執筆者 新井明

(1)難しかったなあ
 1月17日に実施された初めての共通テスト。コロナ禍でどうなるかと心配されましたが、鼻マスク騒動くらいで、そちらは大過なくいったようです。でも、テスト内容に関してはいくつかの波乱がありました。
 英語や数学などに関しては予備校などでの分析がすでに紹介されているので、関心のある方はそちらを読んでいただくとして、ネットワークの活動内容と関連する公民科の「政治・経済」では、予想平均点が50点をわり、70点を超えた「倫理」と得点調整が行われる事態となり、関連して「現代社会」もあわせて調整対象になるという予想外の結果となりました。
 筆者も、「政治・経済」の問題に翌日挑戦してみましたが、お恥ずかしいことに、制限時間の60分をオーバー、かつ、何題か間違えるという体たらくでした。一言で言えば「難しかったなあ。こりゃダメだ」です。

(2)なぜ難しいか、何が難しいか
 問題そのものは、現在は予備校などのHPに掲載されています。
  
まずは出題形式からみてゆきます。
 「政治・経済」の問題数は30問。これは前年のセンター試験の問題数より4題少なくなっています。問題数は少ないのですが、それに反比例して問題文が長くなっています。また、グラフ、図表、複数資料の読み取りなど問題構成が複雑になっていることも特徴です。
 問題を私流に分類すると、30題のうち、単純なというか純粋の知識問題は16題しかありません。のこりはグラフの読み取り問題が3題、図表の読み取り問題が5題、複数資料の読み取り問題が3題、そして計算が必要な問題が3題となっています。
 これは、前年と比較するとこの違いが良く分かります。
 前年では、34題のうち、知識問題が29題。データの読み取りが2題。グラフ・表を使った問題が2題。計算が必要な問題が1題という具合です。
読み取り問題といっても知識がなければ読み取れない問題もあるので、それらを加味すると、今年の「政治・経済」では、知識を前提にしつつ、それをもとにして文章や表、グラフを読み解けという問題が大幅に増えたということになるのではないかと思われます。
この点は、ネットワークの「夏休み経済教室」で鍋島史一氏(教育実践オフィスF)が指摘していた、短時間で3万字近い文章を読み解く読解力が必要という指摘がそのまま的中したのが、今年の「政治・経済」であったとも言えるでしょう。

(3)内容だってそれなりだ
次に、内容から出題を分析してみます。大問は4題。
第1問は、「望ましい社会の姿」に関する生徒の発表という設定で、経済成長、所得分配、持続可能な開発の三つのテーマに関する設問です。ジャンルから言えば、経済学習の範囲です。これが結構難物でした。順番に問題に取組む受検生にとっては、最初に時間をとってしまい、正答率の低下の引き金になった問題かもしれません。
第2問は、大学のオープンキャンパスでの講義という設定の、民主主義の基本原理と日本国憲法に関する設問で、政治学習の分野の問題です。これも複数資料の読み取りや、二つの判例を使った読み取り問題が難物です。
第3問は、クラスの生徒たちが現代の経済状況について話し合いをしたという設定での、雇用や賃金、財政、銀行、国際政治に関する問題です。ここでは国債依存度やプライマリーバランスの計算や銀行のバランスシートの読み取りなど、大学の経済学部の学生に解かせたいような経済問題が登場していました。「おいおい」と言いたくなる難問です。
第4問は、「日本による発展途上国への国際協力のあり方」についての探究学習という設定の問題です。ここは現行学習指導要領で言えば、第三編「現代社会の諸問題」の部分の問題で、ここだけがやややさしい。ということはある意味予想通りの問題となっていて、得点源になったはずです。

センター試験にあったようなリード文があって、そこから設問、それもリード文の趣旨とは関係ない知識問題などが引っ張り出されるという形式は少なくなり、すべてが、日常の授業風景や生徒の学習活動の設定から取られているのが特徴でした。
現場感覚からいえば、こんな授業をやる教師がどれだけいるのか、こんな生徒が本当にいるのというところが本音ですが、そのあたりは棚に上げておいても、よく「工夫された」出題のオンパレードであることは間違いありません。

(4)要求に応える三つの視点
 いくら出題の設定を皮肉っても、間違いなく、この傾向は続くででしょう。なぜなら、そもそもテストを起爆剤にして授業改善をねらって共通テストがつくられ、実施されているからです。その意味では、「おぬしやるな」の問題といえるでしょう。
 また、大阪の李洪俊先生(加味南中学校)が分析されているように、高校入試でも授業改善をねらいとした工夫された問題が出題されていることもあります。

