「余白」に書き込みたくなる授業
 執筆者 金子幹夫

1.「それ・・・つながっていたんだ」と思った瞬間
 「あっ、それ後で役に立ちそうだから書き留めておこう」と生徒の心が揺れる瞬間が今月のテーマです。「予想もしなかった知識と知識とがつながりそうな予感」がした時です。
 この「あれ? 今まで関係ないと思っていたのに、つながっているんだ・・・」という知識と知識のつながりは教科書には書いてありません。教科書に書いていないけれど「トクをしそうな知識」に出会ったら、メモをとる生徒もでてくるのではないかと思うのです。

2.歴史学習で経済の本質を問う
 今月は、歴史の学習をしている生徒を対象に、経済学習に役立ちそうな知識を伝えたらどうでしょうという提案をしてみたいと思います。
 ところで、経済学習に役立ちそうな知識と聞いてどのようなものを思い浮かべますか?
今月は「希少性、分業と交換、つながり、信頼、機会費用、効率と公正」を取り上げてみたいと思います。本連載で何度も登場する、経済の本質を表すキーワードです。

3.歴史学習と経済学習の架け橋 (あきらめることのコスト)
 例えば、古代ローマの歴史を学習するときに、次のような問いを発信してみたらどうでしょうか。
 問1 あなたはローマに住む小さな畑を持つ農民です。国家から「戦争に行きなさい」との命令がありました。まだ時代は職業軍人化される前のお話しです(共和政ローマの農民兵をイメージしました)。勝てば戦利品や栄誉が手に入りますが、数年間は自分の畑を放置することになります。
 「戦争に行く」と決断したら、代わりに何ができなくなり、どのような影響が出てくると思いますか?
 問2 「多くの農民が戦争に行った結果、小麦の価値(価格)はどう変化しそうですか?」 ただし、シチリアや北アフリカ産ではなくイタリア半島産の小麦の価値に限定して考えます。そして戦争に行った農民の畑では小麦の生産量が激減したとします。

4.歴史学習と経済学習の架け橋 ~分業・交換・つながり~
 ローマの街に住む人々の家族の食卓には、エジプト産の小麦のパン、ガリア産のワイン、スペイン産のオリーブオイルが並んでいます。
 問3 この家の食卓には、なぜ遠く離れた属州の食べ物が並んでいるのでしょうか?
 問4 ローマが地中海を統一し、ローマ街道をつくり、海賊を退治したことは、この食卓の豊かさとどう関係しているでしょうか?

5.歴史学習と経済学習の架け橋 ~ 信頼・法・貨幣 ~
 ローマの商人が、会ったこともないエジプトの大地主から小麦を大量に仕入れようとしています。だまされるのではないかと心配です。
 問5 ローマの商人は会ったこともない相手と大量の取引をするとき、どのような仕組みがあれば安心して取引できるでしょうか。    
 ※ この貨幣は信用できるのか? と心配しなくても大丈夫な、信用ある貨幣の存在が大量取引を可能にすることを理解する問いです。

6.歴史学習と経済学習の架け橋 ~ 公正らしさ ~ 
 エジプトから安い小麦が流入した結果、仕事(畑)を失った元農民たちがローマの街に溢れました。皇帝は暴動を防ぐためにパンを配りコロッセウムでイベントを見せるという政策をとります。
 問6 ローマ市民への無料のパン配布という政策をどのように評価しますか?
 ※ 市民はパンをもらう。一方で属州の人々は税を納める。公正さという視点から当時の人々の気持ちを考えてみてはいかがでしょう。ところが人間の力で「これが公正」というものを見つけるのは難しいものです。そこで「公正らしさ」と表現しているところです。

7.デザイン上の留意点
 ここまでの展開で、生徒は余白にメモをとるかもしれない瞬間が何回かあります。生徒の状況にもよると思いますが、教師の方から「メモをとって」とは言わないということを想定しています。生徒が思わず余白に書きたくなるフレーズを教師が発信するわけです。
 教師の仕事ですからマニュアルはありません。事前に用意する指導案は「型」どおりにつくりますが、実際の授業ではクラスの状況に応じて教師が発信するメッセージの内容とタイミングを判断するわけです。
 生徒に察してもらいたいのは「希少性、分業と交換、つながり、信頼、機会費用、効率と公正」のなかのいくつかということになります。
 
8.メモしてほしいなと思っていること
 生徒の視点を推測します。教師からのメッセージを受けて、次のようなことを余白にメモしてくれたらいいなというものです。
 「戦争に行く=畑をあきらめる=機会費用?」
 「ローマ街道ってインフラ?」
 「貨幣は信用で成り立つ?」
 察してもらいたいことは
 「何かを選ぶということは、別の何かをあきらめるということ」
 「モノの価値は、便利さではない。手に入りにくさで決まる」
 「みんなで分担して、つなげて売り買いする方がトクをする」
 「お金の価値は金属の価値ではなく皆がそれを信じるかどうか」ということです。
 この小さな体験が、経済学習につながり、知識と知識とがつながって・・・といったきっかけについて考えてみました。

9.いつの時代にも経済はある・・・
 歴史を学習するときに、例えば「実はこれは現代でも・・・」といったようなお話しをする場面が出てくると思うのです。その時の話題として「希少性、分業と交換、つながり、信頼、機会費用、効率と公正」をあげてみました。
 歴史の学習をしていますが、実はこれは人間社会の仕組みを学んでいるのだと大きな視点で気付く瞬間です。いつの時代にも、その時と場所に応じた仕組みがあって、うまく機能しているところもあれば、そうでないところがあります。
「歴史を学ぶことは、今を生きる人間社会の仕組みを学ぶことなんだ」と腑に落ちた瞬間、生徒の心に、そして教師自身の心にも、小さな灯がともればいいなと思うのです。
 教科書の記述を越えて、生徒が思わずメモしたくなる「余白のある授業」。その手がかりになればと、思いつくままあげてみました。先生方はどのような問いを用意されますか?今月はここまでです。

Tags

Comments are closed

アーカイブ
カテゴリー