執筆者 金子幹夫
1.はじめに
先月まで、篠原総一先生による「授業のヒント」コーナー15回の連載をお届けしました。この続きは不定期に皆様にお届けすることになっています。
ところで、皆様は「捨てネタ」の効用 シリーズを活かして、どのような授業案を構想していますか?
今月は「捨てネタ」の効用 シリーズ⑭と⑮(以下、「捨てネタの効用」と略します)で取り上げていました「貿易授業の本質」について,教師目線で考えてみたいと計画しました。とは言いましても、筆者には,全国の教室で通用する授業案を提案する力量はありません。一つのケースとして考えたことを次に示すことになります。読者の皆様は,目の前の児童や生徒を思い浮かべながら、1つのヒントとして読んでいただければと思います。
2.役割分担の確認
「捨てネタの効用」では,エコノミストと教師の役割分担が示されていました。
エコノミストの役割は,生徒にもわかるように理論を整理することです。教師の役割は、生徒の生活経験を推測し、肌感覚で納得できそうな実例を考えることでした。
そこで、本稿は「捨てネタの効用」をもとに、教師が生徒に実例を示すというのはどういうことなのかを考えてみたいと思います。
3.授業で実例を示す手立てについて
授業では,教師が探し出した実例が生徒の心に届く場合もあれば、届かない場合もあります。後者の場合、教師ががんばって探し出した実例をめぐる認識と、それを受け止める生徒の認識にズレが生じます。その結果、「貿易って、わかったようでわからない・・・」となってしまうわけです。
この「貿易ってわからない・・・」という状況を作り出さないために、どうやって皆が納得する実例を探し出すことができるのでしょうか。本稿では、この問題そのものについて考えてみたいと思います。
教師が実例を探すという場合、生徒の状況を推測しながらもっとも適切な事例は何かを考えます。この時に手がかりとなるのは生徒の発言です。授業中の生徒から出される発言は授業づくりに向けての大きなヒントを教師に与えてくれます。
本稿では、この生徒による発言を最大限活かしたら、このような授業もできるのではないかという提案をしてみたいと思います。そのために、篠原先生に示していただいた貿易の授業についての全体像を共有するところから出発したいと思います。
4.授業の全体像を眺めると?
篠原先生が示した「貿易の授業」におけるストーリーの軸は①自由貿易の意義、②保護貿易の弊害、③保護貿易の弊害を軽減する工夫の3つです。
次に、この①の授業案を考えるにあたり、3つのアプローチがあげられています。その3つとは「輸入できなかったらどんなに暮らしが不便になるか?」、「貿易のメリットは?」、「貿易理論の整理」です。
1番目の「暮らし」については教師が考え、2、3番目についてはエコノミストが理論を示し、教師が実例を用意したり理論をわかりやすく再整理したりすることがあげられています。
今月は、この授業の全体像のなかにある「輸入できなかったらどんなに暮らしが不便になるか?」というアプローチについて構想してみたいと思います。
5.授業の展開は?(案)
生徒に次のように問いかけて、教師は板書していきます。
「戦国時代になくて、今あるものを20個あげてみましょう」
なぜ戦国時代なのか。それは,鎌倉時代や江戸時代と問いかけると、生徒の認識に幅がでてしまうと考えたからです。戦国時代ですと,生徒が抱くイメージが適切かどうかは別にして、ゲームやバラエティー番組、YouTube等、画像で見ている可能性が高いため、認識のズレが大きくならないだろうと判断しました。
授業では、生徒から「はいはい! スマホ! ゲーム! エアコン! 電気自動車!」と勢いよく製品名があがってくると思います。例えば、次の20個があがったとします。
スマホ コンピュータゲーム エアコン 電気自動車 PC 電卓 スマートウォッチ
電気冷蔵庫 防犯カメラ カップラーメン アイスクリーム Suica(プリペイド式電子マネー)
ペットボトル バス 電車 銀行 マンション コンビニ のど飴 チョコレート・・・。
そこで次の問いです。
「第2次世界大戦の時にすでにあったものを1本線で消します。さてどれでしょう?」
教室はざわつきます。「のど飴は?」、「チョコレートは?」といった話が聞こえてきそうです。端末で調べさせてもいいと思います。「のど飴は明治時代にあったと書いてあります」、「チョコレートは紀元前にあったと書いてありました」「バスや電車も明治時代あります」、「銀行も!」「アイスクリーム」「電気冷蔵庫」といった発言により、7つの用語に1本線がひかれることになります。 ※ 本当はもっと多いのかもしれません。
第3問目です。「残ったもののなかで、日本製のもの(Made in Japan)を○で囲んでみたいと思います。さてどれでしょうか?」
生徒から質問が出ます。「部品とか外国から調達されている場合はどうするのですか?」。
「材料がすべて国内でそろえられ、組み立て等も国内で行われているものには○印をつけることにしましょう。海外から材料等を仕入れて国内で生産したものは△で囲むことにしたいと思います」と答えます。
