執筆者 大塚雅之(大阪府立三国丘高等学校)
(1)はじめに
以前のメルマガ(第140号)で「結婚を題材とした授業」を提案したところ、色々な方からおもしろかったと言っていただけました。
今回も結婚を題材とした授業第二弾を提案してみたいと思います。
ここ数年間で、世界各国で同性婚が制度として導入されていることなども踏まえて、現在の日本の結婚制度の在り方を批判的に考えさせる授業です。
(2)データを読み取る
まずは各国の同性婚の導入年を確認します。
現在では、31の国・地域で同性婚が可能になっているようです。推移を見てみると、2000年代からこのような動きが始まったことが読み取れるでしょう。まずは、このようにして日本の結婚制度は絶対的なものではないことをデータから分からせることができるはずです。(NPO法人 EMA日本HP)
次に日本の婚活に関係するデータを読み取らせます。
結婚相談所大手のデータによると、日本の婚活市場は拡大しており、日本経済新聞の記事によると2021年の結婚相談所への20代の入会者数が2018年に比べて4.7倍に拡大しているようです。ここではさらに、婚活市場がなぜ拡大したのか、入会者の年代別の推移などについても、生徒に読み取らせます。(「婚活実態調査2022(リクルートブライダル総研調べ)」)
そうすると、コロナの影響で婚活サービスを利用する人が増えたのではないか、高齢化のため、高齢者の婚活サービス利用が増えているのではではないかといった考察が出てくるのではないかと思われます。また、結婚相談所への入会が増えたのは、婚活アプリを活用するうちに、婚活サービスへの抵抗感が薄れたことからではないかといった考察も期待されます。
ここで「みんな、なぜ結婚したいと考えているんだろう?」と問います。
「お互い好きならば一緒に暮らしたいと思うのでは?」と答えると思いますので、「それは別に結婚という制度を利用しなくてもできるのではないか?」、「お互い浮気をしないために」と答える生徒には、「弁護士立ち合いのもとで、契約書を作成したらいいじゃないか?」と返すと良いでしょう。
(3)なぜ結婚しようとするのか?
これはなかなか深いテーマです。
『サラバ!』や『漁港の肉子ちゃん』などで有名な直木賞作家の西加奈子さんは、結婚で一番よかったこととして「『結婚せえへんの?』って言われなくなったのが、 めっちゃストレスフリーやねん」とトーク番組で答えています。
また、社会学者の古市憲寿さんは自身がコメンテーターを務める番組で、元AKBの指原莉乃さんに「古市さんはいつか結婚したいですか?」と聞かれた際に「したいですよ。だって、世間体がありますからね」といってドン引きさせていました。
この二人の発言からも推察されることは、結局のところ日本では結婚に対する社会的圧力がかなり強いということです。つまり、法的に認められたパートナーがいないだけで肩身の狭い思いをさせられる。これが現在の日本の姿といったところではないでしょうか。
コロナ全盛のころに「マスク警察」が話題になりました。婚活においても、「結婚警察」なるものが存在しているのかもしれません。
(4)事例研究「婚活ナッジ」
そうなってくると、結婚制度自体が本当に必要なのか、法的なパートナーを持つことを暗黙のうちに国家が強制しているのではないかという話になってきます。すると、国家が個人の内面にまで侵入しても本当に良いのかという問題にもなってきます。
ここで登場するのが、「婚活ナッジ」です。以上を踏まえて次のような事例について生徒に考えさせてみてはどうでしょうか。
<事例研究>
A市の政策担当者は、市内に結婚したいと考える独身が多くいるのでその人たちを援助するため、また市の将来の少子高齢化を食い止めるために「婚活ナッジ」を考案した。
具体的には市主催の婚活イベントを開催したり、婚活にむけて取り組む企業を優良婚活支援企業として認定したりするといったものである。
また、市役所内でも、すべての独身職員に既婚の助言者をあてがい、婚活上の相談の機会を提供していこうとした。
さらに、結婚した場合の日本での税制上の優遇措置についても周知も行った。しかし、このナッジは、「独身ハラスメント」ではないのかという指摘もある。
参考:那須耕介・ 橋本努 『ナッジ!?: 自由でおせっかいなリバタリアン・パターナリズム 』(勁草書房)
(5)おわりに
前回も言い訳のように最後に書きましたが、このような授業は非常にセンシティブで学校の状況によってかなり実施が難しいかもしれません。テーマ学習とせずに生徒が食いつきやすいネタとしてデータを示していくという方法もあるかと思います。
ただし、既存の社会の仕組みの背後には、その仕組みを作った人たちの価値が反映されているはずです。
そのような価値に同意できなかった人達が、声を上げにくいでいると考えられるのであれば、人権や道徳の時間ではなく、民主的な市民の育成をめざす社会科・公民科こそが、このようなテーマを積極的に扱うべきであるのではないでしょうか。
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