①どんな本か?
「春の経済教室」での講演をお願いしている島田先生(明治大学教授)が書かれた初学者向けのミクロ経済学のテキストです。
②どんな内容か?
はしがきと総論部分の第1章、それと、完全競争市場を扱う第1部、不完全競争市場を扱う第2部、ミクロ経済学の応用を扱う第3部から構成されている本です。
総論部分の第1章は「経済を見る目」のタイトルで、経済学の定義、ミクロとマクロの違いなど全体のイントロの部分です。具体例としてコロナ時のマスク、格差問題が登場しています。
第2章から9章までの第1部は、「市場がうまく働く時、経済はどう動くか」のタイトルで完全競争市場を扱います。
第2章は、希少性、トレードオフ、インセンティブの三つの経済を見るレンズと、家計、企業、政府という経済の舞台が説明されます。
第3章は、需給曲線、シフト、所得効果、代替効果など需給理論が扱われ、第4章では、弾力性が登場します。ここまでは、高校の教科書でも扱われる部分です。
第5章からは、大学レベルになり、消費者理論が、第6章と第7章では企業の行動と利潤最大化が扱われ、余剰の概念が登場します。また、第6章では、三つのタイプの費用として機会費用、限界費用、サンクコストが扱われています。
第8章では、余剰分析を使ってなぜ完全競争市場が望ましいかを解説し、それをうけて第9章では、完全競争市場で政府の介入があった場合の経済への影響を、死荷重の概念を使って解説します。最後に完全競争市場と平等の関係が論じられて第1部が閉じられます。
第2部は、「市場が失敗する時」のタイトルで不完全競争市場を扱います。
第10章は、「市場の失敗①」として独占、寡占、外部経済が、第11章は、「市場の失敗②」として情報の非対称性、公共財、政府の失敗が扱われています。
第3部は、「ミクロ経済学のもっと先へ」のタイトルで応用ミクロの領域が扱われます。
第12章は、貿易の理論と政策がミクロ経済学の応用として解説されます。ここでは、比較優位の理論と貿易による利益と不利益、保護主義の話が登場します。
第13章は、ゲーム理論、行動経済学、データを使った実証研究としてランダム化比較実験など最近の経済学のトピックが紹介されています。
③どこが役立つか
はしがきに、想定する読者として、①はじめて経済学を学ぶ人、②実務家で経済学を勉強したい人、復習をしたい人、③データ分析について興味があるが、まだ勉強したことがない人の三つのグロープをあげていますが、私たち教員は、第2のグループの実務家に分類されるかと思います。
経済学を大学で取ったけれどよく理解できなかったなあと思っている先生、教科書に書かれている記述と経済学の関係はどうなっているか教えながら困惑されている先生には、完全競争市場と不完全市場を明確にわけて説明している本書は、最適な一冊になると思われます。
データ分析に関心のある先生に関しては、1章、2章、5章、7章にあるコラム、最後の13章にあるランダム化比較実験などが参考になります。
授業で使える具体的な事例が欲しいという先生には、マスク、格差、最低賃金の引き上げ、政府の役割や失敗の原因、日本の貿易、保護貿易などそれぞれの箇所から具体例が拾えるでしょう。
受験対応をしなければいけない先生にとっては、理論的な箇所、例えば弾力性などをじっくり読んでおくことで、指導の手がかりがつかめるでしょう。私大などの入試問題では、このテキストに出てくる理論部分がそのまま登場することも多々あるので、その点からも一読を勧めます。
この本、ミクロ経済学のもっとも易しいレベルに設定したとありますが、それだけでなくその先の理論や社会学や歴史学、文化人類学など周辺の理論にも触れられていて幅広い関心にも対応出来る本になっているので、地歴の先生にも役立つ本になっています。
④感想
今の大学のテキストはここまで親切になっているというのが最初の印象です。これは経済学部以外の学部での講義を母体にしていることがあるのかと思いました。
有斐閣のストゥーディアなども丁寧ですが、それに劣らずの丁重さ、かゆいところに手が届くように書かれています。演習問題も解答付きですから、挑戦してみるとよいでしょう。
もう一つ感じたのは、著者の経歴による事例の厚みです。JICAや国際機関に勤務してきた体験や、その間にであったスティグリッツなどの経済学者の見解や事例が書かれています。特に、12章の貿易の箇所はそれが出ていて、国際経済のテキストを著者が書いたらどんなものになるか、興味深いところがあります。その点では、「春の経済教室」の前に一読すると講演の予習になると思います。
一つだけ気になったのは、スミスの言葉が「神の見えざる手」となっているところです。後半では「見えざる手」となっている箇所もあり、増刷の時には修正出来ると良いと感じました。
(経済教育ネットワーク 新井 明)
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