執筆者 千葉県立津田沼高等学校 杉田 孝之

(1)評価研究のきっかけは突然に
 ついに私も定年まで残りあと数年となった。
そんな私が、定年までの課題を、評価と授業の質的研究とした。
きっかけは二点である。新学習指導要領で導入される三観点評価への対応を考えなければならない外的事情もあったが、残された時間の最後の最後まで、自らの授業を改善させ、生徒にとって学びがいがある時間を提供してゆきたいと思ったからである。そのためには私自身が評価に向き合う必要があると考えたのである。
 もう一つは、ある学会のプロジェクトで、モデル授業を開発し、この授業の単元に関するルーブリックも作成せよとの課題を受け取ったことである。私は単元全体のルーブリックを作成したが、ルーブリックの書きぶりが今一歩はっきりせず、これではダメだ、もっときちんと評価と向き合わなければと思ったことである。
その過程で、参考文献に記した現在は富山県氷見市で活動されている吉田英文氏の研究との出会いと学び合いがあったことも大きい。

(2)学校現場は評価ばかりに時間をつぎ込めない
 評価を自らの授業設計に導入し、授業改善の資とするために、まずは、学期に1回程度のルーブリックを作成することを目標とした。
毎回作成しないという目標を立てたのは理由がある。
現場は常に時間に追われており、評価研究ばかりでは他に影響が出る。例えば、読書や活字に向き合う時間の確保である。確保した時間での読書や、新聞を毎日眺めながら、生徒にとって学びがいがある授業設計をしなければならない。
 ルーブリック、パフォーマンス評価などの評価はあくまでも生徒の学習意欲を上げるための道具であり、その道具を使って授業改善がはかることが最大の目的だ。
教科教育の先進校である附属高ではなく、普通の公立高校で、平均的な教員ならば誰でもルーブリックを作成できるような環境が望ましいが、その環境作りは簡単なものではないからである。
つまり、評価研究ばかりに限られた研究時間をつぎ込まない姿勢が必要なのである。
結局、2020年度は、1学期に1回、2学期に2回、計3回(一年必修の「現代社会」の経済概念、働き方改革の単元、三年理系選択「現代社会」のいのちの授業の時間)のルーブリック作成にとどまったが、さしあたりは、それでも十分と考えている。

(3)ルーブリックづくりの難しさ
 ルーブリックを作成して気づいた一番大きなことは、私自身がルーブリックの作法すら理解していなかったことが分かったということである。
大変お恥ずかしい話で恐縮だが、今まで高等学校の授業実践で評価を語ること、研究会で議論することにほとんど意義がないと考えていたつけが回ったのである。
 周知のことと思うが、ルーブリックとは、多様な生徒の作品を採点する指針、評価基準と定義される。
ルーブリックは、数段階の「尺度」とこの尺度に示された評点、標語に対応するパフォーマンスの特徴を示した「記述語」からなりたっている。
 新学習指導要領における三観点の評価でも、ルーブリックを作成する際、この記述語の設定が難しい。特に難しいのは、学びに向かう人間性の記述語である。
例えば、知識・技能では、十分満足とする「尺度」を測る記述語として「…を複数挙げ、説明している」等、量的にルーブリックの記述語を作成することは比較的簡単にできる。
思考・判断・表現についても、「…を活用して、複数の事例を挙げて、根拠を述べながら判断している」等、量的な記述語であれば、比較的簡単に記述できる。
 しかしながら、量的評価ばかりでは、質的評価としての完成度はまだ低いと言わざるを得ない。学びに向かう人間性を評価するために、作品やパフォーマンスなどの特徴をいかした記述語はどうあるべきかの研究が欠かせないし、十分とは言えないからである。
さらに新学習指導要領の目的に合致させるためにも、評価用語である「多面的・多角的」の言葉の定義を、生徒に伝える必要もある。
ルーブリックを作成する過程で気づいたのだが、「現代社会」などで、「多角的」に関しては、異なる立場から分析させられるが、問題は「多面的」である。どのような「…面」を想定し、考えさせるのかが、意外にも難しかった。

(4)変化はまず学習指導面に現れた
 ルーブリックを活用して実践する授業では、単元の最初にルーブリックを予め生徒に提示し、生徒にどのパフォーマンスに対し、ルーブリックを作成したのかを伝達する必要がある。
 つまり、単元の終了後に、作品(レポート)を評価するので、それを予め理解した上で、単元全体の授業に参加しろと指導するのである。
ルーブリックを用いた評価は、単元全体の評価で活用しても問題ないが、作品や発表などのパフォーマンスの評価のみでもOKであり、むしろルーブリック初心者にはそれが望ましいのではなかろうか。  

(5)レポートの量と質が変わる
 ルーブリックを作成することで、私自身が評価規準(学習目標)、学習内容の設定、この2点をうまくストーリー立てて指導するための総括(成果と課題)がしやすくなったと実感している。
それを反映して、生徒も、いわば学習目標を忖度しながらレポートを書くので、レポートの量が格段に増えた。
なかでも、経済概念を活用して自らの生活が変化した、視野を広げられた等とコメントし、具体的な変化をも記述する生徒が、昨年度のルーブリックを作成せずに求めた同単元のレポートより格段に増えたのである。
つまり、生徒も評価規準(目標)と評価基準(スケール=尺度)がはっきりして、予め評価が提示されるので、学習内容と向き合いやすかったので、量と質の面での、この成果がえられたのではと考えられる。

(6)量から質への課題
 これだけだとサクセスストーリーで「授業が変わった、生徒も変わった」であるが、ルーブリックでの評価には危険性も伴うと考えている。
第1に、過度にルーブリックに対し生徒を忖度させると、特に学びの主体である生徒の自由な学びが、ルーブリックの範囲内でしか、身につかない可能性がある。
第2に、評価の三観点の「学びに向かう人間性」などは、まさに授業者に対し、過度に忖度する主体性を育むリスクを持っているのではないかと危惧する面もある。
第3に、作品やパフォーマンス評価にしろ、生徒を評価する営みは、推薦入試などの評定を通して、生徒の将来に直接影響を与える影響がないとは言えない。
これらの危惧にもかかわらず、先にも触れたが、むしろ評価する側である私自身が、評価基準/規準の設定や問いの設定など、評価と向き合い、ルーブリックを作成したことによって、さらに授業が改善しつつあることを実感していることは事実である。
普通の公立高校でもルーブリック作成が日常化し、学習目標や学習内容、評価基準の量的、質的な記述語が提示されれば、生徒から授業者側が想定しなかった新たな「問い」や質の高い学びが生まれる可能性も考えられる。
そのためにも、これからもルーブリックを作成し記述語の完成度をさらに高め、生徒一人ひとりの学びに目が行き届く、授業改善を追求してゆきたいと考えている。

 参考:吉田英文(2009)「社会科におけるパフォーマンス評価と形成的支援-ルーブリック作成過程の分析を中心に-」日本社会科教育学会第59回全国研究大会発表資料

(メルマガ 147号から転載)

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