経済教育ネットワーク  新井 明

 今月は、ロシアのウクライナ侵攻を踏まえて、教室で生徒に「この戦争はどうなるの?どうすればよいの?」と問われた時、どのように生徒に伝えたら良いか経済教育の観点から考えてみます。

(1)社会科、公民科の授業が問われる
 ロシアのウクライナ侵攻が始まってから1ヶ月余。毎日報道される戦争の様子をみて生徒は胸を痛めているのではないでしょうか。
 侵攻がはじまったのが2月下旬だったこともあり、授業で戦争の話をしたり、生徒から問いかけがあったりすることは少なかったかも知れません。
 しかし、4月からの授業の場面では、何らかの言及は避けられないだけでなく、原発の占拠、核攻撃準備の指令など地球的規模での危機を招く寸前までの事態に教科として何らかの応答が必要になっていると思われます。
 教科書にでてくる事項が、暗記のためではなく、リアルな形で先生方にも生徒にも投げかけられていると言って良いでしょう。

(2)戦争は多面的である
 戦争は、クラウゼビッツの「戦争は他の手段をもってする政治の継続にすぎない」という有名な言葉があるように、政治学習がメインの場面となります。従って、戦争を政治面から見ることが圧倒的に多いはずです。
 ウクライナに関していえば、ロシアとウクライナの政治的緊張、それをとりまくNATOという軍事同盟との関係などがそれにあたるでしょう。戦争の前後の外交交渉も政治の重要場面です。
 戦争は政治だけではなく、多くの面から捉えることができます。
 歴史から見ると、ロシアとウクライナの切っても切れない歴史的な関係がわかります。また、今回避難民を多く受け入れているポーランドとウクライナの関係も歴史的に見るとそう簡単ではないことが浮かび上がります。
 ウクライナの歴史をたどると、何度も今回のような包囲戦や民衆の被害、飢饉や虐殺を受けている国ということが分かり、民族の苦難という言葉が出てきます。
 地理から見ると、最近注目の地政学的な捉え方ができます。ウクライナ南部のクリミア半島、東部のドネツク、黒海の地政学上の双方の国にとっての重要性が注目されます。
 ほかにも、ロシアの戦争犯罪という面の国際法から見ることもできるし、人権の観点からも、文化の観点からも、イデオロギーの観点からも、情報社会の観点からもウクライナ問題を捉えることができます。
 
(3)経済からはどう見るか
 今回、ロシアに対してはG7の国々が経済制裁を行っています。これは需要面、供給面の経済のグローバル化に対応した措置です。特に、サプライチェーンのどこか一つでも切断することで、企業活動がマヒしてしまうのが現代で、それを見越しての対応です。そういう戦略的な対応も大事ですが、ここでは、もっと原理的に戦争と経済に関して押さえるべき観点をまとめておきます。
 経済では生産の三要素という概念が登場します。
 ヒト、モノ、カネです。最近はそれに加えて情報も入れる事がありますが、今回は捨象しておきます。戦争を遂行するには、この三つの要素を見てゆくことで、ある程度の推移が予測できます。

 まず、ヒトから。
戦っている兵士に注目します。その国の兵士が徴兵制なのか志願制なのかによって力量が変わります。また、どれだけのヒトを準備しているか、その数値も重要なファクターになります。
ヒトを兵士にした場合の機会費用についても考えるべき要素です。戦争をやらなければどれだけのモノが作れるのか、豊かさがもたらされるかその金額です。
さらに重要なのは、ヒトのモラルです。その闘いがどれだけ正当性を持っているか、正義にかなっているかは戦争の行方も左右する要素になります。
 もちろん、教育による洗脳で正義の戦いであると刷り込まれているヒトは自分の行為に疑問をもつことはないかもしれませんが、それでも人道に反する行為は戦場でもあるはずで、覚醒が起こる可能性があります。
 現代の戦争は、兵士だけでなく民間人も巻き込まれます。その犠牲、被害を金額にして見つめるのも経済の観点になります。

