■平賀 緑『お金儲けしない経済学』-食べ物から考える<共>のしくみ 岩波ジュニア新書2026年

① なぜこの本を選んだのか?
 夏休みを前に、高校生に紹介できそうなジュニア新書はないかな? と探していたところ、本書が目にとまりました。タイトルは「お金儲けしない?」、第3章は「宇沢弘文の社会的共通資本から食を考える」とあります。高校生だけでなく社会科教師にとっても読んでみたくなるような1冊になると思い選びました。
② どのような内容か?
<読書ノート>
0.平賀 緑先生について
 平賀先生は京都橘大学で食料農業経済や食料政策について研究しています。本書では「日本の平凡なサラリーマン家庭に生まれ育った私が、香港の道ばたから金融街まで、日本でも農村から元帝国大学の経済学研究科まで、そしてロンドンの大学院や国際学会まで、幅広い世界を体験」(p.210)したと書いてありました。  

1.本書の目的は?
 本書は、従来の経済学が見落としてきた、故意か不注意か『忘れてきた』領域を見直して、『経済学』を根本から考え直すことを目指しています。さて、いったい何を忘れたのでしょうか?

2.忘れ物の姿
 忘れ物の姿を見つけようと読んでいきますと、「つながり」という用語に目がとまります。「人と人」、「人と自然」のつながりを大切にしなければいけないのですが、「無償労働」、「自然環境」、「生活の知恵」などに見られるつながりを主流派経済学が扱わなかったところに忘れ物の姿が見えるのではないかと提案しています。
 この忘れ物を見るために、どのようにアプローチを試みるのでしょうか? 本書は「非営利な」「お金儲けをしない」経済学の考えを探すところからはじまります。

3.その忘れ物を見つけることがどうして大切なのか?
 なぜ、忘れ物が気になるのでしょうか? それは、何かがおかしいからです。食べものが大量に生産されます。食べ過ぎて不健康になって医者にかかります。健康食品も売れます。これらがGDPのアップにつながるところに平賀先生は違和感を覚えるのです。

4.おかしさの根底にある考え方
 おかしさの一つに、自然環境や人々の生活を無限にあるものとして捉えていた節の存在を指摘しています。
 本書では<公(Public)=官、政府>と<私(Private)=企業>と<共(commons=市民>と、三者を分けて話を進めます。とくに<共(=人びと)>の部分を、経済学が忘れてきた「非営利」な領域として再び強化できるかを考えています。

5.無償労働としての家事を考える
 人も自然も壊さない経済について考える第一歩は女性の無償労働です。なぜ、女性の無償労働からなのでしょうか? それは私たちが毎日を生きるため、経済的な生産を支えるため必要不可欠なのに経済学者や政治家から見落とされているからと指摘しています。
 カトリーン・マルサルの『アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か?』を取り上げて、「見えざる手」が最も効率的な解を与えてくれるといったスミス自身の食事を誰が用意していると思っているのか?という問いを紹介しています。
 家事は家庭内における女性の領分として無償労働として見落とされてきたことを指摘し、このタダ乗りの経済発展が持続可能な形で続くはずがないと指摘しているのです。

6.コメの価格について
 次に取り上げているのは、令和の米騒動です。当時のことを振り返り、価格だけが話題になっていると指摘しています。
 資本主義の経済社会では、「商品」としての農産物が議論の対象にされがちです。一時的に価格が高騰しても、生産のために必要な水路や森林などを含めた農業・農村を維持するコストをコメ価格に反映させることは不可能だという問題点をあげています。
 この令和の米騒動については、渡辺努先生の『インフレの時代』(中公新書2026年)第6章と合わせて読みますと、問題の捉え方に厚みが出ます。米の価格が上がった原因を需要・供給曲線の見方と共に教えてくれます。

7.共有地の悲劇の前提は?
 最近、資料集等に登場するようになりました「共有地の悲劇」が登場します。まったく管理されない、誰もが自由に使える共有地という架空の場所を前提にしているという記述は授業づくりに役立つと思います。
 そして平賀先生はコモンズを、何らかの関係性を持ってつながった人たちが、民主的に話し合ってルールを決めて使っていく、自分たちが自分たちのために自分たちで管理しながら共に利用していくものと捉えているのです。

