私ならこう教える ~貿易授業の本質~その2
執筆者 篠原総一

■先月のまとめ :
(1)エッセイの前半: 貿易授業の作り方

 「教科書の章立て、節立て」や「先生が作る授業計画」の中には、まだまだ改善の余地が残されています。私のようなエコノミストには、せっかく「いい事」を取り上げているのに、教えの順序と選んだ理論や実例が適切でないために、授業が生徒の「ホンマもんの理解」(ごめんなさい。京都ことばです)を引き出せていない、極端に言えば覚えるだけの学習に追いやっているのでは、と思える機会がよくあるということです。

その改善策として、私は授業のストーリー化が有効だと思っています。例えば貿易を扱う時間では、比較優位だ、国際収支表だ、為替レートだ、WTOだと、細かな項目をバラバラに見せていくのではなく、 (1) 自由貿易の意義、(2) 保護貿易の弊害、(3) 保護貿易弊害軽減の工夫、という3つのテーマ学習の場面を作り、場面ごとに教科書索引の項目などを当てはめていく、という物語り授業の提案です。

 以下は、私ならこう教えたい「貿易授業物語」の筋書きです。(この筋書きは、先月は具体的にお見せしていませんでした。)
第1幕 テーマ:貿易の意義
 なぜ、どの国も国内市場の範囲を超えて外国とも取引するのか。
 国際貿易は、国内の取引とどう違うのか。

第2幕 テーマ:保護貿易
 保護貿易のメリット:なぜ、どの国も貿易の邪魔をするのか、その理由は?
 保護貿易のデメリット:保護貿易は、各国経済に、どんな悪影響を与えるのか。
第3幕 テーマ:保護貿易の弊害から私たちの経済を守る方法
 過去の取組み:20世紀型保護貿易への対応の工夫(WTO、自由貿易圏、2国間協定など)
 現在の課題:米中摩擦、対ロシア経済制裁などの実際の保護貿易への対応を考える

そして、この流れ(=ストーリー)に沿って、それぞれのテーマの学びを確かにする小道具として、生徒が直感的に理解できるレベルの実例、データ、理論を当てはめていくという授業作りを薦めているのです。こうしておけば、どんな小道具(索引に出てくる項目)も、なぜそれを学ぶのか、学びの意味を取り違えないで済むからです。

ですから、このような物語授業を準備する上で大切なことは、第一に (1)私が提案した3つの幕の間には、国際収支だ、為替決定理論だといった異質の幕は挟まないこと(つまり、ストーリーの流れを止めないこと)、第二に (2)それぞれの幕で使う小道具は、生徒が肌感覚で納得できる実例や小話、理論に限る、という二点だと言えるのです。

さらに、あえて付け加えれば、第三に、(3)物語のハイライトは第2幕と3幕にやってくる、だから第1幕はそこへ向けての準備だと認識しておくことでしょうか。その意味では、第1幕で生徒を物語の流れに引き込もうとするわけですから、ここでいきなり生徒の興味を削ぐような抽象的すぎる理論の理解や複雑なデータ解釈は避け、できるだけ親近感の持てる素材を使いたいものです。

(2)エッセイの後半:第1幕の進め方(私の提案)
先月のエッセイの後半は、このような物語の第1幕「貿易の意義」の場面で使う素材の具体化でした。

■「貿易の意義」を肌感覚で理解させる3種類の授業法(再録)
 1「この品物が輸入できなかったらどんなに暮らしが不便になるか」といった生徒の直感に
訴える例やデータを活用する。
ここでは概念は使わない。
2 貿易のメリットを箇条書き風に整理し、生徒が分かりそうな実例をつける。
ここでは、貿易のメリットのリストは私のようなエコノミストが準備し、社会科の先
生方は、生徒に馴染みのある実例や例え話を用意する。
3 新しい貿易理論のエッセンスを、生徒が直感でわかるように整理し直してみる。
    ここではエコノミストが新しい貿易理論の概要を箇条書き風に整理し、その結果を先
生方に提供する。先生方は、それを授業で使えるように再整理する。

そして、先月号では、この3つの授業法の最初の二つについては具体例をお見せしましたが、三番目の授業法については次号に譲ると予告しました。そこで、今月のエッセイの最後に、第3アプローチ(さまざまな貿易理論から、さまざまな「貿易をする意味」を拾い上げ、それを中高生の授業でも使えるように整理)した、私の作業の結果をまとめておきたいと思います。

