①どんな本か
 30年前に『歴史の終わり』でリベラリズムの勝利を謳いあげた政治思想家が、左右からの攻撃によってゆらぐリベラリズム=自由と民主主義の現状とゆくえを述べた本です。

②どんな内容か
 「この本は、古典的リベラリズムの擁護を目的としている」と冒頭に記された「序」をはじめとして、全10章で構成されています。
 第1章で、リベラリズムの定義を法の支配として、現代の政治体制を「リベラルな民主主義」と規定して、そのゆらぎを提起します。
 第2章と第3章では、そのリベラルな民主主義が、ネオリベラリズムによって極端化し、さらに攻撃されている状況を分析し、ミーゼスやハイエク批判を展開します。
 第4章と第5章では、こんどはマルクーゼらの左派からの批判とそれに対する反批判が述べられます。
 第6章、第7章は、新しい動向としてフェミニズムなどアイデンティティの政治を主張する左派が認識の相対主義に陥ってしまっていることを批判し、さらに、情報化による言論の自由の危機を訴えます。
 第8章から10章までは、左右の批判にさらされている「リベラルな民主主義」に代替案はあるかと問い、結論的には古典的リベラリズムの再確認と批判への処方箋を提示しています。

③どこが役立つか
 「公共」を教えている先生方には、ここで登場してくる思想家の多くが教科書でも登場していますから、教科書と現実政治との関わりを確認することができるでしょう。
 ちなみに、登場する思想家は、ホッブス、ロック、ヘーゲル、マルクスなど古典的な人物から、ソシュール、デリダ、フーコー、サイード、ロールズ、ノージックまで多彩です。
 また、本文を読んでゆく中で、先生自身の政治的、思想的立ち位置を確認することができるでしょう。
 教育の中立性によって、現代では教員自身の思想を語ることが出来にくくなっていますが、語らずとも、自分がどの思想的立場の人間なのかを改めて見直すことも必要かと思います。
 さらに、第7章で取り上げられているネット上のプライバシーや言論の自由の危機に関連して現代の政治社会が直面している課題に関して、原理的かつ具体的に知ることができるでしょう。

④感想
 タイトルは誤訳ではないかと思いました。原文は“LIBERALISM AND ITS DISCONTENTS”ですから「リベラリズムとその批判者たち」くらいになるのではないかと思います。「への不満」ではリベラリズム擁護の趣旨が生かされていません。もっともdiscontentは「不満」ですから「批判」とするとこれも誤訳になりそうですが、読後感から言えば、この程度の飛躍は許されるのではというのが紹介者の感覚でした。
 とはいえ、批判なら正面切った論争が成り立ちますが、不満だとどこかで爆発する可能性もあり、この本では取り扱われていない、「声にだせない閉塞感を抱えている若者」をどうリベラリズムが包摂できるかということも考えてしまいました。
 もう一つ思ったのは、日本の学習指導要領はフクヤマ流のリベラリズムで作成されているなということです。その意味では、歴代の教科調査官は、昔は左派から今は右派からの不満に対して、ぎりぎりの対処をしてきたなという感想を持ちました。

(経済教育ネットワーク 新井 明)
 

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