■ 宇都宮浄人 榊原雄一郎 本西泰三『日本経済論への招待』新世社2026年

① なぜこの本を選んだのか?
 教師は、中学生や高校生に「経済的な見方・考え方をどう教えるのか?」を考えています。本書は、大学の研究者が「学生に経済学を教える際、何から話し始めるべきか?」と考えているところから生まれました。これは教師にとって学ぶべき点が多々あるのではないかということで選びました。

② どのような内容か?
1.執筆者は?
 宇都宮浄人先生、榊原雄一郎先生、本西泰三先生は、大学で経済学を教える研究者です。
宇都宮先生は日本銀行での実務経験を経て、現在は交通経済学を研究されています。榊原先生は地域経済をベースに、産業・都市・人口移動へと研究領域を広げています。本西先生は経済政策を担当し、家計行動を中心とした研究を行っています。

2.道に迷ったら全体像をつかむ
 何から話し始めるのかに注目します。本書は「全体の見取り図」から入りました。初めて行く旅先でも、地図で全体像を把握すると、街の様子がすんなり頭に入ってきます。大学生における経済学習も、最初に全体像を知ることが理解への近道になるというわけです。

3.コツを教えてくれる
 全体の見取り図にはGDP、財政政策、金融政策が書かれていました。この中で注目したのは、「ちょっとしたコツ」のようなものを教えてくれるところです。
 「GDP634兆円」という数字を見たら、「国民1人あたり、だいたい634万円」と想像するとよいといった記述です。「投資」という用語をどのように解釈すればよいのかという「コツ」も書かれています(詳しくは本書で)。コツの記述は本当に助かります。

4.定義もわかりやすく教えてくれます
 「コツ」に加えて、用語の定義も分かりやすく示してくれます。よく見る用語でも、定義を曖昧にして読み進めると解釈がブレてしまいます。
 例えば、バブルとは、一般的に経済の基礎的条件(ファンダメンタルズ)から乖離した動きを指す、としたうえで株価や地価を例にあげて教えてくれるのです。
 経済学のテキストとしての記述に加えて、読者が理解するためのヒントも書かれているので安心して読み進めることができます。

5.全体の見取り図と私たちとをつなぐ
 「財政・金融政策」の説明に続けて「社会保障」が登場します。なぜここで「社会保障」なのでしょうか。
 著者は、全体の見取り図と私たちの日常とをつなげるために「社会保障」をこの順番で設定したのだと解釈しながら読み進めることにしました。

6.私たちに身近な社会保障の問題
 本書は、社会保障を「年金」、「医療」、「介護」、「少子化対策」の順番で、人口構成を背景にして考察します。
 ここで授業に使えそうな問いを見つけました。出生率低下の原因です。この原因は、現在も議論が続いていてハッキリとした証拠は得られていませんが、注目されている3つの仮説が示されているのです。ぜひ授業で生徒に投げかけてみたい問いです。
 
7.現在地はどこだ?
 全体の見取り図からはじまった記述は、私たちの生活する「現在地」とつながりました。 さあ、その現在地はどうなっているのか? という記述に入ると思った瞬間に「時間軸」が登場します。この現在地は、昔(1980年代)はどうなっていて、それがどのようにして今日のようになったのかの説明がはじまります。

8.バブルの発生まで戻ります 
 時間は、バブルの発生まで戻ります。なぜ日本は1980年代後半にバブル期を迎えたのかという背景を整理します。
 ここで「2つのコクサイ化」という言葉が登場します。これは、金融の国際化、そして国債の流通市場を整備するという2つの「コクサイ」を表現したものです。本メルマガ192号で紹介した浅子和美 飯塚信夫 篠原総一 編『新 入門・日本経済』(有斐閣 2024年)に登場する言葉です。本書の参考文献にあげられています。   

9.過去から今に向かいます
 バブル崩壊後、実体経済の動きが鈍かったのは、企業の債務過剰、生産設備の過剰、過剰雇用という企業部門における3つの過剰問題が背景にあったと指摘しています。
 話題は、不良債権問題、デフレーション、構造改革、リーマン・ショック、異次元の金融緩和、失われた30年と進みます。
 2000年代に男性の非正規割合が増加したことの説明に注目しました。企業の収益が回復したのは、名目賃金の下方硬直性が見られなかったという事実を指摘しています。