■第3のアプローチ(外国と貿易する理由を「さまざまな貿易理論」から抽出する)

貿易理論は、リカードの比較優位説だけではありません。主なものだけでも、伝統的な貿易理論として、(1)絶対優位説(アダム・スミス)、(2)比較優位説(デイヴィッド・リカード)、(3)要素賦存説(ヘクシャー・オリーン=モデル)の3種類、それに伝統的貿易理論を補完する理論として、(4)新貿易論(ポール・クルグマン)、(5)新新貿易論(エドワード・メリッツ)の2種類の理論があります。

貿易は(貿易も)複雑で、極めて多面的な経済活動です。一方、経済学では、どの理論モデルでも、複雑な貿易現象の一つか二つの側面を説明するのが精一杯です。確かにリカードの比較優位説は、分業のメリットという基本中の基本を説明する理論モデルではありますが、貿易の全ての側面をカバーするほど万能ではありません。例えばスマホや自動車の貿易の意義を理解するために、リカードと同じ数値モデルを作れるでしょうか。答えはもちろん否です。なぜなら、スマホや自動車は、毛織物や葡萄酒とは異なる理由で国際間の取引が行われているからです。

そこで、以下では、経済教育におけるエコノミストの役割として、5つの代表的貿易理論が教えてくれる「貿易の理由」のさまざまを、中学生や高校生にも分かるように整理してみました。先生方は、以下で私がまとめたリストの中からいくつかを選び、生徒が肌感覚で納得できそうな実例と結びつけて授業の準備とされてはいかがでしょうか。その際、決して、「?の理論では、・・・・」という表記ではなく、「?の貿易のように、この国とあの国の間では?のような理由で貿易を行っている」といった表現が良いのではないかと思います。

■貿易の利益:代表的貿易理論が教える「貿易をする理由」(注*)

(1)国ごとの生産技術の違いが比較優位を生む(教科書にあるリカードの数値例モデルが示す通りです)。
(2)生産要素の存在量の違いが比較優位をうむ。広大な土地を利用できるカナダやアルゼンチンでは、日本と比べると、土地を多用する農産物の生産に比較優位があるが、逆に日本は技術や資本を多用する自動車や機械産業に比較優位を持つ。
(3)スマホや半導体のように、規模の経済性(生産量が増えるほど生産費用を下げることができるケース)を活かせる現代産業では、生産規模を大きくするほど安く供給できるため、規模の大きい企業が、さらに広い市場を求めて外国に進出する傾向がある。
(4)その結果、多くの産業で寡占化が進むが、同時に①スマホや半導体のように、寡占企業間の競争が、技術進歩や生産効率向上を刺激する、②スマホ、自動車、デザイナー製品のように、消費者にとっては、自国製品だけでなく外国製品も消費できる方が、つまり消費の選択肢が広がる方が、満足度が高くなる。
(5)半導体や大型電池、EV産業のように、企業の製品多様化が進むことで(各社ごとに似て非なる製品を作るので)、産業内の競争が活発化し、新規参入を促進する。
(6)日本企業が、生産コストの低いタイやインドネシアに生産拠点を移し、そこで生産した製品を日本市場でも販売するような「逆輸入」もある。
(7)また、近年は、企業が、製品の生産工程ごとに生産コストの低い国に部品生産を分散させるサプライチェーン方式を通した貿易も活発になっている。

■最後に
メルマガ「授業のヒント」コーナーは、今月で私の担当は終了、来月からはまた新しい書き手が登場します。わずか15回の連載でしたが、小難しい文章にお付き合いいただいたこと、感謝いたします。
とはいえ、私の貿易授業案も未完ですし、そのほかにも先生方にお伝えしたい授業ネタやメッセージを数多く抱えていますので、これからも不定期ではありますが、メルマガに教育エッセイを書いていきたいと思っています。これに懲りず今しばらくお付き合い程、お願いいたします。

(注*)「代表的貿易理論が教える「貿易をする理由」をまとめるに当たって、今回は

 伊藤萬里・田中鮎夢『現実からまなぶ国際経済学』(有斐閣、2023 年、pp.111~201)を利用しました。

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