①どんな本か
 ロンドン大学で経済学を教えている自称「食いしん坊」の韓国出身の経済学者が、にんにくなど18の食材を入り口にして、経済の歴史、経済学の概略を語ったユニークな本です。

②どんな内容か
 序章でにんにくが登場します。にんにくフリークスを自称する著者がイギリスに留学するところから話がはじまり、イギリスの食文化がグローバル化のなかで変化してゆく話から、経済学を学ぶ意義が書かれます。
 以下、全体は5部構成です。
 第1部「先入観を克服する」では、どんぐり、オクラ、ココナツが取上げられて、それぞれ、文化と経済発展、自由な経済がもたらす問題、貧しさと生産性の関係をひもといています。
 第2部「生産性を高める」では、片口鰯、えび、麵、にんじんが取上げられて、同じくそれぞれ、技術力と経済発展、幼稚産業保護、起業を巡る日韓の比較、特許制度について解説してゆきます。
 第3部「世界で成功する」では、牛肉、バナナ、コカ・コーラが取上げられて、自由貿易の問題、多国籍企業、新自由主義の経済政策が俎上にあげられてゆきます。
 第4部「ともに生きる」では、ライ麦、鶏肉、唐辛子が取上げられ、社会保障制度、平等の問題、ケア労働が取上げられます。
 第5部「未来について考える」では、ライム、スパイス、いちご、チョコレートがとりあげられ、気候変動、株式会社、機械化と人間、スイスの工業が取上げられます。
 最後に結論で、自分に合った食べ方をして経済学を食べてみようと、経済学へのすすめで締めくくります。

③どこが役立つか
 三つの点で役立つはずです。
 一つは、経済学習のネタを探している先生方にとって、さまざまな食品と食事に関するエピソードから授業のネタを探すことができるでしょう。すでに教科書でとりあげられているバナナやえびだけでなく、オクラやどんぐりなどあまり登場しない食品も取上げられています。チョコレートはスイスの工業力として取上げられるなど、これまでの切り口とは違う導入に使われています。多くの食品からどんな物語を紡ぐことができるか自分の関心と比較しながら読むことができます。
 二番目は、経済学に関心のある先生方向けです。様々な食材のエピソードから経済学への誘いが書かれていますが、ここでの経済学は、新古典派経済学だけではありません。著者がアメリカでなくイギリスに留学した理由が「韓国の大学で教わった偏狭で専門的な新古典派経済学に幻滅したから」と書いているように、対象によって使える多くの経済学の視点を取り入れた記述となっています。その意味では、どの食材が、どの経済学で説明されているかを見て、それが正鵠をえているかを検討してみることもこの本のおもしろさになるでしょう。
 三つ目は、比較文化に関心のある先生方向けです。教科でいえば「公共」です。食文化の違いを楽しむの当然ですが、第1章のどんぐりで、儒教が東アジアの経済発展の要因と一時もてはやされていたことをステレオタイプであると喝破している箇所などなかなか読ませる箇所です。
 
④感想
 この本、メルマガの昨年の10月号(177号)で紹介した『イングランド銀行公式 経済がよくわかる10章』と比較して読むと面白いと思います。
 https://econ-edu.net/2023/10/01/4618/
著者は、紹介した本の前に、「ケンブリッジ式経済学ユーザーズガイド」と銘打たれた『経済学の95%はただの常識にすぎない』(東洋経済新報社)という本を書います。同じイギリスの経済学の世界でも、こんなに違いがあるのだという点でも、イングランド銀行の本と併読されることを勧めます。
ただ、両者に共通しているのは、具体的な例やものから出発して、それぞれの経済学を説いているところです。このあたりは経験論の伝統をもつイギリスならではの特徴かと感じました。
紹介者は、『経済学のレシピ』の序章に書かれた著者の経済学のすすめ、新古典派批判の文章は、なかなか読ませるマニフェストになっていて、ちょっと感動しました。一部を紹介します。「…教えて欲しい。あなたは今の社会の設計のされた方に満足しているか。政府の方針と、あなたが人間にとって最も重要であると考えることは一致しているか。……。私はそうは思わない。」
これは著者のウオームハートにのせられてしまったのかもしれません。

(経済教育ネットワーク 新井 明)

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