タブレットを叩く教室で「鉛筆を転がさない」選択を教える
                             執筆者 金子幹夫
1.「用語集」をパラパラ見ると・・・
 今月は『政治・経済用語集』(山川出版社)をパラパラみるところからはじめます。
 2023年版を見ますと「政治・経済]の教科書は6冊発行されています。2014年版の同用語集を見ますと8冊でしたので、約10年で2冊減っていることがわかります。
 せっかくですので、本連載で注目している「希少性」「トレードオフ」「機会費用」 について見ることで経済教育の変化を感じ取ってみたいと思います。

2.全教科書に記載されるようになった?
 ここ10年間で、どのような変化があったのでしょうか?まとめると、次のことがわかりました。3つの用語について、左側が2014年版で8冊中何冊に記載されているのかを、右側には2023年版で6冊中何冊に記載されているのかを示すことにします。
 希少性    :3冊(8冊中)→6冊(6冊中)。
 トレードオフ :5冊(8冊中)→6冊(6冊中)。
 機会費用   :2冊(8冊中)→6冊(6冊中)。
 ここから,約10年前とは異なり、現在「政治・経済」を学習している生徒は、全員が「希少性」、「トレードオフ」、「機会費用」について学習するようになったことがわかります。
 
3.「公共」では?
 それでは「公共」ではどうでしょう?
「公共」が誕生してから、数年しか経過していませんので、ここでは参考データとして2019年の「現代社会」と比較してみることにします。
 2019年時点で「現代社会」の教科書は12冊発行されています。一方の「公共」も2023年時点で12冊発行されています。どちらも12冊ですので、先ほどの三つの用語が何冊の教科書に記載されているかという数値のみをあげると次のような結果でした。
 左側が2019年時点の「現代社会」、右側が2023年時点での「公共」を示しています。
 希少性   :0冊→0冊
トレードオフ:0冊→7冊
 機会費用  :0冊→8冊。
 トレードオフと機会費用は、「政治・経済」と同様に記載数が増えました。希少性が気になりますね。教科書は4年ごとに改訂の機会があります。それに合わせて用語集も改訂されるはずです。近々発行されるであろう『公共用語集』に注目したいと思います。
 参考データではありますが、筆者の手元にあります新しい「公共」の教科書(全てではありません)を見てみますと、「希少性」は少なくとも7冊に記載されていることがわかりました。確実に数値は増えているようです。

4.大きな変化を細分化して・・・
 さて、ここまでで公民科における経済学習の内容に大きな変化があることがわかりました。そこで、教師はこの変化をどのように受け止めればよいのでしょうか?
 新しい用語が増えたのだから、それをわかりやすく説明すればよい、というものではないところが本稿の立ち位置です。この変化は、これまでの「仕組みを理解する」ことに加えて「選ぶという意思決定を行うための考え方を学ぶ」という方向転換だからです。
 そう考えますと、この問題はものすごく大きな問題です。本エッセイ一ヶ月分の分量で捉えるには大きすぎます。そこで、この大きな問題を細分化し、手に負えそうなところを見つけて皆様と共に考えていきたいと思います。

5.「選ぶ」を整理する
 手に負えるかどうかわかりませんが、はじめに注目したのは問題の入り口です。
 経済学習の内容変化に関する問題の入り口には、教師が「選ぶ」という行為を教えるために、どのような準備をしなければいけないのかという課題が見えてきます。
 はじめに教師は「選ぶ」という行為を整理する必要があるわけです。その整理とは「生徒が自分のことに関する選択を学ぶ(自分の人生に関する意思決定)」ということと、「生徒が政策選択を学ぶ(社会全体に影響する意思決定)」とに分けることからはじまります。
 教科書や資料集を見ますと、前者では「生徒個人の進路選択の例」が、後者では「いろいろな政策の存在」が記述されています。いったい誰の? 何を選ぶことを学ぶのか?ということを整理して教える、という準備が必要になります。

6.鉛筆ではない
 前者の「生徒個人の選択」という言葉で、皆さんはどのような授業を思い浮かべますか?目の前の生徒の状況に応じて、いろいろな素材が出てきそうです。
 どのような素材でも、目指すものはきっと「人生、いろいろな場面で選択に出会うでしょう。その時に、鉛筆を転がして決めるのではなく、これこれこうだから・・・だから私はこれを選ぶのだ」ということを学んでほしい、ということだと思うのです。

7.経済学習で学ぶのは?
 それでは後者の政策選択についてはどうでしょう? ここで準備すべきことの一つに「わからないことに耐える心構えを持つ」ということをあげたいと思います。
 経済学習では、私たちは世の中の仕組みを学ぶと同時に、選択するための判断材料を学ぶことができます。
 例えば、「消費税を上げたら財政はどうなって消費はどうなるか・・・」、「最低賃金をあげたらどのようなことが起こるのか?」、「レジ袋を有料化したらどうなるのか?」、身近なところでは「学校の予算をグランドの芝生化に使うか図書費に使うかでどのような違いが生じるのか?」といったことを学ぶことができます。

8.未来のことはわからない
 共通していることは、正解はわからないということです。
 わからないことに出会うと生徒は困った顔をします。「わからないこと」そのものにストレスを感じる生徒もいれば、成績のことを気にする生徒もいます。「・・・が理解できたか?」という項目でマイナスに評価されてしまうことを恐れる生徒もいそうです。
 生徒には、政策選択をするにあたって、選択肢の背後にはどのようなことがあるのかを
理解してもらいたいのです。そして、「これこれこうだから・・・だから私はこの政策を選ぶ」と考えてもらうことを目指したいのです。鉛筆を転がして1票を投じるような選択では困るのです。
 この時に、未来のことや世の中のことにはわからないことがたくさんあるということ、むしろわからないことの方が多いことを皆で共有したいのです。「わからないことに耐える心構えを持つ」というのも公民科の学習に必要だと思います。

9.経済学習の役割
 ここ10年における経済学習の変化について、その入り口周辺をうろうろと考えてみました。ここまで書いて気付いたことですが、教室を見渡すと、誰も鉛筆をもっていません。用語だけではなく学ぶための道具も激変しているようです。このこともあらためて考えなくてはなりません。   今月はここまでです。

出典
政治・経済教育研究会編『政治・経済用語集』山川出版社2014年
政治・経済教育研究会編『政治・経済用語集』山川出版社2023年
現代社会教科書研究会編『現代社会用語集第2版』山川出版社2019年
公共教科書研究会編『公共用語集』山川出版社2023年
                           (金子幹夫)

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