執筆者 新井明

 「音読」、「手書き」ときたので次は「暗記」のすすめです。とはいえ、「暗記」は悪役であり、読解力をつけるために、本当に「暗記」をすすめてよいかは正直難しい面もあります。ヒントなので、これをもとに議論がすすむとよいかとも思っています。
 実は、筆者は「暗記」が苦手です。それが何より証拠には、例えば、英単語がある程度以上になるとなかなか覚えられませんでした。英文も同じです。
 筆者の受験生時代よりちょっと後に『英文基本700選』という本があり、それを暗記すれば英語は合格といわれる時代がありました。事実、1980年代の東大合格者のほとんどがこの本と、同じ著者による『英文解釈教室』という本を利用していたという伝説すらあります。

 単語に関しては、その昔、赤尾の英単とよばれている『英語基本単語集』という本があり、その後には、『出る単』(関西では『しけ単』、正式には『試験にでる英単語』)と呼ばれる本もありました。これらを暗記のために使った受験生は多いはずです。もっとも赤尾の英単では、aの次がabandonでちょっとしたブラックユーモアになっていました。
 今は、こんな暗記中心の英語学習法は否定されていますが、だからといって英文の読解力が上がったかどうかは難しい評価になります。

 暗記に関しては、漢文の教師が、白文をつかって生徒に暗記をさせ、音読のテストをやっていたという例も筆者の現役時代には身近に見ていました。それで漢文の読解力がついたのかはやなり疑問ですが、それでも、こんなことをやらされたという記憶はのこっていることでしょう。
 もっと身近な暗記の例は、百人一首。これは現在も健在の暗記ものになります。ほかには、年代の暗記。いまや「いいくに」はなくなっているとのことですが、それでも、年号や地名の暗記を必死にやっている生徒たちは多いはずです。
 暗記がなぜ否定されるか。それは、単なる記号として覚えても意味がないからです。例えば、アダム=スミ⇒国富論⇒見えざる手、と暗記しても単なる記号では、経済の理解に全く理解に結びつきません。大事なのは、文脈の中で覚えること、それが出てきたときに、引っかかりを感じることです。「なんだろうこれは」という疑問がでてくればしめたものです。スミスの三大話をストーリーで語るための準備として暗記させるなら、そこから話が展開できる作業になります。
 中学公民分野や「政治・経済」では、さすがに今は少なくなったかもしれませんが、日本国憲法の全文を暗記をさせる先生がいました。これも、効用としては、暗記をしている中で憲法前文が、なんて複雑な文章の構造なんだろうと、「あれ?」と思いながら暗記することがあると、その成立の秘密の謎に接近することになるかもしれません。

 その意味では、暗記は批判的精神、クリティカルシンキングと結びつくと、力を発揮するといえるでしょう。それと、暗記をするための集中力、覚えるための工夫など、暗記をめぐっては読解力の周辺にある人間の理解をめぐる様々な要素が動員されることが推定されます。このあたりは、認知心理学などでの研究の蓄積がたくさんあるのではと思われます。
 さて、経済の読解力をつけるために必要な暗記事項にはどんなものがあるのでしょうか。メルマガ読者の推薦の箇所をお聞きしたいところです。

(メルマガ 109号から転載)

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