8.コモンズ論と社会的共通資本
 本書は、コモンズ論と似た考え方として社会的共通資本をとりあげます。経済活動にともなって発生する社会的費用は基本的に内部化されないまま社会的に弱い低所得者層に大きな負担として転嫁していることを数値計算によって明示したと紹介しています。
 ここでは、宇沢先生が経済学者宮本憲一先生の『社会資本論』から、どのような影響を受けたのかという視点で社会的共通資本を紹介しています。
 この『社会資本論』では農業生産のための灌漑や排水設備、運輸、通信、水道等の公益事業がなくては一次、二次、三次産業とも生産活動を行うことができないものと説明しています。社会的共通資本はこの考え方をもとに農村を構想したと解釈しているのです。
 そして農村レベルでも工業部門に対抗できるようになるために、個別の農家ではなく「コモンズとしての農村」を想定するのです。生産、加工、販売、研究開発など広い意味における農業活動を統合的に、計画的に実行する社会的組織を想定します。

9.あらためてお金とは何でしょう?
 従来の経済学が故意か不注意か「忘れてきた」領域を「つながり」を意識して見てきました。次に取り上げるのは、人と人、人と自然のつながりを大切にするためのお金の仕組みです。
 このお金について考えるための手がかりを、岩井克人先生の『貨幣論』とフェリックス・マーティン『21世紀の貨幣論』に求めます。お金とは何でしょう? このことを考えるクイズが出題されています。
 問題です。お金の価値を定めているのは、次のどれでしょう?
 ① モノ(金貨の場合、貴金属の金(ゴールド)の価値によって決められている)
 ② 国家(国が法律で1万円には1万円の価値があると定めている)
 ③ 社会(他の人がそれを1万円と認めるから1万円になる)
 答えは本書でどうぞ。そしてこの問題で問いたいことがお金について考えるための大切な手がかりを示しているのです。

10. いろいろな交換様式
 お金について考えたので、次はそのお金を使っての取引の仕組みについて考えます。
ここではお金と交換できる商品についても考えます。
 取り上げる商品は「食べもの」です。食べものと他の商品は、何が同じで何が異なるのでしょうか?この問題を整理するために柄谷行人が提示した四つの交換様式が紹介されます。その四つというのは
  交換様式A「互酬(贈与と返礼)
  交換様式B「服従と保護(略取と再分配)」
  交換様式C「商品交換(貨幣と商品)」
  交換様式D「Aの高次元での回復」  です。さあ、どのように食べものとお金との交換における問題点を整理するのでしょうか? 読み取ってみてください。

11. 人も自然も壊さない経済めざして
 ここまで紹介してきた様々な理論に共通することは、市場に任せすぎても、政府に任せすぎても、上手くいかないということのようです。
 共通の課題や価値観を持って集まった人たちが、自分たちの生活やコミュニティのために、自分たちで主体的に民主的に考えて、最適な仕組みを作っていくという軸をもってここまで展開してきました。
 教科書的な経済学には記述されていない領域について、人と人、人と自然とのつながりを見直す考えや仕組みについてここまで考えてきたわけです。

12.本書の全体像
 以上が、本書の内容です。最後に目次を示して全体像を眺めることにします。
 序章 お金儲けしない経済学とは?
 1章 家事はなぜ無償なのか
 2章 コモンズとしての食/食の再コモンズ化
 3章 宇沢弘文の社会的共通資本から食を考える
 4章 「お金」の仕組みを考え直す
 5章 「取引」の仕組みを考え直す
 6章 協同組合と社会的連帯経済
 終章 改めて、人も自然も壊さない経済とは
 あとがき

③ どこが役に立つのか?
 本書では「経済学が忘れてきた部分を取り上げる」といった意味の言葉が何度か登場します。経済学が、本当に忘れてきたのかどうかはいったん横に置いておき、経済学習が扱う領域の広さを捉えることができます。教科書に書かれている学習内容と日常生活の中で感じる経済との隙間を埋めることで、経済学習そのものを広く身近に捉えることができると思います。
④ 感 想
 既存の「非営利」に関する議論の多くが「市場の失敗」と「政府の失敗」からはじまっていることに違和感を感じているという一文が印象に残っています。民間企業がダメなら政府に任せればいいでしょう・・・という説明はピンとこなかったと平賀先生は書いています。ピンとこなかった理由は、説明の順番が逆だからだと指摘しています。教える順番と認識の問題が心に残りました。
  (金子幹夫)

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