 次は、モノです。
 モノは、兵器の物量になります。これも、量と質の面から検討する必要があります。いかにヒトのモラルが高くともモノがなければ戦えません。爆弾に竹槍は通用しないということです。モノを支えるのが技術であると同時にカネになります。モノでも使ってはいけない兵器があります。現代では核、生物・化学兵器、クラスター爆弾などの非人道的兵器がそれにあたります。

 三つ目のカネです。ここが経済でのメインです。
 腹が減っては戦ができません。兵士に食糧を、武器を与えなければ戦争には負けます。戦争を準備するカネをどこから出すか、また、戦いが長引いたときにどのようにカネを出し続けることができるか、財政の問題になります。
 ちなみに、ロシアの今回のウクライナ侵攻にかかる一日の費用は2億ドルを超えると推定されています。名目GDPが日本の約3分の1の1兆7000億ドル程度のロシアにとって戦争の長期化はカネの面から耐えられなくなる可能性があります(日経新聞3月24日記事、およびIMFデータより。ただし戦費に関しては諸説あり)。
 そういった戦争にかかるカネを国民から取り立てる場合は、増税や戦時国債の販売があります。かつてのように敗戦国から賠償金をとってそれを積み立てておく方法もあります。持続可能にするには外国からの援助を受けたり、借金をしたりしながら戦う方法もあります。また、カネを作ることも戦費の調達の手段です。
 今回のロシアとウクライナをこの三つの概念から比較してみてください。
 ここでは細かいデータを示しませんが、例えば、外務省のHPの各国情報をチェックして基本的なデータを押さえた上での比較検討が求められます。ちなみにウクライナは以下。
 https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/ukraine/index.html
 もう一つ、経済から戦争を見るとき、特に今回のウクライナ侵攻に対するロシアへの経済制裁、政府のカネと指導者の取り巻きのカネを枯渇させようとする作戦にも注目しておきたいものです。
 さらに、国際決済からの締め出しなどに関しても検討が必要になりますが、かなり専門的になるので、ここでは指摘だけにしておきます。

(4)では、どう教えるのか
 経済を中心にして戦争をどう語るか。特に、ウクライナ侵攻をどう理解して生徒に伝えるのか。
 まずは、経済を離れて、具体的に語ることです。新聞記事や映像などを用いるのが一番ですが、具体性をさらに深めるには、戦争の中の一人一人のヒトに注目することだと思います。ウクライナ人だけでなく、ロシア人もそこに入れておく必要があるでしょう。生身の人間が傷つけ合って、殺し合っていると言う現実から目をそらさないこと。これが一つの突破口です。
 さらに、戦争の多面性のなかのどれかに焦点化して、それを多角的に扱うことが求められます。多角的というのは、教える人間なり、生徒の立ち位置を確認して、そこからだけでなく、別の視点からの見方を紹介することです。その際には、今回の侵攻をロシアによるウクライナに対する「いじめ」とみたてて、ロールプレイをしてみるのも一つの方法になるかもしれません。
 そして、感情を、(3)でとりあげた要素の検討を通して「勘定」からも見る視点を加えられれば、戦争の多面性を理解できるのではと思われます。

 今の生徒の情報発信能力から見て、学校を離れて個人でSNSを使っての運動や寄付の呼びかけなどを行うこともあるでしょう。
 今回のウクライナ侵攻では、世論の形成が戦争を止めるまでにはゆかないにしても、一定の力を持つことも明らかになっています。
 学校でできること、やらなければいけないことを考えながら、ごまめの歯ぎしりでもよいから、戦争をやめさせるための教育、平和を求める教育をすすめたいものです。

・今回のコラムで参考にした文献:
 黒川祐次『物語ウクライナの歴史』中公新書、小泉悠『現代ロシアの軍事戦略』ちくま新書、ポール・ボスト『戦争の経済学』バジリゴ、小野圭司『日本戦争経済史』日本経済新聞出版、日経新聞3月24日付記事 

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