執筆者 新井明

 日本銀行がマイナス金利を導入して、にわかに経済でマイナスの理解の必要 性が注目されるようになっています。マイナス金利に関する本格的な意味の解説に関しては専門のエコノミストに任せるとして、ここではもっと基本的なマイナスについて考えてみたいと思います。

 そもそも、マイナス、負の数は理解そのものが難しい側面を持っています。なにしろ、負の数が概念として登場して、それが普及してゆくのに1000年近くいやそれ以上かかっているという歴史からもそれが言えます。
 負の数の概念を発見したのは誰かに関しては諸説あります。ゼロの発見と同じインド人ともされていますが、中国では紀元前から負の数の理解はあったとも言われています。
 ゼロや負の数がインドから、アラビアを経てヨーロッパに渡ったのは12世紀ルネサンスとよばれる時代です。ヨーロッパでは信仰上の問題もあり、やっと16世紀になって負の数の利用が普及し始めてゆきます。

 この歴史を見るだけでも、負の数、マイナスの理解は一筋縄ではいかないことが理解できるでしょう。

 さて、生活の中でのマイナス、負の数ですが、プラスが実生活で実感として素直に理解できるのに対して、マイナスはイメージの転換が必要になります。
 例えば、100円利益が上がった、+100円は実感としてすぐ理解できます。それが-100円の利益が上がったと言われると、頭の中で利益の反対概念は何かを探し、そこから損失という概念を取り出して、やっと-100円の利益は、100円の損失だとなるわけです。
 経済では、赤字、黒字という形で、正負の数が入ってきます。これは何とか理解できます。でも、マイナスの価格という概念はなかなか難物です。

 マイナスの価格を私たちが理解できる形でいち早く登場させたのは、林敏彦先生の著『需要と供給の世界』に、ごみの価格をグラフで説明した箇所からだと思います。ごみという財(bads)にマイナスの価格をつけることで、お金をつけて商品を販売(供給)するという逆転の世界が紹介されています。
 この記述、読むと説得的ですが、それを生徒に理解させるのはなかなか難しいし、なにより先生方に納得させることは難しいことが猪瀬武則先生がつとに述べられていたことです。

 とはいえ、今回のマイナス金利も、次のようなステップを踏めばなんとか理解できるかもしれません。
 一つは、金利が、厳密さは欠けるけれど、シンプルに一定期間にお金を借りる時の使用料、価格であると考えます。(ここで時間の経済学が入りますが、今回はそこでマイナスをすぐには考えないことにします。)
 二番目に、概念の逆転を説明します。普通はお金を借りるとプラスの価格が付き、借りた人が金利を払い、貸した人は金利を受け取るという行為が行われれます。マイナスの金利はこれが逆転することになります。
 三番目に、こんな状態になったら何がおこるかを説明します。模擬紙幣を使って実演してもよいでしょう。マイナス金利では、お金を借りた人が金利を受け取り、貸した人が金利を受け取るということになります。そうすると、借りる人がトクをして、貸した人がソンをすることが発生します。
 四番目に、具体例で考えます。例えば、銀行預金でいえば、お金を貸す人は預金者で、借りる人は銀行になります。だから、預金をするより、もっと別の使い方をした方がよい、もしくはタンス預金でそのままにするという誘導になるわけです。銀行が個人や企業にお金を貸す場合も同じように、逆転現象が起こるわけです。
 五番目に、今回の日本銀行の政策の仕組みを解説します。中学生だとここはあまり深入りできないかもしれません。重要なのは、日本銀行が何を期待してこのような政策を実施したのかを理解させることです。

 実際の授業で、ここまで説明するだけでも結構大変ですが、一番のポイントは、マイナスの概念をしっかり理解させることです。これは本来は数学の授業の役割です。マイナスの概念は中学一年生で学びますが、結構ここでつまずく生徒も多いといわれています。数学の先生から生徒の理解度などを聞いたうえで授業を展開することも大事な要素になるかもしれません。

 ともあれ、これからも経済の世界では、負の所得税などマイナスの概念が必要な政策の導入が話題になることもあるはずです。基礎から手順をふむことがこの種の理解では大事なことということになりそうですね。
 ちなみに『ドラえもん』には「お金のいらない世界」という逆転の世界の話があり、マイナスの理解に関連して、参考になるかもしれません。

(メルマガ 86号から転載)

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