執筆者 新井 明
4月号から3回にわたり評価の問題をとりあげてきました。
今月号では、ここまでの到達点と別の角度からの評価に関しての提案をしてみます。
(1)何が問題になっているか
出発点は二つです。
一つは、新学習指導要領から評価が四観点から三観点に変更になったことです。そのなかでも、特に「学びに向かう力、人間性等」が入ったことです。
学びに向かう力はなんとか評価できても、人間性をどう評価するのか、それを教科の学習のなかでおこなうとするとどんな方法があるのかという疑問が主に中学校の先生方から部会で出されました。もう一つは、高校の先生方からです。これまであまり評価についてつきつめて考えてこなかったけれど、観点別評価を要求されることになり、どうしようという戸惑いです。
(2)突破口の一つがルーブリック
そのなかから、4月号で杉田先生は、「評価に向き合えば授業が変わる」として、ルーブリックを導入して生徒のレポートの質が変わっただけでなく、授業目標・評価の基準が明確になり、授業内容の設定とリンクして授業の質が変わってきたことを報告されています。
しかし、ルーブリック作成にかかるエネルギーの多さ、ルーブリックによって逆に生徒の「忖度」を生み出すのではとの危惧も同時に指摘されました。
それに対して、5月号の奥田先生の論考では、ルーブリックも有効を認めつつ、評価で重要なのは、生徒によりそい、学びを励ますような長期的なものがのぞましく、「自己評価、相互評価、ポートフォリオ、チェックリストなど、いろいろな場面で方法をかえながら、行う方がいいように思います」と述べています。
6月号の藤牧先生は、具体的にルーブリックの作成方法やそれを使った授業のやり方を提示してくれました。たしかに、この方法は大きく授業のスタイルを変えるだけでなく、学びのスタイルも変わってゆくだろうと思わせるものでした。
ここまでの議論の方向は、観点別評価の課題をクリアする有力な方法としてルーブリックがあり、それをどう導入して、どう観点別評価と結びつけたらよいかということになりそうです。同時に、生徒の理解をひろげ、認識を深めるにはどんな内容の授業が必要になるかという授業内容の吟味と評価の関連の探究も、さらに課題として残りそうです。
(3)リアペ方式
ここで観点を変えて、筆者がやっている「リアペ方式」を紹介してみましょう。
「リアペ」は、リアクションペーパの略です。大学の講義では、かなり普及しているやり方ではないでしょうか。
筆者も、大学の教科教育法の授業で、出席カード代わりに授業の感想を最初は200字の原稿用紙で、それでは少なすぎることが分かったので、B5の用紙で書かせる方式を採用してきました。
書かれた内容ですぐれたものは、次ぎの回の授業の最初に時間をとって紹介し、場合によっては書いた学生にさらに質問や補足の発言をさせるというやり方を続けています。そのような形でフィードバックしながら、紹介しきれない良く書けている学生のリアペは毎回チェックをしておき、平常点として評価に組み入れていました。このやり方を、今、中学生にも行っています。
(4)こんなリアペがでてくる
中学生に行うようになったのは偶然です。昨年、コロナ明けの対面授業が40分授業だったことで、出席を取る時間がもったいないので出席カード代わりに大学方式ではじめました。
用紙は、A6版(A4の四分の1)で、100字~200字程度はかけるものです。授業理解度は、自己申告で三段階。絵入(ワードのテンプレートにある退出チケットを加工して使っています)です。
最近の授業でのリアペの例です。
テーマは需要曲線と供給曲線のシフトを理解させること。事例として、夏休みの旅行代金、マスクの値段、豊作貧乏の三つを、グループで作業させて(分からない生徒に分かった生徒が教える)、発表させる形をとりました。リアペでは、自己評価は9割方理解できたということでしたが、これはあまり信用ができません。
生徒の理解度や学びに向かう力を測るにはリアペの文章を点検します。
この時に、大きく三段階に評価をしてゆきますが、これはと思うものはちょっと角を折っておいて、あとでもう一度読み直すようにしています。返却はしません。本当はコメントを付けるなりして返したいところですが、200名毎週それをやるのは非常勤でも難しいので、「返さないけれど、しっかり読んでいるからね」と言っています。
三段階の評価は以下のようなリアペをもとにしています。
・課題あり。
「需要と供給を学んだ」、「野菜をつぶすのはもったいないと感じた」など。
・ほぼ理解している。
「価格が需要量にあわせて変化するのはとても面白かった」、「グラフが苦手なので正直、自分で書ける気がしなかったが、仕組みを理解してかけば思いの外すらすら書けた。まだ完全ではないのでテストでしっかり書けるようにしたい」など。
・かなり考えている。
「豊作貧乏の時、需要曲線の傾きがゆるやかだと豊作でも良い(というかむしろ儲かる)ということが理解できた」、「農作物の需要は一定にしていたが、これは農作物が生活必需品だからで、豊作貧乏になるのはこれも一因なのかと思った」、「何かのきっかけである商品の需要、供給が変化し、また、その影響で商品の価格が変動するという繰り返しで、まさに「風が吹けば桶屋がもうかる」というのも成立しそうな気がする」など。
(5)自由だから深められる
ルーブリックの良さは、生徒に到達目標を見える化できることだろうと筆者は考えています。
その意味では、どこから手をつけてよいかわからない生徒にとっては、杉田先生流に表現すれば「忖度」できるルートが見えることで、学習の手がかりが得られるところではないかと思います。
リアペ方式は、それに対して、発見できたこと、授業のなかで疑問に思ったことを自由に表現させることで、生徒の理解度、到達度や学習への意欲をある程度推定できる点で活用ができるように思います。
この事例は、選抜された中学生集団のもので、公立中学でどこまで通用するかこころもとないところがありますが、高校生なら通用するかもしれません。
例に出したように、生徒のリアペに、教えていないのに弾力性に注目する生徒がいたり、一般均衡に近い考え方を表明する生徒がいたりすることを発見できるのは、自由に書かせることのメリットではないでしょうか。
教える方でも、例えば、「需要と供給のグラフでの移動する幅はある程度適当で良いか気になりました」というリアペが出てきたので、次に教えるクラスでは、この点に注意して話をするなど、授業の改善に通じる疑問や指摘もでてきます。
生徒にとって、毎回、こんな形でリアペを要求されるのは、しんどいかもしれませんが、非常勤で週1回の付き合いの講師にとって、生徒の理解度、取組みの姿勢がわかるリアペ方式は、なかなかすぐれものの授業評価法と思っています。
(6)それでも残る問題
一番大きな課題は、このやり方だと課題のある生徒がだれであるかは分かるけれど、どのようにその生徒たちをフォローしてゆくか、その道筋はここからは直ぐにでてこないことです。
もう一つあげると、実際に評価を出すときに細かく基準をもうけて数値化していないため、恣意的な要素が入ることです。
現実に、観点別評価を出せと言われている今、その要求に対して、現場としてどんな形でそれをクリアしてゆくのか、さらに、教える私たちの評価に対する理解度と「学びに向かう力」が問われていると言えるでしょう。
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