①どんな本か?
 ・高校の授業でも取り上げられ始めている「最後通牒ゲーム」を切り口にして、その「謎」(違和感)をさらに深掘りをして、進化心理学から行動ゲーム理論を解説しようとする入門書です。
 ・高校生も読める入門書となっていますが、誰でも読める専門書を同時にめざしてたため、著者もあとがきで言っているように、一般向けの部分と注釈一杯の専門書という二冊分の内容になってしまったという本です。でも、それだけ一粒で二度おいしい本です。

②どんな内容か?
 ・全体は6章からなっています。これも目次を紹介しておきます。
 第1章 謎解きの道具
 第2章 ホモ・エコノミクスを探して
 第3章 「目」と「評判」を恐れる心
 第4章 不公平への怒り
 第5章 脳に刻まれた“力”
 第6章 進化の力
 ・第1章では、行動経済学と進化心理学の概説と本書の構成が書かれています。
・第2章では、最後通牒ゲームの紹介と理論値と実験結果が違うこと、それがなぜそうなるのか、問題提起がされます。
・第3章以降はその謎解きとなります。ここでは、まず「分ける人」側からの分析と独裁者ゲームの実験など各種実験が紹介されます。サブタイトルは「なぜ独り占めしようとしないのか?」。
・第4章は、今度は「受取る人」の心理を分析します。アンフェアが許せない心理を様々な事例や実験から読み解きます。サブタイトルは「なぜ損をしてまでノー!と言うのか」。
・第5章で、進化心理学の知見が紹介されます。サブタイトルは「裏切り者は、見つけられ、覚えられ、広められる」というちょっと恐ろしいもの。
・第6章はまとめの章で、最後通牒ゲームの謎を「適応合理性」という概念でまとめます。つまり、一見不合理に見える意思決定でも経済人がもつ合理的な意思決定と矛盾するものではないという結論です。

③どこが役立つか?
 ・来年度からはじまる「公共」では、思考実験として囚人のジレンマやトロッコ問題が教科書に登場しています。最後通牒ゲームも授業のなかで取り上げる先生もいることと思います。そんな際にでてくる生徒の疑問に、この本は応えてくれるはずです。
 ・ネットワークが先頃発信した、コロナ教材のなかで、分類1(人権、法など)に区分した、1-1「コロナ禍と同調圧力」、1-2「コロナ禍の帰省を規制するには?」を取り上げる場合、本書の第3章が参考になると思います。「自粛警察」も第5章のコラムで取り上げられています。
 ・同じく、分類8(財政)での、特別定額給付金を巡る効率と公正の8-1から8-4までの教材、分類9(国際経済)の9-1ワクチン債の教材などは、直接最後通牒ゲームを扱っていませんが、利他性と利己性が判断に絡む問題なので、参考になると思われます。
 ・中学校では、道徳の授業で最後通牒ゲームをやってみることで、利己性と利他性を考えるきっかけとなるのではないでしょうか。

④感想
 ・最初にも触れましたが、高校生でも読める本です。また、専門的な知識を確認するためにも使えます。「もっと勉強したい方へ」の文献案内も役立ちそうです。そんな工夫が生きている本だと感心しました。読みやすいけれど、程度を落としていない、全力投球の本です。
 ・特に、感心したのは、「おわりに」の箇所での、著者の現在までの経歴が書いてある箇所です。経済学部出身ではないこと、大学(東大)にもぐりで受講した経済学の講義がきっかけで大学院に進学したこと。三人のお子さんを育てながら研究を続けてゆく際の迷い、そのなかで出会った進化心理学によって研究の新たなステージへ、というプロセスは読者に勇気を与えることでしょう。
 ・同じく「おわりに」にある、「小さな疑問をただひたすらに深掘りしてゆく、ふるえるような楽しさを少しでも感じてもらえれば」という言葉は、先の猪木先生の研究に対する姿勢と共振して、共感すること大でした。

(経済教育ネットワーク  新井 明)

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