①どんな本か
 岩波新書では三冊目になるケインズの紹介本です。この本ではケインズの時事問題との関わりに焦点を当ててケインズの行動と理論を読み解いています。

②どんな内容か
 全体は5章構成で、「はじめに」と「おわりに」が付いています。
 「はじめに」では、著者のケインズ研究のこれまでの紹介と本書のねらいが書かれています。ケインズが直面した時事的課題への応答と、その提言の底流にある合成の誤謬の認識に焦点をあてることが表明されます。
 第一章は、「初期のケインズ」で、経済学との出会い、ケインズの貨幣理論が紹介されます。
 第二章は、「第一次大戦と対独賠償問題」で、有名なパリ講和会議に対するケインズの批判が取上げられています。
 第三章は、「イギリスの金本位制復帰問題とケインズ」で、イギリスの金本位制復帰を巡る動きと、『貨幣改革論』、『貨幣論』との関連が取上げられています。
 第四章は、「大恐慌とケインズ」で、世界恐慌時にケインズがどのような提言をしたのか、ニューディールとケインズの関係が紹介されます。
 第五章は、「『一般理論』とその後」で、『一般理論』の意味、その後の普及と評価の変遷が取上げられます。
 「おわりに」では、合成の誤謬が再論されて、「マクロ経済学のミクロ的基礎づけ」が主流となっている近年の経済学の動向に対する危惧が表明されています。

③どこが役立つか
 役立つ箇所は第二章、第四章でしょう。第一章、第三章は専門的です。
 第二章では、パリ講和会議の対独賠償に反対して委員をやめたケインズの行動の理由、その後の賠償問題のゆくえが詳しく論じられています。この部分は、「歴史総合」でも大きく扱われている箇所です。ケインズの主張がどれだけ正鵠をえていたかを確認することができるでしょう。
 第四章では、世界恐慌に際してのケインズの提言とニューディールの関係に注目です。授業では、ローズベルト、ニューディール、ケインズと三題噺で語ることが往々にありますが、ローズベルトはケインズを無視し、ニューディールも大規模な公共投資(TVAなど)で大恐慌を救ったわけでないことがここでは指摘されています。このあたりは、教科書の記述や他の専門書と照らし合わせて、どう整理して教えるかを考えるきっかけになるところでしょう。

④感想
 ③でも触れましたが、第四章の部分は、役立つというより新たな宿題がなげられたな、というのが感想です。これまでの通俗的なケインズ理解をどう修正して授業につなげるか、なかなか重たい課題です。
 同じような例では、スミス、見えざる手、自由放任という理解はスミスの全体像を捉えていないという批評が大竹先生からも提起されています。それに似た指摘です。
 歴史理解も経済理論の理解も、これまでの学校現場の「常識」を一端棚上げして、最新の研究を踏まえた再構成が必要になっているなということを強く感じさせる一冊でした。
 ケインズが一貫して持っていたと著者が指摘している「合成の誤謬」に関しては、「おわりに」にでてくる、貯蓄のパラドックスをはじめとする日常生活や社会でのミクロ的な正しさがマクロ的な正しさを保証しない例が、これも考えに値する事例として提示されていて、頭を刺激する要素をたくさん含んだ本だと思いました。


(経済教育ネットワーク 新井 明)

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