経済教育ネットワーク  新井 明

(1)手書きのレポートが提出された
 今年の夏休みの宿題は二種類だしました。
 一つは、必修として『レモンをお金にかえる法』の続編(マクロ経済編)の翻訳。もう一つが、自由課題として、夏前の授業で十分時間がとれなかった株式会社に関する調査レポートです。
 後者は、自分が関心を持っている企業に関して、その経営者、大株主、株価の推移、社会的貢献などを調べて、どんな特徴のある会社かをレポートさせるもので、提出は自由ということで課しました。
 夏明けに回収。必修はさすがにほぼ100%提出。自由研究の提出率は1割強でしかありませんでしたが、びっくりするレポートが出てきました。
 それは、手書きの「任天堂」(A4版12枚)に関する研究レポートです。

(2)大学生のレポートに近い
 このレポートでは、「コロナ禍でできた暇な時間を気軽に潰す方法として任天堂の経済面での需要が高まったのだと私なりに考えた」として任天堂の分析が行われています。
 内容は、任天堂の歴史、現在の製品、経営陣の分析、現在の取組み(eスポーツなど)からはじまり、任天堂の経済状況が詳しく分析されていました。
それぞれの項目の説明の間には、貸借対照表の紹介や入金と支払いサイクルの図などが挿入されて、商学部などでの財務分析のレポートに近い内容です。
最後のまとめ、感想の箇所では、「任天堂の経営状況について調べてみて、非常にたくさんの経済に関する専門用語について深く調べることができた。…調べ学習を経て、新しいことを学ぶ事ができて、とても充実した有意義な機会になった」と、教師を泣かせるような言葉が書いてありました。
私のコメントは、「脱帽」です。

(3)なぜこんなレポートが登場したか
 「自由研究は親の研究」という言葉があります。
 「自由研究」と称しても、テーマ設定や調査などは親の手助けが大抵は入っているものです。時には、宿題代行業者が介在することもあります。
 今回のレポートも当初は、それを疑いましたが、読んでゆくうちに、自分の言葉、自分なりの分析がされている箇所がたくさんでてきて、ヒントは誰かが与えたとしても、自力のレポートと思わざるを得ませんでした。
 なぜ、こんなレポートが登場したのか。本人の関心もあるでしょうが、このレポートが手書きであるところにその秘密の一端があるように思いました。
 12枚をぎっしり手書きにしていること、それがこの生徒の情熱とテーマに対する真剣な取組みを象徴しているというのが私の判断です。

(4)昔にもあった、それが…
 実は、手書きのレポートに関しては、思い出があります。
 30年ほど前にディベート授業をはじめた時に、夏休みにディベートのテーマに関するレポートを書かせていました。
 その時の秀逸なレポートが、今回と同じ手書きのレポートだったのです。その時は、B5版52ページ(ただし1行おきに書けという指示だったので実質はその半分)でした。テーマは「歴史教科書問題について」。
 内容も優れていましたが、なにより、力業の素晴らしさでした。
 それが、インターネットで簡単に検索ができ、ワープロが普及してゆくにつれて、レポートの質が目に見えて低下してゆきました。
 異動した先も、学力的に高い生徒集団がいる学校だったのですが、こんな程度のものしか出てこないのかと嘆くようなものが多数出てきて、指導の限界を感じて、ディベート準備は夏の宿題ではなく、時間内でのグループワークにしてしまいました。
 その後も、大学生も含めて、久しく、コピペのレポートばかり見てきた年寄り教師に、手書きのレポートは新鮮でした。

(5)ハイブリッドの世界へ
 今、調べ学習が盛んにすすめられています。
 タブレットが一人一台準備されて、調べることが比較的たやすくできるようになりました。
 それにあわせて授業形態だけでなく探究活動も変わらざるを得ません。私たち自身だって、新聞の縮刷版を積み上げて、データや記事を探すことはなくなりました。
 今更手書きの時代に戻ることはないし、それは現実的でないことは言うまでもありません。実際、30年前のレポートのソースは、新聞、書籍でしたが、今夏のレポートのデータのソースは全部ネットからのものでした。
そうであっても、デジタル化の大波のなかで、アナログでの手書きという力業をしたこと、また、時にはさせることの教育的な意味はなくならないように思います。
 その意味では、板書、ノートチェック、レポート課題などアナログ教育は大変ですが、学びに向かう主体性を確認するために残しておいて、それ以外の場所ではデジタル授業をすすめるというハイブリッド方式がこれからの授業のスタイルになりそうです。
 私も時にはデジタル時代に抗って、手書きの手紙を知人や友人に書くことも必要かと思うことがあります。ただ、ちょっぴり残念なのは、もはやその手紙がラブレターではないことですが。

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