アビジット・バナジー&エステル・デュフロ著『絶望を希望に変える経済学』日本経済新聞出版

内容の概略
・発展途上国の開発問題や貧困、教育問題の解決のためのランダム化比較実験を通した研究によって2019年のノーベル経済学賞を受賞した三人(上記二人の他マイケル・クレマー)のうちの二人による受賞第一作と銘打たれた本の翻訳です。
・ノーベル経済学賞といえば、新古典派の経済学者の受賞者が多いのですが、この三人は開発経済学という貧困や格差を対象とするジャンルの研究者であると同時に、若い(50代、40代)経済学者の受賞は、驚きをもって迎えられました。
・その受賞者の二人が書いた本が、紹介する『絶望を希望に変える経済学』です。

・内容は、以下のとおりです。
1 経済学が信頼を取り戻すために
2 鮫の口から逃げて
3 自由貿易はいいことか?
4 好きなもの・欲しいもの・必要なもの
5 成長の終焉
6 気温が二度上がったら…
7 不平等はなぜ拡大したか
8 政府には何ができるか
9 救済と尊厳のはざまで
結論 良い経済学と悪い経済学

・2と4のタイトルがちょっとわかりにくいのですが、2では移民問題が、4は、政治システム、差別、情報など社会生活全般が取り上げられています。そうすると、内容的には、移民、自由貿易、差別、成長、地球環境、不平等という現代の課題が取り上げられている事がわかります。
・そして、最後に政府の役割が問われるという内容です。
・つまり、この本は現代世界、そして在住しているアメリカの重大問題を経済学者としてどのように考えているかをストレートに書いた本ということになります。

(3)授業で使えるところ
・中学でも高校でも、現代社会の諸問題の箇所のテーマに関する授業準備の書として使えるでしょう。
・ただし、これをそのまま生徒に読ませるとか、資料として提示するためではなく、授業者がそれらの問題をまず自分の頭で整理し、問題意識を研ぎ澄ますためのテキストとすると良い本です。
・例えば、7の不平等では、ラッダイトというタイトルでAIによる失業増大の懸念から話がはじまり、自動化の制御問題、そこから転じて新自由主義による再分配政策、トリンクル理論、ハイテク革命によるネットワーク効果、金融界の高額報酬、税率問題、タックスヘイブン…と続いていきます。
・内容豊富で、著者の論理を追いかけるだけでも大変ですが、それでも、包括的に現代の格差問題の発生から現状までを考える手がかりは提示されていることがわかります。
・そこからそれぞれのエピソードに関する教科書の記述を比較して、現実を提示することができるでしょう。

(4)感想
・原著のタイトルは、Good Economics for Hard Timesです。自分たちの経済学はGood Economicsとされています。当然、批判の対象はBad Economicsで新古典派の経済学や新自由主義政策を主張するエコノミストです。
・自分たちをGoodとする点で、ある意味すごい自信であるとともに、それだけ現代がHard Timesであり、パラダイムの転換が求められているということでもあるということでしょう。
・それは、「ごく最近の経済学研究の成果には、目を見張るような有益なものが実に多い。テレビに登場する「エコノミスト」の軽々しい説明や高校の教科書の古くさい記述しから知らない人は、きっと驚くに違いない。」という記述からもうかがえます。
・また、「かつて存在していた社会契約が急速にほころび始めている」という指摘や、「持てる者」と「持たざる者」との対立が深まるばかりという焦燥感にも似た問題意識に共感するところが大いにある本でした。
・それ以上に、「最新の成果は、重要な議論に新しい光を投げかけてくれると信じる」という著者に、経済学者としての矜持と希望を感じさせる本でした。                                                 (経済教育ネットワーク 新井 明)