子との魅力の違いです。第2は、お菓子とお菓子の交換比率が適切かどうかということです。第3は、自分が持っているお菓子で相手がもっているお菓子を手に入れることが可能かどうかということです。
 ここに「捨てネタの効用⑤」で示された相対価格や実質所得の考え方に近いものがあると考えました。

5.貨幣を貨幣として教えないということは?
 次に交換を続けている中で「一口チョコ」がほかのお菓子と交換できる権利をもつ便利なものになっていることに気づかせます。ただチョコには欠点があります。それは暑いと溶けてしまうことです。いつでもどこでも交換できる便利なものにはなりきれません。
 この部分が貨幣と異なることを生徒に言ってもらいたいです。そして生徒はチョコが交換するときの仲介役である(捨てネタシリーズでは「仲介役にすぎない」と書かれていました)ことを知ります。どのお菓子が欲しいのかを決めるのは、主役としての生徒自身です。

6.次の学習につなげるしかけ
 授業と授業との間にはつながり(ストーリー)があります。本実践を次の授業につなげる手がかりは前述した授業展開⑫にあります。
 教師が演じるのは「見張り」と「あれこれと口出しをしない」ということでした。これは生徒に言ってもらいたい言葉です。この発言を、「政府の役割」や「自由競争」という考え方につなげた授業ができるのではないかと思います。
 生徒が生活や行動の中で感じ取ったことを、どのように教科書記述につなぐことができるのかを考えた一例でした。
 
7.改良の余地あり
 この授業案は、2013年に経済教育ネットワークのワークショップで発表した授業案が元になっています。まだまだ改良できそうなところがありそうなのですが、ピカッと光るアイディアが降ってこないまま年月だけが経過してしまいました。
「先生のための経済教室」や「部会」などでお目にかかった際にいろいろとご意見を伺うことができればうれしいです。今月はここまでです。
(金子幹夫)

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