 それらを考えると、受験対策だけでなく、普段の授業でも相当自覚して共通テストが要求するものに応える必要があるのではと思わざるを得ないことになります。
 
 さて、ではどう受け入れるか。ここでは、三つだけあげておきます。
 なによりも、読解のスピードを上げることを目指すことが必要ということを改めて確認しておきたいと思います。これは、素早くだけでなく、的確に文章を読むことも必要になります。まるで国語の授業のようですが、スマホ慣れをしている生徒たちに紙ベースでの文章をきちんと読ませるのは、すべての学習の基礎となる力を付ける前提であり、こころして指導する必要がある部分と言えるでしょう。

 二番目には、資料やデータの読み取りをできるだけ多く入れる事です。当たり前なことですが、その際、資料は複数。政策関連で言えば、肯定、否定は必ずいれる。多面的という点では、立場の違いによってもう一つの局面をいれるくらいの工夫が必要になっています。
 グラフやデータでは、グラフの傾向を見るだけでなく、縦軸は何を意味しているのか、単位は何か、などから始める必要があります。数字やグラフの変化の要因は何だったのかなども時系列の変化のなかで確認する必要もあります。それをやったら下手をすると授業時間のかなりの部分を使ってしまう事にもなりかねませんが、最初は丁寧に、次第に慣れさせるようにどこかで腹をくくるしかありません。ここは、学習が転移することを期待するところ大です。

 第三にあげたいのは、計算能力の確保です。今年の「政治・経済」の、大問1の問2(問題番号2)は、実質GDPから名目GDPを計算させたり、実質成長率を計算させたりする問題でした。慣れれば単純な計算問題ですが、GDPデフレーターの意味を理解しつつ、変化率を計算するのは、何を何で割るのかを判断して素早く計算するということで、なかなかの難物のはずです。
 同じような問題が、大問3の問3(問題番号18)にもあり、ここでは国債残高、国債依存度、プライマリーバランス、税の直間比率の四つを計算する必要がでてきます。もちろん、選択肢から逆算したり、選択肢を吟味することで正解にたどり着けないことはないのですが、その種のテクニックで対応するのではなく、基本的な計算能力を社会科や公民科でも養う心構えが必要になっていると言えるのではないでしょうか。

(5)隠れたメッセージを読み取る
 センター試験でもその種の問題がありましたが、共通テストから隠れたメッセージを込めた問題を見つけることも、授業を活性化させるヒントになるかも知れません。

 「政治・経済」では、政治の問題でダールの「ポリアーキー」の図式が出されています。この問題では、現在の日本国憲法下の政治体制を「包括性」と「自由化」の満たされたポリアーキーと位置付けていますが、それって本当なのかという問いをここから引き出すことができるでしょう。そもそも、ポリアーキー論まで視野にいれて民主主義の授業をやって欲しいという隠れたメッセージを読み取ることができます。
 同じく「政治・経済」では、先にもふれたように不良債権に絡んで銀行のバランスシート(貸借対照表)が登場しています。金融の授業で、バランスシートを使って教えたらというメッセージだけでなく、貸借対照表の考え方でできている領域、例えば、国際収支の考え方など、に視野をひろげて教えたらどうだろうというメッセージとして受け止めることもできます。

 他教科では、「世界史B」で、『史記』から正史における改ざんや焚書坑儒、オーウェルの『1984』が出されるなど、現在の日本の政治体制を批判的に捉える視点も欲しいというやはり隠れたメッセージを読み取ることもできる問題が出されています。ただし、設問はメッセージとは関係ない知識を問う問題でしたが。
 「倫理」では、吉本隆明、リオタール、ヨナス、ベンヤミンなどが登場しています。これらの人物は、すでに教科書には登場しているのでしょうが、この種の問題や選択肢は、どうも生徒向けというより教員向けの読書案内的な問題じゃないかと思わざるをえないとことがあります。
 ここから考えると、授業改善は、授業方法の改善だけでなく、授業者が現在の社会を広く、深くとらえて、いかに生徒と対峙してゆくのかを問い直すきっかけにしてほしいというメッセージがあるという面があるということで、そんなところもおさえておきたいところです。

(6)おわりに
 限られた時間でどこまで教えるかというの課題からみても、また、全国の学校は受験校だけでないということから言っても、共通テストだけを視野にいれての授業改善は一面的な指摘にもなりかねません。とはいえ、読解力、読み取り能力、計算能力はどんな学校でも求められる学力の要素のはずです。
 受験対策という視点だけでなく広い視野で授業を見直し、そこにおける改善方向を共有できることを期待したいものです。

 ここまで書くと、なんだか入試センターの代弁のような文章で終わりそうなので、最後に一つこんな社会人からの意見を紹介しておきます。これは、企業に勤めながら大学でも講義を行っていた私の知人が、今年の共通テストをやってみて、もらした感想です。
 「それにしても、あれだけの難解なテストをクリアした優秀な学生が、なぜ、毎年、大学の授業で私が出題する簡単なテストに満足に答えられなかったのかは永遠の謎です。」

Tags

Comments are closed

アーカイブ
カテゴリー