①どんな本か
・経済の視点を軸に、歴史を学習する考え方や方法を取り入れた授業書です。
・著者は中学校の社会の先生。現役の先生が、日々の授業のなかでまとめていった歴史学習論であり、授業のネタ研など各種の授業研究サークルでの研鑽をもとにした実践的な授業書です。

②どんな内容か
・全体は4章に分かれています。
・第1章は「歴史の視点を取り入れた歴史学習論」で、なぜ歴史を学ぶのかからはじまり、オーセンティック(正当)な学習法、なぜ歴史学習に経済の視点が必要なのかなどが展開されています。
・第2章は「歴史学習に取り入れる経済の視点」で、ここでは、学習を「前提」、「意思決定」、「影響」、「経済全体の動き」に発展的に位置付け、「前提」としての希少性とトレードオフ、「意思決定」としてのインセンティブとコスト、「影響」としての市場と交易、「経済全体の動き」としての政府の政策、税、経済システムと領域と視点を整理しています。
・第3章は「経済の視点を取り入れた歴史学習法」で、授業構成としてネタ挿入型、単元構成型、カリキュラム構成型の三つを、また、系統的学習の授業、政策評価学習、意思決定学習のそれぞれの授業構成を整理しています。
・第4章は、「経済の視点で歴史学習実践」で、古代が13、中世が11、近世が10、近代が15の授業案(合計49の授業例)が紹介されています。

③感想
・これも栗原久先生から、こんな本がでていますよと紹介されて手にとりました。腰巻きには河原先生推薦とあります。
・一読、現場の先生がこれだけのものをまとめられたことに脱帽です。特に、経済の視点の歴史授業論と、こんなにたくさんの授業事例をひとりでまとめられたのははじめてなのではないかと思います。
・前半の経済概念の整理は、マンキューの「経済学の10の原理」をもとに作られていて、よく咀嚼していると感心しました。
・ただし、後半の第4章の授業案になると「ちょっと待てよ」となりました。
・取り上げられている実例はそれぞれ面白く、ネタとして直ぐに役立ちそうなのですが、歴史学習で一番大事な事実の確認や評価がきわめて甘く、「本当にそう言って良いのか」と思う事例や表現のオーバーランがいくつかの箇所で出てくるところが気になりました。
・例えば、近代12の授業例では日清戦争の戦費を「お酒で賄った」とあります。確かに日清戦争当時の酒税額は相当の額(明治28年度1,774万9千円で3,869万3000円の地租に次ぎ税収の第二位)ですが、戦費は別立てで予算化(臨時軍事特別会計2億2,500万円)され、軍事公債(1億1,700万円)が発行されていて、戦費はそこから出ています(金額は、杉山伸也『日本経済史』岩波書店、『近現代日本経済史要覧』東大出版会、国税庁HPなどから)。
・当時の歳出規模1億1000万円あまりに比べて戦費は大変な負担であり、「酒税によって戦費をまかなえるほど、豊かな国民が増えた」というのは明かにミスリードでしょう。
・もし日清戦争の戦費について言うなら、日露戦争との対比で、戦争の規模の違い、軍事公債の国内消化と外国債による戦費調達の違い、日清戦争後の酒税を含む各種間接税の増税やその逆進性などに注目させることが経済の観点からは大事なのではと思います。
・前半の意欲的な整理に対して、後半の事例の記述がゆるくなってしまう理由は、参考文献を見ると分かります。少なくとも、学会の定説や実証的な文献と対比して複数の目で参考にした文献を吟味しないと、「生徒をおどろかす」だけで、あやまった歴史認識に導くおそれがあります。
・その意味で、授業に役立てるには、細心の注意が必要な本と言えるかもしれません。

(経済教育ネットワーク  新井 明)

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