①どんな本か
ネットワークメンバーの中川雅之先生(日本大学経済学部教授)の新しい財政学のテキストです。
制度の説明を最低限にして、経済学の考え方で政府の経済における役割に焦点を当てた本になっています。また、行動経済学の成果を取り入れ、危機時の政府の対応に注目している点で、類書にはない特徴を持つ本です
②本の内容は
全体は4部、9章の構成です。
第1部は、「財政学とは?」で、「なぜ財政学を学ぶのか?」(1章)で政府の存在理由から、政府の経済活動を説きおこしています。
第2部は、「政府の仕事」で、第2章から第6章まで5章があてられています。
公共財の供給(2章)、所得再分配(3章)、社会保険(4章)、景気安定化政策(5章)、危機管理(6章)で、政府の仕事がそれぞれ取り扱われています。
第3部は、「政府の財源調達」で、税(7章)、公債(8章)が扱われています。
第4部は、「政府間関係」で、地方財政(9章)が説明されています。
各章には必要に応じて、「行動経済学からの示唆」「避けなければならないシナリオ、求められる対応」の小項目がたてられ、それぞれ関係する行動経済学の知見、問題への処方箋が書かれています。
③どこが役に立つか
役立つところは三つあるでしょう。
一つは、財政や公共経済の原理をきちんと学べることです。特に、現在の主流派経済学の考え方が丁寧に説明されているので、ここを読むことで経済学の原理がどのように財政、公共経済で使われているのかが理解できると思います。ただし、理解するには数式やグラフがあるので丁寧に読む必要があります。
二番目は、行動経済学の応用が見通せることです。行動経済学の事例は生徒にとっても関心が高いので、すでに中高の授業で取り入れられたり紹介されたりしていますが、面白ネタとしてとどまってしまっていることがほとんどです。
一方、この本では、例えば公共財の供給で、フリーライド(マンション耐震化ゲーム)、所得再分配で最後通牒ゲーム、社会保険でコミットメント、デフォルト、ナッジなどそれぞれの箇所で伝統経済学に対して行動経済学のどれを使うと現実や人間行動の説明ができるのかが具体的に示唆されています。ここは役立つところです。
三番目は、問題に対する避けなければならないシナリオ、求められる対応が具体的に書かれているところです。特に、求められる対応については、授業で「考えてみよう」という課題を出した場合の生徒の論述への解答を準備する時に活用ができると思われます。
ほかにも、四択問題の練習問題が用意され、本文の読解力が試されています。簡単な四択でもこんな方法をとると内容理解が確認できるという点で、授業評価などに活用できるでしょう。
④感想
役立つ箇所でも書きましたが、一粒で三度おいしい本というのが感想です。
全体を通して活用するもよし、それぞれ関心を持っている箇所を重点的に活用するのもよしでしょう。
全体を通読することで、教科書に登場する用語の背景にある理論、考え方がつかめ、用語だけを羅列する授業を一歩踏み出すことができる本だと思いました。
また、財政学、公共経済学は集合的意思決定を扱っているので、主権者教育の経済学的バックボーンにもなります。
ネットワークで紹介されている中川先生が作られた「マンション耐震化ゲーム」を改めて教室で実践されるのもよしです。
財政学を「政府はなぜ存在するか」からはじめて、「求められる対応」に落とし込んでゆくプロセスは、行政での経験を持たれている中川先生の真骨頂がでているなと感じました。
(経済教育ネットワーク 新井 明)
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