10.お金の流れに注目します
 次に本書は、「お金の流れ」に注目します。お金、紙幣、硬貨、現金、貨幣、そしてビットコインや暗号資産、キャッシュレスという用語を整理し、お金の流れの仕組みや問題点について教えてくれます。
 このお金は外国通貨と交換されます。そこで「為替レート」の説明に入ります。取り上げた事例はマクドナルド社のビッグマックです。世界中のビッグマックは全く同じ商品ではありませんが、日米比較は可能だという判断で説明が続きます。

11.ドル・円レートを解釈するコツ
 1995年当時の日本のビッグマックはアメリカの約2倍の価格で販売されていたそうです。ビックマックだけでなく、当時の日本は世界的に物価の高い国として有名だったそうです。それでは、なぜ日本は物価の安い国に変化したのでしょうか?
 理由は2つあげられています(詳細は本書にて)。1つは為替レートの変化(円安の進行)です。ここでも解釈のコツを教えてくれます。為替レートの決まり方を見るときの、わかりやすい解釈の方法が示されているのです。

12.株式会社はどのようなものなのか?
 次は、企業に注目します。著者は「株式や株式会社がどのようなものか、説明するように求められたとき、きちんと話せる人は意外に少ないのでは」と書いています。ここでも説明のコツを教えてくれます。
 次に注目するのは企業で働く労働者の「雇用」です。日本の雇用形態は1990年代後半から急激に変化します。労働時間は、1985年と2022年で大きく変化します。日本的雇用の特徴や問題点を挙げた後に、ジョブ型雇用、メンバーシップ型雇用に言及します。

13.日本企業の特徴は?
「企業」、「雇用」ときました。次は、多数ある産業を構造として見つめることになります。戦後の日本は、新しい産業が次々に発展しましたが、日本のリーディング産業はずっと自動車だったと指摘します。
 その日本企業は、企業間関係において長期継続取引を重視しているという特徴があげられています。カルソニックカンセイ、デンソーといった実際の企業名をあげながら日本の企業システムを説明してくれるのです。

14.都道府県別の特徴は?
 日本全体の産業構造を捉えた次は、都道府県別の特徴を見ることになります。相対的に豊かな地域とそうでない地域が存在するのはなぜでしょう? 農業県として有名な青森県、宮崎県と工業県として有名な愛知県、静岡県などのデータを見ながら考察は進みます。
 また、ドイツの都市システムと日本の都市システムを図式化して比較することで、日本の特徴が見えてきます。分業スタイルは、中枢管理機能や研究開発機能をどこに設立するのかによって異なることを教えてくれます。

15.分業の発展と交通サービス
 分業の発展は、人とモノの移動を活発にします。そこで交通サービスについて考えることになるのです。公共交通の「公共」が意味する内容を明快に教えてくれるため、適切な解釈ができます。
 交通サービスの多くは、民間企業によって供給されます。ところが地方圏では事情が異なります。「市場の失敗」に対応した政府の介入が必要となる場合が出てくるのです。ここで私たちは交通政策の基本的な考え方を学ぶことができます。
 道路渋滞を解消するために、道路の拡幅を行うと、かえって道路渋滞が激しくなるという説(ダウンズ・トムソン・パラドックス)が印象に残ります。

③ どこが役に立つのか?
 経済の見方や考え方のコツを教えてくれる場面が何回か登場します。これは役立ちます。
 GDPの数値を見て、国民1人当たりどのくらいの金額なのかを一瞬で解釈する方法、「投資」を解釈するコツ等々です。
 さらに、用語の定義をわかりやすく示した後に、内容の説明に移るので、適切に解釈することができます。丁寧さと大胆さ(コツを教えてくれるところ)の両方を読み取ることができる一冊です。

④ 感 想
 印象に残る記述がいくつかありました。皆さんは「山田羽書」をご存知ですか?これは現在の三重県伊勢市の有力商人たちが1600年頃につくったものです。経済の授業で「山田羽書」について調べてみようという課題を出すことができると思いました。
 トヨタの株とファーストリテイリングの株の違いも印象に残っています。株式市場を見るときの日経平均株価が抱える問題点、そしてその問題点を解消したTOPIXという指標の仕組みも心に残っています。取り上げる事例がわかりやすいというのが本書の特徴だと思います。
  (金子幹夫)

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