執筆者 新井明

 十八番と書いて「おはこ」と読みます。「じゅうはちばん」と呼んでもいいのですが、これだとちょっと芸がない感じです。
 由来は、歌舞伎の七代目市川團十郎(江戸時代化政期の人です)が得意としていた十八の出し物から、得意な芸を意味するようになったということです。
 私たち教員もこの十八番の得意ネタ、教材をもちたいと言うのが今月の話です。

 もちろん十八もネタをもっている先生は、よほどのベテランでない限り無理な話です。せいぜい、三つか四つ、これを出せば生徒が必ず乗ってくるとか、このテーマにはこのネタだぜ、というものを持っているだけでも上出来です。
 実例をあげます。
 非常勤で出ている大学での最近の講義のなかの話です。

 政治学習の組み立て方というテーマの導入に「ケーキの分け方」を紹介しました。これは筆者の十八番のネタの一つです。
 二人の兄弟(姉妹)がショートケーキをできるだけ平等に分ける方法は?という話です。参加している学生は、なんでこれが政治の話と戸惑い、また、質問の意味が分からないというような表情をしますが、なんとか答えを引きだします。
 最初に、「じゃんけん」、「力づく」がでてきます。「一口ずつ順番に食べる」という答えを出す学生には、「兄貴が一口で半分以上食べたらどうする?」突っ込みます。彼いわく、「そしたら喧嘩だ」。
 できるだけ平等にという条件を強調すると、「ミキサーにかけてはかりで均等にする」という答えも出てきました。
 「私いちごが嫌いだから、いちごはあげて、ケーキの部分は多くもらう」と言う答えを出した女子学生もいます。逆に、「いちごがもらえればあとはいい」という学生もいます。
 しめしめ、予想通りの答えがでてきたと私。これらの回答を黒板に書いた後、おもむろに「実は、正解があるけれど、この中にはない。正しい答えはなんだろう?」と再び問いかけます。この時、正解を知っている生徒がいると、価値は半減しますが、この時はだれも知らなかったようです。
 不思議な顔をしている学生の前に、「私が答えを言ってはつまらないから、調べてごらん」と言ったら、学生曰く「それはないから、ヒントが欲しい」。
 私「ヒントは、切る人、とる人だよ」。
 それを聞いた学生の中から、「ああそうか」という声が上がり、「わかる人?」と聞いたら3人の手が上がり、答えを聞いたら。正解。
 その時の、学生さんたちの顔が印象的。本当に、気づいた時の「ああそうなんだ」という表情を見せました。

 あとは、なぜこれが政治の学習の冒頭なのか、ケーキは何を象徴するのか、政治的資源、その分配、自然権、万人の万人に対するたたかい、ホッブス、社会契約と話を展開しました。また、この問題は経済の学習の一番最初でも使えるとの話もしてゆきました。
 この講義では、学生諸君の素朴な反応が印象的でした。これなら中学生、高校生でも政治学習、経済学習の冒頭に使えるし、すぐれもののネタだということが実感できた瞬間でした。

 この種の、テーマの本質に接近できる十八番のネタをいくつか持っているだけで、授業の導入に余裕ができるはずです。
 同種の筆者のネタには、「世界はどこから来た?根源(アルケー)は何?」という倫理での十八番のネタもあります。(この問いには、学生曰く「夜、眠れなくなりそう」)
 また、ゲームでは、昨年の12月号で紹介したようなMV=PTを下敷きにしたヘリマネのシミュレーションなどもあります。
 もっと有名どころでは、サンデルの十八番「トロッコ問題」があります。他には、「ガソリンスタンドの行列問題」、「80:20の社会が良いか50:50の社会が良いか?」、「囚人のディレンマのじゃんけんゲーム」などを十八番ネタにしている先生方もいると思います。
 この種の、十八番ネタを先生方と共有するのがネットワークの役割。七代目にはなれずとも芸のある従者になるための情報交換を続けたいものです。
ちなみに、ケーキ問題の正解は、新井他『経済の考え方がわかる本』岩波ジュニア新書のp136~をお読みください。(宣伝ですみません。) (新井)

(メルマガ 101号から転載)

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