①どんな本か?
筑波大学附属高校での筆者の授業をまとめた『おもしろ授業』シリーズの完結編です。2年間の副校長生活から現場に復帰した2021年度の授業を中心に高校三年生向けの「政治・経済」の授業がまとめられています。
②どんな内容か?
全体は11章にわかれています。そのうち第8章は本と映画の紹介なので、のこり10章分が授業紹介になります。それぞれの章の間に「教材作りの日々」として、熊田授業作りの秘密が公開されています。
内容は、コロナとマスクを素材として社会科学のメガネを紹介する1章からはじまり、2章での憲法学習での国民の義務、3章の多数決は素晴らしい、4章の「アーミテージ・ナイ報告書」を読む、5章がロシアのウクライナ侵攻で、ここまでが政治分野となります。
6章の経営分析に挑戦してみるからが経済になります。7章のマッチング、9章のゲーム理論の最初のゲーム、10章のオークションをやってみる、11章がオプロションと、高校教科書では扱われない最新の理論内容が授業化されています。
「教材作りの日々」では、このシリーズのパート2でもその効用が紹介されている実物教材の収集、コレクションを中心に紹介がされています。実物ではインフレ紙幣、1オンスの金、Tシャツなどがありますが、北一輝の「日本改造法案大綱」のあるバーションを30年かけて入手した話などは、これぞ社会科教員という面白さです。
③どこが役立つか?
河原先生の本と同じように、どこでも役立つというのがこの本に対する答えになります。ただし、内容レベルが高いので、そのまま使うのは無理かもしれません。
というのは、著者も書いているように「教えたがり」の性癖をもった先生が、学習指導要領に拘泥されずにのびのびと授業を作っているからです。
したがって、教える生徒によってこの内容をダウンサイズしてゆく必要があります。例えば、ゲーム理論は、最近でこそ教科書に登場していますが、マッチング、オークション、オプションなどはまず教える側が良く咀嚼をして、どの文脈で、どう切り取ってこれを使うかを考えて、授業のねらいとマッチさせて活用することが求められるでしょう。
また、8章の本と映画のコラボでの紹介(廊下にさりげなく置いておくスタイル)は、教員にとってもこんな切り口で高校生に問いかけるというやり方もあるのだと思わせる内容です。ここに紹介されている作品群を読者の先生が自分の関心と付き合わせてみるとあらたな発見ができるでしょう。
④感想
よく○○高校だから出来る授業だという言い方がされますが、○○高校だからこそ出来る最高の授業を目指すべきではと思います。その成果がでている本です。
でもこの種の学校の先生は大変です。生徒の知的レベルだけでなくプライドが高い分、それを超える授業をしない限り、「離脱」(ハーシュマン)されてしまうからです(その様子は本シリーズの2にリアルに書かれています)。その意味で、熊田実践には脱帽です。これができるのは、教える人間の知的好奇心の強さと腰を据えての長期のぶつかり合いができる環境のなせるわざと感じます。やはり教育は属人性と環境が強くでるなと言うのが感想です。
もう一つ言えば、熊田先生の授業は、上質な新作落語を毎年演じているようなものとい感想を持ちました。古典落語もよいけれど、変化する対象をキャッチしながら落語という古典的スタイルを崩さない、そんな上質な授業ではなかろうかと思います。
そんな点から言えば、先に紹介した河原先生の授業の作り方と熊田先生の授業の作り方の共通点、相違点を比較しながら二つの本を読むことをオススメします。
(経済教育ネットワーク 新井 明)
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