先月号の「授業のヒント」に「戦争で経済を教える」という文章を掲載しました。その時に使った文献とその後の情報収集に関する文献を紹介します。また、ウクライナ戦争だけでない戦争に関する本も紹介しました。連休中の読書の参考にどうぞ。

①黒川祐次『物語 ウクライナの歴史』中公新書
・元ウクライナ大使だった黒川氏が書いたタイトル通りウクライナの歴史の本です。中公新書の物語歴史シリーズの一冊で、2002年初版で、この戦争が起こる前は品切れだった本です。
・何かがおこるとそれに関する忘れられていた本がにわかに注目を浴びますが、これだけまとまってウクライナの歴史が書かれた本は他にはあまりなく、基本書と言って良いと思います。
・内容は、紀元前のスキタイからはじまり、キエフルーシ公国、リトアニア・ポーランド、コサック、ロシア・オーストリア両国支配の時代と続き、ロシア革命中の中央ラーダの成立と壊滅、ソ連時代、独立1990年代までの歴史が記述されています。
・読んでいて気づくのは、ウクライナは国家として独立することがほとんど無く、1990年の独立後も安定した政権が続かなかったことです。ロシアが一体論で攻め込むことができてしまう弱点を抱えていたこともわかります。
・読んでいて胸が痛くなったのは、ロシア革命の最中におきたウクライナ民族主義者とボリシェビキによるキエフの攻防の話です。革命末期には二ヶ月でキエフの主が14回も変わったことが紹介されています。
悲しいことですが、そんな民族の歴史が今回も繰り返されているということなのかもしれないと思わざるをえません。
・この本には、ウクライナで独立運動が失敗していった原因も分析されています。その指摘を読むだけでも、歴史面から、現在のウクライナを取り巻く大国の動向、ウクライナ内部の問題などの事態の推移を分析することができるかもしれません。

②松里公孝『ポスト社会主義の政治』ちくま新書
・①で紹介した『ウクライナの歴史』が1999年で記述が終わっているのに対して、その後現在までのウクライナの政治を概観するための本といえます。
・ただし、この本、旧社会主義国5国の政治体制の分析書で、ウクライナに関しては全体の5分の1しか扱っていないので、記述はあまり親切ではありません。
・なによりウクライナでは政権の交代、指導者の交代が続いていて、人物名、政権名をチェックするだけで頭がクラクラするくらいに不安定な政治情勢が続いていたことがわかります。
・ウクライナ内部の一番の問題は、ウクライナ民族主義をどう評価するかであることがこの本から伝わります。ロシアの侵攻は分裂状態のウクライナを団結させたという逆説がここから読み取れます。

③小泉悠『現代ロシアの軍事戦略』ちくま新書
・自ら「職業的オタク」と称している、ロシア軍事研究家の著者による、現代ロシアの軍事戦略を分析した本です。
・ロシアがなぜウクライナに侵攻したのか、その論理を軍事面から解説しています。また、その戦略をハイブリッド戦争と位置付け、これまでのロシアの軍事行動を分析しています。
・注目すべきは、今回のロシアの侵攻の前哨戦であった2014年のクリミヤ併合における戦略をロシアの軍事力行使の実際として分析されているところです。14年段階では国際世論も日本でもあまり注目されずにロシアの行動が既成事実化されていましたが、経済的にも軍事的にもNATO諸国に比べて劣勢だったロシアが、ハイブリッドな戦略で電撃的勝利を収めてしまったことが紹介されます。
・ロシアの行動を軍事面から分析するこの本は、プーチンの精神分析をするような本よりも事態を理解するのに役立つと思われます。
・4月号で、情報は取り上げないと書きましたが、情報こそが現代の戦争の重要ファクターであることが分かる本です。

④雑誌『世界』臨時増刊「ウクライナ侵略」岩波書店
・日々の戦争報道を追いかけるだけでなく、一度たちどまって考えてみる情報源としては雑誌が有効です。
・ウクライナ侵攻に関しても各雑誌の5月号から論考やエッセイの掲載がはじまっています。新聞と同じように、立場によって執筆者、立ち位置が違いますが、情報源として使い易いのは、『世界』『中央公論』『文藝春秋』の三誌でしょう。
・現在のところ、役立つ分析が紹介されているのは『世界』だと思います。ここでは、臨時増刊をとりあげましたが、5月号の緊急特集も参考になる記述がありました。
・一つだけ取り上げると、臨時増刊での、ロシアの社会学者エカテリーナ・シュリマンさんの「戦下に社会科学は何ができるか」という3つの講演記録です。
・そのなかの高校生向けの講演は、高校生向けのメッセージですが、私たち教員がこころしなければいけない原則や原点が述べられていて、教える気力を呼び起こしてくれます。
・『中央公論』や『文藝春秋』などが本格的な分析の論考やエッセイを紹介してくれることを期待したいものです。その多くの論考の中から、本当に役立つものを自らの頭で選択することが今求められているのではないでしょうか。

⑤スヴェトラーナ・アレクシェーヴィチ『戦争は女の顔をしていない』岩波現代文庫
・第二次世界大戦(旧ソ連では大祖国戦争)に従軍した女性兵士や動員された女性たちの聞き語りの本です。
・③で取り上げたようにどんなにハイブリッドな戦争になっても、実際に戦っているのは生身の人間です。今回のウクライナ侵攻では女性兵士に関する報道はあまりありませんが、第二次大戦の独ソ戦下のソ連では多くの女性が動員されました。
・除隊後に女性兵士達は過去を隠して生きてきたとこの本で紹介されています。なぜなのか、彼女たちはどんな経験をしたのか、また、なぜ沈黙を強いられたのか、そもそも戦争の実態はどんなものだったのか。その真実がウクライナ生まれ、ベラルーシ出身のアレクシェーヴィチさん(2015年ノーベル文学賞受賞)によって紹介されました。
・戦争を政治や経済の観点から分析することも大事ですが、抽象化され記号化される言葉の根底にある現実に目を向けておく必要があると思います。そのための一冊です。
・今回のウクライナ侵攻でのロシアの残虐行為が報道されています。それをやったのは人間です。戦争は人間をどう変えてしまうか、ウクライナ軍、ロシア軍という言葉の背後にある人間の存在、また、戦地になっているそこに済んでいる人々に関心を寄せるために一読しておきたい本です。
・これはロシアの女性達の証言ですが、日本でも同種の証言は沖縄、旧満州などたくさんあります。、また、軍隊の行動というのは国の違いよりも共通性があることがわかります。そんな観点から読んで見るのも良いかも知れません。
・なお、この本をもとにしたコミックもあります。

(経済教育ネットワーク 新井 明)

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