さてどうなるでしょうか?端末を操作している生徒からは「あっ、この材料は輸入されています」「えーっ、これも輸入に頼っているのか・・・」という雰囲気でいっぱいになります。黒板は△印でいっぱいになりそうです。
3つの質問でわかったことは次のとおりです。
第1に、高校生が生活している空間にあるものは,最近できたものが多いことです。
第2に、生徒が関心をもっている製品の多くは,貿易と関連していることです。
第3に、板書された製品について「輸入できなかったらどんなに暮らしが不便になるか?」とアプローチすることで、生徒が肌感覚で納得できそうな授業展開についての手がかりがつかめそうだということです。
6.アプローチ②に向かうための課題
ここまでで「スマホやゲーム機が製品そのものや部品が輸入できないため、私たちの手元に届かなかったらどう思いますか?」という生徒に向けてのアプローチに見通しが立ちました。
黒板を見ると次の製品が線で消されることなく残っています。
スマホ コンピュータゲーム エアコン 電気自動車 PC 電卓 スマートウォッチ 防犯カメラ
カップラーメン Suica(プリペイド式電子マネー) ペットボトル マンション コンビニ
そして多くの製品に△印がつけられています。
ここからがたいへんです。教師は、2番目のアプローチで示されたエコノミストによる「貿易のメリット」についてどのような実例を示すことができるかを考えます。
8.戦略のようなもの
篠原先生は教師が実例を用意する際に2つの注意点を指摘されています。
第1は、教師は、エコノミストが整理した理論のリストのなかから「いくつかを選び出す」ということです。体系(理論)を抽象的に伝えたことでは生徒に教えたことにならないというメッセージだと受け止めました。
第2は、「・・・の理論では・・・」という教え方ではなく生徒が肌感覚で受け止められるような事例から 貿易について考えるということです。
この2つの教えをもとに次のような展開(案)を立ててみました。
生徒「調べてみたらスマホは中国やインドで生産されているみたいですが、どうして日本でつくらないのですか?」
教師「どうしてだと思いますか?例えば・・・スマホをつくるための設計はどこの国で行われているのでしょうか?」
生徒「えーと・・・アメリカかな?」
教師「部品はどこでつくられているか調べてみませんか?」
<しばらく調べていると・・・>
生徒「アメリカ、韓国・・・台湾・・・日本でもつくっています」
教師「最終的に部品が集まって組み立てているのはどこでしょうか?」
生徒「中国のようです」
教師「どうして多くの国が関わっているのでしょうか?」
生徒「新製品は、大学や研究機関が集まっているところでないと開発できないから」
「・・・人件費が安いから?」
「・・・高い技術を持っているから?」
「・・・広い土地があって、工場を安く作ることができるから?」
(※この会話の部分は先月のメルマガで紹介しました『新入門・日本経済』の203ページに詳しく書かれています。)
この教師と生徒の対話を手がかりに、生徒の発言をエコノミストが作成した理論のリストに整理して板書していくという戦略です。
この対話は、どうして外国で設計されるのか? なぜ外国で部品が生産されるのか? どのような理由で組み立てを外国で行っているのか?について、生徒の認識(想像)をクラス内全員に示してくれます。
理論のリストに近い発言が多く集まったら、篠原先生が示した「いくつかを選び出す」という実践が実現することになります。
理論のリストにあることと異なる発言が続いたとしたら、対話を続けることで異なる認識の再構成を試みることになります。「貿易の理論では・・・」と説明する授業とは対極にある授業展開となるのです。
9.安定した授業の展開について
ここまで「捨てネタの効用」をもとにした具体的な授業実践について考えてきました。
生徒の発言によって授業の展開が変わるから、この授業案はものすごく不安定なものに感じられるかもしれません。
しかし、生徒の発言は、教室にいる若者が世の中をどう認識しているのかについてストレートに表したものです。教師が生徒の認識に合わせることがないまま「説明したことで教えたことにしてしまう」と、両者の認識がどんどんズレてしまいます。その方がものすごく不安定な授業になってしまいそうです。
10.おわりに
今回は、先月まで連載されていました篠原総一先生の「捨てネタの効用」にどう応えるのかという1つの例をあげてみました。
全国の先生方は「捨てネタの効用」をどのように授業実践につなげていこうと考えていますか?春の経済教室でいろいろと意見交流できればと思います。エコノミストと教師の対話、そして教師同士の対話のプロセスを皆様と共有することで、より一層創造的なお話しができるのではないかと思います。今月の授業のヒントはここまでです。
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