執筆者 新井明

大阪部会報告にもありましたが、日本取引所グループが鹿島茂氏の監修で 『日本経済の心臓~証券市場誕生!』(集英社)という本を刊行しています。今月は、その本を手がかりに金融の授業づくりについてヒントを提供したいと思います。

(1)『証券市場誕生!』の内容
 本書は、大きく三部に別れています。
 一つは江戸期、二番目が明治・大正期、三番目が昭和戦後です。
 江戸期では、大阪の堂島のコメ市場が紹介されます。そこでのコメ取引の実態、コメ切符の登場、それを使っての先物取引、これは世界初の証券先物市場といわれていますが、その様子などが詳細に紹介されます。
 カラーの図版では、中高の教科書にも掲載されている堂島のコメ市場の広重の浮世絵も掲載されています。絵の解説では、取引終了時に取引をやめない仲買人にひしゃくで水をかけているという説明があり、そういう風景だったのだということが納得できます。
 また、情報をいち早く知るための伝達の方法、コメ飛脚、旗振り通信の紹介など、授業のネタになりそうなエピソードも取り上げられています。ちなみに、旗振り通信では、堂島から京都までは4分でコメの値段が伝わったということです。
 明治期では、政府公債の売買から証券市場が始まり、東京株式取引所の設立を巡る多くの関係者の努力が紹介されてゆきます。また、鉄道ブームと証券市場、売買方式、シマの風俗、建物の変遷などが紹介されてゆきます。
 戦後は、戦時下の取引など普通ではあまり注目されていない部分や、経済民主化のなかでの証券市場の再開までのエピソード、バブル期の立会売買場の熱気が伝わるレポ-トなど興味深い話が展開されています。

(2)証券市場を巡る人物像
 本書で注目したいのは、証券市場を巡る人たちの紹介でしょう。
 江戸期では、酒田の本間家の二人の人物、本間光丘と本間宗久の対比が印象的です。情報を活用してコメで大もうけをした投機家宗久の数奇な人生と、対照的に投機を禁じて宗久を追放して酒田での事業と地域の発展に全精力を注いだ投資家光丘の生き方の違いは、現代でも通用する二つの証券に対する姿勢として考察に値する事例です。
 明治期になると、糸平、島清とよばれた田中平八、今村清之助ら明治初期の経済人が登場します。かれらが横浜での生糸や洋銀取引から証券市場の形成者となってゆくエピソードは、起業家は、時代を読む力とともにアニマルスピリットの持ち主でなければならないことがよく分かる事例でしょう。もちろん、渋沢栄一、五代友厚などの有名人も紹介されていますが、教科書には出てこない人物に注目しながら証券市場の形成を見てゆくのも経済史の大事な視点かもしれません。
 戦後期では、GHQのバンカー大佐と川合玉堂ら日本画家との係わりなど、占領下ならではのエピソードにかかわる人たちの動きが興味深いものがあります。

(3)どんなところが使えるか
 江戸期の堂島のコメ市場の取引方法など現代に通じる取引の実態は高校なら利用可能です。特に、先物取引に関しては現代の金融取引の説明のなかでも登場しますが、なかなか生徒には理解しがたい部分です。この本では、歴史を踏まえた具体の取引が紹介されているので、使える部分になります。
 もう一つは、明治期の日本の近代化に証券市場がどのような役割を演じたかの部分です。日本銀行を中心とした金融市場に関しては教科書でも取り上げられていますが、維新直後の貿易取引と市場、産業革命時の起業家たちと証券市場の関係なとは、歴史を通して経済を学ばせるという視点から、やはり使える部分とるでしょう。
 また、戦後の新円交換と集団売買、財閥解体とその株式の売却問題、さらには証券民主化のなかの「株式民主化運動」などの部分は、これまであまり注目されてこなかった部分で、戦後の経済成長の証券面から注目させるという使い方ができると思います。

(4)多角的・多面的に
 授業のネタを仕込むネタ本として活用するも良し、掲載されているカラーの写真を見るも良し、コラムで一息つくも良し、なかなか良く出来た読本といます。
望むらくは、江戸時代で言えば江戸の蔵屋敷、札差などを通したコメ価格形成や金融との対比、明治以降での直接金融と間接金融の対比などのデータや事例などがあるともっと多角的・多面的に活用ができるかもしれません。また、索引があると本としての活用度が違ってくると言えるでしょう。
 一般書籍としてアマゾンなどから購入できます。学校図書館などに入っていると生徒が読んで興味をもつかもしれません。

(メルマガ 115号から転載)

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