①どんな本か
 独立直後からウクライナと関係をもったエコノミスト(旧日本長期信用銀行の調査員)が独立直後のウクライナの国作りの苦闘の様子を、現地滞在を生かして報告した1994年刊行の本の文庫版です。
 2014年のマイダン革命時と2022年のロシアによる侵攻時に雑誌『世界』に掲載した論考が追記として加わっています。

②本の内容は
 全体は序章、終章と7章からなっています。
 序章の1991年のロシアからの独立をきっかけにしてウクライナに入った著者とウクライナの出会いから始まり、続く7章は、翌1992年から1993年にかけての、三ヶ月の調査滞在、その後のウクライナ経済主導部の動き、現地の調査旅行など、激動の日々が書かれています。目次は以下の通りです。
第1章「国民経済創造へ」
第2章「金融のない世界」
第3章「激しいインフレ下の生活風景」
第4章「東へ西へ」
第5章「経済の安定化を目指して」
第6章「国民通貨確立への道」
第7章「石油は穀物より強し」
終章「ドンバスの変心とガリツィアの不安」という構成です。
 追記は、先に触れたとおり、刊行20年後と昨年のウクライナの激動にあわせて時論として書かれています。
 
③どこが役立つか
 一つは、この本を読むことで、ウクライナ戦争の直接の原因はなんだろうと疑問を持ったときにその答えが見つかります。特に、序章でのウクライナの地域別の違いから帰納された終章での予言は20年後に当たってしまいました。
 二つ目は、社会主義経済から資本主義経済に移行するなかで、ほとんどゼロから経済システムをいかに作り上げていったのかがわかることです。第2章や第6章から、独自通貨を発行、流通させることの困難がよくわかります。私たちが当たり前と思っている政府の経済的役割、金融機関、とくに中央銀行の役割などがレントゲンのように描写されています。
 三つ目は、そんな混乱のなかでの人々の生活ぶりがわかります。ウクライナという国という枠で理解するのではなく、そこの風土、生きている人々、苦闘している人々の理解が大事であることが浮かび上がります。
 追記と佐藤優氏の解説からは、これからのウクライナの予測がある程度見つかると思われます。

④感想
 新しい国作り、特に金融システムについての報告では、昨年リバイバルして再注目された1972年に出された服部正也氏の『ルワンダ中央銀行総裁日記』(中公新書)が有名です。
服部氏の本はルワンダの中央銀行の総裁となり実際に制度作りに奮戦した日本人の記録に対して、西谷氏の本はエコノミストとして距離を置きながら、制度づくりに苦闘するリーダーたちのリアルな実態を描いたドキュメントと言って良いでしょう。
二つの本に共通しているのは、国も時代もちがっていても、制度がない、もしくは機能していない国に制度を立ち上げることの困難さがひしひしと伝わることです。
そんななかでその苦闘に共感しつつ関わってゆく人間がいるということに元気づけられる思いです。
西谷氏は、本書の追記2の続編になる文章を、雑誌『世界』3月号に「されど“停戦”を呼びかけよ」というタイトルで掲載しています。それも併せて手に取ることを勧めます。
ちなみに、ウクライナに関しては、岩波ジュニア新書編集部編『10代が考えるウクライナ戦争』と、東大作著『ウクライナ戦争をどう終わらせるか』の二冊が、それぞれジュニア新書と岩波新書で2月末に出版されています。
 特に、前者は高校生がどうこの戦争を捉え考えたのかの記録になっています。高校生の疑問や考えを社会科や公民科の授業で引き出すにはどうすればよいかを考えるヒントになります。これも手に取られることを勧めます。

(経済教育ネットワーク 新井 明)

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