執筆者 新井明

 中学校では、公民的分野の授業が本格化しているところだろうと思います。経済から入るか、政治から入るか、教科書によってもまた先生方の方針によっても違う可能性がありますが、今回紹介するのは政治でも経済でも扱える素材です。とはいえ、政治学習で扱うほうが扱いやすいかもしれません。

 テーマは多数決です。私たちはいろいろな決定を多数決で決めます。この9月に国会を通過した安保法案も、国会外でのデモの盛り上がりがありましたが、結局は多数決で通過しました。でも、その多数決が本当の民意を反映したものなのか、また他の方法はなかったのかという疑問は残ります。

 この種の多数決は、学校でもおこります。簡単な例を挙げてみます。

 三年生のお別れイベントの候補地をクラスで決めることになりました。多数決で決めることをあらかじめ約束して、決をとったところ、演劇鑑賞12票、キャンプ場でバーベキュー10票、遊園地4票となりました。多数決で決めるというあらかじめの約束で演劇鑑賞に決まりそうです。
 でも、遊園地に投票したAさん、演劇にするんだったらバーベキューがよかったと思っていて不満です。クラス全体でも半数以上の人は、室内の演劇より外に出かけたいと思っているのに、これでよかったのだろうかと内心不満に思っているようです。

 この種の投票の問題は、古くから取り上げられていて、有名なのはコンドルセのパラドックスで、上の事例にあわせると次のようなケースになります。
 演劇、バーベキュー、遊園地のどれをクラスの人たちが好んでいるかが次のようになっています。
    1位   2位  3位(選好順序)
 12人:演劇 >遊園 >BQ
 10人:遊園 >BQ >演劇
  4人:BQ >演劇 >遊園

 この時二つの候補で多数決をとると、演劇は遊園地に勝ち、遊園地はBQに勝ち、BQは演劇に勝ち、多数決では決まらないことになってしまいます。このケースをさらに一般的に拡張して、民主的な決定はできないことを証明したのがアローの一般可能性定理です。
 このような投票の問題は、経済では効用の比較可能性という問題と結びついて厚生経済学の議論になってゆくのですが、それは専門のエコノミストの研究にまかせるとして、政治の問題だけでない広がりをもっていることを確認しておいてください。

 さて、授業では、みんなの一番納得する結論を得るには、どうすればよいかを考えさせてみてください。さらに、現実の具体的事例、政治では国会の議決と民意の関係、経済ではどの政策にどれだけの順位でお金を投じるかなどで考えさせると、多数決の問題点が浮かび上がるはずです。

 なお、多数決問題を含めた社会的選択理論を紹介した最近の本に、坂井豊貴さんの『多数決を疑う』岩波新書があります。上記の数値例は、この本を参照しています。

(メルマガ 81号から転載)

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