①どんな本か?
 ・経済学の研究と教育に半生をささげてきた著者がが、これまでに実感してきたことを若い世代に伝えたいという思いで書かれた本です。
 ・経済学の方法論から、経済問題の改善や解決を考えるために知っておかなければならないことを述べた、いわば碩学による広い意味での経済学方法論とでもいうべき本です。

②どんな内容か?
 ・全体は6章からなっています。まずタイトルを紹介しておきます。
 第1章 まずは控えめに方法論を
 第2章 社会研究における理論の功罪
 第3章 因果推論との向き合い方
 第4章 曖昧な心理は理論化できるか
 第5章 歴史は重要だ(History Matters)ということ
 第6章 社会研究とリベラル・デモクラシー
 ・第1章では、方法論が持つ矛盾、問いの大切さ、観察、文献の重要さ、論文を書くときの作法、書き方などが「控え目に」と言いながら、ストレートに扱われています。
 ・第2章では、グランドセオリーのプラスとマイナスということで、リカードの比較生産費説が取り上げられています。ドグマにならないための人間観や比較の重要性などが触れられています。また、行動経済学のプロスペクト理論も取り上げられています。
 ・第3章では、原因と結果の関係の理論である因果推論が取り上げられて、因果を逆転させるような「思い込みの罠」から脱出するには、明快なテキストを、ゆっくり考えながら(楽しみながら)読むよりほかはないと指摘しています。
 ・第4章では、心理の理論化が扱われています。行動経済学は直接ここでは言及されておらず、おもに「期待」に焦点が当てられていますが、当然、行動経済学の近年の普及が念頭にあったことは想定できます。
 ・第5章では、日本的経営の柱と言われてきた終身雇用の捉え方を紹介して、安易な一般化をするなと警告を発します。また、ジャヤレット・ダイヤモンドなどが提唱している経路依存性の問題も扱われています。
 ・第6章では、科学研究と政治の関係から、マーシャルのcool head, warm heartの解釈、完全競争市場の考え方、競争の捉え方などが扱われ、最後に、スコットランド啓蒙やハイエクの議論をもっと高く評価すべきと結論づけます。

③どんなところが役立つか
 ・授業に直接役立つ部分は少なくとも、私たちが授業を行うときに当たり前にすすめてしまっている比較生産費説の説明、完全競争市場の条件、日本的経営の説明など、本当にそれでよいかを振り返ることができます。
 ・比較生産費説、完全競争市場などの経済理論には、「強い仮定」があること、それを無視して説明したり、そのまま政策に反映させたりしようとすると疑問や無理が生じることが本書では指摘されています。その部分を読むだけでも十分価値ありです。
 ・研究に関しては、「自分が問うたこと、知りたいことを徹底的に調べ、証拠を挙げつつ筋道を立てて推論し、人を納得させる作業だ」と言います。これは、私たちが教育を行うときの心構えに通じるものでもあり、生徒が探究活動を本当に取組む時に伝えるべき姿勢ではないかと思います。
 ・他にも服膺すべき多くの指摘があります。その多くは、アリストテレス的「中庸」に満ちています。リベラル・デモクラシーの社会は、われわれの知識が不完全である限り、パッチワークでもよいから「どうにか切り抜ける」ことによるしかなく、「抜本的改革」のかけ声(政治や経済だけでなく教育でも同じ)には注意が必要だという指摘など、昧読したいところです。

④感想
 ・個人的に、著者の主張に共感を覚えて、著作を読んできた評者にとって、本書は新書であっても、その総括にふさわしい本ではないかと思いました。
 ・本書を手に取ったら、同じ中公新書の『戦後世界経済史』や『経済学に何ができるか』を手に取って見ることをすすめます。音楽に興味のある向きは、この夏に出た『社会思想としてのクラッシック音楽』(新潮選書)もどうぞ。
 ・アリストテレスは別として、ヒューム、ハイエクなどはなかなか高校までは取り上げられることがない思想家ですが、経済学も経済だけでなく、広く人文学(Humanities)を踏まえたリベラル・アーツであるべきという著者の言葉を噛みしめたいと思いました。

(経済教育ネットワーク  新井 明)

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