執筆者 新井明

 新学習指導要領では、多角的・多面的に考えるという言葉が頻出します。では多角的に考えたり、多面的に考えたりするにはどうすればよいか。立場や視角を変えて物事を見てみるということになります。
そのうち、頭のなかで立場や視角を変えて考えるのが思考実験になります。それに対して、実際に、立場を変えて動いてみるというのがロールプレイ、一つのモデルから数値例を変えて計算したり結果を予測するのがシミュレーションであると大きく理解しておけば良いでしょう。

(2)どんな事例を想定しているか
 この思考実験という概念をはじめて登場させたのは19世紀オーストリアの科学者であり哲学者でもあるエルンスト・マッハという人物です。
そんなあまり一般には知られていない、すくなくとも高校「倫理」の教科書に掲載されていない哲学者の使う用語が学習指導要領の本文に登場してきたというわけです。ちょっと困った事態ですが、その背景を探るよりも具体的な事例は何なのかを探る方が生産的です。
 では、どんな思考実験の事例があるか。おそらく一番古い思考実験は「アキレスと亀」の話かもしれません。最近では、サンデルの本で有名になった「トロッコ問題」あたりだろうと思われます。ロールズの「無知のベール」もその例といえるでしょう。
学習指導要領の作成者の意識としては、「囚人のディレンマ」、「共有地の悲劇」なども例として入れているかもしれません。さらに、「アファーマティブ・アクション(性別や人種などの格差解消のための積極行動主義)」なども思考実験の事例として頭のなかには想定されているかもしれません。

(3)おすすめの本とコラム
 最後の「アファーマティブ・アクション」に関連して、最近、面白い本を入手しました。『女性の視点でつくる社会科授業』学文社、という本です。ネットワークメンバーの升野伸子先生(筑波大学附属中学)が編著者の一人で、同じく塙枝里子先生(都立府中東高校)も著者に入っている本です。
 この本の中のコラムにHKTの「アインシュタインよりディアナ・アクロン」という秋元康作詞の歌が取り上げられていました。
 この歌のなかの、「女の子はかわいくなきゃね」という歌詞を逆にしてみようと生徒にしかけてゆくのは、コラムの著者升野先生です。
 これって、学習指導要領の言う多角的・多面的に物事を見るという格好の事例であり、かつ、女性と男性の役割をかえて頭のなかで考えてみるという思考実験そのものを授業のなかで展開している例といえるでしょう。

(4)思考実験から現実へ
 コラムのなかでは、「男の子はかわいくなきゃね」という逆転から、「何か変」という思いをいだかせ、さらにそこからジェンダー問題を引き出し、その克服を提案させるという授業の流れが紹介されていました。頭のなかの思考実験から現実の課題解決の構想をもとめるというなか面白い授業です。
同じような思考実験から現実を考える事例は、政治学習でも、経済学習でも可能です。
その際には、頭のなかの演繹的な操作で出てきた知見を、現実問題とすりあわせてもう一度リアルの風を授業へいかに持ち込むのかが課題になります。でも、そこまできちんとした授業設計がなくとも、とにかく立場を逆転させて考えてみるという程度でよいから、思考実験をどんどん取り入れることによって教室の空気のながれは変わればしめたものです。

(メルマガ 111号から転載)

Tags

Comments are closed

アーカイブ
カテゴリー